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現実世界とは カテゴリのアーカイブ

50 Entries

この物理的大宇宙には、バーチャルリアリティー(仮想現実)という現実しか存在していない

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≪現実とはバーチャルリアリティー(仮想現実)であり、バーチャルリアリティー(仮想現実)こそが現実でもある≫

 この物理的大宇宙には、バーチャルリアリティー(仮想現実)という現実しか存在していません。

 従って、バーチャルリアリティー(仮想現実)こそが現実と呼ばれるものでもあるのです。
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≪物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界≫

 私がいつも言っているように、この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけです。

 大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。

 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 相対世界である物理的大宇宙とは、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「映し世(うつしよ)」であり、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 物理的大宇宙とは、大宇宙意識の全知全能の光が、様々な紋様となって織り成された、3Dホログラムのようなバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。
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≪自分という存在は、この大宇宙に二つとして同じものが無い、唯一の「支店=視点(してん)」≫

 自分という存在は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、この大宇宙に二つとして同じものが無い、ある一つの「支店=視点(してん)」なのです。

 この大宇宙に二つとして同じものが無い、ある一つの角度・視点(してん)から、この物理的大宇宙を映し出して体験している、一つの支店(してん)なのです。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なので、ある一つの「支店=視点(してん)」からそれを映し出して見ている、自分が映す現実世界(宇宙)というものも、当然、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世界ということになります。
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≪自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、自分の意識の中にあるインナーワールドの世界≫

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがある訳ではなく、現実世界(宇宙)とは、自分自身の意識の中にあるものなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の脳が画像処理・情報処理した結果を、空間という、360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなので、全ては、自分の脳が創り出したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、全ては、心の内の景色、言わば、インナーワールドなのです。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 従って、自分が映す現実世界(宇宙)というのも、自分の脳が創り出したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 自分が現実と認識しているものの全ては、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界です。

 しかし、この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なので、バーチャルリアリティー(仮想現実)こそが現実と呼ばれるものでもあるのです。
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≪現実は全て幻であることを知って生きることに、生命の輝きを見る≫

 現実と呼ばれるものは、あると言えばあるのですが、それは、自分の意識の中にしか存在していないのです。

 現実は現実にあらず、全て幻です。

 そして、自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世であることが分かった時初めて、生命の本当の輝きを感じられるようになります。

『この世界そのものが、幻の世であり、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であることが分かった時初めて、この大宇宙の「無限」の輝き、「無限」の美しさ、かけがえのなさを実感できるようになる』、こちらの記事の中でも書きましたが、この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世界であることが分かった時初めて、この大宇宙の「無限」の輝き、「無限」の美しさ、「無限」の面白さ、生命のかけがえのなさを感じられるようになります。

『幻の世と知って生きることに生命の輝きを見る』『現実は全て幻であることを知って生きることに生命の輝きを見る』、こちらの記事の中でも書きましたが、現実は現実ではなく全ては幻であり、幻の世と知って生きることに、生命の輝きを見ることが大切になります。


現実世界(大宇宙)という「空間」全てが、自分の意識が映し出された「鏡」の世界

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 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」全てが、自分自身の意識が映し出された「鏡」の世界です。

 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」の全ては、自分自身の意識が投影された内面の世界であり、全ては心の内の景色なのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分自身の心の中にある心象風景とでも呼ぶべきものを、「空間」という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているに過ぎないので、全ては主観の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 あなたは、もしかしたら、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界(大宇宙)というものがあるのだと考えているのかも知れませんね?

 しかしながら、実際は、そうではありません。

 あなたが見ている現実世界(大宇宙)とは、あなたの脳が画像処理・情報処理した結果を、「空間」という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているに過ぎないので、全てはあなたの内面の世界であり、全てはあなたの主観の世界なのです。

 言わば、あなたの脳の中で画像処理された内面の世界を、モニターで見ているようなものなのです。

 ですから、テレビや映画を見ているのと同じような状態だと言えるかも知れません。

 太陽も月も星も、果ては銀河や大銀河団に至るまで、あなたが映す現実世界(大宇宙)の全ては、あなた自身の意識の中にある世界であり、全ては主観の世界なのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては主観の世界なので、客観的世界など、何処にも無いと言えるかも知れません。

 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」の全てが、自分自身の意識が映し出された「鏡」の世界なのです。

 そして、このことが理解出来れば、「空間」という「鏡」に映った自己の内面の世界を見ながら、それを創造に使っていくという生き方も出来るようになってきます。

 そのことはまた、長くなりますので、別の機会に改めて書いてみたいと思います。


人は皆、自分自身の意識が創り出した幻想の世界に生きている

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 人は皆、自分自身の意識が創り出した幻想の世界に生きています。

 私たち一人ひとりの人間は全て、自分の意識が創り出した幻想の世界の中に生きているのです。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色、言わば、幻の世界だからなのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではありません。

 現実世界とは、自分自身の心の中にある心象風景であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分の脳が画像処理・情報処理した結果を、空間という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているのです。

 ですから、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の脳が創り出したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 多くの人たちは、自分の外に、何か確固とした客観的な世界があると考えています。

 しかし、そうではありません。

 自分の外にある、何か客観的な世界と思えるものも、実は、自分自身のフィルターを通して認識しています。

 私たちは、五感という自分自身のフィルターを通して、自分の外にあるものを認識しています。

 私たちは、自分自身のフィルターを通してしか、自分の外にあるものを認識することは出来ませんので、自分自身のフィルターという「色メガネ」を通して、外にある世界を認識しているのです。

 言わば、私たち一人ひとりが、自分自身の「色メガネ」で外にある世界を見ている訳なのです。

 そして、それが悪いということではなく、例えどんな人間であったとしても、その人の持つフィルター、即ち「色メガネ」を通してしか、外界を認識することは出来ないのです。

 私たち一人ひとりの人間は皆、自分自身の意識が「想像=創造(そうぞう)」したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を見ているのであり、言わば、幻想の世界を見ているのです。

 地球上に今70億人の人間がいるとすれば、70億通りの世界(宇宙)があり、70億通りの現実があるということなのです。

 私たち一人ひとり、全ての人間は皆、自分の脳の中にあるバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を見ており、幻想の世界に生きているのです。

 人は皆、自分自身の意識が創り出した幻想の世界に生きています。


豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる

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 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色であり、インナーワールドです。

 自分が映す現実世界は、全てが主観の世界なので、自分の心が美しくなれば、現実世界もまた、美しく輝きます。

 自分の内面が輝けば輝く程、自分の目に映る現実世界は、本当に、輝きを増してきます。
 生きている事それ自体がありがたい、うれしい、面白い、美しい、存在が感謝、という状態になればなる程、自分の目に映る現実世界もまた、本当に、ありがたい、うれしい、面白い、美しいと感じられるようになるのです。

 言わば、豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくるのです。
 豊かなる世界とは、形の中にあるのではなく、自分自身の心の中にあるものなので、自分自身の心が豊かになればなる程、自分の心を映した「鏡」の世界である現実世界もまた、豊かなる世界として、輝きを増してくるのです。

 豊かなる心の位置でしか、豊かなる世界は現れてきませんので、豊かなる世界とは、自分自身の心の位置取りでしか感じる事は出来ないのです。
 言わば、心の位置取りの豊かさに応じて、豊かなる世界を感じられるという事なのです。

 そして、本源の我であり、真我である我が魂が望んでいるのは、そこなのです。
 豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくるのを、見たいのです。
 本源の我であり、真我である我が魂は、豊かなる心の位置で現れてくる、豊かなる世界を体験して味わいたいのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より


空間(自分が映す現実世界)を最高の友として遊ぶ

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★空間を最高の友として遊ぶ
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 自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドです。
 全ては心の内の景色であり、全てが主観の世界なのです。
 自分が映す現実世界全てが、私自身であるとも言えます。

 ですから、自分と空間は一つであり、自分と世界は分かれてはいません。
 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界がある訳ではなく、現実世界とは、自分自身の心の中にあるものなのです。

 自分の目に映る全てが自分自身であるとも言えるので、現実世界という、この空間は、敵ではなく、味方であり、言わば、最高の友であるとも言えます。
 ですから、現実世界という、この空間を、最高の友として遊んでいけば良いという事になります。

 今の自分の心がそのまま、あたかも「鏡」に映し出すが如く如実に映し出されていますので、空間という「鏡」に映った自己の内面を見ながら、瞬間瞬間の創造を楽しんでいけば良いという事になります。

 自分が映す現実世界に、例え、如何なる紋様が映し出されていようとも、全ては、本源の我であり、真我である我が魂が見たい世界であり、体験したい世界なので、今の自分自身にとって、ピッタリな世界が映し出されているのであり、決して悪くはないのです。
 今の自分に丁度良い、ピッタリな世界が映し出されていますので、全ては心の内の景色だと捉えて、空間というスクリーンに映し出された自己の内面の世界を見ながら、生きるという創造を楽しんでいけば良いという事になります。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全てが、自分の心の内の景色であり、全てが私自身であるとも言えるので、現実世界という、この空間を最高の友として遊んでいけば良いという事になります。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より


自分が映す現実世界(宇宙)とは自分の意識の中にしか存在していないので、世界は我が手の中にあるとも言える

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 あなたは、あなたが映す現実世界(宇宙)とは、あなたの外にある、何か確固とした客観的な世界だと考えていませんか?
           
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 実は、そうではありません。

『現実世界とは、意識を映し出す「鏡」の世界であり内面の世界』、こちらの記事の中でも書きましたが、あなたが映す現実世界(宇宙)とは、あなた自身の意識が映し出された「鏡」の世界であり、全てはあなた自身の内面の世界なのです。

 自分が映す現実世界とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色、言わば、幻です。

 自分自身の心の中にある心象風景とでも言うべきものを、空間という360度立体のバーチュアルなスクリーンに映し出して見ているだけなので、言わばインナーワールドなのです。

 自分の脳が情報処理・画像処理した結果を、空間という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなので、言わば、テレビやモニターを見ているのと同じような状態だと言えます。

 あなたが映す現実世界(宇宙)とは、あなた自身の内面の世界であり、全ては主観の世界なのです。


≪自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識の中にしか存在していませんので、世界は我が手の中にあるとも言えます。≫

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識の中にしか存在していませんので、そういう意味においては、世界(宇宙)は我が手の中にあるとも言えます。

 私たち一人ひとりが、自分が映す現実世界(宇宙)を「想像=創造(そうぞう)」しているのであり、私たち一人ひとりが、自分が映す現実世界(宇宙)の創造主でもあるのです。

 あなたは、人生が思うように上手くいかず、つらく苦しいので、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の外にある、何か確固とした客観的な動かすことの出来ない存在だと感じたりしているのではないですか?

 そして、自分の夢や願望が実現しないのは、自分の外にある現実世界という厚い壁のようなものに阻まれているからだと感じており、現実世界とは頑として動かすことの出来ない敵のような存在だと感じているのではないですか?

          
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≪自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された内面の世界であり、自分自身であるとも言えるので、敵ではなく味方であり、言わば、最高の友なのです。≫

 あなたが映す現実世界(宇宙)とは、あなた自身の意識が映し出された内面の世界であり、あなた自身であるとも言えますので、敵ではなく味方であり、言わば、最高の友なのです。

 空間(あなたが映す現実世界)とは、敵ではなく味方であり、言わば、最高の友であるとも言えますので、空間を最高の友として遊んでいけば良いのです。

 あなたが映す現実世界(宇宙)とは、あなた自身の意識の中にしか存在していませんので、本当は、世界(宇宙)はあなた自身の手の中にあるとも言えるのです。


現実は全て幻であることを知って生きることに生命の輝きを見る

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 現実は現実ではなく、全て幻であり、この世界の全てが幻の世界であることを知って生きることに、生命の輝きを見ることが大切です。

 現実は、現実ではありません。
 現実とは、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。

 多くの人たちは、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界というものが存在していると考えていますが、そうではありません。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては、心の内の景色、言わば、幻なのです。

 自分自身の中にある心の心象風景とでも呼ぶべきものを、空間という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)は、自分自身の意識の中にしか存在していませんので、全ては自分の内面の世界、言わばインナーワールドであり、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 ですから、現実と呼ばれるものは、有ると言えば有るのですが、それは、自分自身の意識の中にしか存在していません。

 確かなものに見える客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、全ては主観の世界なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全てが主観の世界なので、客観的世界など何処にも無いと言えます。

 現実は現実にあらず、全て幻です。

 自分の外に何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがある訳ではなく、自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分自身の意識の中にしか存在していません。

 ですから、現実と呼ばれるものは、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。

 現実は現実ではなく、全て幻であり、自分自身の意識の中にしか存在していないのです。

 そして、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、自分が映す現実世界(宇宙)の全てがバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻であることを知った上で、生きるという創造の旅を楽しんでいくことが大切になります。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識が絶対世界において「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「映し世」が物理的大宇宙(相対世界)なのです。

 絶対世界の「映し世」である物理的大宇宙(相対世界)の全ては、大宇宙意識の全知全能の光によって織り成されているバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界です。

 本源の我であり、真我である我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、大宇宙に二つとして同じものが無いある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、ある一つの角度・視点(してん)から大宇宙を映し出して見ている支店(してん)の一つなのです。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なので、自分が映す現実世界(宇宙)というのも、ある一つの「支店=視点(してん)」から見た大宇宙であり、自分の唯一の視点(してん)なのです。

 何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、全ては主観の世界であり、自分自身の意識の中にしか存在していない世界なのです。

 現実は現実にあらず、全て幻です。

 現実は有ると言えば有るのですが、それは自分の意識の中にしか存在していませんので、全ては心の内の景色であり、言わば、幻なのです。

『幻の世と知って生きることに生命の輝きを見る』、こちらの記事の中でも書きましたが、自分が映す現実世界(宇宙)の全てがバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻であり、この世界が全て幻の世であることを知った上で生きることに、生命の輝きを見ることが大切になります。


自分の人生の主体者・創造主である魂にとっては、体験こそが喜びであり財産

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★魂にとっては、体験こそが喜びであり財産

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 大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂は、永遠の旅を続ける「意識」なのです。
「意識」である、我が魂にとっては、体験こそが喜びであり、財産であると言えます。

「意識」である魂は、自らが「想像=創造(そうぞう)」した世界を、体験して味わいたいのです。
「意識」というものは、それを映し出す「鏡」が必要であり、映し出す「鏡」が無いと、自らが「想像(そうぞう)」したイメージを、確認することが出来ないのです。

 肉体の衣を纏(まと)ったアバターでの体験を通して、「意識」である魂は、自らが「想像(そうぞう)」した世界を体験して味わい、「想像=創造(そうぞう)」の喜びを知ることが出来るのです。

 創造の主体者である、我が魂にとっては、全ての体験が、喜びの体験でしかなく、心を純化させ、「意識」を福化させる為に、自らが望んだことなのです。
 魂のさらなる輝きを求めて、光り輝く魂になることを求めて、魂の進化の為に、自ら「想像=創造(そうぞう)」した喜びの世界が、自分が映す現実世界なのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より


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現実世界とは、意識を映し出す「鏡」の世界であり内面の世界

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 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された「鏡」の世界であり、全ては自分の内面の世界です。

 多くの人たちは、自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがあると考えていますが、そうではありません。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が投影された、自分の内面の世界であり、全ては主観の世界なのです。

 自分自身の心の中にある心象風景とでも呼ぶべきものが、空間という、360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出されているだけなので、全ては心の内の景色なのです。

 全ては主観の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがある訳ではありません。
 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分自身の意識が投影された「鏡」の世界であり、自分の内面の世界であり、全ては主観の世界なのです。

 客観的世界など何処にも無く、全てが主観の世界であると言えます。

『現実世界とは、心を映し出す鏡』『現実世界とは』『現実は、幻の箱』『自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、心を映し出す「鏡」』などの過去記事もご参照下さい。


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人といつも繋がっていたいという感情が消えていく

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 現代では、インターネットやSNSの普及により、常に誰かと繋がっていないと不安に感じる人たちが増えているようです。

 しかし、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色であることが実感出来るようになると、寂しいという感情も消えていきますし、人といつも繋がっていたいという感情も消えていきます。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の心を映し出す「鏡」の世界であり、自分の心の内面の世界なのです。
 全ては自分の心の中にある心象風景であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の内面の世界なので、本当は、そこには誰もいる訳ではありません。
 自分しかいない世界であり、自分というものすらいない世界なのです。

 多くの人たちは、肉体を持った自分が本当の自分だと考えているので、肉体を持った自分がいて、自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがあると考えています。

 そして、友達が多いとか少ないとか、自分は孤独であるとか、孤独でないとか考えています。

 しかし、自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景が映し出されているだけなので、様々な登場人物たちも、必要に応じて、その時々で現れては消えているだけなのです。

 全ては、自分の心の中にある紋様にしか過ぎません。

 そのことが分かってくると、寂しいという感情もだんだん薄れてきますし、人といつも繋がっていたいという感情も消えていきます。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の意識の中にしか存在していないので、そこには本当は、誰もいる訳ではないのです。

 以前書いた『自分が映す現実世界(大宇宙)の全てが、心の内の景色であることが実感出来るようになると、寂しいという感情が薄れていく』も、ご参照下さい。


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今、自分が出会っている現実には、一切無駄というものが無い

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 今、自分が出会っている現実には、一切、無駄というものがありません。

 健康のこと、仕事のこと、お金のこと、家庭のこと、人間関係のことなど、全てが、今この瞬間の自分に一番ピッタリな形で出会っているので、そこには、一切、無駄というものが無いのです。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識を映し出す「鏡」の世界であり、自分の心が映し出された内面の世界、言わば、インナーワールドだからです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎないので、そこに映し出されているものの全ては、今この瞬間の自分自身にピッタリな紋様が映し出されています。

 ある部分だけがピッタリなのではなく、全てを含めて、今の自分にピッタリなのです。

 健康のことも、仕事のことも、お金のことも、家庭のことも、人間関係のことも、それらは全て、バラバラに存在しているのではなく、全てが皆繋がっています。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が映し出された「鏡」の世界であり、内面の世界であり、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎないので、そこに映し出されている景色の全ては、自分の心の中にある景色なのです。

 今、自分が出会っている現実の全ては、健康のことも、仕事のことも、お金のことも、家庭のことも、人間関係のことも、一切、無駄というものが無く、今この瞬間の自分にピッタリな場面が映し出されています。

 今この瞬間に自分が味わうべき景色が映し出されているのです。

 今、自分が出会っている現実には、一切、無駄というものが無いのです。


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現実世界は、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように味わい深いもの

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 自分が映す現実世界(宇宙)は常に、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように、味わい深いものです。

 頭から尻尾まで、中にあんこが一杯入っているので、頭から尻尾まで、全部楽しめます。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された内面の世界であり、自分の心を映し出す「鏡」の世界だからです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではなく、現実世界とは、自分の心の内面の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎません。

 もし、自分自身の心の中を見たければ、自分が映す現実世界(宇宙)を見るのが一番です。

 今、映し出されている現実世界(宇宙)が、今、自分の心の中にある心象風景なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中の心象風景にしか過ぎないので、自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、頭から尻尾まであんこがぎっしりと詰まった鯛焼きのように、全部楽しめます。

 鯛焼きのある部分にしかあんこが入っていない訳ではなく、頭でも尻尾でも、どこを食べてもあんこがぎっしりと詰まっているので、全部楽しめるのです。

 もしも今、自分が映す現実世界(宇宙)に現れる様々な紋様が、面白く感じられないとしたら、そここそが、今、自分が解除すべき場所になります。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された自分一人の世界であり、さらに言えば、自分すらいない世界なので、そこにはただ、自分を解放するプログラムが映し出されているだけなのです。

 肉体の自我意識が囚われている、自分という「我」を開放して、宇宙へと帰って行くプログラム上に現れているだけなので、そこには常に、今この瞬間の自分が味わうべき、様々な紋様が映し出されています。

 自分が映す現実世界(宇宙)のある部分しか味わえないということではなく、自分が映す現実世界(宇宙)の全てが味わえるものなのです。

 拡張した意識になると、例え、自分が映す現実世界(宇宙)がつらく感じられたとしても、そこには、たっぷりとあんこが詰まっていることが感じられます。

 自分が映す現実世界(宇宙)は常に、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように、味わい深いものであり、頭から尻尾まで、中にあんこが一杯入っているので、頭から尻尾まで、全部楽しめるものなのです。


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目に映る全てのものは、自分に向けられたメッセージ

 目に映る全てのものは、自分に向けられたメッセージであるとも言えます。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された内面の世界であり、自分の心が映し出された「鏡」の世界だからです。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、全てが心の内の景色であり、言わば、インナーワールドなのです。

 今この瞬間の自分の心の中にある心象景色が、ものの見事に映し出された世界なのです。

 そして、毎瞬毎瞬、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の心が映し出された「鏡」の世界なので、そこに映し出されている全ては、自分に向けられたメッセージであるとも言えます。

 目に映る全てのものが、自分に向けられたメッセージなのです。

 そこに存在しているかに見える全ての人や、事、ものは、ただ、自分を解放するプログラムとして存在しているだけです。

 肉体の自我意識が囚われている、自分という「我」を解放して、宇宙へと帰っていくプログラム上に存在してくれているだけなのです。

 今この瞬間の自分の心がものの見事に映し出された、自分が映す現実世界(宇宙)という「鏡」の世界の全てが、自分を解放するプログラム上に存在している、メッセージだらけの世界であるとも言えます。

 今この瞬間に自分が学ぶべきことの全ては、今この瞬間に自分が映す現実世界(宇宙)に、全て顕れています。

 瞬間瞬間に自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、瞬間瞬間に自分が学ぶべきことであり、そこに映し出されている全てが、自分に向けられたメッセージであるとも言えます。

 目に映る全てのものは、自分に向けられたメッセージであり、そして、自分を解放するプログラム上に存在している、愛のメッセージなのです。


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自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、心を映し出す「鏡」

 人は自分を映す「鏡」だと言われることがあります。

 その言葉自体は、間違いではないのですが、人だけではなく、自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、自分の心を映し出す「鏡」の世界です。

 人という「点」だけではなく、自分の目に映る現実世界(宇宙)という「面」の全てが、自分の意識が投影された内面の世界であり、自分の心が映し出された「鏡」の世界なのです。

 多くの人たちは、自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界があると考えていますが、自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が投影された内面の世界であり、自分の心を映し出す「鏡」の世界です。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、太陽も、月も、星も、宇宙の果てまでが、心を映し出す「鏡」の世界であり、心の中の心象風景です。
 全ては、心の内の景色なのです。

 人という「点」だけではなく、自分の目に映る現実世界(宇宙)という「面」の全てが、心を映し出す「鏡」の世界であり、「大いなる私」の中にある、多様なる様々な紋様なのです。

 全ては心の内の景色であり、言わば、インナーワールドなのです。


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大宇宙意識の全知全能の光が織り成す3Dホログラムの世界

 物理的大宇宙とは、大宇宙意識の全知全能の光が織り成す3Dホログラムのような世界です。

 私たちが見ている、この物理的大宇宙とは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識の全知全能の光によって織り成される、3Dホログラムのような世界なのです。

 3Dホログラムという言葉に、あまり馴染みの無い方もおられるかと思います。
 簡単に言うと、3Dホログラムとは、ホログラフィーという技術によって映し出される三次元(3D)の光の映像になります。

 ホログラフィーは、3次元像を記録した写真(ホログラム)の製造技術のことであり、情報の記録にも利用することができるとのことです。
 ホログラフィーは、1947年にハンガリーの物理学者ガーボル・デーネシュによって発明されたとのことで、ガーボル・デーネシュは1971年にノーベル物理学賞を受賞したとのことです。

 言葉で説明するよりも、「百聞は一見に如かず」で、見てみるのが一番です。
 電脳アイドル・初音ミクの3Dホログラムです。

 この大宇宙は、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界と、大宇宙の仮相(仮の姿)である相対世界(物理的大宇宙)から成り立っています。

 絶対世界とは、時間も無ければ空間も無く、時空を超越した根源の世界であり、そこにはただ、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、大宇宙意識という「純粋意識」だけが実在しています。

 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 相対世界である物理的大宇宙とは、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを映し出す「鏡」の世界であり、絶対世界を映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「映し世(うつしよ)」なのです。

 物理的大宇宙(相対世界)は、絶対世界を映し出すバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識の全知全能の光が織り成す3Dホログラムのような世界なのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体・根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけなのです。

 大宇宙の仮相(仮の姿)の世界である物理的大宇宙(相対世界)とは、絶対世界を映し出す3Dホログラムのような世界なのです。

 3Dホログラムの映像がまとめられているサイトがありますので、参照されるとよいかと思います。
 そこに登場する、マイケル・ジャクソンやマライア・キャリー、エルビス・プレスリーなどは、何れも、3Dホログラムの光の映像なのです。

 3Dホログラムの映像がまとめられているサイトです。
 「3Dホログラムはここまで進化した!ホログラム映像まとめ」



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現実世界とは、自分一人の世界なので、依存する者は誰もいない

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色であり、言わば、幻です。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分一人の世界であり、自分の心の心象風景にしか過ぎないので、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分一人の世界であり、インナーワールドなので、依存する者は、誰もいません。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分一人の世界であり、自分すらいない世界なので、誰も依存する者はいないのです。

 多くの人たちは、自分がいて、自分の外に、何か確固とした客観的世界があり、それが現実世界だと考えています。
 そして、自分の外にいる、誰かに依存しようとする傾向があります。
 依存という創造をかけてしまうのです。

 しかし、依存する者はありません。
 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、自分自身の心を映し出す「鏡」の世界なのです。

 そこに映し出されている様々な紋様は、自分の心の中の心象風景にしか過ぎないので、自分が映す現実世界(宇宙)には、誰も依存する者はいないのです。
 誰にも依存することは出来ません。

 誰かに精神的に依存しようとしても、何れは、そこではありませんよ、ということを、天に思い知らされることになります。
 自分が映す現実世界(宇宙)に現れる様々な登場人物は、自分の心の中の心象風景として、その時々で、必要に応じて、様々な紋様となって顕れているだけなので、誰にも依存することは出来ないのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された内面の世界であり、自分一人の世界であり、自分すらいない世界なので、誰かに依存するということは、本来あり得ないことなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の心の中にある心象風景なので、そこには本当は誰もいる訳ではありません。
 自分一人の世界であり、自分すらいない世界なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)には、誰も依存する者はなく、誰も頼りとする者はいないことを知って、生きるという創造の旅を楽しんでいくことが大切になります。


自分が瞬間瞬間に味わう感情と、四季・天候・その瞬間の景色・風景は、全部繋がっている

 梅雨が明け、本格的に夏が到来しました。
 私は、夏が好きです。
 自分が夏に生まれたこともあるのかも知れませんが、四季の中では、夏が一番好きであり、人生の輝きというものを、一番感じさせてくれる季節だと思います。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識を投影した自分の内面の世界であり、自分自身の中にある心の心象風景が外に現れているだけなので、自分が瞬間瞬間に味わう感情と、その瞬間瞬間に自分が映す現実世界(宇宙)とは、全部繋がっています。

 自分が喜びを感じたり、悲しみを感じたりした時、自分が味わった感情は、その時の四季や、その日の天候、その瞬間に吹いている風の感じや、太陽の輝き、雲の様子、雨の降り方、雪が舞う様子などと、全部繋がっているのです。

 自然の風景だけではなく、自分が瞬間瞬間に感じる感情と、その瞬間瞬間における周りの状況は全部繋がっています。
 例えば、車が行き来している風景や、人が歩いている風景など、全てを含めて、自分がその瞬間に感じた感情と、その瞬間に自分が映す現実世界(宇宙)の風景とは、全部繋がっているのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではなく、現実世界とは、自分の意識が映し出された「鏡」の世界であり、内面の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、自分の心の中の心象風景にしか過ぎないことが実感出来るようになってくると、自分が瞬間瞬間に味わう感情の全てが、その瞬間瞬間に映し出される現実世界(宇宙)と一つであることが、実感出来ます。

 日本という国は、四季折々の変化に富んだ素晴らしい国だと思います。
 私は、日本という国に生まれて来て、本当に良かったと思っています。
 そして、夏というのは、人生の輝きというものを、一番感じさせてくれる季節だと思います。

全ては、自分の意識の中で起きている

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色であり、言わば、インナーワールドなのです。
 
 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識の内面の世界が映し出された「鏡」の世界であり、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。
 ですから、自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の意識の中で起きています。
 
 例えば、音というのは、自分の耳の外から聞こえてくると、多くの人たちは思っていますが、本当は、自分の意識の中で鳴っているのです。

 確かに、この世的には、外で音が鳴っていて、それが自分の耳の中に入ってくるから聞こえているのだと、一見、感じられます。
 音の音源に近づけば、音は大きくなりますし、音源から離れれば、音は小さくなります。
 防音装置などを付ければ、音をシャットアウトすることが出来ます。

 しかし、自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分自身の意識の中にしか存在していませんので、外から聞こえてくるように感じられる音というのも、本当は、自分自身の意識の中で鳴っているのです。

 これは、理屈ではないので、自分が映す現実世界(大宇宙)の全てが、自分自身の意識の中にしか存在していないことが実感出来るようになると、外から聞こえてくるように思える音というのも、本当は、自分自身の意識の中で鳴っているのだということを、実感出来るようになります。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の意識を映し出す「鏡」の世界であり、自分の意識が映し出されたバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

この現象界(物理的大宇宙)は、絶対世界(大宇宙の本質の世界)の「映(うつ)し世」

 現世のことを、「うつしよ」と呼ぶことがあります。

 一般的には、「うつし世」、「現し世」、あるいは「顕し世」と書き表されており、移り変わる、儚(はかな)い現世に対して用いられることが多いようです。

 神道においては、「現世」と書いて、古語においては、「うつしよ」と呼んだようです。

 この現世、現実世界のことが、「うつしよ」と呼ばれることには、なかなか奥深いものがあるように思います。

 実は、この物理的大宇宙(現象界)とは、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界であり、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界の「映(うつ)し世」として存在している世界だからです。

 この大宇宙は、絶対世界と相対世界から成り立っています。

 絶対世界とは、大宇宙の実相(本質)の世界であり、大宇宙の全てのエネルギーの源となる、根源の世界であり、そこは非物質な世界です。
 これに対して、相対世界とは、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界であり、現象界としての物理的大宇宙は、相対世界に属しています。

 絶対世界とは、時間も無ければ空間も無い、時空を超越した非物質な世界であり、そこに唯一実在しているのは、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)の「純粋意識」のみです。

 大宇宙の根本主体であり、根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。

 物理的大宇宙(現象界)の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 相対世界である物理的大宇宙とは、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為の「映(うつ)し世」として「創造(そうぞう)」されている世界なのです。

 相対世界である物理的大宇宙とは、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージが「投影」された「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界であり、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。
 大宇宙意識の全知全能の光によって織り成されている、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

「純粋意識」である大宇宙意識は、自らの「意識」の中を映し出して体験する場としての現象界(物理的大宇宙)を必要とします。

 絶対世界と相対世界は、表裏一体、密接不可分の関係として、同時に存在しています。

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の内容を、ご紹介致します!

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の内容を、ご紹介致します!
「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」表紙カバー.jpg         四六判  270ページ
         価 格  本体1400円+税
         発 行  表現社(表現社図書)

   はじめに
 この大宇宙には、たった一つの存在しか実在していません。
 この大宇宙に、本当に実在しているのは、たった一つの存在なのです。

 それは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主という存在なのです。
 本書においては、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。

 物理的大宇宙の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって「想像=創造(そうぞう)」された世界であり、全てが大宇宙意識の光の中にあり、そこに存在している全てのものは、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 この大宇宙の森羅万象の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって繰り広げられている壮大なゲームであり、全ては「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」と呼べるものなのです。

 物理的大宇宙の全ては、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識が、自らが持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を体験して味わう為の「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界なので、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世界なのです。

 これを知ることが、本質的に最も大切なことであり、このことが理解出来て初めて、自分という存在は何なのか、自分は何故今ここに存在して生きているのか、自分が映す現実世界とは何なのか、という謎も解けてきます。

 ただ、この大宇宙に本当に実在しているのは、唯一、根本創造主である大宇宙意識のみであることは、知識や学問などによっては知る由も無く、体験的に知る他無いので、ある種の「神我一如」、あるいは「梵我一如」とでも言うべき体験が必要になります。

 しかし、体験的に知らなくても、私たち人間一人ひとりは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)なので、私たち一人ひとりの「意識」を一番奥深くまで遡れば、最終的には、根本創造主である大宇宙意識まで辿り着くことになります。

 ですから、私たち人間一人ひとりは、「意識」の一番奥深い部分においては、この大宇宙の全てを知っているとも言えるのです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)とは、宇宙空間の何処か彼方に存在しているのではありません。
 大宇宙の根本主体である大宇宙意識とは、全知全能の「純粋意識」として存在しており、それは、私たち一人ひとりの「意識」の一番奥深くに内在しているものなのです。

 そのことを想い出していく手助けとして、本書をご活用頂ければ、これに勝る喜びはございません。
                                                             大和富士  

   目   次
はじめに
 
根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在
  根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在
  絶対世界と相対世界
  絶対世界とは
  根本創造主(大宇宙意識)とは、全知全能の「純粋意識」
  想像(そうぞう)=創造(そうぞう)
  根本創造主が唯一行っているのは、「想像=創造(そうぞう)」という仕事
  相対世界とは、絶対世界を映し出して体験する為の「映(うつ)し世」
  全ては、根本創造主(大宇宙意識)の顕れ
  物理的大宇宙(相対世界)は、仮相(仮の姿)の世界
  物理的大宇宙は、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界
  物理的大宇宙の全ては、根本創造主(大宇宙意識)の光の中
  全ては、「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」
  根本創造主(大宇宙意識)の孤独
  全ては、根本創造主(大宇宙意識)の弥栄
  一切無、一切幻
  大宇宙の全ては完
  大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
  宇宙的な観点の中では、善悪は存在していない
  多様性こそが大宇宙の豊かさ
  大宇宙=無限
  「あり得ない」ということこそ「あり得ない」――あらゆることがあり得る
  神についての二つの概念
  「意識」の一番奥深くに内在している根本創造主(大宇宙意識)

永遠(とわ)の中今
  永遠(とわ)の中今
  永遠とは
  大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
  大宇宙の森羅万象を貫く一つの力学(法則)
  大宇宙意識の見えざる糸(意図)
  全ては大宇宙の計画の中
  全ては必然、一切偶然なし
  過去も未来も、今、同時に存在している
  未来からやって来る時間
  未来は一〇〇パーセント確定している
  大宇宙の過去と未来の全てが、元々存在している
  大宇宙の全ての時空が、元々存在している
  ありとあらゆる全てのものが、元々存在している
  「想像=創造(そうぞう)」し得る限りの全てのものが元々存在している
  大宇宙の全ては、元々完成している
  大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
  ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)

大宇宙意識と本源の我
  大宇宙意識と本源の我
  「意識」の中に大宇宙がある
  大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙がある
  物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」
  「意識」というものは、それを映し出す「鏡」が必要
  ここは「意識」の海の中
  一人ひとりが自分の宇宙(世界)の創造主
  現実世界とは
  自分一人の世界
  全てが主観の世界
  自分が変われば世界が変わる
  心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く
  生きる目的
  今ここに自分が存在している理由
  今ここに存在している自分は、アバターにしか過ぎない
  魂を自分の肉体の外に想像
  多次元に生きる、本源の我
  永遠の旅をしている我が魂の夢
  魂にとっては、体験こそが喜びであり財産
  魂の進化
  魂の願い
  心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
  魂の進化の場として与えられた運動場
  魂の進化としての道の最短距離
  魂の夢
  今を良しとする力、全てを完として捉える力
  どれだけの「意識」を創れたかが大切
  自分を解放するプログラム
  自分の唯一のプログラム
  本当は誰もいない――ただ大宇宙がある
  全ては我が魂の計画の中
  魂の記憶を蘇らせる
  魂の記憶が蘇ると、人生の全てが、予定通りだったことを想い出す
  人生は一〇〇パーセント決まっている
  大宇宙意識の操り人形
  「想いは実現する」とは
  ここは「追想の中」
  自分の中に全ての答えがある
  明日を感じて今日を生きる
  心と感じるままに、生きてみる
  生きるとは、創造すること
  今、目の前にある道が、黄金の道
  現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている
  空間を最高の友として遊ぶ
  豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる
  魂の夢、光り輝く魂
  幻の世と知って生きることに、生命の輝きを見る
  自分の中に内在している、大宇宙意識の想いを感じて生きる

 おわりに

   おわりに
 この大宇宙は、「意識」というものによって成り立っています。
 この大宇宙を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」というものなのです。

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけなのです。
 現象界である物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 本源の我であり、真我である、我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つとして、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。
 
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、自分自身の「意識」の中にあるものなのです。

 そして、自分の「意識」の一番奥深くには、大宇宙の根本主体である大宇宙意識が内在しています。
 ですから、自分の中には、この大宇宙の全てがあるのです。

 自分の「意識」の中にある、「無限」の大宇宙を感じて生きることが大切になります。
 自分の中に内在している、大宇宙意識の想いを感じて生きることが大切になります。

 西暦二〇一四年(平成二六年)四月吉日              大和富士


現実は、幻の箱

 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色、言わば、幻です。

 自分の心の中にある心象風景とでも言うべきものを、空間というスクリーンに映し出して見ているだけなので、全ては自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分の脳が情報処理・画像処理した結果を、空間という、360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなので、言わば、テレビや映画を見ているのと同じような状態であると言えます。

 自分の脳が情報処理・画像処理した結果を、モニターで見ているようなものなのです。

 自分が見ている現実世界とは、言わば、自分の脳が創り出した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではなく、現実世界とは、自分の脳が創り出した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、自分の脳が創り出した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なので、現実とは幻の箱なのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではありません。
 現実世界とは、自分の内面の世界であり、自分の脳が創り出した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の箱なのです。

 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した、バーチャルな幻の箱なので、自分自身の意識が変われば、現実という幻の箱も変わります。

 意識が変わる時は、一瞬なのです。
 自分自身の意識が変われば変わった分だけ、現実世界は、違ったふうに見えてきます。
 自分自身の意識が変われば変わった分だけ、現実世界に対する捉え方・認識が変わるのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではないということなのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがあると考えているうちは、まだ、本来の創造の出発点に立っているとは言えません。

 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した内面の世界、インナーワールドであり、自分の脳が創り出した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の箱だと認識出来たところから、本来の創造が始まります。

「幻の世と知って生きることに、生命の輝きを見る」という、本来の創造、新たな創造の旅が、そこからようやく始まるのです。

自分の意識が変われば、過去に対する認識も変わる

 自分が映す現実世界とは、自分の意識を投影した自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドです。
 全ては心の内の景色であり、言わば、幻なのです。

 自分の意識が変われば、現実世界に対する捉え方・認識も変わります。
 自分の意識が変われば、過去に対する捉え方・認識も変わるのです。
 意識が変わる時は、一瞬なのです。

 過去の全ては、自分の脳の記憶の中に存在しているだけであり、自分の認識にしか過ぎません。

 昔はこうだったのに、とか、自分は昔こうだった、とか、あの人は昔、自分にこんなひどいことを言ったとか、こんなひどいことをしたとか・・・・・。

 それらの全ては、自分の脳の記憶にしか過ぎず、自分の認識でしかありません。

 自分自身の意識が変われば、過去に対する捉え方・認識も変わるのです。

 過去に囚われる必要は、ありません。
 過去の全ては、自分の認識にしか過ぎないのです。

 今ここに生きることが、常なるテーマです。

 今ここに生きる時、過去の全ては、淡く感じられてきます。
 過去の全ては、自分の脳の記憶にしか過ぎず、自分の認識でしかないのです。

 自分の意識が変われば、過去に対する捉え方・認識も変わるのです。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」が、本日5月15日、発売日を迎えました!

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四六版  245ページ

価 格  本体価格1700円+税

発 売  星 雲 社

書籍「魂の夢、光り輝く魂」が、本日5月15日、発売日を迎えました!
既に、全国の書店並びにアマゾン等のオンライン書店でも、販売が開始されています。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」は、21世紀の新しい世界観「開眼世界観」に基づき、自分の人生の主体者・創造者であり、本源の我、真我である、我が魂の視点から、生きるということの本質について光を当てた書であり、生きるとは何かについて知る為の必読の書とも言える内容になっています。

ぜひ、本書をお読みいただき、魂の蘇り、魂の出産、魂の春を迎える為の一助にしていただければ、これに勝る喜びはございません。

書籍の内容につきましては、「書籍のページ」をご参照下さい。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」は、電子書籍でもご購読いただけます!
電子書籍には、EPUB方式(Amazon Kindle、楽天KOBO、紀伊国屋書店Kinoppyなど)とXMDF方式(GALAPAGOS STORE、ドコモ dマーケット BOOKストアなど)の2種類がありますが、両方に対応しておりますので、ほとんどの主な電子書店にてご購読が可能となります!

電子書籍での配信開始は、5月下旬頃になる予定です。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」の先行販売を開始致します!

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四六版  245ページ

価 格  本体価格1700円+税

発 売  星 雲 社

書籍「魂の夢、光り輝く魂」が完成致しました!
全国の書店並びにアマゾン等のオンライン書店での発売日5月15日に先駆けて、先行販売を開始致します!

書籍の内容につきましては、「書籍のページ」をご参照下さい。
ご注文は、「ご注文・ご予約ページ」からお願い致します。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」は、電子書籍でもご購読いただけます!
電子書籍には、EPUB方式(Amazon Kindle、楽天KOBO、紀伊国屋書店Kinoppyなど)とXMDF方式(GALAPAGOS STORE、ドコモ dマーケット BOOKストアなど)の2種類がありますが、両方に対応しておりますので、ほとんどの主な電子書店にてご購読が可能となります!

電子書籍での配信開始は、5月下旬頃になる予定です。

書籍「魂の夢、光り輝く魂」の内容をご紹介致します!

2014年(平成26年)5月15日発売、書籍「魂の夢、光り輝く魂」の内容をご紹介致します!

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四六版  245ページ
価 格  1700円+税
発 売  星 雲 社
  書籍「魂の夢、光り輝く魂」は、電子書籍でもご購読頂けます!

電子書籍には、EPUB方式(Amazon Kindle、楽天KOBO、紀伊国屋書店Kinoppyなど)とXMDF方式(GALAPAGOS STORE、ドコモ dマーケット BOOKストアなど)の2種類がありますが、両方に対応しておりますので、主な電子書店にてご購読が可能となります!

はじめに

 生きるとは何か・・・。
 古今東西を問わず、全ての人々にとっての根源的な問いである、生きるとは何を意味するのでしょうか。

 生きるとは何かについて知る為には、まず、この大宇宙の本質について知る必要があります。
 そして、大宇宙と自分自身との関係を知る必要があります。
 そして、自分が映す現実世界とは何なのかについて知る必要があります。

 この三つの要点をきちんと把握しない限りは、生きるという事の本質は捉えられないと思います。

 この二一世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
 有史以来数千年の人類の古い世界観そのものが、新たな世界観へと入れ替わる時を迎えています。

 本書において、新たな世界観に基づき、生きるとは何かについて、考察してみたいと思います。

                             大和富士 


目  次
 はじめに

大 宇 宙
 絶対世界と相対世界
 根本創造主という唯一の実在
 全ては、神の顕れ
 想像(そうぞう)=創造(そうぞう)
 大宇宙=無限
 永遠(とわ)の中今
 永遠とは
 大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
 「あり得ない」という事こそ「あり得ない」―あらゆる事があり得る
 大宇宙の全ては、光の中
 物理的大宇宙は、仮相(仮の姿)の世界
 全ては、神の戯れ(リーラ)
 根本創造主の孤独
 絶対の静寂(しじま)ー絶対世界とは
 大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
 一切無、一切幻
 大宇宙の全ては完
 全ては、大宇宙(神)の弥栄
 大宇宙の森羅万象を貫く一つの力学(法則)
 全ては、大宇宙の計画の中
 全ては必然、一切偶然なし
 未来からやって来る時間
 未来は、確定的に存在している
 大宇宙は、多重多次元構造
 大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
 ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)

新しい世界観
  大宇宙意識と本源の我
  意識の中に大宇宙がある
  一人一人が自分の宇宙(世界)の創造主
  現実世界とは
  自分一人の世界
  全てが主観の世界
  自分が変われば世界が変わる
  心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く
  魂の進化
  魂の願い
  心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
  魂の進化の場として与えられた運動場
  魂の夢
  今を良しとする力、全てを完として捉える力
  どれだけの意識を創れたかが大切
  自分を解放するプログラム
  自分の唯一のプログラム
  本当は誰もいないーただ大宇宙がある
  魂の進化としての道の最短距離
  全て幻、全て問題なし
  思い通りでないところが、全て思い通りだと気付く
  困る出来事あらず
  人のせい、社会のせいなど存在しない
  後悔するという思考を消滅へと向かわせる
  映る世に心を傾けない
  幸福なるもの形にあらず
  幸・不幸という概念を超える
  プラス思考を超える
  受ける難、全て福
  人生の悩み・苦しみの根底にあるもの その1
  人生の悩み・苦しみの根底にあるもの その2
  幻の世と知って生きる事に、生命の輝きを見る
  人は常に、自分が最も学び、成長し、進化出来る最善の場所にいる
  現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている
  宇宙はメッセージだらけ
  真のワンネスとは
  真(まこと)のみを映す鏡
  全ては愛のメッセージ
  生きるとは、創造する事
  全てを喜びに変える創造
  この世界は自分次第
  空間を最高の友として遊ぶ
  豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる
  あらゆる否定を無くする
  この世にあるもの全てが御魂の肥やし
  肉体という衣について
  自分の両親を自ら選んで生まれて来ている
  多次元に生きる、本源の我
  魂を自分の肉体の外に想像
  今ここに生きる事が、常なるテーマ
  ここは「追想の中」
  明日を感じて今日を生きる
  自分の中に全ての答えがあるー内的な知り方と外的な知り方
  魂の記憶を蘇らせる
  魂の記憶が蘇ると、人生の全てが、予定通りだった事を想い出す
  全ては我が魂の計画
  生きているうれしさをやさしく感じる
  自分の肉体を超えた、自分の本質の光を想い出す
  人生の全ては輝きの中のものー内なる光は消える事なく私を照らす
  魂の夢、光り輝く魂

 おわりに

おわりに

 この二一世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
 
 それに伴い、私達人類の世界観そのものが、大きく変わろうとしています。
 有史以来数千年の古い世界観そのものが、新しい世界観に入れ替わる時を迎えようとしているのです。
 現実世界に対する捉え方そのものが、根本的に変わろうとしています。

 自分と自分以外を分け、自と他を分けた思考形態の中で、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界があるのだと捉えた認識そのものが、消えていこうとしています。

 自分が映す現実世界は、全て心の内だと分かり、自分と世界は分かれてはいないのだと知る事になるのです。
 自分と空間は一つであり、全ては、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドである事を知る事になるのです。

 自分の現実は全て、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂が、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものであり、全ては最善の目的の為に起きている事を知る事になります。

 これにより、幸福・不幸という概念そのものが、消えていこうとしています。
 肉体の自我意識(表面意識)の視点から、様々な出来事を幸・不幸、運・不運と捉えてきた認識そのものが、消えていこうとしているのです。

 言わば、幸・不幸という概念すら超えた高みへと、私達人類の意識は、これから飛翔しようとしているのです。

 自分の人生の主体者・創造者であり、本源の我、真我である、我が魂の想いを感じ、魂の願いに意識を合わせられるようになると、幸福・不幸という概念そのものが消えていく事になるのです。

 永遠不滅の存在であり、天上界へと無限に続く意識の旅をしている我が魂の願いは唯一点、光り輝く魂になる事なのです。
 魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、我が魂は、全ての現実を「想像=創造(そうぞう)」しているのです。

 自分が映す現実世界は全て心の内だと分かり、豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくるのを体験する時、光り輝く魂になる事を求めて、この人生の全てを「想像=創造(そうぞう)」した、我が魂の夢を想い出す事になるのです。

 西暦二〇一四年(平成二六年)三月吉日
                            大和富士 


今ここに存在している自分は、アバターにしか過ぎない

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★今ここに存在している自分は、アバターにしか過ぎない

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 今ここに、肉体という衣を纏(まと)って存在している自分は、言わば、アバターとしての自分であり、本当の自分自身ではありません。

 本当の自分自身とは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂という「意識」なのです。

 本当の自分自身である、我が魂という「意識」が「想像=創造(そうぞう)」した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を体験して味わう為に、肉体という衣を纏(まと)って存在しているアバターが、今生きている自分という存在なのです。
 肉体を持った自分というのは、あくまでも、アバターとしての自分でしかないので、本当の自分自身ではありません。

 アバターとは、化身とか、分身というような意味で使われており、自分の分身となるキャラクターを意味する言葉です。
 肉体を持った自分というのは、本当の自分自身ではなく、本源の我である、我が魂の分身として存在しているアバターにしか過ぎないのです。

 肉体を持った自分というのは、あくまでも、アバターとしての存在にしか過ぎないので、アバターの中に、本当の自分自身がいる訳ではありません。

 物質というものを「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」であるということを、もう一度想い出してみて下さい。
 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の中に、自分の「意識」がある訳ではなく、自分の「意識」の中に、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)があるのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙(現実世界)というものがあり、その中の地球という星の中にある、日本という国に、肉体を持った自分が存在していて、その自分が「意識」を持っているのではありません。

 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、本源の我である、我が魂という「意識」の中にある世界なので、アバターである肉体の中に、「意識」である魂が存在している訳ではありません。
 物質の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に物質が存在しているのです。

 今ここに存在している自分というのは、アバターにしか過ぎません。
 大宇宙意識の分霊であり、本源の我、真我である、我が魂という「意識」は、アバターである肉体の中には存在していません。

 
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より


大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙がある

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙がある

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)とは、自分の「意識」の中にある世界なのです。
 従って、自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙(現実世界)というものがある訳ではありません。

 多くの人達は、自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙が存在すると考えています。
 自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙というものがあり、その中の地球という星に、肉体を持った自分が存在していて、その自分が「意識」を持っていると考えています。
 そうではなく、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、自分自身の「意識」の中に存在している世界なのです。

 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)を創り出しているのは、実は、自分自身の「意識」というものなのです。

 自分の「意識」の中に、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)があるのであり、物理的大宇宙(現実世界)の中に、自分の「意識」がある訳ではありません。

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

 とても奇想天外に聞こえるかも知れませんが、最先端の物理学では、この事が理解出来るようにもなってきているようです。

 この21世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
 有史以来数千年の人類の古い世界観そのものが、新たな世界観に入れ替わる時を迎えていますので、いずれ多くの人達が、この事を理解出来るようになっていく筈です。

 天動説が地動説に変わるような、コペルニクス的大転回を、私達人類は、これから経験する事になるのです。
 自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙(現実世界)があると捉えてきた認識そのものが、180度入れ替わる時を迎えます。

 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、自分の「意識」を投影した、自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドである事を知る時を迎えるのです。

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙がある、という認識に、私達人類が到達出来る時代を迎えようとしているのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より

7月17日発売、「魂の夢、光り輝く魂」の内容をご紹介致します!

7月17日発売、新著「魂の夢、光り輝く魂」の内容をご紹介致します!

  電子書籍「魂の夢、光り輝く魂」
       豊かなる心の位置で
       豊かなる世界が現れてくる

   四六判  244ページ
   価  格  1200円+税
   当ホームページよりPDFファイルにてダウンロード購読


はじめに

 生きるとは何か・・・。
 古今東西を問わず、全ての人々にとっての根源的な問いである、生きるとは何を意味するのでしょうか。

 生きるとは何かについて知る為には、まず、この大宇宙の本質について知る必要があります。
 そして、大宇宙と自分自身との関係を知る必要があります。
 そして、自分が映す現実世界とは何なのかについて知る必要があります。

 この三つの要点をきちんと把握しない限りは、生きるという事の本質は捉えられないと思います。

 この二一世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
 有史以来数千年の人類の古い世界観そのものが、新たな世界観へと入れ替わる時を迎えています。

 本書において、新たな世界観に基づき、生きるとは何かについて、考察してみたいと思います。

                                        大和富士 


目  次

 はじめに

大 宇 宙
 絶対世界と相対世界
 根本創造主という唯一の実在
 全ては、神の顕れ
 想像(そうぞう)=創造(そうぞう)
 大宇宙=無限
 永遠(とわ)の中今
 永遠とは
 大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
 「あり得ない」という事こそ「あり得ない」―あらゆる事があり得る
 大宇宙の全ては、光の中
 物理的大宇宙は、仮相(仮の姿)の世界
 全ては、神の戯れ(リーラ)
 根本創造主の孤独
 絶対の静寂(しじま)ー絶対世界とは
 大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
 一切無、一切幻
 大宇宙の全ては完
 全ては、大宇宙(神)の弥栄
 大宇宙の森羅万象を貫く一つの力学(法則)
 全ては、大宇宙の計画の中
 全ては必然、一切偶然なし
 未来からやって来る時間
 未来は、確定的に存在している
 大宇宙は、多重多次元構造
 大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
 ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)

新しい世界観
 大宇宙意識と本源の我
  意識の中に大宇宙がある
  一人一人が自分の宇宙(世界)の創造主
  現実世界とは
  自分一人の世界
  全てが主観の世界
  自分が変われば世界が変わる
  心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く
  魂の進化
  魂の願い
  心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
  魂の進化の場として与えられた運動場
  魂の夢
  今を良しとする力、全てを完として捉える力
  どれだけの意識を創れたかが大切
  自分を解放するプログラム
  自分の唯一のプログラム
  本当は誰もいないーただ大宇宙がある
  魂の進化としての道の最短距離
  全て幻、全て問題なし
  思い通りでないところが、全て思い通りだと気付く
  困る出来事あらず
  人のせい、社会のせいなど存在しない
  後悔するという思考を消滅へと向かわせる
  映る世に心を傾けない
  幸福なるもの形にあらず
  幸・不幸という概念を超える
  プラス思考を超える
  受ける難、全て福
  人生の悩み・苦しみの根底にあるもの 1
  人生の悩み・苦しみの根底にあるもの 2
  幻の世と知って生きる事に、生命の輝きを見る
  人は常に、自分が最も学び、成長し、進化出来る最善の場所にいる
  現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている
  宇宙はメッセージだらけ
  真のワンネスとは
  真(まこと)のみを映す鏡
  全ては愛のメッセージ
  生きるとは、創造する事
  全てを喜びに変える創造
  この世界は自分次第
  空間を最高の友として遊ぶ
  豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる
  あらゆる否定を無くする
  この世にあるもの全てが御魂の肥やし
  肉体という衣について
  自分の両親を自ら選んで生まれて来ている
  多次元に生きる、本源の我
  魂を自分の肉体の外に想像
  今ここに生きる事が、常なるテーマ
  ここは「追想の中」
  明日を感じて今日を生きる
  自分の中に全ての答えがあるー内的な知り方と外的な知り方
  魂の記憶を蘇らせる
  魂の記憶が蘇ると、人生の全てが、予定通りだった事を想い出す
  全ては我が魂の計画
  生きているうれしさをやさしく感じる
  自分の肉体を超えた、自分の本質の光を想い出す
  人生の全ては輝きの中のものー内なる光は消える事なく私を照らす
  魂の夢、光り輝く魂

 おわりに

おわりに

 この二一世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
 
それに伴い、私達人類の世界観そのものが、大きく変わろうとしています。
 有史以来数千年の古い世界観そのものが、新しい世界観に入れ替わる時を迎えようとしているのです。
 現実世界に対する捉え方そのものが、根本的に変わろうとしています。

 自分と自分以外を分け、自と他を分けた思考形態の中で、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界があるのだと捉えた認識そのものが、消えていこうとしています。

 自分が映す現実世界は、全て心の内だと分かり、自分と世界は分かれてはいないのだと知る事になるのです。
 自分と空間は一つであり、全ては、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、言わば、インナーワールドである事を知る事になるのです。

 自分の現実は全て、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂が、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものであり、全ては最善の目的の為に起きている事を知る事になります。

 これにより、幸福・不幸という概念そのものが、消えていこうとしています。
 肉体の自我意識(表面意識)の視点から、様々な出来事を幸・不幸、運・不運と捉えてきた認識そのものが、消えていこうとしているのです。

 言わば、幸・不幸という概念すら超えた高みへと、私達人類の意識は、これから飛翔しようとしているのです。

 自分の人生の主体者・創造者であり、本源の我、真我である、我が魂の想いを感じ、魂の願いに意識を合わせられるようになると、幸福・不幸という概念そのものが消えていく事になるのです。

 永遠不滅の存在であり、天上界へと無限に続く意識の旅をしている我が魂の願いは唯一点、光り輝く魂になる事なのです。
 魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、我が魂は、全ての現実を「想像=創造(そうぞう)」しているのです。

 自分が映す現実世界は全て心の内だと分かり、豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくるのを体験する時、光り輝く魂になる事を求めて、この人生の全てを「想像=創造(そうぞう)」した、我が魂の夢を想い出す事になるのです。

 西暦二〇一三年(平成二五年)六月一日
                                                    大和富士 

本当は誰もいないーただ大宇宙がある

 自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界、言わばインナーワールドであり、自分一人の世界なので、自分しかいない世界だと言えます。

 ところが、自分という存在も、大宇宙に無数に存在する座標軸の中の一つの点にしか過ぎません。
 大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つであり、ある一つの角度・視点を受け持って、大宇宙を映し出して見ているテレビカメラの中の一つにしか過ぎないので、自分自身という者すら、本当はいる訳でもないのです。

 この大宇宙に唯一実在しているのは大宇宙意識のみであり、物理的大宇宙の全ては大宇宙意識の顕れなので、自分という存在も、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、ある一つの角度・視点から大宇宙を映し出して見ている「支店=視点(してん)」の中の一つにしか過ぎないのです。

 自分が見ている現実世界とは、自分一人の世界であり、自分しかいない世界なのですが、自分という者すら本当はいる訳ではないので、自分すらいない世界であり、誰もいない世界だという事になります。

 自分が見ている現実世界には、本当は誰もいません。
 ただ、大宇宙意識とも言うべき大宇宙があるだけなのです。


自分の唯一のプログラム

 自分の目に映る現実世界とは、全て心の内であり、そこに存在しているかに見える全ての人や、事、ものは、自分を解放するプログラムとして存在しているだけです。
 自分を解放し、宇宙へと帰るプログラムとして、存在してくれているだけなのです。

 そして、自分が体験するプログラムとは、自分の唯一のプログラムなのです。
 この大宇宙に二つと同じものが無い、自分の唯一のプログラムなのです。

 本源の我、真我である、我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙に無数に存在する座標軸の中の、ある一つの点です。
 大宇宙に無数に存在する、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、そこから大宇宙を映し出し、大宇宙を味わって体験している存在なのです。

 そして、肉体の自我意識(表面意識)がとらわれている、自分という「我」を外し、自分を解放して、宇宙へと帰る旅をしている存在なのです。

 自分という者すら、本当はいる訳ではないので、その事を想い出し、宇宙へと帰って行くプログラムがあるのです。
 自分を解放するプログラムとして、自分の唯一のプログラムを体験しているのです。


自分を解放するプログラム

 自分の目に映る現実世界とは、自分の意識が創り出した世界であり、全て心の内、言わば、幻の世界です。

 そこに存在しているかに見える全ての人や、事、ものは、ただ、自分を解放するプログラムとして存在しているだけです。
 自分を解放し、宇宙へと帰るプログラムとして、存在してくれているだけなのです。

 ですから、自分が映す現実世界にとらわれ過ぎず、心を傾け過ぎない事が大切になります。
 何かに強くとらわれたり、執着したりするところに答えがある訳ではなく、心を無地透明にして、いずこにもとらわれない心になるところに答えがあるからなのです。

 自分というものにも、あまりとらわれ過ぎない事が大切になります。
 自分自身を宇宙へと解き放っていく、自分を解放する旅をしているだけだからです。

 そして、自分という者も、本当はいる訳ではなく、大宇宙に無数に存在する座標軸の中の一つの点にしか過ぎない事が分かれば、自分を解放出来るかも知れません。



魂の夢

人は誰でも、心に様々な夢を描いて生きているのだと思います。
 ああしたい、こうしたい、あれがほしい、これがほしい、ああなりたい、こうなりたい、という具合に、人により、様々な夢があるのだと思います。

 多くの人が抱く夢というものを、一般的な言葉で表現するとしたら、健康・長寿、お金・富、素晴らしい異性との恋愛・結婚、理想の仕事、豊かな人間関係、社会的成功、地位・名誉、というような事になるのかも知れません。

 そして、それらの事柄を夢として抱く事自体は、心を成長させていく旅のプロセスには必要な事であり、OKなのですが、夢の実現というものを、自分の理想とする形にこだわり過ぎてしまうと、ともすれば、夢というものが叶っていないような、失望や挫折感を味わってしまうかも知れません。

 しかし、忘れてはならない夢というものが、もう一つあります。
 それは、魂の夢という事です。
 魂の夢を感じてみる、魂の夢に意識を合わせる、魂の夢を想い出す、という事が大切になります。

 そして、魂の夢とは、魂を進化させる事であり、光り輝く魂になるという事です。
 心を純化、意識を福化させ、心の器を大きくし、いずこにもとらわれない心、言わば、タイタン(巨人)のような心になる事が、魂の夢という事になります。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂なので、いつ如何なる時であっても、我が魂の夢は、常に100%叶っているのだという事を想い出す事が大切になります。

 例え、肉体の自我意識(表面意識)から見れば、失敗続きの人生で、夢は少しも実現していないかのように感じられたとしても、心を無地透明にして、いずこにもとらわれない心、豊かな心になっていくという、我が魂の夢は、ちゃんと叶っている、実現しているのだという事を忘れない事が大切になります。

 魂の夢は、ただ一点、魂の進化という事であり、光り輝く魂になる事なのです。
 例え自分の人生が、思い通りでないように感じられたとしても、魂の進化としての道を最短距離で突き進んでいる、本当の自分自身というものを想い出す力が大切になります。

 我が人生の主体者・創造者である我が魂から見れば、人生の全ては思い通りであり、夢は100%叶っているのだという事を、常に忘れない事が大切になります。


魂の進化の場として与えられた運動場

現実世界とは、魂の進化の場として与えられた運動場のようなものです。

魂の目的は、魂を進化させる事、言わば、光り輝く魂になる事なので、その為の場として、この現実世界を創造しているのであり、現実世界とは、魂を進化させてくれる、遊び場や運動場のようなものだと言っても良いかも知れません。

そして、この遊び場・運動場はとても広大であり、ありとあらゆる道具(ツール)が揃っており、それらは全て、魂の進化に使える道具(ツール)であると言えます。

現実世界と呼ばれる、この広大な運動場で、心と感じるままに、様々な道具(ツール)を使って遊んでみる事が、魂を進化させていきます。
心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失うという、意識を創る旅を続けながら、本源の我である魂は、魂を進化させていきます。

無地透明なピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心になる事が、魂の目的です。

創造の主体者である我が魂は、現実世界と呼ばれる、この広大な遊び場・運動場の中で、その時々で自分に最も合った道具(ツール)を使って遊びながら、魂の進化としての道を最短距離で突き進んでいます。

心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う

私達は、魂の進化と呼ばれる、意識の旅をしています。
そして、その旅とは、心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う、という旅であり、心の純化、意識の福化の旅であると言えます。

人は、とかく、夢の実現や、理想の人生という事にフォーカスし過ぎる傾向がありますが、魂の進化の旅においては、そこには答えはありません。

天の仕組みとして、創った心は失われ、創った思いも失われるという仕組みになっています。
何故なら、そうやって、心は進化していくからです。

人はともすれば、何かが手に入れば本当に幸福になれる、とか、あれさえ実現できたら、真の幸福が手に入ると考えたりします。
ところが、仮にそれらの事柄が実現したとしても、真の幸福を得られる訳ではありません。
また心は満たされなくなり、次の夢や目標を探し始めます。

そして、これは際限が無い事なので、どんなに巨万の富を得ようとも、どんなに権勢を極めようとも、どんなに栄華を極めようとも、それによって真の幸福が得られる訳ではない事を、最終的には、天に思い知らされる事になります。

心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心を創る以外に、永遠の幸福へと至る道は用意されていないからです。

ある特定の何かが手に入れば真の幸福が得られると思っていても、その思いは必ず、外される事になります。
これは、仕組みなのです。

何かが手に入ろうと入るまいと、例え自分がどんな状態にあろうとも、その状態を遊んで幸福を感じていられる心になるところに、答えがある訳なのです。

ですから、自分が創った心は必ず失われ、自分が創った思いも必ず失われる仕組みになっていますから、そうやって、旅のプロセスを楽しんで行く事が大切になります。

心と感じるままに、心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失いながら、魂を進化させて行く旅が、私達の人生だと言えるかも知れません。

魂の願い

私達の人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、人生に起きる全ての事は、我が魂の進化の為に起きているという事になります。

そして、全ての出来事を起こしているのは、他ならぬ自分自身、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂なのです。
我が魂が、自らの進化を、自らの更なる輝きを求めて、全ての現実を創造しています。

魂の願いはただ一点、光り輝く魂になるという事です。

魂は、自らの更なる輝きを求めて、自分自身が最も進化出来る、最適な状況を創造します。

そして、魂の関心事と、肉体の自我意識(表面意識)の関心事とは違います。

魂にとっては、心の器を大きくして、心を純化・意識を福化させる事だけが関心事なので、その為に必要と思われる最適な状況を創造します。
その中には、病気や怪我、お金を失う事、失恋・離婚、失業、失敗、社会的地位や名誉を失う事、人間関係を失う事など、一般的に、不幸・不運と呼ばれるような状況も多く含まれます。

一方、肉体の自我意識(表面意識)の関心事は、多くの人にとっては、健康・長寿、お金や富を得る事、素晴らしい異性との恋愛・結婚、理想の仕事、社会的成功、地位・名誉、素晴らしい人間関係など、一般的に、幸福・幸運と呼ばれるような状況かも知れません。

このように、本源の我である魂の関心事と、肉体の自我意識(表面意識)の関心事とが違い、差(ギャップ)がある為に、本当は、自分の魂が望んで創造した人生なのに、ともすれば、人生がつらく苦しく、あたかも自分が被害者であるかのように感じたりしてしまいます。

しかし、創造の主体者である我が魂にとっては、体験する全てが喜びなので、そういう魂の想いを感じ、魂の願いに意識を合わせていく事が大切になります。

魂の進化

私達の人生には、基本となるプログラムが存在しています。
生きるのには目的があり、それは、魂の進化という事なのです。

私達の人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、人生の全ては、魂の進化の為にあるのだと言えます。

魂の進化とは、心の純化・意識の福化という事であり、心の器を大きくして、無地透明なピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、いずこにもとらわれない全天候型の心、全てを喜びと感じられる心へと、心を飛翔させていく事なのです。

如何なる人生を歩もうとも、如何なる事を成そうとも、人生のテーマはただ一点、魂の進化という事なのです。


心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く

自分の目に映る現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、全てが主観の世界なので、自分が変われば、世界が変わります。

自分の心が美しくなれば、現実世界もまた美しく輝きます。

自分の内面が輝けば輝く程、自分の目に映る現実世界は、本当に、輝きを増してきます。
生きている事それ自体がありがたい、うれしい、面白い、美しい、存在が感謝、という状態になればなる程、自分の目に映る現実世界は、本当に、ありがたい、うれしい、面白い、美しい、と感じられるようになります。

自分が輝けば、世界も輝きます。
自分が元気であれば、世界もまた、元気です。
とても単純な事なのです。

もしも今、自分の目に映る現実世界が美しく感じられないとしたら、それは、世界・大宇宙が美しくないのではなく、自分の心が美しさを感じられないだけなのです。

自分の心が美しくなれば、現実世界は美しく輝きます。


自分が変われば世界が変わる

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、全てが主観の世界なので、世界を変えるのは簡単です。

それは、自分自身が変われば良いのです。

自分自身が変われば、現実世界の見え方がまるで変わってしまうので、世界が変わるのです。

自分が見ている現実世界とは、あくまでも、自分の内面の世界であり、全てが主観の世界なので、自分自身が変われば変わった分だけ、現実世界は、違ったふうに見えてきます。

自分が変われば世界が変わるのです。


全てが主観の世界

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界、インナーワールドであり、自分一人の世界なので、全てが主観の世界です。

自分が見ている現実世界とは、客観的な世界などでは全くなく、全てが主観の世界なのです。

私達一人一人の人間は全て、自分の意識を投影した、自分の内面の世界を見ているので、全てが主観の世界を見ているのです。

一人一人が見ている現実世界は、それぞれ違うという事なのです。

客観的世界など何処にも無く、全てが主観の世界であると言えます。


自分一人の世界

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、インナーワールドなので、現実世界とは、自分一人の世界であると言えます。

あくまでも、自分の内面の世界が外に映し出されているだけなので、自分の他には本当は誰もいる訳ではなく、自分一人の世界、という事になります。

自分の目に映る全てが自分自身だとも言えます。

自分がいて、自分以外の何か確固とした客観的な世界が外にあり、それが現実世界なのではなく、現実世界とは、自分自身の意識の中にある世界であり、そこには自分しかいない、自分一人の世界なのです。

現実世界とは

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界を見ているのであり、全ては心の内の景色、言わば、幻です。

自分の心の中にある心象風景とでも言うべきものを、空間というスクリーンに映し出して見ているに過ぎません。

自分の脳の中にある内面の世界を、映像として映し出して見ているに過ぎないので、テレビや映画を見ているのと同じような状態だと言えます。
空間という、360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して、自分の内面の世界を見ているという訳なのです。

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を映し出す「鏡」の世界であり、自分の脳が創り出した、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

自分の外の世界に、何か確固とした客観的な現実世界がある訳ではなく、現実世界とは、自分自身の意識の中にあるのです。

自分が見ている現実世界とは、自分の意識が投影された、どこまでも自分の内面の世界なのであり、言わば、インナーワールドなのです。

私達は、自分自身の意識の内面の世界を、体験し、味わっているのです。

新著「永遠(とわ)の中今」の内容をご紹介致します!

cover.jpg
「永遠(とわ)の中今」カバー.jpg

四六版 314ページ

価 格 本体価格1800円+税

発 売 星雲社

3月22日発売の新著「永遠(とわ)の中今」の内容をご紹介致します。

当ホームページから、ダウンロード購読する事も出来ます。

ダウンロード購読は、1260円(税込)となります。  
 はじめに
 
本書は、「富士は晴れたり日本晴れ」に続く、第二作目の著書となります。
 第一作「富士は晴れたり日本晴れ」と併せて本書をお読みいただくと、より一層理解が深まるように書かれていますので、本書をお読みいただいた方は、ぜひ、「富士は晴れたり日本晴れ」も併せてお読みいただく事を、強くお奨め致します。

 この21世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球の誕生を迎える事になります。
 物質文明の次に来る新たな精神文明、花咲く都・黄金文明が花開き、私達人類の新たな黄金時代が幕を開けます。
 平和で自由な、喜びに満ちた世界が花開きます。
 キリスト教の世界で言われる、「至福千年王国」の事でもあります。
 宇宙時代が幕を開け、私達人類は、宇宙時代を迎えるのです。

 そして、新しい地球を開くのは、私達日本人なのです。
 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本から、新しい地球の幕が開きます。

 本書は、日本人の遺伝子を目覚めさせる、新しい時代のメッセージとして世に出されたものです。
 本書が、新しい時代を生きる皆様のお役に立つ事を願っています。

                                大和富士

   目 次
はじめに

永遠(とわ)の中今
 永遠(とわ)の中今
 永遠とは
 色即是空 空即是色
 根本創造主の孤独
 絶対の静寂(しじま)ー絶対世界とは
 「あり得ない」という事こそ、「あり得ない」ーあらゆる事があり得る
 一切無、一切幻
 大宇宙の全ては完
 全ては、大宇宙(神)の弥栄
 大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
 ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)

生きるヒント
 幻の世と知って生きることに、生命の輝きを見る
 本源の我、真我である、我が魂
 現実世界とは、心を映し出す鏡
 ここは「追想の中」ー「追体験」
 明日を感じて今日を生きる
 生きる目的は、魂の進化
 心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
 魂の進化の場として与えられた運動場
 魂の夢、光り輝く魂
 自分を解放するプログラム
 人は常に、自分が今、最も学び、成長し、進化出来る最善の場所にいる
 現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている
 宇宙はメッセージだらけ
 真のワンネスとは
 真(まこと)のみを映す鏡
 全ては愛のメッセージ
 生きるとは、創造する事
 全てを喜びに変える創造
 この世界は自分次第
 肉体という衣について
 自分の両親を自ら選んで生まれて来ている
 あらゆる否定を無くする
 この世にあるもの全てが御魂の肥やし
 神の想いは、人を神ならせる事ー現象の基にある、神の優しさ
 神を知りたければ己の内を見る事ー自分の中にある神性、内在神
 神は一番下から出て来るー最も落とした所ほど最も貴い
 「かがみ(鏡)」から「が(我)」を取ると、「かみ(神)」になる
 内なる神真釣り(祀り)がまず先ー外の神真釣り(祀り)は型示し
 神の道に奇跡なしーあるのはただ普通の道のみ
 現界(現実)の中に神界がある
 弥勒世とは今ここにある
 多次元に生きる、本源の我
 今ここに生きる事が、常なるテーマ
 幸福なるもの形にあらず
 プラス思考を超える
 全ては原因、全ては結果、全ては意味の付け方次第
 我が心救うは、我が心のみ
 天の大いなる意志に自己を明け渡す
 自分の中に全ての答えがあるー内的な知り方と外的な知り方
 魂の記憶を蘇らせる
 魂の記憶が蘇ると、人生の全てが、予定どおりだった事を想い出す
 全ては我が魂の計画
 生きているうれしさをやさしく感じる
 自分の肉体を超えた、自分の本質の光を想い出す
 人生の全ては、輝きの中のものー内なる光は消える事なく私を照らす

新しい地球
 銀河系宇宙の中の地球という星
 天変地異ー天変わりし時、地異なる
 最も大きな変化とは、最も静かな変化
 人類は、さなぎから蝶へと、飛躍的に進化する
 地球人類総真釣り(総決算)の時
 地球は未曾有の領域に突入する
 全てが白日の下に明らかにされる時代
 無限の宗教ー絶対の宗教、永遠の宗教
 イエス・キリストの復活とはー内的な復活と外的な復活
 人間の無限の可能性とはー超能力と魂の進化は別問題
 様々な予言・神示・チャネリング情報などについて
 目暗信心(盲信する事)の戒め
 一人一人が目覚める時代
 全ては自分の認識でしかない
 意識を創る事が地球の仕事
 物質文明から精神文明へー日本から始まる新たな精神文明
 宇宙時代の幕開けと、「至福千年王国」

富士・日本・大和
 日本とユダヤー火の働きと水の働き
 世界の聖地にある聖火ー聖なる火の元・日本
 霊(ひ)ノ元・日本の象徴、霊峰富士
 日本三霊山(富士山、立山、白山)
 天之御中主大神=ヤーウェ=天にまします父=アラー
 祓戸大神(瀬織津比売、速開都比売、気吹戸主、速佐須良比売)
 九九=白、白山菊理媛(白山比咩神)
 「一厘の仕組み」「最後の一厘」について
 神々の名前(御神名)について
 恵比寿の働きについて
 金鯱(きんのしゃちほこ)ー尾張(終わり)の仕組み
 正式な結婚=結魂
 諏訪大社、諏訪湖、諏訪マアカタの仕組み
 阿波の国・徳島と、封印された四国(死国)
 富士と飛鳥(明日香)
 大いなる和「大和(やまと)」ー天(神)・地(自然)・人との大調和
 スメラ(日本)の真釣りとイシヤ(ユダヤ)の魔釣り

おわりに

   おわりに

 本書が世に出る、西暦2013年、平成25年は、20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮とともに、出雲大社においても、60年ぶりとなる、平成の大遷宮が行われます。
 表の神界の表の働きである伊勢神宮と、表の神界の裏の働きである出雲大社においての式年遷宮が重なる年となり、日本にとって、節目の年を迎えます。

 そして、伊勢神宮の次の式年遷宮が行われる、西暦2033年までの間の20年前後が、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の蘇りの時であり、私達日本人が、その本来の役割を果たすべき時なのです。

 地球人類総真釣り(まつり)、総決算の時なのであり、新しい地球へと生まれ変わる為の最後の総仕上げの時なのです。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本は、今この時の為に、太古の昔から、用意されてきた民族であり、国家なのです。

 今、私達日本人の中に眠る遺伝子が、目覚め、蘇り、花開く時を迎えています。
 人類数千年の古い歴史が幕を閉じ、私達人類の新しい歴史が幕開けしようとする21世紀の今この時、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本に生まれて来て、想像だにない大変化のプロセスを身を以て体験するというのは、本当に稀有な事なのです。

 西暦2013年(平成25年)1月1日
                                大和富士


書籍「富士は晴れたり日本晴れ」の内容をご紹介致します。

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ソフトカバー 四六版 226ページ

定 価  本体価格1500円+税

発 売  星雲社
 
2012年11月22日(木)正式発売の書籍「富士は晴れたり日本晴れ」の内容をご紹介致します。

書籍「富士は晴れたり日本晴れ」は、日本人の遺伝子を目覚めさせる、新しい時代のメッセージとして世に出されたものなので、一人でも多くの人々に読んでいただきたく、「まえがき(はじめに)」、「目次」、「あとがき(おわりに)」をご紹介させていただきます。
(実際の書籍においては、縦書きで書かれています。)


 はじめに

 21世紀の今、私達の母なる星・地球は、新しい地球へと大きく生まれ変わろうとしています。
 そして、私達人類もまた、意識が飛躍的に進化して、さなぎから蝶へと生まれ変わるような、大きな変革の時を迎えています。
 これは、太古の昔から決められていた天のプログラムであり、今地球上で起きている全ての事は、人類の意識の飛躍的進化と、地球の新たな誕生に向けて起きてきています。
 そして、新しい地球の誕生は、私達の太陽系は元より、銀河系宇宙にまで影響を与えるような出来事なのです。

 有史始まって以来とも言うべき大変革のプロセスを経て、「世の建て替え・建て直し」が行われ、西暦2030年代には、想像だにない新しい世界が誕生していることでしょう。
 それは、花咲く都・黄金文明とでも呼ぶべき、新たな精神文明の時代であり、「至福千年王国」と呼ばれる世界の事でもあるのです。
 私達人類が待ちに待った、平和で自由な、喜びに満ちた世界が花開く時を迎えます。
 宇宙時代が幕を開け、私達人類は、宇宙時代を迎える事になるのです。
 そして、新しい精神文明の中心となるのは、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本であり、私達日本人なのです。

 新しい地球が誕生する時代の中心的役割を果たす日本人一人一人に、ぜひ知っていただきたい事を、まとめてみました。
 本書は、日本人の遺伝子を目覚めさせる、新しい時代のメッセージとして世に出されたものです。
 今の常識では理解しがたいような表現もあるかも知れませんが、自らが持つ固定観念ですぐに否定しようとしたりせず、ピュアな心で、まずは一読される事を強くお奨め致します。
 いずれ私達は、今ある常識の変更を余儀なくされる事になるでしょう。
 本書が、これからの新しい時代を生きる皆様のお役に立つ事を願っています。

                                大和富士
   目  次
  はじめに
  大宇宙
     絶対世界と相対世界
     根本創造主という唯一の実在
     全ては、神の顕れ
     想像=創造
     大宇宙=無限
     永遠(とわ)の中今
     大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
     大宇宙の全ては、光の中
     物理的大宇宙は、仮相の世界
     全ては、神の戯れ(リーラ)
     大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
     大宇宙は、調和された完全な世界
     大宇宙の森羅万象を貫く一つの力学(法則)
     全ては、大宇宙の計画の中
     全ては必然、一切偶然なし
     未来からやって来る時間
     未来は、確定的に存在している
     大宇宙は、多重多次元構造
     今ここにある時空は、かつて存在した時空

   新しい世界観 
     大宇宙意識と本源の我
     意識の中に大宇宙がある
     一人一人が自分の宇宙(世界)の創造主
     現実世界とは
     自分一人の世界
     全てが主観の世界
     自分が変われば世界が変わる
     心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く
     魂の進化
     魂の願い
     心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
     魂の進化の場として与えられた運動場
     魂の夢、光輝く魂
     今を良しとする力、全てを完として捉える力
     どれだけの意識を創れたかが大切
     自分を解放するプログラム
     本当は誰もいないーただ大宇宙がある
     神についての二つの概念
     進化論は誤り
     原因は結果により選ばれている
     「因果律」は一面の真理でしかない
     「想いは実現する」とは
     全ては我が魂の計画の中
     魂の記憶を蘇らせる
     自分の中に全ての答えがある
     人生は全て決まっている
     大宇宙の操り人形
     ここは「追想の中」

   生まれ変わる地球 
     人類はさなぎから蝶へと飛翔する
     高次元空間への移行
     次世代情報へのバージョンアップ
     新しい世界観
     幸・不幸という概念を超える
     大変とは、大きく変わる事
     意識変革の風
     自分の中に神を見る時代
     神性を顕現して生きる時代
     花咲く都・黄金文明
     唯一の救世主など存在しない
     奇跡では人類は救われない
     唯一の教え・道というものは無い
     霊性と知性の進化
     科学技術が果たす役割
     日本から始まる新たな精神文明
     西洋の時代から東洋の時代へ
     次の覇権国は日本
     2030年代に花開く「至福千年王国」

   霊(ひ)ノ元・日本
     「ひのもと」日本
     日本は世界の雛形
     日本の象徴、霊峰富士
     霊峰富士が持つ世界に二つとない(不二)働き
     日本の国旗・日の丸が象徴するもの
     神武三千年の神計り
     大和の国・日本
     大いなる和の心「大和心」
     日本人が持つ柔軟性・寛容さ
     神道(八百万神)と、アニミズム(精霊信仰)
     日本語の果たす役割
     美しき大和の国
     個の花を咲かせて生きる時代
     日本が世界平和を実現させる
     イスラエルの失われた十支族
     二つのユダヤ
     「ノアの箱舟」と大洪水
     日本で花開く「新しきエルサレム」
     富士は晴れたり日本晴れ

   おわりに


  おわりに   
 
 江戸の幕末期に生きていた人々は、それからわずか百数十年後に、今のような世界が誕生しているとは、おそらく誰も想像すら出来なかったと思います。
 良くも悪くも、科学の目覚ましい進歩により、今のような社会が存在している事を、夢想だに出来なかったと思います。
 そして、長く鎖国を続けていた上に、テレビも無い時代の幕末期の人々にとっては、世界中にどんな国々があり、どんな人々がいるのかさえも分からない訳ですから、世界とか、地球という概念すら、あまり持てなかったかも知れません。

 それと同じように、本書が世に出てからわずか20年位で、今ある世界からは想像だにない新しい世界が誕生しているという事を、多くの人々は、想像出来ないかも知れません。
 人類数千年の古い歴史が幕を閉じ、私達人類の新しい歴史が幕開けしている事を、なかなかイメージ出来ないかも知れません。

 しかし、今から20年位後には、今ある世界からは想像だにない、新たな地球が誕生する事になります。
 私達人類は、新たな黄金時代を迎え、宇宙時代を迎える事になるのです。

 実は、真の世界平和、地球の恒久平和は、人類が宇宙時代を迎える事により、実現するのです。
 「井の中の蛙,大海を知らず」という諺がありますが、地球という小さな星の中だけしか知らずに、様々な争いや対立を繰り返してきた人類は、宇宙時代を迎え、大海とも言うべき大宇宙を知る事により、一つにまとまる事になるのです。

 今から20年位の間に、私達人類は、今ある常識、概念、世界観などを、根底から覆される事になるでしょう。
 そして、地球の全生命がどのようにして創造されたのか、聖書に書かれているような人類の歴史とは何だったのかについて、真実を知る事になるでしょう。

 そして、宇宙時代の幕を開き、宇宙時代をリードしていくのは、私達日本人なのです。 
 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本は、「至福千年王国」の中心地であり、地球・世界の中心となって、世界をリードしていく事になるのです。

 地球が新しい誕生を迎える21世紀の今、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本に生まれて来た私達日本人には、とても大きな使命と役割が与えられているのです。

 本書は、新しい地球をリードしていく日本人一人一人へのメッセージとして、世に出させていただきました。

 西暦2012年(平成24年)8月15日
                               大和富士 

  

現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている

私達の人生は、「魂の進化」というプログラム上に存在しています。

そして、自分の目に映る現実世界とは、自分の意識を投影した、自分の内面の世界であり、そこに映る全ての人、事、ものは、ただ「我の解放のプログラム」として存在しているだけのことです。

ですから、自分が映す現実世界と言われる空間全てには、常に、遊びという学びが用意されています。

あとはただ、それを発見していくだけだと言えるかも知れません。

今の自分の心がそのまま、自分の目に映る現実世界として現れており、そこには必ず、今の自分に丁度良い、ピッタリな、遊びという学びが、宇宙から常に用意されています。

例え、自分が映す現実世界に、遊びという学びの面白さが感じられないとしても、それは、自分がまだ気付いていない、発見していないだけだと言えるかも知れません。

自分の心のストライクゾーンを広げていくと、今までは、うれしい、ありがたい、面白いと感じられなかったような領域にも、面白さを感じられるようになるかも知れません。

自分の小さな心のストライクゾーンを広げて、全てを喜びと感じられるような全天候型の心に至る為に、「我の解放のプログラム」として、目に映る全ての人、事、ものが、ただ現れているだけなので、そこには必ず、今の自分に丁度良い形で、遊びという学びが、プレゼントとして、宇宙から常に用意されています。

ですから、あとはただ、面白さを発見していくだけだと言えるかも知れません。

そして、この旅には終わり(ゴール)はないので、私達の人生とは、自分が映す現実世界の中に、遊びという学びの面白さを発見していく旅の連続だと言えるかも知れません。

真(まこと)のみを映す鏡

自分が見ている現実世界とは、自分の意識が投影された世界であり、自分の心の内側の世界、言わば、インナーワールドです。
ですから、自分と世界は別れている訳ではなく、空間は全て一つです。

多くの人は、自分という者が居て、自分以外の世界があり、それを現実世界だと認識しているかも知れません。
何か確かな客観的世界というものが存在していると考えているかも知れません。
しかし、自分が見ている現実世界とは、全て自分の内側の世界なので、自分の意識が100%投影された世界を見ている訳なのです。

そして、この現実世界というスクリーンは、自分自身の意識を、ものの見事に映し出して見せてくれます。
現実世界とは、真(まこと)のみを映す鏡だと言えるかも知れません。

自分が見ている現実世界とは、自分の内側の世界なので、本当は誰も居る訳ではなく、自分だけしかいない、我一人のみの世界だと言ってもよいかも知れません。
ですから、誰かに腹を立てたりするというのは、自分自身に対して腹を立てているのと同じ事になります。
そして、それはすぐ自分に跳ね返って来ます。

それとは反対に、誰かに対して、褒め称えたり、感謝したり、ありがとうと言ったりすると、それは、自分自身に対してしているのと同じ事なので、すぐ自分自身に跳ね返って来ます。
自分と空間は一つなので、自分が空間に対してしている事が、そのまま自分に跳ね返って来るという訳なのです。

ですから、もし言葉を語るのであれば、良き言葉、豊かな言葉、夢のある言葉を発する事が大切であり、意味の無い言葉、空間が荒ぶれる言葉を吐いたりしない事が大切になります。
自分自身の意識をそのまま投影して見せてくれますので、嬉しい、ありがたい、面白い、美しい、という意識で世界を見ると、世界もそのような世界を見せてくれますし、反対に、苦しい、つまらない、価値が無い、美しくない、という意識で世界を見ると、本当に、自分が思っているまま、感じているままの世界を映し出して見せてくれます。

空間を称える、という気持ちが大切であり、自分自身の心が映し出された空間を称える気持ちが、自分自身に必ず返って来ます。
この現実世界とは、まさに、真(まこと)のみを映す鏡だと言えそうです。

我の解放のプログラム

自分の目に映る現実世界とは、自分の意識が創り出した世界であり、全て心の内、言わば、幻の世界です。
そこに存在している全ての人、事、ものは、ただ「我の解放」へのプログラムとして存在しているだけです。
我を解放し、宇宙へと帰るプログラムとして、存在してくれているだけだという事になります。

ですから、自分が映す世界にとらわれ過ぎず、心を傾け過ぎない事が大切になります。
何かに強くとらわれたり、執着したりするところに答えがあるわけではなく、心を無地透明にして、いずこにもとらわれない心になるところに答えがあるからです。

自分というものにもあまりとらわれ過ぎない事が大切になります。
自分自身を宇宙へと解き放って行く、「我の解放」への旅をしているだけだからです。

多くの人達は、確固たる客観的な現実世界というものがあって、その中に、自分という小さな存在が居て、世界に翻弄されながら、もがき苦しんで生きていると思っているかも知れません。

しかし、本当は、自分の目に映る現実世界とは、自分の心を投影した、自分の内面の世界であり、そこにはただ、「我の解放」へのプログラムが存在しているだけなのです。

そして、自分というものも、本当は居るわけではなく、大宇宙に無数に存在する座標軸の中の一つの点であり、一つの視点である事が分かれば、我を解放できるかも知れません。

一人一人が自分の宇宙(現実世界)の創造主

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を映し出した鏡のような世界であり、そこにあるのは、あくまでも、自分の内面の世界、インナーワールドです。
ですから、自分が見ている現実世界というのは、自分の唯一の世界だということになります。
どこまでも行っても、あくまでも主観の世界です。

Aさんという人は、Aさんの意識を映し出した、Aさんの内面の世界を見ているのであり、Aさんの唯一の世界を見ています。
同じように、Bさんは、Bさんの内面の世界を見ているのであり、Bさんの唯一の世界を見ています。
一人一人が見ている宇宙(現実世界)は、それぞれ違うのだということになります。

一人一人の意識が自分の宇宙を創り出しているのであり、一人一人が自分の現実世界というものの創造主であるとも言えます。

私達一人一人は、この大宇宙に無数に存在する座標軸の中の一つ一つの点であり、大宇宙に無数に存在する視点の中の一つ一つであるとも言えます。
一人一人が、無限の大宇宙の一つ一つの局面を表している、担当しているとも言えるかも知れません。

一人一人が、自分の心を投影した、内面の世界を見ているので、全てが主観の世界であり、客観的世界など、何処にも無いと言ってもいいかも知れません。

自分の意識が自分の宇宙を創り出しているのであり、自分が見ている現実世界とは、自分の心を投影した、自分の唯一の世界であり、あくまでも主観の世界なのだという事を、常に忘れない事が大切だと思います。


我一人の世界

自分が見ている現実世界とは、自分の意識を投影した世界であり、自分の中にある心の心象風景を、あたかもスクリーンに映し出すが如く投影した世界です。
自分の中にある心の心象風景を、あたかも映画でも観るように、現実というスクリーンに映し出して見ているということになります。

自分の脳が画像処理した結果を映し出して見ている訳で、言わば、幻です。
確かだと思っている現実世界は何処にも無く、心の内の世界、インナーワールドです。
あくまでも自分の内面の世界が外に映し出されているだけなので、自分の他には本当は誰もいる訳ではなく、我一人の世界、ということになります。

自分の目に映る全てが自分自身だとも言えます。
全てが主観の世界であり、太陽も月も星も、宇宙の果てまで心の中の景色であり、客観的世界など何処にも無いとも言えます。

多くの人達は、確固たる確かな世界があり、それが現実世界だと考えているようです。
自分が居て、自分以外の者達が居ると考えているようです。
しかし本当は、確かだと思っている現実世界は何処にもありません。
自分の目に映る世界には、自分しかおらず、我一人の世界だというのが真相なのです。


現実世界とは、魂の進化の場として与えられた運動場

現実世界とは、魂の進化の場として与えられた運動場のようなものです。
魂の目的は、魂を進化させること、言わば、光輝く魂になることなので、その為の場として、この現実世界を創造しているのであり、現実世界とは、魂を進化させ成長させてくれる、遊び場や運動場のようなものだと言ってもいいかも知れません。

そして、この遊び場・運動場はとても広大であり、様々な、ありとあらゆる道具(ツール)が揃っており、それらは全て魂の進化に使える道具(ツール)だとも言えます。

現実世界と言われる、この広大な運動場で、心と感じるままに、色々な道具(ツール)を使って遊んでみることが、魂を進化させ、成長させていくことになります。
心を創り心を失い、思いを創り思いを失うという、意識を創る旅を続けながら、本源の我である魂は、魂を進化させ成長させていきます。
心を無地透明にして、いずこにもとらわれない心、言わばタイタン(巨人)のような、器の大きな心、豊かな心になることが魂の目的です。

創造の主体者である我が魂は、現実世界と言われる、この広大な遊び場・運動場の中で、その時々で最も自分に合った道具(ツール)を使って遊びながら、魂の進化としての最短距離を突き進んでいます。

現実世界とは、心を映し出す鏡

自分が見ている現実世界とは、自分の心を映し出す鏡のようなものです。

自分がいて、自分以外の人や物などの外的世界を見ていると、ほとんどの人が考えています。
しかし、本当はそうではなく、自分の内面の心象風景を、現実というスクリーンに映し出して見ているに過ぎません。
自分の脳が情報処理・画像処理した結果を、映画でも見るかのように、現実というスクリーンに映し出して見ているのだということです。

すなわち、自分の目に映る全ては、自分の内面の世界、インナーワールドであり、目に映る全ては自分自身だとも言えます。
本来、自分の外に世界は無く、自分の内面を映し出した鏡の世界があるだけであり、人はそれを現実世界と呼んでいるのです。

大乗仏教の唯識論においても、こういう事は昔から説かれていたようですが、最近では、最先端の物理学においても、同じことを言っているようです。
「宇宙の中に意識があるのではなく、意識の中に宇宙がある」というのが、最先端の物理学が行き着いた結論だということです。

とても奇想天外に聞こえるかも知れませんが、本当にそのとおりなので、いずれはその事を実感できる日が来ると思います。
今、人類の意識が覚醒し、飛躍的進化を遂げる時が到来しているので、21世紀のそう遠くない将来、自分の意識が創り出した世界を現実世界と呼んでいたことに、人々が気付く時が来る筈です。

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