日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2015年11月のアーカイブ

15 Entries

絶対世界(大宇宙の本質の世界)の「時」と、相対世界(物理的大宇宙)の時間との違い

拙書『何故、未来は100パーセント確定しているのか』より
★絶対世界の「時」と、相対世界(物理的大宇宙)の時間

temple-888193_1280.jpg
 大宇宙には始まりも無ければ終わりも無く、大宇宙の全てが、元々存在しているとしたら、私たちが過去→現在→未来へと流れているように感じる時間というものを、どのように捉えたら良いのでしょうか?

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界とは、時間も無ければ空間も無い、時空を超越した世界であり、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」があるだけなのです。
「時」には、始まりも無ければ終わりもありません。

 一方、絶対世界の「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界である相対世界(物理的大宇宙)とは、「時間と空間」という座標軸から成り立っている世界です。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージが、全知全能の光により物質化されて「創造(そうぞう)」された、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージが、360度立体の3D(三次元)ホログラムのようになって投影された、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 相対世界である物理的大宇宙においては、過去→現在→未来へと時間が経過して行くように感じられますが、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界においては、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、大宇宙の全てが存在しているのです。

 このことは、絶対世界を体験的に知る他無いので、頭で理解することは出来ないのですが、敢えて、分かりやすくイメージしていただく為に、ユーチューブを使って、説明を試みてみたいと思います。
 あくまでも、分かりやすくイメージしていただく為なので、説明に多少の無理があることは、予めご了承下さい。

 動画をユーチューブにアップしたことがある方は分かるかと思いますが、動画をユーチューブにアップする時には、動画は再生中の状態ではなく、停止した状態でアップする筈です。

 配信元のユーチューブ本体においては、おそらく、動画は再生された状態ではなく、停止した状態で存在しているかと思います。

 そして、動画がユーチューブ本体で承認されて、インターネット上に公開された後は、それを誰かが再生すれば、時間が経過して、場面が次々と移り変わって行くことになります。
 あたかも、時間が過去→現在→未来へと流れて行くように感じられるかも知れません。

 もしも、今、自分がその動画を見ていると仮定すれば、今見ている場面・時間が今現在であり、さっき見ていた場面が過去であり、これから展開して行く場面が未来ということになります。

 絶対世界における「時」と、相対世界(物理的大宇宙)における時間との関係を、敢えて、ユーチューブを使って分かりやすくイメージするとすれば、配信元のユーチューブ本体が絶対世界であり、パソコン上で再生されている動画が、相対世界である物理的大宇宙だとイメージすると、多少は分かりやすくなるかも知れません。

 配信元のユーチューブ本体を絶対世界と仮定すれば、絶対世界においては、時間が流れている(動画が再生されている)訳ではなく、時間というものは存在していません。
 動画は停止した状態で存在していますので、始まるということも無ければ、終わるということも無いのです。
「時」には、始まりも無ければ終わりも無く、ただ、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」があるだけなのです。
「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、動画の全て(過去・現在・未来)が存在しているのです。
 動画の全ての場面、動画の全ての時間(過去・現在・未来)が、今、同時に存在しているのです。

 一方、ユーチューブの動画が再生されているパソコンなどの端末画面を相対世界(物理的大宇宙)と仮定すれば、そこにおいては、時間が流れており、時間が過去→現在→未来へと流れているように感じられるかも知れません。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『何故、未来は100パーセント確定しているのか』より

物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」

abstract-492530_1280.jpg
 物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」なのです。

 この大宇宙に、本当に実在しているのは、大宇宙意識という「純粋意識」だけなのです。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識という「純粋意識」により、「想像=創造(そうぞう)」されたものなのです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識が、絶対世界において「想像(そうぞう)」したイメージが、大宇宙意識の光により物質化されて、物理的大宇宙(相対世界)に「創造(そうぞう)」されているのです。

 何か確固たる実体があるもののように感じられる物質というものも、本当は、何も確かな実体がある訳ではなく、大宇宙意識の全知全能の光が織り成すバーチャルリアリティー(仮想現実)であり、言わば、幻なのです。
 物理的大宇宙(相対世界)の全ては、大宇宙意識という「純粋意識」が「想像=創造(そうぞう)」した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 そして、本源の我であり、真我である、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)です。
 大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つであり、ある一つの角度・視点(してん)を受け持って、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。

 ですから、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)とは、大宇宙意識の分霊である、我が魂が「想像=創造(そうぞう)」した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 物理的大宇宙(相対世界)の全てを「想像=創造(そうぞう)」している源は、根本主体である、大宇宙意識という「純粋意識」です。
 そして、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全てを「想像=創造(そうぞう)」している源は、大宇宙意識の分霊である、我が魂という「意識」なのです。

 物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」というものなのです。
「意識」が「想像=創造(そうぞう)」したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界が、物質世界なのであり、物質世界とは、「意識」の中に存在しているものなのです。

 物質世界の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に物質世界があるのです。
 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

「意識」が行っているのは、「想像=創造(そうぞう)」という仕事であり、「意識」を映し出す「鏡」の世界が、物質世界という、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より

「意識」の中に大宇宙があるのであり、大宇宙の中に「意識」が存在している訳ではない

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★「意識」の中に大宇宙がある

abstract-492535_640.jpg
 この大宇宙に本当に実在しているのは、根本主体である大宇宙意識のみです。
 大宇宙の実相(本質)の世界である、絶対世界に唯一実在しているのは、大宇宙意識のみなのです。
 大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である「純粋意識」なのです。

 大宇宙意識は、「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、そのまま100パーセント、物理的大宇宙(相対世界)に「創造(そうぞう)」することが出来るのです。

 物理的大宇宙(相対世界)とは、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為の「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界なのです。

 物理的大宇宙(相対世界)を存在させている大元は、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」なので、物理的大宇宙とは、「意識」によって創られた世界なのです。

 物理的大宇宙は、大宇宙意識によって創られた世界であり、大宇宙意識という「純粋意識」の中に存在している世界なのです。

 物理的大宇宙(相対世界)の中に大宇宙意識(絶対世界)が存在している訳ではなく、物理的大宇宙(相対世界)の全ては、大宇宙意識という「純粋意識」(絶対世界)の中に存在しているものなのです。

 物質というものを存在させている大元、物質界(物理的大宇宙)を創り出している大元は、「意識」というものなのです。

 大宇宙の根本創造主である大宇宙意識という「純粋意識」の中に、物理的大宇宙の全てが存在しているのです。

 本源の我であり、真我である、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)です。
 大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つであり、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。

 ですから、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)とは、自分の「意識」の中にあるものなのです。

 大宇宙意識の中に、物理的大宇宙が存在しているのです。
 物理的大宇宙の中に、大宇宙意識が存在している訳ではありません。
 同じことが、大宇宙意識の分霊である我が魂と、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)との関係についても言えることなのです。

 物理的大宇宙の中に自分という存在がいて、その自分が「意識」を持っているのではありません。
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)とは、自分の「意識」の中にある世界なのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙(現実世界)というものがある訳ではありません。
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)とは、実は、自分自身の「意識」の中にあるものなのです。

 大宇宙意識の中に物理的大宇宙があるのであり、物理的大宇宙の中に大宇宙意識が存在している訳ではありません。
 同様に、自分の「意識」の中に、自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)が存在しているのであり、物理的大宇宙(現実世界)の中に自分の「意識」が存在している訳ではないのです。

 もっと簡単に、分かりやすく言うならば、大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるということなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より

大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識と、本源の我であり真我である魂との関係

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★大宇宙意識と本源の我

meditation-473753_1280.jpg
 この大宇宙に本当に実在しているのは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙意識のみです。
 では、自分という存在は、何なのでしょうか?

 自分の人生の主体者・創造者は、本源の我であり、真我である、我が魂です。
 我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙意識が持つ無数の「支店=視点(してん)」の中の一つなのです。

 大宇宙の根本主体である大宇宙意識と、本源の我である我が魂の関係を、コンピューターに例えるとするならば、大宇宙意識が巨大なホストコンピューターであり、我が魂は、ホストコンピューターから無数に出ている端末機の中の一つであると言えます。
 
 自分という存在は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)なので、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つなのです。
 大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つを受け持って、ある一つの角度・視点から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている存在なのです。

 言わば、大宇宙に無数に存在するモニターの中の一つであり、大宇宙に無数に存在するテレビカメラの中の一つであるとも言えます。

 大宇宙に二つと同じものが無い、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。

 大宇宙意識と本源の我は、本質において同じものであり、自分自身の中には、大宇宙の根本主体である大宇宙意識が持つ、「無限」の属性とでも言うべきものが、宿されているのです。

 絶対世界に唯一実在する大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したことが、そのまま100パーセント「創造(そうぞう)」されているのが、相対世界である物理的大宇宙です。
 そして、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊なので、本源の我であり、真我である我が魂が「想像(そうぞう)」したことが、そのまま100パーセント「創造(そうぞう)」されているのが、自分が映す現実世界なのです。

 自分の現実は全て、真我である我が魂が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。
 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊であり、本源の我、真我である我が魂なので、自分の人生の真の創造主は、本当の自分自身なのです。

 相対世界である物理的大宇宙は、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為の「映(うつ)し世」です。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の顕れなので、大宇宙意識は、ありとあらゆる全ての角度、全ての「支店=視点(してん)」から、自分自身を体験して味わっているのだとも言えます。

 大宇宙意識の分霊として、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つを受け持って、ある一つの角度・視点から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっているのが、本源の我であり、真我である、我が魂なのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より

思い通りでないところが、真我である魂にとっては全て思い通りだと気付くことが大切

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★思い通りでないところが、全て思い通りだと気付く

meditation-644859_1280.jpg
 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に最善の事として、全ての出来事を「想像=創造(そうぞう)」しています。

 本源の我であり、真我である我が魂の目から見れば、人生の全ては思い通りであり、我が魂の夢は100%叶っているのだと言えます。

 例え、肉体の自我意識(表面意識)から見れば、思い通りでないように感じられたとしても、我が魂の目から見れば、全ては思い通りなのです。

 魂は、自らの更なる輝きを求めて、自分自身が最も進化・成長出来る、最適な状況を「想像=創造(そうぞう)」します。
 そして、魂の関心事と、肉体の自我意識(表面意識)の関心事とは違います。

 魂にとっては、心の器を大きくして、心を純化、意識を福化させる事だけが関心事なので、その為に必要と思われる最適な状況を創造します。
 その中には、病気や怪我、お金を失う事、失恋・離婚、失業、失敗、社会的地位や名誉を失う事、人間関係を失う事など、一般的に、不幸・不運と呼ばれるような状況も多く含まれます。

 一方、肉体の自我意識(表面意識)の関心事は、多くの人にとっては、健康・長寿、お金や富を得る事、素晴らしい異性との恋愛・結婚、理想の家庭、理想の仕事、社会的成功、地位・名誉、素晴らしい人間関係など、一般的に、幸福・幸運と呼ばれるような状況かも知れません。

 このように、肉体の自我意識(表面意識)の関心事と、魂の関心事には、差(ギャップ)がありますので、我が人生の主体者・創造者である魂の想いを感じ、魂の願いに意識を合わせていく事が大切になります。

 肉体の自我意識(表面意識)から見れば、思い通りでないところが、実は、本源の我であり、真我である我が魂の目から見れば、全て思い通りなのだと気付く事が大切になります。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

自分の現実は真我である魂が「想像=創造」した心の内の景色であり、全て幻、全て問題なし

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★全て幻、全て問題なし

butterfly-492536_1280.jpg
 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて魂の進化の為に最善の出来事を「想像=創造(そうぞう)」しています。

 例え、肉体の自我意識(表面意識)ではその事が分からず、不幸・不運・困難と思えるような状況が感じられたとしても、全ては、本源の我であり、真我である我が魂が見たい世界、体験したい世界なのであり、全ては心の内の景色、言わば、幻なので、何も問題がある訳ではないのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

魂の進化としての道の最短距離を突き進んでいる自分自身と人生の流れを信頼する

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★魂の進化としての道の最短距離

clouds-808748_1280.jpg
 私達の人生の基本テーマは魂の進化という事であり、魂の進化というプログラム上にしか私達の人生は存在していませんので、人生で起きる全ての事は、我が魂の進化の為に起きているという事になります。

 そして、我が魂は、魂の進化としての道の最短距離を突き進んでいます。

 天の仕組みとして、魂は進化するしかないので、魂が進化する場合と進化しない場合がある訳ではなく、常に進化を続けており、魂の進化としての道の最短距離を突き進んでいるのです。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、全ての現実を「想像=創造(そうぞう)」しています。

 自分の人生に起きる全ての事は、魂の進化の為に最善の事が起きているのであり、最善の事の連続でしかありません。
 ただ、その事が、肉体の自我意識(表面意識)では、分からないだけなのです。

 例え、肉体の自我意識(表面意識)では分からなくても、自分の人生に起きる全ての事は、魂の進化の為に最善の事が起きているのであり、我が魂は、全ての出来事、全ての体験を使って、魂の進化としての道の最短距離を突き進んでいます。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

マホメットがイスラム教を開いたのはエロヒムから遣わされたメッセンジャーだったから

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★マホメットとイスラム教

islam-140047_1920.jpg
 イスラム教の開祖であるマホメットも、エロヒムから遣わされたメッセンジャーの一人です。
 マホメットは、ユダヤ教とキリスト教の流れを受け継いで、エロヒムから派遣されたメッセンジャーでした。
 ユダヤ教徒は、旧約聖書に書かれた真実を知っていたのですが、彼らが持つ「選民思想」により、他の民族には秘密にして広めようとはしなかったので、聖書に書かれた真実を地上全体に広める役割を担って、イエス・キリストが派遣されました。
 確かに、聖書は世界中に広まっていったのですが、キリスト教徒たちは、エロヒムから遣わされたメッセンジャーにしか過ぎないイエス・キリストを、神として崇めるという間違いを犯してしまいました。

 この為、ユダヤ教徒とキリスト教徒の過ちを指摘する役割を担ったメッセンジャーとして、エロヒムから派遣されたのが、マホメットだったのです。
 マホメットは、イエスも自分も、使徒にしか過ぎないと言っています。
「マリアの子メシアは、ただの使徒に過ぎない。彼より以前にも多くの使徒が出た。」(「コーラン」5.75)
「マホメットはただの使徒にすぎない。彼より以前にもたくさんの使徒が過ぎ去っていった。」(「コーラン」3.144)

 マホメットは、メッカの町に生まれた商人でしたが、四〇歳頃、彼の人生に転機が訪れます。
 マホメットは、メッカ郊外のヒラー山の洞窟で、しばしば瞑想を行うようになるのですが、ある時、瞑想中に突然、大天使ガブリエルが現れて、神から託された第一の啓示を与えられました。
 後にコーランの一節にもなる、「創造主であるお前の主の名において。主は、一滴の凝血から人間を創造した。・・・」を読むように言われたのです。

 マホメットは、これが真実の啓示だとは分からず、悪神にとり憑かれたのだと思い、恐ろしくなって家に逃げ帰りましたが、冷静な妻のハディージャに励まされて、これが真の神からの啓示であると信じるようになります。
 その後も次々と啓示が下されるようになり、マホメットの妻のハディージャが最初の信者になりました。
 預言者としての自覚に目覚めたマホメットは、彼が受け取った啓示を、近親者に説くようになり、これがイスラム教になりました。
 マホメット自身は、ほとんど読み書きの出来ない文盲であった為、彼に下された啓示は口伝で伝承され、後にイスラム教の聖典コーランとしてまとめられたようです。

 イスラム教における唯一絶対神アラーとは、エロハという言葉から来ており、ユダヤ教における唯一絶対神ヤーウェのことなのです。
 これは、当時の人たちが、ヤーウェを崇拝するあまり本当の名前で呼ぶのは畏れ多いと考えて、エロハと呼んでいたことに由来します。
 イスラム教における唯一神アラーとは、ユダヤ教における唯一神ヤーウェのことであり、イエス・キリストが「天の父」と呼んだ、イエスの実の父親である、エロヒムの惑星の不死会議の議長ヤーウェのことなのです。

 マホメットの前に突然現れて、啓示を与えた大天使ガブリエルとは、聖母マリアに受胎告知をした、ガブリエルという名のエロハになります。
 マホメットの前に最初に現れた時、大天使ガブリエルは、遥か彼方から一気に空を飛んで来て、空中に浮かんでいたようです。
 空間を移動する為のジェット噴射装置のようなものを背中に付けたエロヒムの姿は、聖書などにおける、背中に羽が生えた天使というイメージの元になっています。

 マホメットは、預言者としての活動を開始するようになってから、ある時、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれた可能性があります。
 ある夜更けに、マホメットの元に大天使ガブリエルが突然現れ、彼を白馬に乗せてエルサレムまで飛んで行き、その後、稲妻のような速さで七つの天界を旅したそうです。
 そして、それぞれの天界でモーゼやイエス・キリストなどの預言者たちと挨拶を交わし、七番目の天界で、イスラム教の唯一神アラーに会ったという伝説があります。
 この体験の後、マホメットは一日に五回の礼拝を命じるようになり、「深く信じる人」と呼ばれるようになったようです。

 マホメットも、死後にエロヒムの不死の惑星で再生され不死の生命、永遠の生命を与えられて今も生きており、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時には、ヤーウェを中心とするエロヒムの宇宙船に乗って、地球にやって来るのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

仏陀が菩提樹の下で開いた「悟り」とはエロヒムの不死の惑星で伝授された奥義

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★仏陀が菩提樹の下で開いた「悟り」とは

buddha-1015552_1920.jpg

 仏陀は、エロヒムが人類を導く為に遣わした、偉大なメッセンジャーの一人であり、ルシファーが全面的に関わってサポートしていました。
 仏陀は王族に生まれ、何不自由無く暮らしていましたが、29歳の時に出家して、数年間厳しい修行を続けた後、ブッダガヤにある菩提樹の下で49日間瞑想して「悟り」を開いたと言われています。
 実は、菩提樹の下で49日間瞑想して「悟り」を開いたと言われている期間、仏陀もまた、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、奥義を伝授されていました。

 菩提樹とはイチジクの木のことで、元々「神々が集まる場所」とか「不死の秘密を観察する場所」という意味があるようです。
 仏陀は、「神々が集まる場所」である、エロヒムの不死の惑星に宇宙船で連れて行かれて、49日間、エロヒムから地球の真実を教わり、エロヒムのメッセンジャーとしての使命を遂行する為の奥義を伝授されました。
 仏陀が菩提樹の下で開いた「悟り」とは、実は、このことだったのです。
 49日間瞑想して、「悟り」を開いた訳ではありません。

 元々、仏陀の「悟り」を表した最も古い表現として仏典に残っているのが、「私はアムリタ(不死)を得た・・・」という言葉だそうです。
 アムリタとは、サンスクリット語で「不死の飲み物」という意味になります。
 仏陀は、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれた時、不死の秘密を伝授されると共に、地球での使命を終えて亡くなった後、エロヒムの不死の惑星で再生されて、不死の生命、永遠の生命を与えられることを約束されたのです。

 仏教には、「涅槃(ねはん)」という言葉があり、究極的目標である永遠の平和、最高の喜び、安楽の世界を意味する、「悟り」の最高の境地ともされています。
「涅槃(ねはん)」とは、抽象的な概念のように聞こえますが、実際には、仏陀が言う「涅槃(ねはん)」とは、エロヒムの不死の惑星のことを言っているようです。
 仏陀は、「涅槃(ねはん)」のことを、「この世で見ることが出来」、「明白で」、「現実的で」、「現世の事柄である」と教えており、ヨガ行者の中で自分だけが「涅槃(ねはん)」を見て、それを所有していることを強調していたようです。
 また、西方十万億土彼方にある「極楽浄土」というのも、抽象的な概念などではなく、仏陀が見たエロヒムの不死の惑星の楽園のような世界のことを表現しています。

 仏陀が「悟り」を開く時、悪魔マーラにより誘惑を受けたとされていますが、これは、サタンに試みを受けたのです。
 イエス・キリストがエロヒムの不死の惑星で奥義を伝授された時、サタンに試されたように、仏陀もまた、エロヒムの不死の惑星で奥義を伝授される時、エロヒムのメッセンジャーとしての資質をサタンに試されました。

 仏陀は死後、エロヒムの不死の惑星で再生されて、不死の生命、永遠の生命を得て今も生き続けており、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時、ヤーウェたちエロヒムと共に宇宙船に乗って地球にやって来るのです。
 仏教では、宇宙船は、「輪宝」「天蓋」として表現されています。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
戸来優次『複製された神の遺伝子』 同朋舎 角川書店
気龍『アムリタへの道』 文芸社
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

仏陀生誕と仏教誕生の秘密には、エロヒムの科学者ルシファーが関係している

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★仏陀生誕の秘密とルシファー

buddha-483414_1280.jpg

 モーゼイエス・キリストと同様、仏陀もまた、エロヒムが人類を導く為に遣わした、偉大なメッセンジャーでした。
 イエスの実の父親がヤーウェであり、エロヒムと地球人の女性マリアとの間に生まれたハーフであったように、仏陀もまた、エロヒムと人間の女性との間に生まれたハーフだったようです。
 そして、仏陀の実の父親は、ルシファーでした。

 仏陀の母親である摩耶夫人(まやぶにん)が仏陀を身ごもった時、天から六本の牙を持つ白象が右脇から胎内に入る夢を見たと伝えられています。
 白象はナーガと言いますが、ナーガとは元々はサンスクリット語で「蛇」を表す言葉であり、「蛇」はルシファーのシンボルでもありました。
 摩耶夫人(まやぶにん)がナーガ族の出身というのも興味深いものがありますが、仏陀が「悟り」を開く時はナーガが守護したとされており、ナーガは後に竜王として取り入れられ、仏教の守護神ともなっています。

 仏陀は「悟り」を開いた後、弟子たちに自分のことをナーガと言っていたことが、気龍氏の「アムリタへの道」に書かれていますので、ご紹介致します。
「そのような時、東洋のある所でひとりの男がこんなことを言い始めた。
『わたしはナーガ(へび)である!』と。仏陀によるナーガ宣言である。
仏陀よ、あなたはナーガの名をもち、あなたは弟子たちに真理の雨をふらすのです。』(『長老の詩』1240)
『両足をもつ者の最上者よ!この神の中の神をわたしは礼拝します。わたくしはあなたの子として生まれ、大勇者にしてナーガの正系なるナーガを礼拝します』(『長老の詩』1279)
 このように最初期の仏教徒たちは、ナーガ("へび")の栄光を讃え、ナーガの正しい系譜をもった仏陀には、最大の敬意をあらわしたのであった。仏陀によって、再び"へび"が蘇ったのである。彼は"へび"の栄光を取り戻し「創造者と創造物とのきずな」をふたたび結びつけた。」(太字引用者)

 地球に来ていたエロヒムの科学者たちの中心的存在がルシファーであり、アダムとイブに「禁断の果実」を食べさせた「蛇」として「創世記」にも書かれていますが、彼のチームのニックネーム「蛇」は、ルシファーのシンボルともなっていました。
 また、遺伝子(DNA)を操作して生命を操り、死と再生を操ることが出来たルシファーは、遺伝子(DNA)の二重らせん構造を表す、二匹のらせん状に絡み合った蛇とも関係しています。
 世界各地には、シュメール時代のグデア王の奉納の壺や、唐代の伏犠と女媧の図、古代ギリシャの死と再生の神ヘルメスが持っていた二匹の蛇が絡む蛇杖など、二匹の蛇がらせん状に絡み合った図が見られますが、これらのルーツはルシファーなのです。

「蛇」をシンボルとするルシファーへの信仰が、やがて「龍」という架空の生き物を生み、仏教の守護神である竜王にも繋がっていくのですが、仏教にはルシファーが深く関わっており、仏陀の実の父親となっただけではなく、仏陀が得た「悟り」というのも、実は、ルシファーたちエロヒムによって伝授された奥義だったのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
気龍『アムリタへの道』 文芸社
戸来優次『[謎解き]聖書』 徳間書店
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

イエス・キリストの再臨とはヤーウェを中心とするエロヒムの宇宙船で地球にやって来ること

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★イエス・キリストの再臨とは

cross-453940_1280.png

 イエス・キリストは、エロヒムの計画により、十字架に架けられて死亡し、三日後に、クローン人間として「復活」しました。
 イエスの使命を全うする為には、このことが必要であり、イエスも承知していました。

 イエスの使命は、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代の到来に備えて、聖書に記述された真実を、世界中に広めることでした。
 そして、科学的に全てが理解可能となる時代が到来し、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時には、イエス・キリストは、ヤーウェたちと共に、宇宙船に乗って地球にやって来るのです。
 イエスが告げた、イエス・キリストの再臨とは、このことなのです。
「あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る。」(「マルコによる福音書」第14章・第62節)
 
 エロヒムが地球に戻って来た時、彼らが侵略者や略奪者と見なされないように真実を広めておく為には、イエス・キリストが十字架に架けられて死んでから三日後に復活し、さらに、終末の時に再臨することを告げて、聖書と福音書が役立つようにしておく必要がありました。
 エロヒムの行為と存在の痕跡を保存し、彼らが地球にやって来た時に、そのことが分かるようにしておく為には、このことが必要だったのです。

 イエスが十字架に架けられて亡くなり、死後三日後に復活することは、イエスも事前に知らされていたエロヒムの計画であり、全ては、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時に、ヤーウェを中心とするエロヒムの帰還とイエスの再臨が実現する時の為のものなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

イエス・キリストは、十字架に架けられた3日後にクローン人間として「復活」した

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★イエス・キリストは、クローン人間として「復活」した

jesus-786999_1920 (1).jpg

 イエスは、十字架に架けられて死亡してから3日後に復活したと伝えられています。
 実は、イエス・キリストは、クローン人間として「復活」したのです。
 イエスは、ヨハネから洗礼を受けた後、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、彼の素性や使命を教えられ、様々な奥義を伝授されて、不死の秘密も教えられました。
 そして、十字架に架けられてから死亡し、3日後に、クローン技術によって「復活」する計画を知らされていました。
 聖書には、イエスが弟子たちに、自分が十字架に架けられて死亡し、3日後に復活することを、はっきりと伝えていたことが記されています。

 エロヒムは、生前のイエスの細胞を採取して保存しておき、イエスが死亡した後に、クローン人間としてイエスを「復活」させたのです。
 エロヒムの高度な科学技術により、非常に短時間で、しかも、いきなり成人としてクローン人間を再生出来たのです。
 イエスより600年程前の時代に生きたとされる、預言者エゼキエルが、クローン人間が製造される現場をエロヒムに見せられた様子が、「枯れた骨の復活」として、「エゼキエル書」に書かれています。
「主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。・・・そのとき、主はわたしに言われた。『人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか。』・・・『見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。』
 わたしは命じられたように預言した。わたしが預言していると、音がした。見よ、カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づいた。わたしが見ていると、見よ、それらの骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った。しかし、その中に霊はなかった。
 主はわたしに言われた。『霊に預言せよ。・・・霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。』
 わたしは命じられたように預言した。すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。彼らは非常に大きな集団となった。」(「エゼキエル書」第37章・第1〜10節)

 エゼキエルは、クローン人間合成装置の中で、いきなり成人として人間が合成された瞬間を目撃しています。
「その中に霊はなかった」というのは、記憶や性格など生前の脳の情報が、まだ合成されたばかりの人間にインプットされていないことを表しており、生前の脳の情報を転送してインプットすることで、クローン人間が復活した様子が描かれています。
 イエスよりも600年も前の時代に既に、エロヒムは、非常に短時間でクローン人間を復活させる科学技術を持っていました。

 イエスが生前、3日後の復活を預言し、また、終末の時に再臨することを告げていたのは、エロヒムの高度なクローン技術による、不死の生命の秘密を教えられ、永遠の生命を与えられることを、エロヒムに約束されていたからなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

イエス・キリストは聖書の真実を世界中に広める使命の為にエロヒムから派遣されたメッセンジャー

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★イエス・キリストの使命

bible-155670_1280.png

 聖書は、エロヒムという「天空から飛来した人々」によって、地球の全生命が創造され、そして、私たち人類が誕生して歩んできた道程を記したものなので、聖書とは、世界最古の「無神論」の書なのです。
「天空から飛来した人々」によって生命が創造された、エロヒムによる地球プロジェクトの記録とでも言うべきものなのです。
 何千年も前の、科学を知らない人たちの手で書かれていることもあり、かなり詩的で歪められた表現もありますが、そこには、真実の痕跡が残されています。
 そして、人類がアポカリプス(黙示録)の時代、真実が啓示される時代を迎えて、全てを科学的に理解出来る時代が到来した時、聖書に書かれた真実の痕跡が必要となります。

 イエス・キリストの使命は、太古からの神秘が、科学の進歩によって解明される時代の到来に備えて、聖書の記述が真実の証拠として役立つよう、聖書に書かれた真実を、地上全体に広めることでした。
 イスラエル人は真実を知っていたのですが、彼らが持つ「選民思想」により、他の民族には秘密にして広めようとしなかったので、イスラエルの民しか知らなかった真実を、世界中に広めることが、イエス・キリストの役割だったのです。
 イエス・キリストは、「メシア」と言われていますが、「メシア」という言葉は本来、「エロヒムにより選ばれた者」という意味になります。
 アポカリプス(黙示録)の時代、真実が啓示される時代の到来に備えて、聖書に書かれた真実を世界中に広めるという役割を担って、エロヒムから選ばれた偉大なメッセンジャーが、イエス・キリストだったのです。

 イエス・キリストは、聖母マリアが聖霊によって身ごもり、処女懐胎したと言われていますが、実際には、宇宙船の中で人工授精が行われたのであり、イエス・キリストの実の父親が、ヤーウェなのです。
 聖母マリアは、宇宙船の中での記憶を消されてから、地上に戻されています。
 聖母マリアに受胎告知した、エロハの名前が、大天使ガブリエルになります。
 
 イエス・キリストは、大工の子として、普通に働いていたようですが、ある時、イエスに転機が訪れます。
 イエスが洗礼者ヨハネから、ヨルダン川で洗礼(パプテスマ)を受けた時のことです。
「イエスは洗礼(パプテスマ)を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」(「マタイによる福音書」第3章・第16・17節)
「神の霊」とは、もちろん、エロヒムの宇宙船のことです。

 この後イエスは、「神の霊」に導かれて、四十日四十夜、荒野をさまよい、悪魔(サタン)に誘惑されて、試みを受けたとされています。
 実はこの時、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、様々な奥義を伝授され、サタンの試みを受けたのです。

 イエス・キリストは、彼が「天の父」と呼んだ、実の父親であるヤーウェに引き会わされ、自分の素性を教えられると共に、自分の使命を知らされ、様々な科学技術の手ほどきを受けました。
 イエス・キリストが「天の父」と呼んだのは、抽象的な概念などではなく、エロヒムの不死の惑星にいる、彼の実の父親であるヤーウェのことだったのです。
 イエスは、テレパシーによる集団催眠を用いて説得力のある話し方をする方法など、自分の使命を遂行していく為に必要な、様々な科学技術を、エロヒムの不死の惑星で伝授されました。
 イエスが言う「天の王国」とは、エロヒムの不死の惑星のことであり、仏陀が言う「極楽浄土」も同じことを言っています。
 奥義を伝授された時、イエスはサタンのテストを受けています。
 イエスの知性が確かなものかどうか、イエスがエロヒムを敬愛しているかどうかを試されて、イエスが信頼出来ると分かったので、彼に使命の遂行が委ねられたのです。

 イエス・キリストが使命を遂行する為に、ヤーウェたちエロヒムは、全面的なサポートをしています。
 より多くの人々がイエスの元に参加するように、イエスは様々な奇跡を行ったのですが、イエス・キリストが行ったとされる様々な奇跡とは、実際には、エロヒムの科学技術を応用したものなのです。
 イエスが病人を治療した時、イエスはエロヒムの助けを借りて、離れた宇宙船から強力な光線をあてることによって、治療しました。
 また、イエスが水の上を歩いた時、実際には、エロヒムの宇宙船から反重力光線を出して重力を打ち消し、イエスを支えていたのです。

 イエスは、エロヒムの不死の惑星で、不死の秘密について教えられ、十字架に架けられて死後すぐに再生され三日後に復活すること、そして、不死の生命、永遠の生命を与えられて不死の惑星で生き続け、人類が黄金時代を迎えた時には、ヤーウェたちと共に地球に再臨することを告げられていました。
 モーゼが死後に再生されて生きていることは前記しましたが、旧約聖書を代表する預言者とされるエリヤも、不死の生命を与えられて生きています。
 モーゼとエリヤが、イエスと語り合っている様子が、「ルカによる福音書」の中に書かれています。

「イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。・・・が現れて彼らを覆った。彼らがの中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。すると、『これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け』という声がの中から聞こえた。その声がしたとき、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。」(「ルカによる福音書」第9章・第28〜36節)
 エロヒムの不死の惑星で再生されて永遠の生命を得ていたモーゼとエリヤが、エロヒムの宇宙船でイエスの元にやって来て、イエスの最期についての計画を、事前に打ち合わせしていたのです。

 イエス・キリストの使命は、太古の神秘が科学の進歩によって解明される時代の到来に備えて、聖書に書かれた真実を、地上全体に広めることでしたが、イエス・キリストが使命を全うする為には、十字架に架けられて死亡し、三日後に復活することが必要でした。
 これは、エロヒムの計画によるものなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

古代ユダヤの秘宝「契約の箱」は宇宙人エロヒムとの通信機器だった

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★「契約の箱」は、エロヒムとの通信機器だった

2154view008.jpg 古代ユダヤの秘宝「契約の箱」は、ハリソン・フォード主演のハリウッド映画『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』にも登場しました

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 古代ユダヤの秘宝「契約の箱」の中には、実は、エロヒムと通信する為の送受信機が入っていたようです。
 モーゼヤーウェから授かった、「十戒が書かれた石板」とは、単なる2枚の石板などではなく、エロヒムと通信する為の送受信機でした。
 コンピューターの心臓部であるICチップを「石」と呼びますが、モーゼが授かった「石」の板とは、エロヒムがプログラムしたコンピューターだったようです。
 そして、動力源として原子力エネルギー発生装置が内蔵されていた為、取り扱い方を誤ると、感電死したり放射能を浴びてしまうので、注意が必要でした。
 かつて、「契約の箱」がお神輿のように担がれて移動していた時には、危険なので1キロメートル近い距離を取るように指示されていたようです。
「契約の箱との間には約二千アンマ(900メートル)の距離をとり、それ以上近寄ってはならない。」(「ヨシュア記」第3章・第4節)

「契約の箱」の操作に注意しなかった人々が、感電死したり、放射能を浴びて腫れ物が出来る等の被害を受けた様子が、「サムエル記上・下」に書かれています。
箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。」(「サムエル記上」第5章・第9節)
「主はベト・シェメシュの人々を打たれた。主の箱の中をのぞいたからである。主は五万のうち70人の民を打たれた。主が民に大きな打撃を与えられたので、民は喪に服した。」(「サムエル記上」第6章・第19節)
「牛がよろめいたので、ウザは神の箱の方に手を伸ばし、箱を押さえた。ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。ダビデも怒った。主がウザを打ち砕かれたためである。・・・その日、ダビデは主を恐れ、『どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか』と言って、ダビデの町、自分のもとに主の箱を移すことを望まなかった。」(「サムエル記下」第6章・第6〜10節)

「契約の箱」は、動力源として特殊な原子炉を持つ、原子力エネルギー発生装置であり、原子力スーパーウェポンでもあったようです。
「契約の箱」は、モーゼの後継者であるヨシュアが、エリコの町を攻略する際、堅固な城壁を破壊する為にも使用されています。
 エロヒムはヨシュアに、「契約の箱」を担いでエリコの町の城壁を1周することを、6日間続けてから、7日目には7周してから超音波増幅装置を使って城壁を破壊するように指示しています。(聖書では超音波増幅装置は、角笛と書かれています)
「角笛が鳴り渡ると、民は鬨(とき)の声をあげた。民が角笛の音を聞いて、一斉に鬨(とき)の声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。」(「ヨシュア記」第6章・第20節)
 非常に鋭い声を持つ声楽家がクリスタルガラスにヒビを入れることが出来るように、高度な科学によって超音波を増幅させれば、コンクリートの壁さえ倒すことが出来るということのようです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

モーゼとユダヤの選民たちがエロヒムのリーダーであるヤーウェと交わした契約

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★モーゼと選民たちが交わしたエロヒムとの契約

800px-NearSinaiTop.JPG  モーゼがヤーウェから「十戒が書かれた石板」を授かったとされるシナイ山


 モーゼも、エロヒムから遣わされた、偉大なメッセンジャーの一人です。
 モーゼの使命・役割は、「エロヒムの選民」であるイスラエル人を自由にし、彼らに国を与えて、尊厳を取り戻させることにありました。
 知性の最も優れた民であるイスラエルの国の人々は、ものすごい進歩を遂げていたのですが、モーゼが誕生した当時は、原始的な状態に戻ってしまっていました。
 これには、経緯があります。

 ある時期、人間とエロヒムとの関係は、あまり良くない状態が続きました。
 エロヒムの惑星に遠征を企てた、「バベルの塔」と呼ばれた巨大な宇宙ロケットが破壊され、イスラエル人は、大陸のあちこちに散り散りにされました。
 そして、そのことで復讐を企てる人間たちが集結し、科学の秘密を取り戻すことに成功した「ソドムとゴモラ」の町が、原爆で破壊されたのです。
 こうして、知性の優れた人々がほとんど死んでしまい、イスラエルの民は、半未開のような状態になり、創造者であるエロヒムのことすらほとんど忘れて、偶像崇拝すら行うようになっていました。

 ユダヤ民族は「神の選民」であるという、いわゆる「選民思想」をユダヤ人は持っていると言われていますが、これにはそれなりの理由があります。
 古代のユダヤ民族というのは、エロヒムと人間の女性たちとの間に生まれた、エロヒムの直系の子孫なのです。
 エロヒムの実験場は何箇所か有り、それぞれの実験場からそれぞれの人種が創造されました。
 その中でも、古代イスラエルの地にあった実験場で創造された人間たちが、最も優秀であり、完成度の高い創造物でした。
「彼らは皆、わたしの名によって呼ばれる者。
 わたしの栄光のために創造し
 形づくり、完成した者。」(「イザヤ書」第43章・第7節)
 エロヒムの人間創造の技術の高さを示すのがイスラエル人であり、イスラエル人は「完成した者」だったのです。
 イスラエル人を創造したことが、エロヒムにとって栄光に値するということなのです。

「後の世代のためにこのことは書き記されねばならない。
『主を賛美するために民は創造された。』」(「詩篇」第102章・第19節)
 ここでの「民」とは、もちろんイスラエル人のことであり、最も優れた創造物として、エロヒムから選り分けられた人種だったのです。
 イスラエル人が優れて素晴らしい創造物だったので、エロヒムはイスラエル人の美しい女性と交わったのであり、イスラエル人というのは、エロヒムの血を分けた、エロヒムの直系の子孫なのです。
 この為に、古代ユダヤ人というのは、「神の長子」、「神の子」、「神の生き証人」、「神の選民」とも呼ばれるようになりました。

 現在まで続いている、ユダヤ人の「選民思想」には、このような背景があります。
 また、ユダヤ人には優秀な人が多いと言われたりしますが、このような背景があるからなのであり、元々古代のユダヤ人というのは、エロヒムの直系子孫であり、「エロヒムの選民」だったのです。
 エロヒムの直系子孫であり、「エロヒムの選民」であるイスラエル人は、知性の最も優れた人々でしたが、その最も輝かしい人才を失い、近隣の野蛮な人々の奴隷になってしまっていたので、選民に自分たちの国を与え、尊厳を取り戻させることが、モーゼに与えられた使命・役割だったのです。

 モーゼは、エジプトに生まれたイスラエル人でしたが、イスラエル人の男児は殺すようにという、エジプトのファラオの命令から逃れる為、赤ちゃんの時に、かごに入れられてナイル川に流されてしまいます。
 ところが、偶然水浴びをしていたファラオの娘に拾われて、宮殿で育てられるようになったのですが、成人に達したある日、同胞のイスラエル人がエジプト人に虐待されているのを見て、エジプト人を殺してしまいます。
 そして、ファラオに命を狙われたモーゼは、アラビア半島に逃げて、羊飼いの女性と結婚して羊飼いとしてひっそりと暮らしていましたが、ある時、モーゼに転機が訪れます。

 この時の様子は、「出エジプト記」の中に「モーセの召命」として描かれており、神の山ホレブで、燃える柴の中から神に語りかけられたと表現されていますが、要するに、エロヒムの宇宙船の中からヤーウェに語りかけられたのです。
 ライトを見たことがない、何千年も前の人たちには、宇宙船が照射するライトを浴びた柴のことは、「柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない」という表現しか出来なかったのです。
 この時、モーゼは、選民であるイスラエル人を、エジプトから連れ出すようにという使命を、ヤーウェから与えられたのです。
 
 モーゼがイスラエル人をエジプトから連れ出し、イスラエルの民に国を取り戻させる為に、ヤーウェたちエロヒムは、モーゼを全面的にサポートしています。
 例えば、「出エジプト記」に書かれている「葦の海の奇跡」もその一つです。
 モーゼが紅海に向かって手を差し伸べると、海が二つに割れて陸地が現れ、モーゼたちは海を渡ることが出来、エジプト軍の追撃を逃れることが出来ました。
 これは、エロヒムが宇宙船から斥力光線で水を分け、モーゼたちが進むのを助けていたのです。
 昼となく夜となくモーゼたちを導いて行った、エロヒムの宇宙船は、「火の柱、雲の柱」として表現されています。
「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた。昼は雲の柱が、夜は火の柱が、民の先頭を離れることはなかった。」(「出エジプト記」第13章・第21・22節)

 ヤーウェは、シナイ山の山頂にて、モーゼに「十戒」を授けると共に、イスラエルの民と契約を締結しました。
 モーゼが、「十戒が書かれた石板」を受け取る為にシナイ山の山頂へ登って行った時、モーゼもやはり、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれたようです。
「モーセが山に登って行くと、は山を覆った。主の栄光がシナイ山の上にとどまり、は6日の間、山を覆っていた。7日目に、主はの中からモーセに呼びかけられた。主の栄光はイスラエルの人々の目には、山の頂で燃える火のように見えた。モーセはの中に入って行き、山に登った。モーセは40日40夜山にいた。」(「出エジプト記」第24章・第15〜18節)
 モーゼはこの時、エロヒムの宇宙船の中で6日間教えを受け、それからエロヒムの不死の惑星に連れて行かれて40日間滞在したようです。

 この後、モーゼはエロヒムからの指示に従って、人間の代表者がエロヒムと会う為の「会見の幕屋」を建設し、その中に祭壇を作りました。
 モーゼが建設した「会見の幕屋」が、後に、ソロモン王が建設したエルサレム神殿の原型となり、日本の神社のルーツにもなっています。
 そして、モーゼはエロヒムからの指示に従って、「契約の箱」を作り、ヤーウェから授かった「十戒が書かれた石板」を「契約の箱」の中に収め、「契約の箱」は「会見の幕屋」の中に安置されました。
「契約の箱」は古代ユダヤの秘宝であり、日本のお神輿のモデルにもなっています。
 古代ユダヤの秘宝である「契約の箱」は、お神輿のように担がれて、モーゼたちと共に旅をしたのでしょう。

 あいにくモーゼは、約束の地を目前にして、120歳で亡くなりましたが、後継者のヨシュアが後を継ぎ、選民たちは、約束の地カナンを得ることが出来ました。
 ヨシュアたちがヨルダン川を渡る時、「契約の箱」を担いだ祭司たちの足が増水していたヨルダン川に入ると、川が上流で壁のようにせき止められて、干上がった川床を、全員無事に渡り終えることが出来たと、「ヨシュア記」に書かれています。
 これは、モーゼの「葦の海の奇跡」と同様、斥力光線を放って川をせき止めていたので、実際には、科学的なことなのです。

 モーゼは、120歳で亡くなった後に、エロヒムの不死の惑星で再生されて、不死の生命、永遠の生命を与えられ、現在まで生きています。
 そして、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時、ヤーウェらと共に宇宙船に乗って、地球にやって来るのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

最近の記事|recent Entry

カテゴリー|Category

月別アーカイブ|Archives

リンク|Links

フィード|FEEDS