日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2015年9月のアーカイブ

27 Entries

エネルギー的には、月が地球を支配しているとも言える

moon-372797_1280 (1).jpg
 私たちの星・地球にとって、最も関わりの深い天体として、太陽と月があります。

 地球が太陽の周りを回っているのに対して、月というのは、地球の衛星であり、月が地球の周りを回っています。

 ですから、ともすれば、太陽が主であり地球が従の関係にあり、地球が主であり月が従の関係にあるような印象を持つ方が多いかと思います。

 しかし、ある意味においては、月が地球を支配しているとも言えるかも知れません。
 エネルギー的には、月が地球を支配しているとも言えるかも知れません。

 太陽が持つ働きだけではなく、月が持つ働きも、地球の生命にとって、必要不可欠なのです。

 女性の生理を始め、月の持つ働きが、地球の生命のバイオリズムに大きな影響を与えていることは、よく知られています。

 何故なら、地球の全生命の創造者である、異星人エロヒムが、そのように配置したからなのです。

 旧約聖書「創世記」の、天地創造の4日目には、次のように書かれています。
「神(エロヒム)は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神(エロヒム)はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神(エロヒム)はこれを見て、良しとされた。」(「創世記」第1章・第16〜18節)

 古事記においても、太陽の持つ働きと、月が持つ働きは、互角に表現されています。

 伊邪那岐命(イザナギノミコト)が黄泉国(よみのくに)から蘇り(=黄泉帰り(よみがえり))、禊祓えの後に多くの神々を生み、一番最後に生んだのが、三貴子と言われる、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツキヨミノミコト)、須佐之男命(スサノオノミコト)です。

 伊邪那岐命(イザナギノミコト)が左目を洗った時に、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が生まれ、右目を洗った時に、月読命(ツキヨミノミコト)が生まれたと書かれているように、太陽が持つ働きと、月が持つ働きは、互角に表現されています。

 太陽が持つ働きだけではなく、月が持つ働きも、地球の生命にとって、必要不可欠なのです。

 私たちの星・地球は、太陽の周りを回る惑星であるのに対して、月というのは、私たちの星・地球の周りを回る衛星なので、ともすれば、地球が主で、月が従のような印象を受けがちです。

 しかし、太陽が持つ働きを「陽」とするならば、月が持つ働きは「陰」であり、目にははっきりとは分かりにくいですが、影で地球の生命をエネルギー的に支配しているのは、月なのです。

 つい先日、『月を今の形に配置したのは、人類の創造者であるエロヒム』の中にも書きましたが、太陽と月という、地球にとって最も関係の深い二つの天体が、大きさも地球からの距離もそれぞれ全く違うのに、地球から見て同じ大きさに見えるように配置されているのは、地球の全生命の創造者であるエロヒムが、そのように配置したからなのです。

 私たちが、日食や月食などの天体ショーを楽しめるのは、地球の全生命の創造者である、異星人エロヒムがそのように配置したからなのですが、太陽と月が地球から見て同じ大きさに見えることによって、太陽の持つ働きと、月の持つ働きは、地球の生命にとって互角であり、どちらも必要不可欠な働きであることを、暗示しているのかも知れません。

 地球と月の関係で言えば、地球の生命にとっては、エネルギー的には、月が地球を支配していると言っても良いかも知れません。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

人といつも繋がっていたいという感情が消えていく

buddha-918068_1280.jpg
 現代では、インターネットやSNSの普及により、常に誰かと繋がっていないと不安に感じる人たちが増えているようです。

 しかし、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色であることが実感出来るようになると、寂しいという感情も消えていきますし、人といつも繋がっていたいという感情も消えていきます。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の心を映し出す「鏡」の世界であり、自分の心の内面の世界なのです。
 全ては自分の心の中にある心象風景であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の内面の世界なので、本当は、そこには誰もいる訳ではありません。
 自分しかいない世界であり、自分というものすらいない世界なのです。

 多くの人たちは、肉体を持った自分が本当の自分だと考えているので、肉体を持った自分がいて、自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがあると考えています。

 そして、友達が多いとか少ないとか、自分は孤独であるとか、孤独でないとか考えています。

 しかし、自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景が映し出されているだけなので、様々な登場人物たちも、必要に応じて、その時々で現れては消えているだけなのです。

 全ては、自分の心の中にある紋様にしか過ぎません。

 そのことが分かってくると、寂しいという感情もだんだん薄れてきますし、人といつも繋がっていたいという感情も消えていきます。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては、自分の意識の中にしか存在していないので、そこには本当は、誰もいる訳ではないのです。

 以前書いた『自分が映す現実世界(大宇宙)の全てが、心の内の景色であることが実感出来るようになると、寂しいという感情が薄れていく』も、ご参照下さい。


このエントリーをはてなブックマークに追加

月を今の形に配置したのは、人類の創造者であるエロヒム

buddha-708276__180.jpg
 本日9月27日は、中秋の名月(旧暦の八月十五日)です。

 そして、明日の28日が満月であり、今年最大の満月である、スーパームーンとなるようです。

 月という天体は、太陽と共に、私たちの母なる星・地球にとって、最も身近な、密接不可分の関係にある惑星だと言えるかと思います。

 太陽と月という、地球にとって最も身近な、密接不可分の関係にある惑星は、それぞれの大きさも、地球からの距離も全く違うのに、地球から見て、ほぼ同じ大きさに見えます。

 何故、地球から見て太陽と月が同じ大きさなのかについては、『何故、地球から見て、太陽と月は、ほぼ同じ大きさなのか』の中に以前書いたことがありますが、聖書において神(GOD)と呼ばれている存在たちが、そのように創造したからなのです。

 その時は、敢えて書いていなかったのですが、聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハという言葉になります。

 地球の全生命は、「天空から飛来した人々」である、異星人エロヒムの科学者たちによって、科学的に創造されたものなのです。

 地球の全生命の創造者であるエロヒムは、地球という惑星そのものを創造した訳ではなく、水と濃密な霧にすっぽりと包まれていた地球で、大陸を創造し、高度な遺伝子工学によって、植物、動物、そして最後には、彼らに似せた知的生命体、即ち、私たち人間を科学的に創造したのです。

 そして、月を今の形に配置したのは、地球の全生命の創造者であるエロヒムなのです。

 太陽と月という、地球にとって最も関係の深い二つの惑星が、私たち人間から見てほぼ同じ大きさに配置されているのは、決して偶然ではなく、創造者であるエロヒムが、そのように配置したからなのです。

 太陽の持つ働きが、地球の生命にとって不可欠なのはもちろんですが、月の持つ働きも、地球の生命にとって不可欠となります。

 女性の生理を始め、月の持つ働きが、地球の生命のバイオリズムに大きな影響を与えていることは、よく知られています。

 太陽の持つ働きだけではなく、月が持つ働きも、地球の生命にとって、必要不可欠なのです。

 地球の生命にとって必要不可欠な、太陽と月という二つの天体が、地球から見てほぼ同じ大きさに見えるのは、創造者であるエロヒムの意図によるものなのです。

 エロヒムに似せた知的生命体として創造されている私たち人間が、日食や月食などの天体ショーを楽しめるのは、創造者であるエロヒムの意図によるものであり、ある種のユーモアのようなものなのかも知れません。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

聖書における神(GOD)という言葉は、史上最大の誤訳

 無形の超自然の全能の神により天地創造が行われたという概念は、「天空から飛来した人々」を意味するエロヒムというヘブライ語が、いつの間にか、神(GOD)と誤訳されてしまったことによるものなのです。
 聖書における神(GOD)という言葉は、史上最大の誤訳だと言っても過言ではありません。

 無形の超自然の全能の神が天地創造を行った訳ではなく、他の惑星からやって来た、私たちと同じ人間たちによって天地創造が行われたことを聖書は伝えていますので、実は、聖書とは、世界最古の無神論の書なのです。

拙書「花咲く都・黄金文明」より



RaelTV

参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

考えることも大切だけど、時には、考えないことはもっと大切

relax-726992_1280.jpg
 私たちが人生を生きていく上で、考えるということはとても大切なことですが、時によっては、考えないことは、もっと大切なこともあります。

 生きるとは何か、人生とは、人生いかに生くべきか、生とは、死とは、幸福とは、不幸とは、運命とは、宿命とは、人生は決まっているのか、自分の使命は何か・・・・・。
 あれをどうしようか、これをどうしようか、どっちの道を選べば良いのか、ああでもない、こうでもない・・・・・。

 生きている限り、様々な思いが頭をよぎりますので、考えるということは大切なことであり、考えるべき時には、じっくりと考えるのが良いのだと思います。

 しかし、何も考えたくない時や、何も考えられない時には、考えることを止めて、ただ時が過ぎ行くのを待つことも大切だと思います。

 特に、毎日生きていくということ自体がしんどく感じられるような時には、考えるということをなるべく止めて、時が過ぎ行くのを、ただ耐え忍ぶということも大切なことであり、ある種のサバイバルテクニックのようなものかも知れません。

 変な例えになりますが、もし、田舎道を歩いていた時に、台風や竜巻が突然やって来て、吹き飛ばされそうになったとします。
その時、近くに身を隠す建物などが無いとしたら、近くに有る電柱か大木にしがみついて、台風や竜巻が通り過ぎて行くのを必死に待つしかありません。

 そのような絶体絶命の時には、電柱か大木にしがみついている自分のことを、不幸だとか不運だとか考えて悩んでいる余裕も無ければ、どうすれば良いかなど考えているゆとりも無い筈です。

 ただ、何も考えずに、台風や竜巻が通り過ぎて行くのを待つだけです。
 ただ、何も考えずに、時が通り過ぎて行くのを待つだけです。

 もし、どうしても、毎日生きていくということ自体がつらく苦しく感じられ、何も考えられない時は、考えることを止めて、ただひたすら、時が過ぎ行くのを待つことも大切だと思います。

 ある種のサバイバルテクニックのようなものかも知れません。
 そして、考える余裕が出来てきた時、考えたくなった時には、また好きなだけ考えれば良いと思います。

 ちょっと極端な話をしましたが、日常生活においても、考える時と考えない時のメリハリを付けることは、とても大切かも知れません。

 将棋の羽生善治名人は、大事な対局の前日などは、将棋とは関係の無い本を読んだりして、将棋のことは考えないように時間を過ごされているようなことを本で読んだ記憶があります。
 大事な対局で将棋に集中する為には、将棋のことを考えないオフタイムもとても大切なのかも知れません。

 現代は、インターネットやSNSの普及などによって、ネットに繋がってばかりいると、考えない時間を持つことすら難しくなってしまう面もあります。

 何も考えたくない時や、何も考えられないような時は、いっそ考えることを極力止めて、ただ時が過ぎ行くのを待つということも大切だと思います。
 生きていくこと自体に余裕が無い時には、特に大切かも知れません。

 考えるということはもちろん大切ですが、時には、考えないということは、もっと大切なことかも知れません。


このエントリーをはてなブックマークに追加

秋分の日(9月23日)を機に、意識変革の新たなエネルギーが来ていた

chestnuts-58410_1280.jpg
 昨日9月23日は、秋分の日でした。

 一夜明けて、本日はもう、昨日までとは違った、新しい風が吹いて来ている感じがします。

 昨日9月23日の秋分の日に合わせて、意識変革の新たなエネルギーが、かなり来ている感じでした。

 今年の3月に、『意識変革の大きな風が吹いて来ている』の中でも書きましたが、今年の3月21日の春分の日に合わせて、かなり強い意識変革の風が吹いて来ていました。

 そして、昨日の秋分の日に合わせて、また、新たなエネルギーが来ていました。

 今年2015年(平成27年)は、例年にも増して、春分の日と秋分の日という、太陽活動の節目に合わせて、意識変革の新たなエネルギーが降り注がれて来た年となったようです。

 これから、いよいよ秋本番ですね。


このエントリーをはてなブックマークに追加


休息を取ること、「間」を取ることの大切さ

greece-249248_1280.jpg
 5連休の大型連休、シルバーウィークも、本日が最終日となりました。
 5連休の大型連休を堪能された方も多いかも知れません。

 人生には、「間」というものがあります。
「間」を取ること、休息を取ることは、人生には、とても大切だと思います。

 今回のシルバーウィークは元より、お正月休み、お盆休み、ゴールデンウィークなどは、私たち日本人の生活習慣の中に組み込まれた、ある種の「間」の取り方だと言えるかも知れません。

 一年の節目節目で、何日間かゆっくりと休息を取り、「間」を取ることで、英気を養い、また新たな気持ちで、明日へと向かうことが出来ます。

 私は最近、「間」を取ること、休息を取ることの大切さを、以前にも増して感じるようになりました。

 一日の中での休息、「間」というものは、仕事中の食事休憩、ティータイムなど、色々ありますが、一番大きな休息は、何と言っても、睡眠になるかと思います。

 私たち人間の体が、自然の摂理として、一日24時間の内、三分の一近くを睡眠時間が占めるように出来ているのには、それなりの意味があるのだと感じます。

 私は、以前は、睡眠の重要さは、あまり意識していなかったのですが、特に今年に入ってから、睡眠の重要性を、強く意識するようになりました。

 睡眠時間を無理に削ってまで何かをするくらいなら、ちゃんと睡眠時間を確保して、その分、次の日に効率よく物事を処理したほうが良いと感じるようになり、あまり夜に無理をしたくなくなりました。
 
 そして、これが、とても自然な感覚として身に付いてきています。

 現代は、インターネットの普及、SNSの普及などもあり、それにハマっていると、「クリック無間地獄」に陥って、貴重な睡眠時間を削ってまで、ネットの世界の膨大なゴミだらけの情報の渦に飲み込まれてしまう懸念もあります。

 最近、デジタル・デトックスという言葉も流行っているようですが、意図的にネットにも繋がらない時間を作り、「間」を取るように心がけることも大切かも知れません。

 一日単位、一週間単位、一ヶ月単位、四季単位、一年単位で、それぞれに休息を取る時間、「間」を取る時間が大切だと感じます。

「間」を取ること、休息を取ることを適度にしないと、軌道修正、微調整をすることが、難しくなるような感じがします。


このエントリーをはてなブックマークに追加

「マーズワン」計画では、2023年4月に火星に移住予定

「マーズワン」計画というのを、ご存知でしょうか。

「マーズワン計画」というのは、2025年までに火星に人類初の永住地を作ることを目的にする、オランダの民間プロジェクトです。

 オランダの実業家バス・ランスドルプ氏が設立者で、ノーベル物理学賞受賞者のヘーラルト・トホーフト氏も「アンバサダー」として加わっているとのことです。

「マーズワン」計画には、賛否両論あるようですが、今のところは、2023年4月に、最初の移住者を火星に送り込む予定のようです。

 その後、順次、人類が移住していく予定のようですが、今のところはまだ、片道切符なので、火星に移住した者は、地球には戻れないそうです。

 何れ、科学技術がもっと進歩すれば、地球に戻ることが出来る、往復切符も手に入る時代が来るのでしょう。

 ユーチューブの映像にあったように、現段階での予定である2023年4月というのは、あと8年弱であり、2025年というのも、わずか10年後のことになります。

「マーズワン」計画が予定通りいくかは別としても、火星への人類移住は、かなり近いところまで来ているようです。

 また、まだまだ先の話になりますが、「火星テラフォーミング」と言って、火星に大気を作り、人類が住めるような惑星に作り変えてしまおうという、「地球化」、「惑星化」のプロジェクトまで取り沙汰されるような科学的水準に、私たち人類も、到達しつつあるようです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

本当の夢を想い出す為の書――書籍「魂の夢、光り輝く魂」

cover-02.jpg
 書籍「魂の夢、光り輝く魂」は、本当の夢を想い出す為に、とても役に立つ書となっています。

 本当の夢とは、心の夢ではなく、魂の夢であり、魂の夢を想い出す為の最良の書ともなっています。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である魂です。

 自分の人生の全ては、真我である魂が、魂の更なる輝きを求めて、光り輝く魂になることを夢見て、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 魂の進化とは、心の純化、意識の福化ということであり、心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心へと、心を飛翔させていくことなのです。

 心が思い描く夢というのは、真我である魂の夢を想い出す為のツールのようなものです。

 多くの人たちが、心に思い描く夢というものを、一般的な言葉で表現するとしたら、健康・長寿、お金や富を得ること、素晴らしい異性との恋愛・結婚、理想の家庭、理想の仕事、社会的成功、地位・名誉、素晴らしい人間関係、というようなことになるのかも知れません。

 それらの夢を心に思い描くこと自体は、意識を創る旅のプロセスには必要なことであり、心の夢を持つからこそ、魂を進化させていくことが出来るのですが、心の夢というのは、あくまでも、本当の夢ではなく、真我である魂の夢、本当の夢を想い出す為に、魂が使っているアプリケーションのようなものなのです。

 心が思い描く様々な夢の方に答えがあるのではなく、真我である魂の夢、本当の夢の方に、答えがあるのです。

 真我である魂が望んでいるは、「豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる」ことを夢見ているのです。

 自分が体験する全ての現実は、「豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる」のを体験する為に、真我である魂が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 自分が映す現実世界は全て心の内だと分かり、「豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる」のを体験する時、光り輝く魂になることを夢見て、この人生の全てを「想像=創造(そうぞう)」した、我が魂の夢を想い出すことになるのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

今、自分が出会っている現実には、一切無駄というものが無い

silhouette-809145__180.jpg
 今、自分が出会っている現実には、一切、無駄というものがありません。

 健康のこと、仕事のこと、お金のこと、家庭のこと、人間関係のことなど、全てが、今この瞬間の自分に一番ピッタリな形で出会っているので、そこには、一切、無駄というものが無いのです。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識を映し出す「鏡」の世界であり、自分の心が映し出された内面の世界、言わば、インナーワールドだからです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎないので、そこに映し出されているものの全ては、今この瞬間の自分自身にピッタリな紋様が映し出されています。

 ある部分だけがピッタリなのではなく、全てを含めて、今の自分にピッタリなのです。

 健康のことも、仕事のことも、お金のことも、家庭のことも、人間関係のことも、それらは全て、バラバラに存在しているのではなく、全てが皆繋がっています。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が映し出された「鏡」の世界であり、内面の世界であり、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎないので、そこに映し出されている景色の全ては、自分の心の中にある景色なのです。

 今、自分が出会っている現実の全ては、健康のことも、仕事のことも、お金のことも、家庭のことも、人間関係のことも、一切、無駄というものが無く、今この瞬間の自分にピッタリな場面が映し出されています。

 今この瞬間に自分が味わうべき景色が映し出されているのです。

 今、自分が出会っている現実には、一切、無駄というものが無いのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の後書きを、ご紹介致します!

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の後書き(おわりに)を、ご紹介致します!
daiutyuuishiki(mugen)toiseijinerohimu.jpg

 新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」
   人類は、異星人エロヒムを「神」と間違えた!

おわりに

 本書「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」をお読みいただいた感想は、如何でしたか?
 私たち人類が、何千年もの長い間、地球の全生命の創造主にしか過ぎない「異星人エロヒム」を「大宇宙意識(無限)」と間違え、二つの概念を混同してきたことは、お分かりいただけたかと思います。
 私たち人類は、何千年もの長きに亘って、「神」というものについて、二つの概念を混同してきたのです。

 しかし、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎えて、全てを科学的に理解可能となる現代までは、それも必要なプロセスでした。
 エロヒムが、神という「隠れ蓑」を使ったのは、エロヒムの壮大な計画の一部でもあり、全てを科学的に理解出来る時代を迎えるまで、私たち人類には、崇め奉る絶対的な神の存在は、むしろ、必要だったのです。
 モーゼや仏陀、イエス・キリスト、マホメットなどの古代の預言者たちは、全てを科学的に理解出来る時代を迎えるまでは、宗教という「松葉杖」を必要とする人類の為に、エロヒムから遣わされた、偉大なメッセンジャーたちでした。
 しかし、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎えて、全てを科学的に理解出来るようになった今、もはや、伝統的宗教が果たしてきた役割は、終焉の時を迎えようとしています。

 近い将来、私たち人類が、神(エロヒム)を見る日が到来します。
 エロヒムの偉大なる帰還が実現し、ヤーウェを中心とするエロヒムが、宇宙船に乗って、公式に地球を訪問する時代が到来するのです。

 その時、イエス・キリストを始め、モーゼや仏陀、マホメットなど、古代の預言者たちも、一緒に地球にやって来ることになるでしょう。
 私たち人類は、エロヒムの25000年も進んだ科学を遺産として伝授される恩恵により、地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明を花開かせることになります。
 キリスト教の世界で言われる、至福千年王国のことでもあり、私たち人類の黄金時代が幕開けするのです。
 そして、地球は宇宙時代を迎えます。

 何れ、私たち人類も、他の惑星に出掛けて行き、生命を創造するようになるでしょう。
 そして、他の惑星で生命を創造した時、今度は私たち人類が、「天空から飛来した人々」と呼ばれることになります。
 時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中で、過去から「無限」に続いてきた「生命創造の営み」を、親であるエロヒムから受け継ぎ、今度は私たち人類が創造者となる時を迎えるのです。

西暦2015年(平成27年)8月吉日             大和富士


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の前書きをご紹介致します!

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の前書き(はじめに)を、ご紹介致します!
daiutyuuishiki(mugen)toiseijinerohimu.jpg

 新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」
   人類は、異星人エロヒムを「神」と間違えた!

はじめに

「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」という本書のタイトルを最初にご覧になった時、どのような印象を受けられたでしょうか?
 なんだか変なタイトルの本だな、と感じられた方も多いかも知れません。
 しかし、「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」というのは、私たち人類が、有史以来数千年もの長い間、神という概念について混同してきた、神を表す二つの本質的な言葉なのです。

 神という言葉から、人々は、どのようなイメージを想像するでしょうか?
 多くの人たちは、無形で超自然で全知全能の存在、言わば、大宇宙の根本主体、大宇宙の根本創造主のような存在をイメージするかも知れません。

 また一方では、人々は、日本の神話に登場するような、様々な神々を想像するかも知れません。
 神道というのは、八百万神(やおよろずのかみ)を信仰する多神教であり、古事記などの神代の神話には、私たちと同じように姿・形を持ち、感情を持った、人間味溢れる様々な神々が登場します。
 例えば、国生みをされたイザナギとイザナミの夫婦神、そして、二神から生まれたアマテラスやスサノオなど、様々な神々が登場します。

 日本の神話だけではなく、ヒンズーの神話や、ギリシャ神話など、世界各地の神話には、人間味溢れる様々な神々が登場します。
 また、神という言葉は使いませんが、仏教においても、私たち人間と同じような姿・形を持ち、慈悲深い表情をした仏像などで、仏を表現しており、中には、不動明王などのように、憤怒の相の仏像などもあります。

 このように、私たちが一般的に、神という言葉を使う時、二つの概念が混同して使われていることに、お気付きになるかと思います。
 一つは、無形で超自然で全知全能の、唯一絶対の至高の存在、言わば、大宇宙の根本主体・根本創造主に対して使われています。
 この存在を表している言葉が、本書のタイトルにおける、「大宇宙意識(無限)」という言葉なのです。

 そしてもう一つ、神を表す概念として、私たち人間と同じように姿・形を持ち、私たち人間と同じように感情を持ち、私たち人間とかつて直接関わりのあったような存在としての神々、神話に登場するような神々という概念があります。
 この存在たちを表している言葉が、本書のタイトルにおける、「異星人エロヒム」という言葉になります。

 実は、何千年もの長い間、私たち人類は、神というものについて、この二つの概念を混同してきたのです。
 世界の主な宗教の源は一つであり、旧約聖書の「創世記」に出てくる存在たちが、そのルーツとなっています。
 聖書においては、神(GOD)と訳されています。
 しかし、聖書における神(GOD)という言葉は、誤訳なのです。

 聖書において神(GOD)と訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハという言葉になります。
「創世記」の中で、「神は御自分にかたどって人を創造された」と書かれているとおり、聖書における神(GOD)とは、私たち人間と同じような姿・形をした存在たちなのです。
 無形の超自然の全能の神が、「創世記」における天地創造を行った訳ではなく、エロヒムという「天空から飛来した人々」、即ち、他の惑星からやって来た異星人たちによって、科学的に天地創造が行われたことを「創世記」は伝えていますので、実は、聖書というのは、世界最古の「無神論」の書なのです。
 聖書における神(GOD)という言葉は、史上最大の誤訳だと言っても過言ではないかも知れません。

 世界の主な宗教の源は一つであり、「創世記」において神(GOD)と訳されている存在たちが、そのルーツとなっています。
 しかし、「創世記」における神(GOD)という言葉は誤訳なので、聖書における神(GOD)とは、ヘブライ語の原語で「天空から飛来した人々」を意味する、エロヒムという異星人たちのことなのです。

 つまり、世界の主な宗教に登場する神とは、「異星人エロヒム」のことなのです。
 無形で超自然で全知全能の、唯一絶対の存在、即ち、「大宇宙意識(無限)」のことが語られている訳ではありませんので、誤解しないように注意する必要があります。
 宗教で語られている神とは、あくまでも、人類の創造者である「異星人エロヒム」のことなので、大宇宙の根本主体・根本創造主である「大宇宙意識(無限)」のことが語られている訳ではありません。

 また、「創世記」を始め、日本の古事記や、世界各地の様々な神話には、天地開闢物語、宇宙開闢物語が登場します。
 しかし、これらの全てはあくまでも、地球から見た天地創造であり、地球にとっての天地開闢物語、宇宙開闢物語なので、「無限」の大宇宙そのものの宇宙開闢が語られている訳ではありませんので、誤解しないように注意する必要があります。

「創世記」に書かれている天地創造が、他の惑星からやって来た人間たち、即ち、エロヒムという異星人の科学者たちによって、科学的に創造されたということは、科学が発達した現代になるまでは、理解することは出来ませんでした。
 しかし、今や私たちは、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎えていますので、全てを科学的に理解可能な時代を迎えているのです。
 無知蒙昧な神秘主義に陥ることなく、全てを科学的に理解し、真実を知るべき時を迎えています。

 科学と宗教とは、対立する概念のように捉えられるきらいがありますが、実は、科学と宗教とは、同じ母親から生まれた兄弟のようなものなのです。
 エロヒムは、今の地球の科学よりも25000年も進んだ高度な科学を持っており、この科学の力が、地球での生命創造を可能にしたものなので、科学と宗教とは、決して対立する概念ではなく、同じ母親から生まれた兄弟のようなものなのです。

 私たち人類も、今や、宇宙ロケットを飛ばして、有人・無人での様々な宇宙探査を試みるとともに、遺伝子(DNA)の解読に成功し、クローン技術も獲得するなど、生命を創造出来るような科学力を身に付けてきています。
 火星への移住計画なども進められており、オランダの民間プロジェクト「マーズワン」では、西暦2025年に、最初の四人を火星に移住させる計画だとのことです。
 また、まだまだ先になりますが、「火星テラフォーミング」と言って、火星そのものに大気を作り、人類が住めるような惑星に作り変えてしまおうという、「地球化」、「惑星化」のプロジェクトまで取り沙汰されるような時代を迎えているのです。

 地球の科学が、今よりももっと高度に進歩すれば、何れ私たち人類も、他の惑星に行って、生命創造の実験を試みるようになることは、容易に想像出来るのではないでしょうか?
 世界の宗教で語られている神というのは、あくまでも、非常に高度な文明を持った、「異星人エロヒム」のことなので、大宇宙の根本主体・根本創造主である「大宇宙意識(無限)」とは、分けて考える必要があります。

 そして、人類の創造者エロヒムが持っている唯一の宗教が、「無限」の宗教なのです。
 エロヒムによれば、大宇宙というのは、時間においても空間においても「無限」なのであり、「無限」の大宇宙そのものへの畏敬の念、崇敬の念というものを、エロヒムは持っています。
「無限」の大宇宙そのものへの信仰心を、仮に、宗教という言葉で表現するとすれば、「無限」の宗教ということになるかと思いますが、私たち人類にとっての「神」であるエロヒムが崇敬しているのが、「無限」の大宇宙そのもの、言わば、「無限」なのです。

 時間においても空間においても「無限」である、「無限」の大宇宙を生み出したのは、一つの「純粋意識」なのです。
 本書においては、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。
 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った、一つの「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 私たち人類は、長い間、地球の全生命を創造した「異星人エロヒム」と、エロヒムが信仰している唯一の対象である「無限」の大宇宙そのもの、即ち、「大宇宙意識(無限)」とを、混同してきました。
 時間においても空間においても「無限」である大宇宙そのもの、即ち、「大宇宙意識(無限)」と、地球の全生命の創造者にしか過ぎない「異星人エロヒム」とを、混同してきたのです。
 人類が混同してきた、神についての二つの概念を、明確に分けて考えるべき時を迎えています。

 自然という言葉が使われる時、無数の銀河や、太陽・月・星、母なる星・地球、海、大陸(大地)、植物、動物、私たち人間まで含めて、全てを「自然」と表現していますが、実際には、大陸(大地)と、植物・動物、そして私たち人間は、「異星人エロヒム」によって科学的に創造されたのだということを理解する必要があります。

「無限」の大宇宙そのものである「大宇宙意識(無限)」と、地球の全生命の創造者にしか過ぎない「異星人エロヒム」とを、明確に分けて考えるべき時を迎えています。
 本書「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」は、人類が長い間混同してきた、神についての二つの概念を、明確に分けて理解する上で、とても有益な書となる筈です。
 本書をお読みいただき、神についての二つの概念を、明確に分けて理解する一助としてご活用いただければ、これに勝る喜びはございません。

                            大和富士  


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の内容について、お知らせ致します!

新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」の内容について、お知らせ致します!

daiutyuuishiki(mugen)toiseijinerohimu.jpg
新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」は、私たち人類が、数千年もの長い間、「神」というものについて混同してきた二つの概念を、明確に分けて解説した書であり、他に類例の無い書となります。
本書をお読みいただくことで、「神」という概念について、はっきりと理解することが出来るようになるでしょう。

 新著「大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム」
   人類は、異星人エロヒムを「神」と間違えた!

目  次
はじめに

地球の全生命の創造者は異星人エロヒム
神について人類が犯してきた誤り
自然には、二種類の自然がある
アポカリプス(黙示録)の時代――真実が啓示される時代
聖書における神とは、エロヒムという「天空から飛来した人々」
聖書における神(GOD)という言葉は、史上最大の誤訳
「創世記」に書かれた天地創造の真実とは
進化論は誤り――人間はサルから進化した訳ではない
地球は一般的に考えられているよりも、遥かに「若い」
アダムとイブは、実験室の中で科学的に創造された
エデンの園とは
楽園からの追放――エデンの園の「禁断の果実」とは
エデンの園の中央に生えていた「生命の樹」の秘密
不死の生命、永遠の生命
アダムからノアまでの人間たちが千歳位まで生きられた理由
ヤーウェとルシファーとサタン
聖書における神・天使・悪魔とは
「ノアの箱舟」と大洪水の神話は、本当にあった実話
人類にとっての聖なる記念日――七月一七日
祝福と契約
大洪水後、人類の歩みを助けたルシファーたちエロヒム
古代の預言者たちとは
不死の惑星――仏陀の「極楽浄土」、キリストの「天の王国」
モーゼと選民たちが交わしたエロヒムとの契約
「契約の箱」は、エロヒムとの通信機器だった
イエス・キリストの使命
イエス・キリストは、クローン人間として「復活」した
イエス・キリストの再臨とは
仏陀生誕の秘密とルシファー
仏陀が菩提樹の下で開いた「悟り」とは
マホメットとイスラム教
エロヒムの不死の惑星での再生――永遠の生命
エロヒムの偉大なる帰還――人類の黄金時代の幕開け
イエス・キリストの再臨と、至福千年王国
伝統的宗教が役割を終える時
人類の創造者エロヒムが持っている唯一の宗教は「無限」の宗教
地球の全生命は、「生物コンピューター」
宗教が持つ神秘性は、科学的に解明される時が来る
神界とは、地球に対しては「全能」のエロヒムの世界のこと
「無限」の大宇宙の中では、エロヒムも「宇宙の塵」に過ぎない

大宇宙の根本創造主は大宇宙意識(無限)
大宇宙意識(無限)という、もう一つの神
大宇宙意識という唯一の実在
絶対世界――大宇宙の実相(本質)の世界とは
相対世界――大宇宙の仮相(仮の姿)の世界とは
大宇宙意識が唯一行っているのは、「想像=創造(そうぞう)」という仕事
永遠(とわ)の中今
時間の「無限性」について――無始の過去、無終の未来
大宇宙意識とは、不生不滅の実在
大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
空間の「無限性」について――無窮(むきゅう)の空間
大宇宙の中に意識があるのではなく、意識の中に大宇宙がある
大宇宙意識を映し出す「鏡」――物理的大宇宙は「映(うつ)し世」
物理的大宇宙は、仮相(仮の姿)の世界であり、幻の世界
物理的大宇宙は、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界
物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の光の中
全ては、「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」
全ては、大宇宙意識の弥栄
一切無、一切幻
大宇宙の全ては完
大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
宇宙的な観点の中では、善悪は存在していない
大宇宙意識とは、神や仏という概念を遥かに超えたスーパーな存在
全ては大宇宙意識の顕れ
大宇宙の森羅万象を貫く根源的エネルギーは一つ
大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))
全ては大宇宙の計画の中
全ては必然、一切偶然無し
大宇宙の森羅万象の全てが、大宇宙意識によって営まれている
大宇宙の全てが、元々存在している
「想像=創造(そうぞう)」し得る限りの全てのものが、元々存在している
大宇宙は、元々が完成された、完全な世界
大宇宙の全ての時空が、今、同時に存在している
大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)
大宇宙意識の全知全能の光が織り成す3Dホログラムの中
「意識」の一番奥深くに内在している大宇宙意識

大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム
人類は、異星人エロヒムを大宇宙意識(無限)と間違えた
創造者エロヒムが信仰しているのが、大宇宙意識(無限)
エロヒムも私たちも、「宇宙の塵」に過ぎない
大宇宙意識(無限)は、私たち人類に対して「永遠に無関心」
多くの人たちが考えているような「神」は存在しない
創造者であるエロヒムも、あくまでも人間
「創世記」が語っているのは、地球にとっての天地創造
光る円盤で飛来して来たエロヒムは、天空神として崇められた
遺伝子で不死の生命を操るエロヒムは、神と結び付いた
遺伝子(DNA)の二重らせんと、ルシファーのシンボル「蛇」
龍(ドラゴン)のルーツは、ルシファー(蛇)へのナーガ信仰
「蛇」をシンボルとするルシファーへの信仰
神とは、エロヒムにとっての「隠れ蓑」
アポカリプスの時代を迎えるまで、神という概念は必要だった
創造者エロヒムが、地球人に対して隠し通したこと
真実が啓示される現代まで、イエスの真意は理解不可能だった
イエスは、真実が啓示される「現代」の人々に向けて語っていた
エロヒムは地球の他に、他の二つの惑星で生命を創造した
最も高い知性を示した惑星が、エロヒムの遺産を伝授される
イエス・キリストが本当に言いたかったこと
創造者であるエロヒムが、私たち人類に望んでいること
大宇宙の中で「無限」に続いている生命創造の営み
宇宙時代の幕開け――人類が神(エロヒム)を見る日
「無限」の宗教――絶対の宗教、永遠の宗教
大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム

おわりに


このエントリーをはてなブックマークに追加

現実世界は、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように味わい深いもの

20081026IMGP3664 (1).JPG
 自分が映す現実世界(宇宙)は常に、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように、味わい深いものです。

 頭から尻尾まで、中にあんこが一杯入っているので、頭から尻尾まで、全部楽しめます。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された内面の世界であり、自分の心を映し出す「鏡」の世界だからです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界というものがある訳ではなく、現実世界とは、自分の心の内面の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎません。

 もし、自分自身の心の中を見たければ、自分が映す現実世界(宇宙)を見るのが一番です。

 今、映し出されている現実世界(宇宙)が、今、自分の心の中にある心象風景なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中の心象風景にしか過ぎないので、自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、頭から尻尾まであんこがぎっしりと詰まった鯛焼きのように、全部楽しめます。

 鯛焼きのある部分にしかあんこが入っていない訳ではなく、頭でも尻尾でも、どこを食べてもあんこがぎっしりと詰まっているので、全部楽しめるのです。

 もしも今、自分が映す現実世界(宇宙)に現れる様々な紋様が、面白く感じられないとしたら、そここそが、今、自分が解除すべき場所になります。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された自分一人の世界であり、さらに言えば、自分すらいない世界なので、そこにはただ、自分を解放するプログラムが映し出されているだけなのです。

 肉体の自我意識が囚われている、自分という「我」を開放して、宇宙へと帰って行くプログラム上に現れているだけなので、そこには常に、今この瞬間の自分が味わうべき、様々な紋様が映し出されています。

 自分が映す現実世界(宇宙)のある部分しか味わえないということではなく、自分が映す現実世界(宇宙)の全てが味わえるものなのです。

 拡張した意識になると、例え、自分が映す現実世界(宇宙)がつらく感じられたとしても、そこには、たっぷりとあんこが詰まっていることが感じられます。

 自分が映す現実世界(宇宙)は常に、あんこが一杯詰まった鯛焼きのように、味わい深いものであり、頭から尻尾まで、中にあんこが一杯入っているので、頭から尻尾まで、全部楽しめるものなのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

人生の流れを信頼する――今、自分はこの世界を完璧に通過中

 人生の流れを信頼することが大切だと思います。

 今、自分は、魂の進化としての道を最短距離で突き進んでおり、この世界を完璧に通過中だということを、信頼する力が大切になります。

 人は常に、自分が今いるべき、最善の場所に生かされています。

 自分が今映す現実世界に喜びや楽しさをあまり感じられず、つらく苦しいと感じることの方が多い時、人はとかく、過去を悔やんだりして、今まで自分が歩んできた道のりが、何かの間違いであったかのように思いたくなったりするものです。

 しかし、自分が今まで歩いてきた道のりの全ては、魂の進化として最善の道のりを最短距離で突き進んできたのであり、今、自分はこの世界を完璧に通過中なのです。

 そのことを信頼する力が大切になります。

 過去を悔やんで、「もし、あの時、こうしていれば・・・」と考えてみたところで、「もし、あの時・・・」という仮定は、実際には、存在していません。

 人生は、一点一角が違っても、全く違ったものになります。
 今現在の自分の意識が創られる為には、今までの自分の人生の全てが必要だったのです。
 今までの自分の人生で体験した全ての出来事が、今現在の自分の意識を形成するのに必要な体験でした。

 そのことを、信頼する力が大切になります。

 もし今、自分が映す現実世界が、あまり美しく感じられないとしても、今の心だから、今のことが、よく分からないだけなのです。

 未来の心であれば、そのことは、よく分かっています。
 未来の心であれば、今のことは、よく分かっているのです。

 今、自分はこの世界を完璧に通過中だということが、未来の心であれば、よく分かっているのです。

 例え今、自分が映す現実世界がつらく苦しく、今の自分が最善の場所に生かされているとは感じられなかったとしても、魂の進化としての道を最短距離で突き進み、この世界を完璧に通過中の自分自身を、信じる力が大切になります。

 人生の流れを信頼することが大切になります。

 例え今、分からなかったとしても、後で分かります。
 それはそれで悪くはない流れだったということが、後になれば、ちゃんと分かるのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

エゼキエルの召命――エロヒムの宇宙船と四人のエロヒムの描写

 聖書における、神、天使、悪魔とは、何れも、異星人エロヒムのことです。

 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 昨日、『聖書における、神、天使、悪魔とは、異星人エロヒムのこと』の中で書きましたが、聖書における神、天使、悪魔とは、何れも、創造者エロヒムのことであり、エロヒムのリーダーであるヤハウェの使者として、天上界であるエロヒムの世界から、地球にやって来たエロヒムのことが、天使と呼ばれています。

 例えば、聖母マリアに受胎告知をした、大天使ガブリエルも、メッセージを伝える為に地球にやって来た、ガブリエルという名のエロハになります。

 大天使ガブリエルは、イスラム教の開祖であるマホメットが、メッカ郊外のヒラー山の洞窟で瞑想中に、突然現れて、アラー(ヤハウェのこと)から託された第一の啓示を伝えたことでも知られています。
 マホメットの前に最初に現れた時、大天使ガブリエルは、遥か彼方から一気に空を飛んで来て、空中に浮かんでいたようです。

 エロヒムは、上空にある宇宙船(UFO)と地上を行き来する際、ジェット噴射装置のようなものを背中に付けていました。
 これが、背中に羽根が生えた天使という、イメージの元になっています。
 背中に生えた羽根で天から降りて来たのではなく、実際には、上空に待機していた宇宙船と地上とを、ジェット噴射装置を背中に付けて、行き来していたのです。

「エゼキエル書」の最初には、「エゼキエルの召命」として、預言者エゼキエルの前に、エロヒムの宇宙船と、四人のエロヒムがやって来た場面が描写されています。

「わたしが見ていると、北の方から激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった。またその中には、四つの生き物の姿があった。その有様はこうであった。彼らは人間のようなものであった。それぞれが四つの顔を持ち、四つの翼を持っていた。・・・生き物の姿、彼らの有様は燃える炭火の輝くようであり、松明の輝くように生き物の間を行き巡っていた。火は光り輝き、火から稲妻が出ていた。そして生き物もまた、稲妻の光るように出たり戻ったりしていた。・・・生き物の頭上には、恐れを呼び起こす、水晶のように輝く大空のようなものがあった。それは生き物の頭上に高く広がっていた。・・・生き物の頭上にある大空の上に、サファイアのように見える王座の形をしたものがあり、王座のようなものの上には高く人間のように見える姿をしたものがあった。・・・周囲に光を放つ様は、雨の日の雲に現れる虹のように見えた。これが主の栄光の姿の有様だった。私はこれを見てひれ伏した。」(「エゼキエル書」第1章・第4〜28節)

 ジェット噴射装置を背中に付けて宇宙服に身を包んだ四人のエロヒムが、ジェット噴射して琥珀金の光を放っている宇宙船(UFO)との間を行き来している様子が描かれています。
「サファイアのように見える王座の形をしたもの」も、「主の栄光」も共にエロヒムの宇宙船(UFO)を表しています。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

聖書における、神、天使、悪魔とは、異星人エロヒムのこと

 聖書における、神、天使、悪魔とは、何れも、異星人エロヒムのことです。

 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 エロヒムの惑星においては、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術によるクローニングなのであり、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、クローン人間として何万年も生き続けている人々がいるのです。

 ヤハウェもルシファーもサタンも、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、何万年も生き続けているクローン人間なのです。

 エロヒムの惑星において、不死の資格を得た人々で構成されている不死会議の議長がヤハウェであり、エロヒムの惑星のリーダーになります。

 地球での生命創造の実験は、ヤハウェのリーダーシップの元に行われたものなのです。

 ヤハウェは、ユダヤ教の唯一絶対神ヤハウェのことであり、イエス・キリストが「天の父」と呼んだ存在のことであり、イスラム教においては、唯一絶対神アラーと呼ばれています。

 聖書における、神、天使、悪魔とは、何れも、異星人エロヒムのことです。

 聖書において、「神」または「主」と呼ばれているのが、エロヒムの惑星の不死会議の議長であるヤハウェのことなのです。

 そして、ヤハウェの使者として、地球に降りて来たエロヒムが、天使と呼ばれています。
 天使とは、「天の使い」と書きますが、ヤハウェの使者として、地球に降りて来たエロヒムのことなのです。

 例えば、聖母マリアに受胎告知をした、大天使ガブリエルも、メッセージを伝える為に地球にやって来た、ガブリエルという名のエロハになります。

 大天使ガブリエルは、イスラム教の開祖であるマホメットが、メッカ郊外のヒラー山の洞窟で瞑想中に、突然現れて、アラー(ヤハウェのこと)から託された第一の啓示を伝えたことでも知られています。
 マホメットの前に最初に現れた時、大天使ガブリエルは、遥か彼方から一気に空を飛んで来て、空中に浮かんでいたようです。

 エロヒムは、上空にある宇宙船と地上を行き来する際、ジェット噴射装置のようなものを背中に付けていました。
 これが、背中に羽根が生えた天使という、イメージの元になっています。
 背中に生えた羽根で天から降りて来たのではなく、実際には、上空に待機していた宇宙船と地上とを、ジェット噴射装置を背中に付けて、行き来していたのです。

「エゼキエル書」の最初には、「エゼキエルの召命」として、預言者エゼキエルの前に、エロヒムの宇宙船と、四人のエロヒムがやって来た場面が描写されています。
 ジェット噴射装置を背中に付けて宇宙服に身を包んだ四人のエロヒムが、ジェット噴射して琥珀金の光を放っている宇宙船との間を行き来している様子が描かれていますが、長くなりますので、これはまた別の機会にご紹介したいと思います。

 そして、悪魔というのは、サタンのことであり、地球での生命創造実験に一貫して反対してきた、ある政治団体のリーダーなのです。
 エロヒムの惑星政府の中で、地球での生命創造実験に反対してきた反対派のリーダーが、サタンという名前だったのです。

 また、堕天使と呼ばれているのはルシファーのことであり、サタンとは全く別々の存在になりますので、混同しないように注意する必要があります。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

聖母マリアの処女懐胎――宇宙船内でのヤハウェとの人口受精

poinsettia-528006__180.jpg
 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 エロヒムの惑星においては、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術によるクローニングなのであり、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、クローン人間として何万年も生き続けている人々がいるのです。

 エロヒムの惑星において、不死の資格を得た人々で構成されている不死会議の議長がヤハウェであり、エロヒムの惑星のリーダーになります。

 地球での生命創造の実験は、ヤハウェのリーダーシップの元に行われたものなのです。

 ヤハウェは、ユダヤ教の唯一絶対神ヤハウェのことであり、イエス・キリストが「天の父」と呼んだ存在のことであり、イスラム教においては、唯一絶対神アラーと呼ばれています。

 先日、『ヤハウェはエロヒムのリーダーであり、イエス・キリストの父』の中にも書きましたが、エロヒムのリーダーであるヤハウェは、イエス・キリストの実の父親でもあります。

 聖霊によってイエスを身籠ったとされる、聖母マリアの処女懐胎とは、実際には、エロヒムの宇宙船(UFO)の中で人工授精が行われたのであり、イエス・キリストの実の父親が、ヤハウェなのです。

 聖母マリアは、宇宙船(UFO)の中での記憶を消されてから、地球に戻されています。

 聖母マリアに受胎告知した、大天使ガブリエルとは、ガブリエルという名の、エロハになります。

 イエス・キリストが生まれた時、占星術の学者たちが、東方で星を見、東方で見た星が彼らに先立って進み、幼子イエスのいる場所まで導いて止まったと、聖書には書かれています。
 占星術の学者たちを導いた東方の星とは、実際には、エロヒムの宇宙船(UFO)なのです。

 キリスト教の宗教画の中には、宇宙船(UFO)が描かれているものが色々ありますが、ちょうど、「受胎告知」というタイトルの宗教画で、宇宙船(UFO)から聖母マリアに向けて光が放たれている宗教画があります。

 イタリアの画家カルロ・クリヴェッリ「受胎告知」1486年製作
 絵画はこちらからご覧いただけます。⇒Salvastyle.com


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

九九は白を意味し、白山の守り神・白山菊理媛と関係深い数字

300px-Mount_Haku_from_Onanjimine_2011-07-17.jpg                日本三霊山、白山
 本日は、9月9日です。
 重陽節という、菊の節句にも当たります。

 九九という数字は、「白」を意味し、日本三霊山、白山の守り神でもある、白山菊理媛(ハクサンククリヒメ)、白山比咩神(シラヤマヒメノカミ)と関係が深い数字です。

 99歳の別名を「白寿」というように、99、九九という数字には、「白」という意味があります。

 99+1=100、九九+一=百です。
 白+一=百です。

「百」は「神」を表す数字でもあり、「モモ」とも呼びますが、「桃」にも通じています。

 古事記の中で、黄泉国(よみのくに)から伊邪那岐命(イザナギノミコト)が逃げ延びる時、黄泉比良坂(よもつひらさか)で、桃の実三つを投げて黄泉国の軍勢を退治しましたが、あの桃の実のことです。
 伊邪那岐命(イザナギノミコト)は、桃の実に、意富加牟豆美命(オホカムヅミノミコト)という御神名を付けました。

 九九から「百」(神)に至る、最後の「一」のことを、「最後の一厘」とか、「一厘の仕組み」と言います。

 以前、『99=白、白山菊理媛(白山比咩)』の中に書きましたので、ご参照下さい。

 日本三霊山、富士山・立山・白山のうち、立山(富山)と白山(石川)は、裏日本とも呼ばれる、北陸地方に位置しています。

『2015年3月14日(土)、北陸新幹線開通!』の中にも書きましたが、今年3月14日に北陸新幹線が開通したのは、一つの型示しであり、神界の裏の働きが、本格的に表に現れて来る、型示しの一つでもありました。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が蘇り、その本来の役割を発揮する為には、日本三霊山が持つ働きが本格化することが必要であり、今年2015年は、立山と白山が持つ働きが本格化する、一つの節目の年ともなりました。

 ハクサンククリヒメの「ククリ」とは、「クク(九九)リ」ということでもあり、肚(ハラ)を「ククリ」、締め「ククリ」をすることにも通じています。

 日本三霊山の一つ、白山の持つ働き、その守り神である白山菊理媛(ハクサンククリヒメ)の働きは、「最後の一厘」、「一厘の仕組み」と深く関係しています。


このエントリーをはてなブックマークに追加

相手に思いがあるのではなく、相手がこう思っているという、自分自身の思いがあるだけ

 多くの人たちは、自分の周囲にいる人たちに対して、あの人は、自分のことをこう思っているという思いを持つことがあると思います。

 あの人は、自分のことを嫌っているとか、あの人は自分に一目置いてくれているとか、あの人は自分を好いてくれているとか、あの人は自分を軽蔑しているとか、様々な思いを持つことがあります。

 しかし、実際には、相手に思いがあるのではなく、相手がこう思っているという、自分自身の思いがあるだけなのです。

 何故なら、自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された内面の世界であり、全ては心の内の景色であり、言わば、幻なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎず、言わば、インナーワールドなのです。

 あの人は、自分のことをこう思っているというのは、あくまでも、自分の認識にしか過ぎません。

 自分に対してこう思っている相手というのは、自分の認識の中にしか存在していません。

 相手に思いというものがあって、自分に対してこう思っている訳ではなく、相手が自分に対してこう思っている筈だという、自らの思い込みがあるだけなのです。

 相手に思いがあるのではなく、相手がこう思っているという、自分自身の思いがあるだけなのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

サタン(悪魔)は、エロヒムの惑星政府の反対派のリーダー

 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 創造者であるエロヒムの中で、特に知っておくべき、三人のエロハがいます。
 ヤハウェと、ルシファーと、サタンです。

 エロヒムの惑星においては、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術によるクローニングなのであり、ヤハウェもルシファーもサタンも、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、何万年も生き続けているクローン人間なのです。

 本日は、サタンについて、書いてみたいと思います。

 地球での生命創造の実験は、エロヒムの惑星政府のリーダーであり、不死会議の議長であるヤハウェのリーダーシップの元の行われたものなのですが、エロヒムの惑星政府においては、これに反対する人々もいました。

 地球での生命創造の実験に反対する、反対派のリーダーの名前が、サタンという名前でした。

 サタンは、地球での生命創造に反対する、ある野党派の政治団体のリーダーなのです。

 サタンは、悪魔と呼ばれたりしますので、おどろおどろしいイメージがありますが、私たちと同じような姿・形をした、れっきとした人間(異星人)なのです。

 サタンは、実験室で生まれたものからは、何ら良いことは期待できないと考え、地球での生命創造の実験に一貫して反対してきた、反対派のリーダーなのです。

 そして、地球の創造物を破壊することを望み、地球の人間たちが、野蛮で攻撃的で悪い行いを色々行っている証拠を集めては、エロヒムの惑星政府に報告していました。

 数千年前には一度、地上に人間たちの悪が蔓延り、サタンを中心とする反対派の意見が優勢になった時、ヤハウェをリーダーとするエロヒムの惑星政府は、地球の創造物を破壊することを決意し、地球に核ミサイルを発射して、地球の創造物を抹殺したことがあります。

 これが、「ノアの箱舟」と大洪水で知られる話の真相なのですが、この時、「ノアの箱舟」と呼ばれた宇宙船(UFO)の中に、地球の生命を保護して、地球の生命を救ったのが、ルシファーになります。

 昨日、『ルシファーは、エロヒムの科学者のリーダーで、仏陀の父親』の中にも書きましたが、ルシファーとサタンとは、全く別々の人間であり、私たち地球人に対する考え方も、全く違っています。

 地球での生命創造に反対する反対派のリーダーであり、一度は、ヤハウェを中心とするエロヒムの惑星政府に、地球の創造物を破壊するように仕向けたのが、サタンであり、この時、「ノアの箱舟」と呼ばれた宇宙船(UFO)の中に、地球の生命を保護して、大災害から、地球の生命を救ったのが、ルシファーなのです。

 ルシファーが堕天使と呼ばれるようになったのは、アダムとイブを愛するがゆえに、エデンの園の「禁断の果実」である科学の書の秘密を教えてしまい、ヤハウェを中心とするエロヒムの惑星政府から、地球に追放されてしまったからなのです。

 私たち人類が、今こうして生きていられるのは、ルシファーのおかげなのです。
 ルシファーの語源は、「光を運ぶ人」であることを忘れないことが大切になります。

 昨日書いたように、仏陀もイエス・キリストも、人類を導くためにエロヒムから遣わされた、偉大なメッセンジャーたちでした。

 仏陀もイエス・キリストも、エロヒムの不死の惑星に宇宙船(UFO)で連れて行かれて、使命を遂行するための奥義を伝授され、地球に戻る時に、サタンのテストを受け、サタンの試みを受けています。

 野党派のリーダーだったサタンは、イエスや仏陀がエロヒムの不死の惑星で奥義を伝授されて地球に戻る時、エロヒムのメッセンジャーとして信頼するに値するかどうか、仏陀やイエスをテストし、試みる役割を担いました。

 サタンたち反対派が、地球の創造物を破壊したがっている理由の一つが、もし、私たち人類が野蛮で攻撃的であった場合、将来、科学が高度に発達した時に、エロヒムの惑星にも危害が及ぶことになるかも知れないと恐れているのです。

 私たち人類は、創造者であるエロヒムの遺伝子(DNA)を組み込んで、彼らに似せた知的生命体として創造されていますので、潜在能力において、エロヒムとほぼ同等の能力を秘めています。

 ですから、もし、人類が野蛮で攻撃的であった場合、将来、科学が高度に発達した時に、エロヒムの惑星にも危害をおよぼすことになるかも知れないと恐れているのです。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」
ラエル「地球人は科学的に創造された」


このエントリーをはてなブックマークに追加

ルシファーは、エロヒムの科学者のリーダーで、仏陀の父親

 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 創造者であるエロヒムの中で、特に知っておくべき、三人のエロハがいます。
 ヤハウェと、ルシファーと、サタンです。

 エロヒムの惑星においては、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術によるクローニングなのであり、ヤハウェもルシファーもサタンも、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、何万年も生き続けているクローン人間なのです。

 本日は、ルシファーについて書いてみたいと思います。

 ルシファーは、地球に来ていたエロヒムの科学者たちの中の、代表的なリーダーです。

 人類最初の人間であるアダムとイブは、古代イスラエルの地にあった実験場で科学的に創造された「試験管ベビー」でした。
 この実験場に、「蛇」というニックネームで呼ばれている科学者チームがあり、そのチームのリーダーが、ルシファーでした。

 ルシファーは、堕天使と呼ばれることもありますが、語源的には、「光を運ぶ人」を意味します。

 何故、ルシファーが堕天使と呼ばれるようになったのかというと、エデンの園と呼ばれた、古代イスラエルの地にあった実験場で、アダムとイブに、「禁断の果実」である科学の書のことを教えてしまい、エロヒムの惑星政府のリーダーであるヤハウェの怒りにより、エロヒムの惑星への帰還を禁じられ、地球に追放されてしまったからなのです。

 ルシファーは、堕天使とか、悪魔とか言われたりすることがありますが、悪魔とはサタンのことであり、ルシファーとは、全く別の存在になりますし、ルシファーとサタンとは、私たち地球人に対する考え方も、全く違います。

 地球での生命創造実験に一貫して反対して来た、反対派のリーダーの名前がサタンなのです。

 数千年前には一度、地上に人間たちの悪が蔓延った時、サタンたち反対派の意見が優勢になり、ヤハウェを中心とするエロヒムの惑星政府は、地球に核ミサイルを発射して、地球の創造物を抹殺したことがあります。

 これが、「ノアの箱舟」と大洪水の話なのですが、この時、「ノアの箱舟」と呼ばれた宇宙船(UFO)の中に、地球の生命を保存して、大災害から救ったのが、ルシファーなのです。

 私たち人類が、今こうして生きていられるのは、ルシファーたち「蛇」チームと、ノアを始め、一部の助け出された人間たちの協力によるものなのです。

 ルシファーの語源は、「光を運ぶ人」であることを、忘れないことが大切になります。

 また、ルシファーは、仏教と深く関係があり、人間仏陀の生誕や、仏陀の「悟り」、仏教の誕生と、深く密接に関わっています。
 ルシファーの存在抜きにして、仏教を語ることは出来ません。

 昨日、『ヤハウェはエロヒムのリーダーであり、イエス・キリストの父』の中で書きましたが、イエス・キリストの実の父親は、エロヒムのリーダーであるヤハウェであり、イエスは、エロヒムと地球人の女性マリアとの間に生まれた、ハーフでした。

 実は、仏陀もまた、エロヒムと地球人の女性摩耶夫人(まやぶにん)との間に生まれたハーフであり、仏陀の実の父親は、ルシファーでした。

 仏陀の母親である摩耶夫人(まやぶにん)が仏陀を身ごもった時、天から六本の牙を持つ白象が右脇から胎内に入る夢を見たと伝えられています。
 白象はナーガと言いますが、ナーガとは元々はサンスクリット語で「蛇」を表す言葉であり、「蛇」はルシファーのシンボルでもありました。
 摩耶夫人(まやぶにん)がナーガ族の出身というのも興味深いものがありますが、仏陀が「悟り」を開く時はナーガが守護したとされており、ナーガは後に竜王として取り入れられ、仏教の守護神ともなっています。

「蛇」をシンボルとするルシファーへの信仰が、やがて「龍」という架空の生き物を生み、仏教の守護神である竜王にも繋がっていくのですが、仏教にはルシファーが深く関わっており、仏陀の実の父親となっただけではなく、仏陀が得た「悟り」というのも、実は、ルシファーたちエロヒムによって伝授された奥義だったのです。

 昨日書いたように、イエス・キリストが、ヨルダン川で、洗礼者ヨハネからパプテスマを受けた時、「神の霊」が鳩のようにイエスの上に降りて来て、その後、イエスは四十日四十夜荒野をさまよい、サタンの試みを受けたとされているのは、実際には、イエスはその間、エロヒムの宇宙船(UFO)で、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、実の父親であるヤハウェに引き合わされ、自分の素性を知らされて、自分の使命を知らされ、使命を遂行する為の様々な手ほどきを伝授されたのでした。
 そして、最後に、サタンの試みを受けています。

 実は、菩提樹の下で四九日間瞑想して「悟り」を開いたと言われている期間、仏陀もまた、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、奥義を伝授されていました。
 この時、仏陀を全面的にサポートしたのが、仏陀の実の父親である、ルシファーなのです。

 菩提樹とはイチジクの木のことで、元々「神々が集まる場所」とか「不死の秘密を観察する場所」という意味があるようです。
 仏陀は、「神々が集まる場所」である、エロヒムの不死の惑星に宇宙船(UFO)で連れて行かれて、四九日間、エロヒムから地球の真実を教わり、エロヒムのメッセンジャーとしての使命を遂行する為の奥義を伝授されました。
 仏陀が菩提樹の下で開いた「悟り」とは、実は、このことだったのです。

 四九日間瞑想して、「悟り」を開いた訳ではありません。

 仏陀が「悟り」を開く時、悪魔マーラの誘惑を受けたとされていますが、仏陀もまたイエスと同様、人類を導く偉大なメッセンジャーとしての使命を遂行するにあたって、サタンからテストを受けて試されています。

 このように、地球に来ていたエロヒムの科学者たちの中の代表的なリーダーであるルシファーは、仏教と深く関係しており、人間仏陀の父親となっただけではなく、仏陀の「悟り」をサポートし、仏教を誕生させ、竜王として、仏教の守護神ともなっています。

 また、日本の古事記には、日本の国生みが、イザナギとイザナミの夫婦神によって行われたと書かれていますが、イザナギとはルシファーのことなのです。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂
『[謎解き]聖書』 戸来優次著 徳間書店
『複製された神の遺伝子』 戸来優次著 同朋舎 角川書店


このエントリーをはてなブックマークに追加

ヤハウェはエロヒムのリーダーであり、イエス・キリストの父

 地球の全生命の創造者は、異星人エロヒムです。
 地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちが、科学的に創造したものなのです。

 聖書において神(GOD)と誤訳されている元々の原語は、ヘブライ語のエロヒムという言葉であり、「天空から飛来した人々」を意味する、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 創造者であるエロヒムの中で、特に知っておくべき、三人のエロハがいます。
 ヤハウェと、ルシファーと、サタンです。

 エロヒムの惑星においては、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術によるクローニングなのであり、ヤハウェもルシファーもサタンも、高度な遺伝子工学によって、死と再生を繰り返し、何万年も生き続けているクローン人間なのです。

 今日は、まず、ヤハウェについて、書いてみたいと思います。

 エロヒムの惑星において、不死の資格を得た人々で構成されている不死会議の議長がヤハウェであり、エロヒムの惑星のリーダーになります。

 地球での生命創造の実験は、ヤハウェのリーダーシップの元に行われたものなのです。

 ヤハウェは、ユダヤ教の唯一絶対神ヤハウェのことであり、イエス・キリストが「天の父」と呼んだ存在のことであり、イスラム教においては、唯一絶対神アラーと呼ばれています。

 ヤハウェが、イスラム教においては、アラーと呼ばれているのは、当時の人々が、ヤハウェを崇拝するあまり、本当の名前を出すのは畏れ多いと考えて、普通名詞のエロハと呼んでいたことから来ています。

 エロヒムのリーダーであるヤハウェは、イエス・キリストの実の父親でもあります。

 聖霊によってイエスを身籠ったとされる、聖母マリアの処女懐胎とは、実際には、エロヒムの宇宙船(UFO)の中で人工授精が行われたのであり、イエス・キリストの実の父親が、ヤハウェなのです。
 聖母マリアは、宇宙船(UFO)の中での記憶を消されてから、地球に戻されています。

 聖母マリアに受胎告知した、大天使ガブリエルとは、ガブリエルという名の、エロハになります。

 イエスが洗礼者ヨハネから、ヨルダン川で洗礼(パプテスマ)を受けた時のことです。
「イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」(「マタイによる福音書」第3章・第16・17節)
「神の霊」とは、もちろん、エロヒムの宇宙船(UFO)のことです。

 この後イエスは、「神の霊」に導かれて、四十日四十夜、荒野をさまよい、悪魔(サタン)に誘惑されて、試みを受けたとされています。
 実はこの時、イエスは、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、様々な奥義を伝授され、サタンの試みを受けたのです。

 イエス・キリストは、彼が「天の父」と呼んだ、実の父親であるヤハウェに引き会わされ、自分の素性を教えられると共に、自分の使命を知らされ、様々な科学技術の手ほどきを受けました。
 イエス・キリストが「天の父」と呼んだのは、抽象的な概念などではなく、エロヒムの不死の惑星にいる、彼の実の父親であるヤハウェのことだったのです。

 イエスは、テレパシーによる集団催眠を用いて説得力のある話し方をする方法など、自分の使命を遂行していく為に必要な、様々な科学技術を、エロヒムの不死の惑星で伝授されました。
 イエスが言う「天の王国」とは、エロヒムの不死の惑星のことであり、仏陀が言う「極楽浄土」も同じことを言っています。

 奥義を伝授された時、イエスはサタンのテストを受けています。
 イエスの知性が確かなものかどうか、イエスがエロヒムを敬愛しているかどうかを試されて、イエスが信頼出来ると分かったので、彼に使命の遂行が委ねられたのです。

 イエスは、天に祈るとき、ヤハウェのことを「アッバー」と呼んでいたようですが、「アッバー」とはアラム語で「お父さん」、「父ちゃん」という意味の、子供が父親を呼ぶ時の親しみを込めた言葉であり、ヤハウェはイエスの実の父親だったのです。

 また、日本の神道における最高神である、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)というのも、ヤハウェのことになります。

 世界の主な宗教の源は一つであり、神道のルーツは、古代ユダヤ教なので、神道の最高神である、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)とは、ヤハウェのことであり、ヤハウェとは、「天空」を意味する言葉でもあります。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

ビッグバン理論は、誤った概念にしか過ぎない

 宇宙の誕生・始まりが、ビッグバンによって起こったとする、ビッグバン理論というものがあります。

 ビッグバン理論は、今の地球では定説のようになっており、多くの人たちが、これを信じているようです。

 しかし、ビッグバン理論などは、あくまでも、今の地球の科学における定説にしか過ぎず、実際には、間違った概念にしか過ぎません。

 ビッグバン理論だけが間違いということではなく、宇宙に始まり・誕生があるなどという概念そのものが、間違っているのです。

 大宇宙というのは、時間においても空間においても「無限」なのであり、大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無いので、宇宙に始まり・誕生があるなどという考えそのものが、誤りなのです。

 大宇宙は、時間において「無限」なので、大宇宙には、始まりも無ければ終わりもありません。

 そして、大宇宙は、空間においても「無限」なので、私たちが「宇宙」と捉えているものは、この大宇宙に「無限」に存在する宇宙の中の一つにしか過ぎないのです。

 今の地球の科学で捉えている宇宙の誕生・始まりなどというものは、あくまでも、この大宇宙に「無限」に存在する宇宙の中の一つが、どのようにして始まったのかを考察しているにしか過ぎません。

 大宇宙における、時間の「無限」性も、空間の「無限」性も、全く理解出来ない状態で考察されている、誤った概念にしか過ぎません。

 ビッグバン理論だけが間違っているのではなく、大宇宙に始まり・誕生があるなどという概念そのものが、誤りなのです。

 大宇宙には、始まりも無ければ、終わりもありません。
 大宇宙は、かつて存在していたし、今も存在しているし、これからも、未来永劫に亘って存在し続けます。

 大宇宙そのものが存在しないなどということは、ありえないことなのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

人に対する最大の批判は、「よく分からない」が精一杯

 私たちは、つい、人を価値判断し、人を非難・批判したくなりがちです。

 しかし、人に対して出来る最大の批判は、「よく分からない」が精一杯のところです。

 何故なら、自分が批判している人というのも、自分の認識の中にしか存在していないからです。

 この人はこういう人、この人はこんなひどい人、この人はこんな情けない人と捉えている人というのは、あくまでも、自分の認識にしか過ぎず、自分の認識の中にしか存在していないからです。

 その人がどういう人なのか、本当のところは、自分には分からないのです。
 本当のところは自分には分からないので、人に対して出来る最大の批判は、「よく分からない」が精一杯のところです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識だけです。

 大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識が全知全能の光で織り成すバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、「全ては大宇宙意識の戯れ(リーラ)」にしか過ぎず、言わば、一切が無、一切が幻の世界なのです。

 大宇宙の森羅万象の全てについて、その本当の意味が分かるのは、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識だけなのです。

 自分という存在は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、この大宇宙に二つとして同じものが無い、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出して体験している一つの支店(してん)なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が投影された、自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色、言わば、幻です。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の心の中にある心象風景にしか過ぎず、言わば、インナーワールドなのです。

 そこに存在しているかに見える、全ての人、事、ものは、ただ、自分を解放するプログラムとして存在しているだけです。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)が囚われている、自分という「我」を解放して、宇宙へと帰って行くプログラム上に存在してくれているだけなのです。

 誰かを批判したくなる時というのは、自分という「我」が強くなっている時です。

 自分が持っている「正しさ」によって、人を批判したくなるのです。

 しかし、自分が持っている「正しさ」というのも、自分の認識にしか過ぎません。

 もし、誰かを批判したくなったら、そここそが、今、自分が解放すべきところになります。
 自分の心が強く囚われているところこそ、今、自分が解除すべきところなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、あくまでも、自分の心の中の心象風景にしか過ぎないので、もし、自分が映す現実世界(宇宙)に、何か引っかかるところがあるとすれば、そここそが、今、自分が解放するところになります。

 今、誰かを批判したくなっているとすれば、そここそが、今、自分が解放すべきところなのです。
 自分の心の中にある凝り固まった部分を、解きほぐしなさい、ということになります。

 自分が批判したいひどい人というのは、あくまでも、自分の認識の中にしか存在していません。

 その人がどういう人なのか、本当のところは自分には、分からないのです。

 ですから、人に対して出来る最大の批判は、「よく分からない」が精一杯のところなのです。


このエントリーをはてなブックマークに追加

エデンの園の中央に生えていた「生命の樹」(命の木)の秘密

 エデンの園の中央には、「生命の樹」(「命の木」)と「善悪の知識の木」が生えていたと、「創世記」には書かれています。

「生命の樹」について、ウィキペディアには次のように書かれています。
生命の樹は、旧約聖書の創世記にエデンの園の中央に植えられた木。命の木とも訳される。生命の樹の実を食べると、神に等しき永遠の命を得るとされる。
カバラではセフィロトの木という。
ヤハウェ・エロヒム(エールの複数形、日本語では主なる神と訳されている)がアダムとエヴァをエデンの園から追放した理由は、知恵の樹の実を食べた人間が、生命の樹の実までも食べて永遠の生命を得、唯一絶対の神である自身の地位が脅かされる(ユダヤ伝承では知恵の樹の実と生命の樹の実をともに食べると、神に等しき存在になるとされているので)事を恐れたためである。

「善悪の知識の木」とは「科学の書」のことだったのですが、「生命の樹」もまた、「科学の書」のことであり、そこには、生命に関する科学、遺伝子(DNA)に関する科学、不死の生命、永遠の生命に関する秘密が書かれていたのです。

 エロヒムの高度な遺伝子工学によって、地球での生命創造の実験が行われ、地球の全生命が創造されました。
 そして一番最後に、エロヒムの遺伝子(DNA)を組み込んだ、遺伝子(DNA)組み換え技術によって、エロヒム自身に似せた知的生命体、即ち、人間が創造されました。
 人類最初の人間である、アダムとイブは、実験室の中で科学的に創造された、「試験管ベビー」でした。

 昨日、『不死の生命、永遠の生命とは、科学的なこと(クローン技術)』の中にも書きましたが、その当時、エロヒムの惑星では、高度な科学により、人々は皆、平均で750歳〜1200歳位の長寿を得ていました。
 子供たちは成年に達した時に一度だけ、寿命を750歳以上に伸ばす為の、ちょっとした外科手術を受け、ほとんど若いままで、750歳〜1200歳位まで生きられるようになります。

 そして、科学の力により、不死の生命、永遠の生命も可能になっていました。
 高度なクローン技術により、体の一部の細胞を採取して保存しておけば、その時の肉体全体を再生することが可能なのです。
 脳と肉体の働きが最高の状態の時に、体の一部の細胞を採取して保存しておき、肉体が滅んだ時、保存しておいた細胞から生命体全体を再生し、記憶などの脳の情報を転送してインプットすることで、生命を再び蘇らせることが可能になります。
 肉体が滅ぶ度にこれを繰り返すことで生命は引き継がれ、不死の生命、永遠の生命が可能になるのです。
 不死の生命、永遠の生命とは、一般的な概念とは相容れないかも知れませんが、実際には、科学的なことなのです。

 エロヒムの惑星では、芸術家や科学者など、人々に多大な貢献をした人々の中で、不死の資格ありと認定された一部の人々には、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。
 不死の人々で構成される不死会議の議長がヤハウェであり、エロヒムの惑星のリーダーなのです。
 地球での生命創造の実験は、ヤハウェのリーダーシップの元に行われたものであり、ヤハウェは、ユダヤ教の唯一神であり、イスラム教における唯一神アラーであり、イエス・キリストが「天の父」と呼んだ、同じ存在のことなのです。

 地球に来ていたエロヒムのリーダー、ヤハウェやルシファーなどは、高度なクローン技術によるクローニングによって、何千年・何万年も生きている、クローン人間でした。

 エロヒムの科学者たちが、彼らに似せた知的生命体、即ち、人間を地球で創造したことにより、エロヒムの惑星では大騒ぎとなりパニックになる恐れさえ出てきた為、エロヒムは、創造物である人間がエロヒムを上回ることがないように、対策を講じなければなりませんでした。
 創造物である人間が科学知識を手に入れることは、エロヒムにとって最も危険な、避けるべきことだったので、科学には無知なまま生きるように仕向けていたのです。

 その為、「禁断の果実」である「科学の書」を読むことを禁じていたのですが、ルシファーたちに教えられて、アダムとイブは、科学の書を読んでしまいました。
 そこで、「生命の樹」に書かれている、生命の科学、遺伝子(DNA)の科学、不死の生命、永遠の生命の秘密を知って、アダムとイブが永遠の生命を得てしまうことを恐れた為、ヤハウェは、アダムとイブを、エデンの園から追放したのです。

『 主なる神は言われた。
「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。」』(「創世記」第3章・第22節)

 そして、ヤハウェは、「生命の樹」の秘密を守る為に対策を講じました。
「こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。」(「創世記」第3章・第24節)
 実験場の入口に、武器を持った見張りを配置して、人間が他の科学知識を奪いに来るのを防いだのです。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂


このエントリーをはてなブックマークに追加

不死の生命、永遠の生命とは、科学的なこと(クローン技術)

 不死の生命、永遠の生命とは、一般的な概念とは相容れないかも知れませんが、実際には、科学的なことなのです。

 私たち人間を始め、動物も植物も、地球上の全生命は、異星人エロヒムの科学者たちによって、高度の遺伝子工学により科学的に創造されました。

 宇宙人エロヒムは、聖書においては神(GOD)と誤訳されていますが、元々の原語はヘブライ語で「天空から飛来して来た人々」という意味であり、れっきとした複数形なのです。
 単数形が、エロハになります。

 創造者であるエロヒムの惑星においては、人々は、高度の遺伝子工学により、平均で750〜1200歳くらいまで生きられるようです。

 子供たちは、成年に達した時に一度だけ、ちょっとした外科手術を受け、寿命を750〜1200歳くらいまで伸ばせるようになるようです。

 旧約聖書「創世記」の最初の頃の人間たち、アダムからノアまでは、ほとんど1000歳くらいまで生きていますが、これは、エロヒムの科学技術の恩恵を受けて、長寿だったのです。

 最近の地球の科学でも、寿命を何百年も伸ばすことが理論上可能であることが分かって来たようです。

 1993年に、細胞の分裂寿命を決定している遺伝子として、モータリン遺伝子という遺伝子が発見されたそうですが、このモータリン遺伝子のスイッチをオン・オフすることによって、細胞の寿命が無くなる、つまり、不死化することが、理論上可能であり、寿命を何百年も伸ばせることが、理論上可能であることが分かって来たようです。
 今、モータリン遺伝子を使って、細胞を不死化させる研究も始まっているようです。

 これについては、また別の機会にでも改めて書いてみたいと思いますが、とにかく、創造者エロヒムの世界では、高度な遺伝子工学により、ほとんど若いままで、みんな750〜1200歳くらいまで生きているようです。

 そして、芸術家や科学者など、人々に多大な貢献をした人たちのなかで、不死の資格ありと認定された一部の人たちには、不死の特権が与えられ、不死の生命、永遠の生命が与えられます。

 具体的には、高度なクローン技術による、クローニングなのです。
 エロヒムの科学力では、一個の細胞があれば、生命体全体をその当時のままに再生することが出来ます。

 脳と肉体の働きが最高の青年の時に、体の一部の細胞を採取して保存しておき、肉体が滅んだ時、保存しておいた細胞から生命体全体を再生し、細胞を採取した時の青年の状態で再生することが可能なのです。

 そして、再生した生命体に、生前の記憶など脳の情報を転送してインプットすることで、元の状態のままに再生することが出来るのです。

 肉体が滅ぶ度にこれを繰り返すことで生命は引き継がれ、不死の生命、永遠の生命が可能となります。

 不死の生命、永遠の生命とは、一般的な概念とは相容れないかも知れませんが、実際には、科学的なことなのです。

 地球に来ていたエロヒムのリーダーである、ヤハウェやルシファーなどは、高度なクローン技術によるクローニングによって、何千年・何万年と生きているクローン人間でした。

 そして、エデンの園の中央に生えている「生命の樹」(命の木)とは、善悪を知る木に生っている「禁断の果実」と同様、科学の書のことであり、そこには、高度な遺伝子工学によるクローン技術・クローニングによる、不死の生命、永遠の生命の秘密も隠されていました。

 ヤハウェは、「ヨハネの黙示録」を書いたヨハネに、次のように語っています。
「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府(よみ)の鍵を持っている。」(「ヨハネの黙示録」第1章・第17・18節)

「一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府(よみ)の鍵を持っている。」というのは、死んだ後、高度のクローン技術によるクローニングによって、クローン人間として生き続けており、「死と再生の秘密」、即ち、不死の生命の鍵、永遠の生命の鍵を持っているということなのです。


参考文献
ラエル「真実を告げる書」 無限堂
ラエル「地球人は科学的に創造された」 無限堂
戸来優次『[謎解き]聖書』 徳間書店


このエントリーをはてなブックマークに追加

最近の記事|recent Entry

カテゴリー|Category

月別アーカイブ|Archives

リンク|Links

フィード|FEEDS