日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2015年10月のアーカイブ

19 Entries

現れた現実、起きた出来事が全てであり、「もし・・・」という仮定は存在していない

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 目の前に現れた現実、起きた出来事が全てであり、「もし・・・」という仮定は存在していません。

 私たちは、ともすれば、起きた出来事に対して、「もし〜でなかったら、〜だったのに・・・」というような仮定をすることがあります。

 自分が行った行為の場合には、後悔をしてみたり、自分が行った行為ではない場合にも、「もし誰々が〜しなかったら、こうはならなかったのに・・・」とか、「もし、何々が起きなかったら、今は違う状況だったのに・・・」などと考えたりします。

 しかし、目の前に現れた現実、起きた出来事が全てであり、それ以外の現実は存在していません。

「もし〜だったら、今は違った状況なのに・・・」という仮定は存在していないのです。

 何故なら、この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識だけなので、大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識が持つ根源的エネルギーにより、大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))で動いているからなのです。

 この大宇宙には、「もし、あの時・・・」という仮定は、存在していません。

 起きた出来事が全てであり、目の前に現れた現実が全てです。
 それ以外の現実はありません。

 何故なら、大宇宙の森羅万象の全てが、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))により、大宇宙意識が持つ根源的エネルギーによって営まれているからなのです。

 目の前に現れた現実、起きた出来事が全てであり、「もし・・・」という仮定は存在していないのです。

『「もし、あの時・・・」という仮定は存在していない』『大宇宙意識の見えざる糸(意図)』などの記事もご参照下さい。


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自分の人生の主体者・創造主である魂にとっては、体験こそが喜びであり財産

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★魂にとっては、体験こそが喜びであり財産

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 大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂は、永遠の旅を続ける「意識」なのです。
「意識」である、我が魂にとっては、体験こそが喜びであり、財産であると言えます。

「意識」である魂は、自らが「想像=創造(そうぞう)」した世界を、体験して味わいたいのです。
「意識」というものは、それを映し出す「鏡」が必要であり、映し出す「鏡」が無いと、自らが「想像(そうぞう)」したイメージを、確認することが出来ないのです。

 肉体の衣を纏(まと)ったアバターでの体験を通して、「意識」である魂は、自らが「想像(そうぞう)」した世界を体験して味わい、「想像=創造(そうぞう)」の喜びを知ることが出来るのです。

 創造の主体者である、我が魂にとっては、全ての体験が、喜びの体験でしかなく、心を純化させ、「意識」を福化させる為に、自らが望んだことなのです。
 魂のさらなる輝きを求めて、光り輝く魂になることを求めて、魂の進化の為に、自ら「想像=創造(そうぞう)」した喜びの世界が、自分が映す現実世界なのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より


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永遠の旅をしている我が魂の夢を想い出すことが大切

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★永遠の旅をしている我が魂の夢

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 本源の我であり、真我である、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、永遠不滅の存在です。
 我が魂は、肉体という乗り物を使って遊びながら、永遠に続く「意識」の旅をしている存在なのです。

 永遠の旅をしている我が魂の夢は、唯一点、魂の進化ということであり、光り輝く魂になるということなのです。
 我が魂は、魂のさらなる輝きを求めて、全ての現実を「想像=創造(そうぞう)」しているのです。

 今ここに存在している自分というのは、アバターとして存在していますので、本源の我である我が魂が「想像=創造(そうぞう)」した世界を、体験して味わう為に、肉体の衣を纏(まと)って存在しているのです。

 ですから、真我である我が魂が「想像=創造(そうぞう)」した世界を、きちんと体験して味わうということが大切になります。
 それと同時に、自分の体験を通して、本源の我であり、真我である、我が魂の夢を想い出すということが大切になります。

 我が魂の夢とは、魂の進化ということであり、光り輝く魂になるということなのです。
 心を純化させ、「意識」を福化させることが望みなのです。

 心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心へと、心を飛翔させていくことが望みなのです。

 創造の主体者である我が魂にとっては、体験こそが、喜びであり、財産であると言えます。
 我が魂という「意識」は、肉体を持ったアバターでの体験を通して、心の純化、「意識」の福化の旅をしている訳なのです。
 そして、本源の我である魂の夢を想い出し、さらに光り輝く魂となるのが望みなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より


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アバター(分身・化身)としての自分を理解することが大切

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 アバター(分身・化身)としての自分自身を理解することが大切だと思います。

 多くの人たちは、肉体を持った自分が本当の自分自身だと考えていますが、肉体を持った自分というのは、あくまでも、真我である魂の分身・化身として存在している、アバターにしか過ぎません。

 多くの人たちは、私たちが見ている物理的大宇宙を、何か確固たる実体があるもののように考えていますが、この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なのです。

 私たちが見ている物理的大宇宙とは、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界の「映(うつ)し世」として創造されている、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけです。

 私たちが見ている物理的大宇宙とは、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界であり、実相(本質)の世界ではないので、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 そして、本当の自分という存在は、大宇宙の根本主体・根本創造主である、大宇宙意識という「純粋意識」の分霊(わけみたま)になります。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂です。

 自分の人生の全ては、真我である魂が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 そして、肉体を持った自分というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、真我である魂が、自らが「想像=創造(そうぞう)」したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を体験する為に使っている、アバター(分身・化身)にしか過ぎません。

 多くの人たちは、肉体を持った自分が本当の自分で、肉体の中に魂があると考えていますが、肉体の中に魂があると考えるのは、これまでの宗教的世界観からきたものであると言えます。

 自分が映す現実世界の全てが、仮想の世界であり、バーチャルな世界であることが分かると、魂が自分の肉体の中にあるという想定は、これまでの宗教的世界観からきたものにしか過ぎないことが分かります。

 魂は何処にあるかと言うと、自分が映す現実世界(物理的大宇宙)の全ては、自分の「意識」の中にあるものなので、魂を自分の肉体の外に想定した方が、本来の魂の姿に近いのだと言えます。

 自分の外に、何か確固とした客観的な物理的大宇宙(現実世界)というものがあり、その中の小さな地球という星にある、日本という国の中に、肉体を持った自分が存在していて、自分の肉体の中に、真我である魂という「意識」が存在している訳ではありません。

 肉体を持った自分というのは、あくまでも、アバター(分身・化身)にしか過ぎず、アバター(分身・化身)である肉体の中に、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である魂という「意識」が存在している訳ではないのです。

 私たちが見ている物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、肉体を持った自分という存在は、真我である魂という「意識」が「想像=創造(そうぞう)」したバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界を体験する為に存在しているアバター(分身・化身)にしか過ぎないことが分かれば、生きるよろこび、生命の輝きというものを、もっと楽しめるようになります。

『今ここに存在している自分は、アバターにしか過ぎない』『魂を自分の肉体の外に想像』『多次元に生きる、本源の我』『永遠の旅をしている我が魂の夢』『魂にとっては、体験こそが喜びであり財産』などの記事も、ぜひご参照ください。


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エロヒムの不死の惑星――仏陀の「極楽浄土」、キリストの「天の王国」

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★不死の惑星――仏陀の「極楽浄土」、キリストの「天の王国」

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 エロヒムは、今の地球よりも25000年も進んだ科学を持っており、非常に高度な文明を持っています。
 今の地球の科学では、光速よりも速いものは存在しないと考えられていますが、エロヒムは、光速の7倍の速さで宇宙空間を移動出来る科学を持っています。
 仏陀やイエス・キリストは、かつて、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、様々なトレーニングを受けてから、人類を導く為の偉大なメッセンジャーとしての活動を開始しています。

 仏陀は、菩提樹の下で49日間瞑想をして「悟り」を開いたと言われていますが、実は、その間、エロヒムの惑星に連れて行かれて、様々な奥義を伝授されています。
 仏陀が得た「悟り」というのは、実は、エロヒムの惑星で伝授された奥義だったのです。
 そして、イエス・キリストがパプテスマのヨハネから洗礼を受けた時、天が開けて「神の霊」が鳩のようにイエスの上に降りて来て、「霊」に導かれて40日間荒野をさまよい、サタンに試されたと言われています。
「神の霊」と表現されているのは、エロヒムの宇宙船のことであり、実はこの時、イエス・キリストはエロヒムの惑星に連れて行かれて、彼の言葉で言う「天国の奥義」を伝授されてから、サタンに誘惑され、試みを受けています。

 イエス・キリストがサタンに誘惑されて試された話は有名ですが、仏陀もまた、「悟り」を開く時、悪魔マーラから誘惑されて試みを受けたとされています。
 仏陀もキリストも、エロヒムの惑星で奥義を伝授される時、サタンから誘惑されて、メッセンジャーとしての資質を試されていたのです。
 仏陀もキリストも、エロヒムが人類に遣わした偉大なメッセンジャーであり、エロヒムの惑星で奥義を伝授され、サタンのテストを受けてから、本格的な活動を開始しています。

 その時に連れてこられた、エロヒムの不死の惑星のことを、仏陀は「極楽浄土」と呼び、イエス・キリストは「天の王国」と呼んだのですが、エロヒムの不死の惑星とは、まさに「極楽浄土」であり、「天の王国」と呼ぶにふさわしいものです。
 エロヒムの惑星では、高度な科学によって、まさに楽園のような世界が実現しています。

 貨幣というものが存在していない為、人々は、お金(マネー)を得る為に労働するという必要がありません。
 一人につき平均10台もの生物ロボットを持っていますので、ほとんどのことは生物ロボットがやってくれます。
 全ての人に、必要なものは全て与えられており、貨幣というものが存在しないので、人々は、お金(マネー)を得る為に何かをしなければいけないということはなく、完全に、自分のしたいことだけをすることが出来ます。
 人々がするのは知的な労働のみであり、本人がそれを望むからなのです。
 芸術でもスポーツでも何でも、自分の好きなことだけをすることが出来、自分を開花させることに専念することが出来るのです。
 そして、子供たちは成年に達した時に一度だけ、寿命を750歳以上に延ばす為の、ちょっとした外科手術を受け、ほとんど若いままで、750歳から1200歳位まで生きられるようになります。

 つまり、エロヒムの惑星では、人々は皆、若いままの肉体を維持して何百年も生きることが出来、その間、お金(マネー)を得る為に何かをしなければいけないということも一切無く、自分のやりたいことだけをやって、自己を開花させることに専念して生きることが出来るのです。
 警察も無ければ刑務所も無く、誰もが平和で自由で豊かに、喜びに満ちた人生を満喫することが出来る、まさに楽園のような世界なのです。

 そして、科学の力により、不死の生命、永遠の生命も可能になっていますので、不死の資格があると認定されれば、不死の生命、永遠の生命を得ることが出来ます。
 高度なクローン技術により、体の一部の細胞を採取して保存しておけば、その時と同じ肉体全体を再生することが可能なのです。
 脳と肉体の働きが最高の状態の時に、体の一部の細胞を採取して保存しておき、肉体が滅んだ時、保存しておいた細胞から生命体全体を再生し、記憶などの脳の情報を転送してインプットすることで、生命を再び蘇らせることが可能になります。
 肉体が滅ぶ度にこれを繰り返すことで生命は引き継がれ、永遠の生命が可能になりますので、不死の生命、永遠の生命とは、実際には、科学的なことなのです。

 エロヒムの惑星では、科学者や芸術家など、人々に対して多大な貢献をした人たちの中で、不死の資格ありと認定された人たちには、不死の特権が与えられ、永遠の生命が与えられます。
 不死の人々によって構成されている、不死会議の議長がヤーウェなのであり、エロヒムの惑星のリーダーなのです。

 仏陀もイエス・キリストも、エロヒムの不死の惑星に連れて行かれて、奥義を伝授された時、この不死の秘密も教えられており、地球に戻ってからメッセンジャーとしての使命を終えて死んだ後は、この不死の惑星で再生されて、永遠の生命を与えられることを約束されたのです。
 仏陀には、「私はアムリタ(不死)を得た」という言葉があるようですし、キリストも、十字架に架けられて亡くなった後に、すぐに再生されて3日後に復活することを知っていました。
 そして、終末の時には再臨することを告げています。

 仏陀もイエス・キリストも、地上でのメッセンジャーとしての使命を果たして肉体が滅んだ後は、エロヒムの不死の惑星で再生されて、不死、永遠の生命を得ています。
 仏陀もイエス・キリストも、地上での役割を終えて亡くなった後、エロヒムの不死の惑星で今日まで生き続けており、近い将来、私たち人類が黄金時代の扉を開いた時には、ヤーウェたちと共に、宇宙船に乗って地球にやって来るのです。
 聖書では、宇宙船は「雲」とか、「主の栄光」「神の霊」などと表現されていますが、何千年も前の古代の人々には、そのようにしか表現することは出来ませんでした。
 今、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎え、科学の力で全てが理解可能になった現代の私たちには、そのことが理解出来るのです。


     ☆    ☆     ☆     ☆     ☆

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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古代の預言者たちとは――モーゼ・仏陀・キリスト・マホメット

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★古代の預言者たちとは

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 こうして、ヤーウェを中心とするエロヒムの惑星政府は、地球での人類の歩みは、人類自らの手に委ねることにしたのですが、時代に応じてメッセンジャーたちを遣わし、私たち人類を導いてきました。
 モーゼ、仏陀、イエス・キリスト、マホメットなどは、エロヒムから遣わされた、偉大なメッセンジャーだったのです。

 私たち人類が、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎えて、全てを科学の力で理解出来るようになり、人類の黄金時代を迎えられるようになる時まで、導いてきてくれたのです。
 科学の偉大な秘密によって、私たち人間を始めとする地球の全生命が創造されたこと、私たち人類も科学の力により、創造者であるエロヒムの仲間入りが出来るということが理解出来るまで、私たち人類には、宗教という言わば「松葉杖」が必要でした。
 世界三大宗教のキリスト教・イスラム教・仏教の開祖である、イエス・キリスト、マホメット、仏陀たちは、人類の黄金時代が到来するまでは、宗教という「松葉杖」を必要とする人類の為に、エロヒムが遣わした、偉大なメッセンジャーだったのです。

 彼らは、人類を導く為の偉大なメッセンジャーとしての使命を遂行する為に必要な、様々な手ほどきをエロヒムから受けてから、布教活動を開始しています。
 そして、そのトレーニングを、エロヒムの惑星、不死の惑星で受けた者もいます。
 仏陀や、イエス・キリストがそうです。
 仏陀が言う「極楽浄土」とは、イエス・キリストが言う「天の王国」のことであり、何れも、エロヒムの惑星である、不死の惑星のことを指して言っています。
 
 仏陀の「極楽浄土」とか、イエス・キリストの「天の王国」というのは、抽象的な概念などではなく、実際に彼らが連れて行かれて奥義を伝授された、エロヒムの不死の惑星のことなのです。
 それでは、エロヒムの不死の惑星とは、どのような所なのでしょうか?

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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大洪水後、人類の歩みを助けたルシファーたちエロヒム

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★大洪水後、人類の歩みを助けたルシファーたちエロヒム

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 ヤーウェを中心とするエロヒムの惑星政府は、大洪水後、二度と再び地球の創造物を抹殺することはしないと決意するとともに、ルシファーたちが宇宙船の中に保護していた地球の生命を、再び地上に戻すことに、積極的に協力しました。
 大洪水の前と後で、エロヒムの惑星政府における、地球の創造物に対しての態度が変わったのです。
 そして、人類の進歩は人類自らの手に委ねることにしたのですが、大洪水後しばらくの間は、一部の科学者たちを地上に残して、人類の歩みを助けました。
 その中心的存在が、ルシファーでした。

 ルシファーたちは、農耕、鍛冶・冶金、医学・薬学、気象学・天文学、文字の書き方など、文明開化に必要な、あらゆる基礎技術を人類に教え、人類自らが歩んで行けるように助けてくれたのです。

 また、ルシファーは、将来の人類を救うべき、特別な使命・役割を持った国と民族を創造しました。
 それが、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本であり、私たち日本人なのです。
 将来、地球の科学が高度に発達した時、自ら自己破滅することなく人類の黄金時代を迎えることが出来るように、その中心的役割を果たす民族・国家として創造されたのが、大和の国・日本と大和民族である日本人なのです。
 この21世紀において、人類の黄金時代の扉を開き、地球・世界に大いなる和「大和(やまと)」を実現させるのは、私たち日本人なのです。
 このことに関しては、前作「花咲く都・黄金文明」の中で詳しく書きましたので、ご参照いただければ幸いです。

 今ある日本列島は、大洪水後に、ルシファーたちによって、世界の雛形として創造されたものなのです。
 古事記などの日本神話では、国生みがイザナギ・イザナミの二神によって行われたとされていますが、イザナギとは、ルシファーのことなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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祝福と契約――大洪水後、ヤーウェはノアたちを祝福し契約を立てた

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★祝福と契約

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 ヤーウェは、エロヒムを創造した世界からやって来た自動宇宙船に残されていたメッセージにより、もしも人間が暴力的であれば、将来、惑星間文明に到達することを可能にするエネルギーを発見した時に、自己破滅するであろうことを理解しました。
 そして、二度と再び、自分たちの手で、地球の創造物を破壊することはしないと決意するとともに、人類の進歩を人類自らの手に委ねることにしたのです。
 人間が進歩を望むのは、当然のことだと理解していたからです。

「ノアの箱舟」が地上に降り立ち、地上に戻ってから、ノアはヤーウェの為に祭壇を築き、捧げ物をしました。
 その時、ヤーウェは言いました。
「主は宥(なだ)めの香りをかいで、御心に言われた。
『人に対して大地を呪うことは二度とすまい。人が心に思うことは、幼いときから悪いのだ。わたしは、この度したように生き物をことごとく打つことは、二度とすまい。』」(「創世記」第8章・第21節)

 ヤーウェは、ノアと彼の息子たちを祝福して、言いました。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ。地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。」(「創世記」第9章・第1・2節)

 そして、ヤーウェは、ノアと彼の息子たちと、契約を立てたのです。
「ヤーウェはノアと彼の息子たちに言われた。
『わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。』」(「創世記」第9章・第8〜11節)

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『花咲く都・黄金文明』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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7月17日は人類にとっての聖なる記念日――「ノアの箱舟」がアララト山の上に止まった日

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★人類にとっての聖なる記念日――7月17日

300px-Agry(ararat)_view_from_plane_under_naxcivan_sharur.jpg 左が小アララト山(標高3896m) 右が大アララト山(標高5137m)


 こうして、ルシファーを中心にした懸命の救助作業により、ノアを始めとする地球の生命は、宇宙船の中で保護されました。
 この時、エロヒムの惑星政府は、エロヒムを創造した創造者たちが残した自動宇宙船に残されていたメッセージを知り、彼らもまた、他の惑星からやって来た異星人により実験室で創造されたことに気付きました。
 そして、ヤーウェを中心とする惑星政府は、二度と再び、自分たちの手で人類を滅ぼすことはしないと決意し、ルシファーたちが宇宙船の中に保存した生命を、再び地球に戻すことに協力したのです。
 このことは、サタンの反対を振り切って行われました。

「ノアの箱舟」という宇宙船は、「死の灰」のような危険な降下物がすっかり無くなるまで待ってから、再び地上に降り立ちました。
 ルシファーたちのグループは、放射能の検査を行い、それを科学的に除去してから、大気の状態を確かめて、生命を再創造したのです。
 それぞれの人種は、創造の際の元の場所に配置され、宇宙船に保存されていた細胞から、それぞれの動物が再創造されました。
 ちなみに、何故恐竜が絶滅したのかと言うと、大洪水の後に、再生されなかったからなのです。

 大洪水から150日後、「ノアの箱舟」がアララト山の山頂に止まったとされる7月17日は、地球に再び生命が蘇ることになった、記念すべき聖なる日なのです。
 ユダヤ暦の7月17日、イスラエルでは「シオン祭」で巡行の祭りが行われ、古代ユダヤの聖なる記念日を盛大に祝っていました。
「イスラエルの失われた十支族」がたどり着いたと言われている日本においても、グレゴリオ暦の7月17日、京都の祇園祭で山鉾巡行が行われ、この古代ユダヤの聖なる日を盛大に祝っていることには、とても深い訳があります。
 さらには、失われた古代ユダヤの秘宝「契約の箱」が隠されているとも言われる、四国の剣山においても、7月17日に剣山神社本宮大祭が開かれ、お神輿を剣山山頂まで運ぶ儀式が執り行われていることには、深い意味が隠されています。

 私たち人類が、今こうして生きていられるのは、ルシファーたちのグループと、ノアを始め助け出された人間たちとの協力によるものなのです。
「光を運ぶ人」を意味するルシファーの存在なくして、今の地球はありません。
 有史以来数千年の人類の歴史は、大洪水後に、「ノアの箱舟」が地上に降り立ち、再び地球に生命が蘇ってから始まったものなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『花咲く都・黄金文明』より


参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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原因と結果の関係性について、正しく理解することが大切

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 原因と結果の関係性というものについて、正しく理解することが大切だと思います。

 多くの人たちは、原因があって結果があると考えています。
 しかし、原因があって結果があると言うよりも、本当は、原因は結果によって選ばれていると言ったほうが、真実に近いのです。

 ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが創り出されているのであり、順番が逆なのです。

 原因と結果の関係性について、正しく理解することが大切です。

 多くの人たちが、原因があって結果があると考えているのは、時間というものが、過去→現在→未来へと流れているという思い込みによるものなのです。

 時間は流れている訳ではないのですが、敢えて、時間の流れというものを想定した場合でも、それは、多くの人たちが考える、過去→現在→未来という流れではなく、それとは逆の、未来→現在→過去という流れになります。

 未来は100パーセント確定していますので、既に100パーセント確定している未来から時間が流れて来て、そこに至る為のプロセスが順番に創り出されているのです。

 時間は未来からやって来るのであり、既に100パーセント確定している未来に至る為のプロセスが、順番に創り出されているだけなのです。

 ですから、原因があって結果があると言うよりは、原因は結果によって選ばれているのであり、ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが創り出されているのです。
 
 原因があって結果があると言うよりは、原因は結果によって選ばれていると言った方が真実に近いので、順番が逆なのです。
 ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが創り出されているのです。

 多くの人たちが考える、原因と結果の関係性というのは、順番が逆になっていますので、原因と結果の関係性というものを、正しく理解することが大切になります。

 原因があって結果があるように一見思えるのは、時間というものが、過去→現在→未来へと流れているという思い込みによるものなのです。

 究極的には時間というものは存在していないので、過去も未来も、今、同時に存在していますので、本当は、時間というものも流れている訳ではありません。

 しかし、敢えて、時間の流れというものを想定するとすれば、それは、多くの人たちが考える、過去→現在→未来という流れではなく、それとは逆の、未来→現在→過去という流れになります。

 未来は100パーセント確定していますので、既に100パーセント確定している未来から時間がやって来て、そこに至る為のプロセスが、順番に創り出されているだけなのです。

 分かりやすく簡単に例えるならば、私たちが家を建てる場合、まずは、未来の完成形、即ち、詳細な設計図を作成し、それに基づいて、必要な物事を時系列で順番に行っていく筈です。

 具体的には、基礎工事を行い、柱や屋根などの骨格を組立て、外装を行い、内装を行い、最終的には、配線等の全ての細部を終了させて、一軒の家が完成することになります。

 完成された家という結果を得る為に、その原因となる基礎工事などを、時系列で順番に創り出している訳です。

 基礎工事や外装・内装・配線などを行ったから、たまたま家が完成した訳ではなく、完成された家という結果を得る為に、その原因となるそれらの作業を順番に行った筈です。

 これはあくまでも、私たちが家を建てる場合の話だと思われるかも知れませんが、大宇宙の森羅万象においても、同じことなのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識だけなのです。
 そして、時間というものも本当は幻想にしか過ぎないので、究極的には時間は存在していません。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界においては、大宇宙意識という「純粋意識」の中に、大宇宙の全てが元々存在しており、大宇宙は元々完成しています。

 大宇宙は、元々が完成された、完全な世界なので、未来は既に100パーセント確定しているのです。

 そして、既に100パーセント確定している未来から時間がやって来て、そこに至る為のプロセスが、順番に創り出されているだけなのです。

 原因があって結果があると言うより、原因は結果によって選ばれていると言った方が真実に近く、ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが創り出されているのであり、順番が逆なのです。

 多くの人たちは、時間というものが、過去→現在→未来へと流れているというふうに勘違いしているので、原因と結果というものについての関係性を、勘違いしています。

 原因と結果についての関係性を、正しく理解することが大切だと思います。

『原因があって結果があると言うより、原因は結果によって選ばれている』『未来からやって来る時間(時間の流れは、未来→現在→過去)』などの過去記事も、是非ご参照下さい。


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時間の流れは、未来→現在→過去であることを理解することが大切

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 昨日、『未来は100パーセント確定していることを知ることが大切』ということを書きましたが、何故、未来は100パーセント確定しているのかを知る上で、時間の流れは、未来からやって来るということを理解することが大切になります。

 時間というものそのものが究極的には存在していないので、時間というものも幻想にしか過ぎないのですが、敢えて、時間の流れというものを想定するとしたら、それは、多くの人たちが考える、過去→現在→未来という流れではなく、それとは逆の、未来→現在→過去という流れになります。

 多くの人たちは、時間というものが、過去→現在→未来へと流れていると思っているので、未来は決まっておらず、白紙の未来があるかのように考えてしまうのです。

 究極的には、時間というものそのものが存在していないので、本当は、時間は流れている訳ではなく、過去も未来も、今、同時に存在しているのです。

 時間は流れている訳ではないのですが、敢えて、時間の流れというものを想定した場合でも、それは、多くの人たちが考える、過去→現在→未来という流れではなく、それとは逆の、未来→現在→過去という流れになります。

 既に100パーセント確定している未来から時間がやって来て、未来に至る為のプロセスが、順番に創り出されているだけなのです。

 原因があって結果があると言うよりも、原因は結果によって選ばれていると言った方が、真実に近いのです。
 ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが創り出されているのであり、順番が逆なのです。

 私たちが生きている物理的大宇宙は、「時間と空間」という座標軸から成り立っている世界ですが、相対世界とも呼ばれる、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界であり、実相(本質)の世界ではありません。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界には、時間も無ければ空間も無く、そこは時空を超越した根源の世界なのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界には、ただ、「永遠(とわ)の中今」とでも言うべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識という「純粋意識」のみが実在しています。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界においては、大宇宙の過去・現在・未来の全て、大宇宙の全てが元々存在しており、大宇宙は元々が完成された、完全な世界なのです。

 私たちは今、元々が完成された完全な世界である大宇宙を、ある「時間軸と空間軸」から体験しているにしか過ぎません。

 そして、時間が過去→現在→未来へと流れていると錯覚しているので、白紙の未来があるかのように感じているだけなのです。

 敢えて分かりやすく例えて言うならば、映画のDVDを借りてきて見ている時に、そのストーリーの先が分からないので、映画の結末が決まっていないかのように錯覚しているような状態だと言えるかも知れません。

 見ている本人には、次の場面や結末は分からないかも知れませんが、DVDを借りてきた時点で、見る前から、既に全ては決まっています。

 そして、最後のラストシーンに合わせて、ストーリーが創られている訳です。
 最後のラストシーンで感動してもらう為に、最初の場面からストーリーが次々と展開して、クライマックスを迎えることになります。

 映画のDVDを借りてきた時点で、その映画を製作した監督は、映画の全てを知っています。
 ただ、それをこれから見る人が、そのストーリーが分からないので、ハラハラドキドキしているだけなのです。

 ちょっとくだけた例えになりましたが、大宇宙においても同じです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識だけなのです。

 大宇宙意識が実在する絶対世界には、時間というものは存在していませんので、そこにおいては、大宇宙の全てが元々存在しており、大宇宙は元々が完成された、完全な世界なのです。

 ただ、大宇宙に生かされている存在にしか過ぎない私たちは、大宇宙のある「時間軸と空間軸」を体験しているだけなので、既に100パーセント確定している未来から時間が流れて来て、そこに至る為のプロセスが順番に創り出されているだけだということが、なかなか分からないだけなのです。

『未来からやって来る時間(時間の流れは未来→現在→過去)』『原因があって結果があると言うより、原因は結果によって選ばれている』の過去記事も、是非ご参照下さい。


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未来は100パーセント確定していることを知ることが大切

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 未来は100パーセント確定しているということを、知ることが大切だと思います。

 未来が100パーセント確定しているということを知る上で、大切なポイントは、二つあります。

 一つは、この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけであるという点になります。

 そして、もう一つのポイントが、時間は幻想であり、時間というものそのものが、究極的には存在していないということなのです。

 この二つのポイントは、決して別々のことではなく、本質的に同じことなのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界とは、時間も無ければ空間も無い、時空を超越した根源の世界であり、そこには時間というものは存在していません。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界には、時間というものは存在しておらず、そこにはただ、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」があるだけなのです。

 そして、絶対世界に唯一実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という一つの「純粋意識」だけなのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界には、ただ、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、大宇宙意識という「純粋意識」だけが実在しています。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかを知る上で、このことは、必要不可欠となります。

 未来が100パーセント確定していることが理解出来るようになれば、未来についての余計な幻想が薄れていき、時間やお金やエネルギーなどを無駄なことに使わなくても済むようになります。

 神仏というものに無闇矢鱈に願い事をして、助けや救いを求めるような御利益信仰にハマる必要も無ければ、「引き寄せの法則」などのような、人間のエゴや願望から創り出された間違った概念に囚われることも無くなります。

 未来は100パーセント確定しているということを、知ることが大切だと思います。

『未来は100パーセント確定している』『未来は部分的にある程度までは決まっている、という勘違いについて』『時間の「無限」性について――無始の過去、無終の未来』『想定した未来の出来事は起こらない、という勘違いについて』などの過去記事も、是非ご参照下さい。


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現実世界とは、意識を映し出す「鏡」の世界であり内面の世界

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 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が映し出された「鏡」の世界であり、全ては自分の内面の世界です。

 多くの人たちは、自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがあると考えていますが、そうではありません。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分の意識が投影された、自分の内面の世界であり、全ては主観の世界なのです。

 自分自身の心の中にある心象風景とでも呼ぶべきものが、空間という、360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出されているだけなので、全ては心の内の景色なのです。

 全ては主観の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 自分の外に、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがある訳ではありません。
 自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分自身の意識が投影された「鏡」の世界であり、自分の内面の世界であり、全ては主観の世界なのです。

 客観的世界など何処にも無く、全てが主観の世界であると言えます。

『現実世界とは、心を映し出す鏡』『現実世界とは』『現実は、幻の箱』『自分が映す現実世界(宇宙)の全てが、心を映し出す「鏡」』などの過去記事もご参照下さい。


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「ノアの箱舟」と大洪水の神話は、本当にあった実話

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★「ノアの箱舟」と大洪水の神話は、本当にあった実話

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 惑星政府から追放されたエロヒムの科学者たちは、軍隊の監視の下、地球に留まっていましたが、やがて、地上に人間が増え始めると、最も美しい人間の娘たちを自分たちの妻にするようになりました。
「さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。」(「創世記」第6章・第1・2節)
「当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これは、神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった。」(「創世記」第6章・第4節)

 エロヒムの科学者たちが、自分たちの姿に似せて創造した人間の娘たちと関係して、優秀な子供を産ませるということは、エロヒムの惑星政府から見れば、危険極まりないことでした。
 その後、地球の科学がものすごく進歩したので、サタンの要求を聞き入れて、ヤーウェを中心とする惑星政府は、地球の創造物を抹殺することに決めました。

「主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を傷められた。主は言われた。
『私は人を創造したが、これを地上から拭い去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。』」(「創世記」第6章・第5〜7節)
 ここで言う「悪」とは、人間が科学の進歩を望み、創造者であるエロヒムと同等の存在になりたいという欲望のことであり、いつの日か、創造者であるエロヒムの仲間入りをする危険が生じることでした。
 創造者たちにとっての「善」とは、人間が原始的なまま細々と生きることでした。

 こうして、エロヒムの惑星政府は、核ミサイルを発射して、地球上の全生命を抹殺することを決心しました。
 そして、地球に追放されたルシファーたちには、恩赦により、エロヒムの惑星に戻ることを許しました。
 しかし、地球の創造物が破壊されることを予め知ったルシファーたちは、ノアに命じて、ロケットを建造させました。
 そして、救うべき種の雄と雌の生きた細胞を一つずつ採取してロケットの中に収容し、大災害が続いている間、地球の周囲を回らせたのです。

「創世記」では、「ノアの箱舟」は「三階建ての箱舟」として表現されていますが、実際には、「三層式の宇宙ロケット」でした。
「ノアの箱舟」は、宇宙船だったのです
 そして、動物のそれぞれの種の雄と雌をひと組ずつ箱舟の中に入れたと表現されているのは、実際には、それぞれの種の雄と雌の生きた細胞を一つずつ採取して保存し、ロケットの中に収容したのです。
 雄と雌の生きた細胞が一つずつあれば、生命体全体を再生することが出来るのです。
「創世記」では、ノアの家族たちだけが箱舟に入ったように書かれていますが、実際には、それぞれの人種からもひと組ずつの男女が助け出されました。

 こうして、地球に核ミサイルが発射されて大爆発が起きた時、生命は地上から何千キロも離れた上空で、宇宙船の中で保護されていたのです。
 大陸は巨大な津波に襲われて海中に沈み、あらゆる生物は死に絶えました。

 実は、この時の核ミサイルによる大爆発で、元々一つしか無かった原初の大陸が、今のように分かれたのです。
 今ある大陸が元々一つだったことは、今の地球の科学でも理解出来るようになっているようです。
 南米大陸の東岸とアフリカ大陸の西岸が、同じような形をしていることなどは分かりやすい例ですが、南米大陸とアフリカ大陸を合わせると植物分布も一致するようです。
 
 失われたムー大陸とか、失われたアトランティス大陸という伝説があり、太古の昔に、海に沈んだという言い伝えがあります。
実際には、海に沈んだ訳ではなく、大洪水が起きた時の大爆発によって、大陸が離れて行ったのです。
 ノアを始めとする少数の人間たちが宇宙船の中で保護されて、やがて再び地上に戻った時、彼らは、大爆発により原初の大陸が、見覚えがない程破壊されていたのを発見しました。
 大洪水前にあった、ムーやアトランティスと呼ばれた国が、大爆発により大陸がバラバラに分かれて離れて行ってしまったという彼らの記憶が、子孫たちに伝えられていく過程で、長い間に少しずつ変形されていき、こうした伝説が生まれたのです。
 実際には、海に沈んだのではなく、大陸が離れて行っただけなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

拙書『花咲く都・黄金文明』より

参考文献
ラエル『真実を告げる書』 無限堂
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂


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書籍『何故、未来は100パーセント確定しているのか』について

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 書籍『何故、未来は100パーセント確定しているのか』は、未来が100パーセント確定しているということを、知る為の書籍です。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかということは、知識や学問などによっては知ることは出来ず、この大宇宙の本質というものを、体験的に知らない限りは、理解することは出来ません。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかを理解する上で、大切なポイントは、二つあります。

 一つ目のポイントは、この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体・根本創造主である、大宇宙意識だけであるという点になります。

 そして、二つ目のポイントは、時間そのものが幻想であり、本当は、時間は存在していないということなのです。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかを知る上で、この二つのポイントは、必要不可欠となります。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかを知る為には、私たちが生きている、この物理的大宇宙そのものが、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界であり、大宇宙の実相(本質)の世界ではないことを知る必要があります。

 大宇宙は、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界と、大宇宙の仮相(仮の姿)の世界である相対世界から成り立っています。
 私たちが生きている、この物理的大宇宙は、相対世界に属していますので、大宇宙の本質の世界ではありません。
 まずは、このことを理解する必要があります。

 そして、大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界とは、時間も無ければ空間も無い、時空を超越した根源の世界なので、そこにはただ、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」があるだけなのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界には、「永遠(とわ)の中今」とでも呼ぶべき、「今」という名の「永遠(えいえん)の時」の中に、大宇宙意識という一つの「純粋意識」だけが実在しています。

 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 私たちが生きている物理的大宇宙(相対世界)とは、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為の「鏡」の世界であり、絶対世界の「映し世(うつしよ)」として「創造(そうぞう)」されている世界なのです。

 大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))により、大宇宙意識が持つ根源的エネルギーによって動いています。
 全ては、大宇宙意識の計画の中なのです。

 時間も空間も存在しない世界(絶対世界)において「想像(そうぞう)」されたイメージが、「時間と空間」という座標軸から成り立っている物理的大宇宙(相対世界)に「創造(そうぞう)」されているのです。

 何故、未来は100パーセント確定しているのかを知る上で、このことは、必要不可欠であり、大宇宙の本質というものを体験的に知らない限りは、理解することは出来ません。

 しかし、体験的に知らなくても、私たち人間一人ひとりの意識の一番奥深くには、大宇宙意識が内在していますので、私たちは自分の意識の奥深くでは、死に至るまでの自分の未来を既に100パーセント知り尽くしているのです。

 そのことを想い出していく為の書として、書籍『何故、未来は100パーセント確定しているのか』をご活用いただければ幸いです。

 未来が100パーセント確定しているということを理解出来るようになれば、無駄なことに時間やお金やエネルギーなどを使わなくても済むようになるでしょう。

 神仏というものに無闇矢鱈に願い事をして、助けや救いを求めるような御利益信仰にハマる必要もありませんし、人間のエゴや願望から創り出された、間違った概念にしか過ぎない「引き寄せの法則」などにも囚われる必要は無くなります。

 未来が100パーセント確定していることを理解出来るようになれば、多くの時間・お金・エネルギーを無駄なことに使う必要が無くなり、時間・お金・エネルギーを節約出来るようになるでしょう。


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人生は奇跡の連続――生もまた奇跡であれば、死もまた奇跡

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 私たちの人生とは、ある意味においては、奇跡の連続だと言えます。

 日々、瞬間瞬間が奇跡の連続なのです。

 何故なら、この大宇宙の存在そのものが奇跡だからなのです。

 私たち一人ひとりは、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、この大宇宙に二つとして同じものが無い「支店=視点(してん)」から、この奇跡の世界を体験して味わっている存在なのです。

 ですから、自分が生きている人生そのものが奇跡であるとも言えます。

『いきているうれしさをやさしく感じる』の中でも書きましたが、本当は、今朝自分の目が覚めて、今自分が生きているということすら奇跡だとも言え、私たちの人生とは、ある意味においては、奇跡の連続なのかも知れません。

 人生そのものが奇跡なのであり、生もまた奇跡であれば、死もまた奇跡だとも言えます。
 そして、人生最後の奇跡が、死という奇跡なのです。


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こみ上げてくる喜びの中で微笑みを感じられる心

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 人生を生きていく中で、日々、瞬間瞬間に、こみ上げてくる喜びの中で微笑みを感じられる心を創ることが大切だと思います。

 生きる喜びとは、何か特別な出来事の中にあるのではなく、普通の日々の中にあり、日々、瞬間瞬間、こみ上げてくる喜びの中で微笑みを感じられる心を創ることが大切になります。

 今自分が生きていることのうれしさ、今自分が存在していることのうれしさというのは、とても淡い感じのものです。

 以前、『生きているうれしさをやさしく感じる』の中にも書きましたが、今自分が生きているといううれしさ、ありがたさというのは、何か特別な出来事の中にあるのではなく、普通の日々の中にあり、それは、ほんのり淡い感じのものです。

 そよ風がとてもやさしく心地良く感じられるような、道端に咲いている一輪の小さな花が、限りなく美しく感じられるような、ふと見上げた夜空の月が、何とも言えず美しく輝いて感じられるような、とても淡い感じのものなのです。

 多くの人たちが考える、何か特別な出来事の中にある楽しみや喜びというものよりも、もっともっと淡くて軽い感じのうれしさなのです。

 そして、人生に生きる中で、日々、瞬間瞬間、どんな時でも、生きているうれしさをやさしく感じられる心を創ることが出来れば、全ては喜びとなります。

 それは言ってみれば、日々、瞬間瞬間に、こみ上げてくる喜びの中で微笑みを感じられる心だと言っても良いかも知れません。

 私たちは、ただ、魂の進化と呼ばれる、心の純化、意識の福化の旅をしているだけなのです。

 魂の進化とは、心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心へと、心を飛翔させていくことなのです。

 私たちはただ、心を純化させ、意識を福化させる旅をしているだけです。

 日々人生を生きる中で、瞬間瞬間、生きているうれしさをやさしく感じられる心、こみ上げてくる喜びの中で微笑みを感じられる心を創る旅をしているだけなのです。


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プラス思考・プラス発想には限界がある――プラス思考を超える

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 よく、プラス思考せよ、とか、プラス発想せよ、という言葉を耳にします。
 しかし、プラス思考やプラス発想には、限界があります。

 プラス思考やプラス発想というのは、マイナス思考やマイナス発想という概念とセットになった考え方です。

 何かをプラスと捉える考え方が、そうでないものをマイナスと捉えるのです。
 何かをプラスと捉える認識は、そうでないものをマイナスと捉える認識とセットになっています。

 うまくいく・うまくいかない、と捉える心が、プラス・マイナスという認識を創り出しているのです。

 しかし、大宇宙の森羅万象の全ては、本来無事象であり、意味がなく、中立です。

 プラスとかマイナスというのは、あくまでも、自分自身の認識でしかありません。

 プラス・マイナスという認識は、あくまでも、自分の認識でしかなく、自分が勝手に、ある事柄をプラスと呼び、ある事柄をマイナスと呼んでいるだけのことだからです。

 幸・不幸、運・不運という概念もそうです。

 昨日、『不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心がそこに残っただけ』の中にも書きましたが、本来、不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心が、そこに残っただけなのです。

 プラス・マイナス、幸・不幸、運・不運、これらは全て、自分の認識でしかありません。
 自分が勝手に付けた意味付けでしかありません。

 そのような意味付けの旅、認識の旅から卒業していくことが大切だと思います。

 マイナスをプラスに転じようと無理に頑張らなくても、元々自分が勝手にある事柄をマイナスと捉えて大騒ぎしていただけのことなのです。

 プラス思考やプラス発想には、限界があります。
 プラス思考を超えていくことが大切だと思います。

 プラスやマイナスというのは、自分が付けていた意味付けでしかないということに、気付いていくことが大切になります。

 心を無地透明にして、プラス・マイナスという認識を超えていくことが、心の成長であり、意識の福化、意識の拡張であり、挑戦でもあると言えるかも知れません。

 以前書いた『プラス思考を超える』もご参照下さい。


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不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心がそこに残っただけ

 幸福という概念は、不幸という概念とセットになった考え方です。
 何かを幸福と思う考え方は、そうでないものを不幸と思う考え方とセットになっています。

 幸運・不運という概念もそうです。
 何かを幸運と思う考え方は、そうでないものを不運と思う考え方とセットになっています。

 しかし、幸・不幸、運・不運というのは、自分自身がそう考えただけのことであり、あくまでも、自分自身の認識でしかありません。

 何かを幸福・幸運と捉え、あるいは、何かを不幸・不運と捉えても、自分がそのように捉えただけのことであり、それが本当にそうなのかは、本当のところは、よく分からない筈です。

 全ては、自分自身が決めたことなのです。

 幸福とか不幸というのは、どこまでも自分が決めたことであり、自分自身の認識の中にしか存在していません。

 不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心が、そこに残っただけなのです。
 それもまた幸福なのに・・・・・。

 見方を変えれば、あるいは、拡張した意識になれば、それもまた幸福なのに、ということになります。

 今の人類の意識では、自分にとって心地良い状態を幸福と呼び、そうでない状態を不幸と呼んでいます。
 ある状態を幸福と呼び、ある状態を不幸と呼んで分けています。

 これから人類が向かおうとする新しい意識では、幸・不幸という概念が消えていきます。
 幸福というのは、自分の心が感じるものなので、あらゆることを喜びと感じられる意識を創ることが出来れば、幸・不幸という概念が消えていくのです。

 そして、ある状態は幸福、ある状態は不幸と分けて考えることが出来なくなり、全ては喜びとなります。

 本当は、不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心が、そこに残っただけなのです。
 それもまた幸福なのに・・・・・。

 以前書いた『幸不幸という概念を超える』もご参照いただければ幸いです。


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