日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2016年2月のアーカイブ

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日本の国歌「君が代」をヘブライ語で解釈すると・・・

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★日本の国歌「君が代」をヘブライ語で解釈すると・・・

tsukihoko yamaboko gionmatsuri.jpg「ノアの箱舟」がアララト山の上に止まったとされる7月17日、京都の祇園祭では山鉾巡行が行われる


 日本の国歌である「君が代」も不思議な歌です。
「君が代」の歌詞は、「古今和歌集」に収められている、詠み人知らずの和歌が元になっていますが、始まりの「我が君は」を「君が代」に変えて国歌とされています。
「君が代」とは、本当は、「神の代」ということを意味しています。
「神『十』の王国」を実現させて、「神の時代」とも言うべき「至福千年王国」を花開かせる使命・役割を担った、私たち日本人にふさわしい国歌なのです。
 日本の国歌「君が代」も、国旗・日の丸も、この世的には人間の手で作られていますが、そこには、天意とも言うべきエロヒムの意図が隠されています。
「君が代」も、ヘブライ語で読めるようです。

 【日本語】   【ヘブライ語】       【訳】
君が代は    クム・ガ・ヨワ     立ち上がり神を讃えよ
千代に     チヨニ         シオンの民 
八千代に    ヤ・チヨニ       神の選民
さざれ石の   ササレー・イシィノ   喜べ残された民よ 救われよ
巌となりて   イワオト・ナリタ    神の印(預言)は成就した
苔のむすまで  コ(ル)カノ・ムーシューマッテ 全地に語れ

 訳だけだと少し分かりづらいので、歌詞風にするなら
「立ち上がり神を讃えよ 神に選ばれしイスラエルの民よ 喜べ残された人々 救われよ 神の預言は成就した これを全地に知らしめよ」という感じになるようです。
(おたくま経済新聞2014年11月20日の記事よりヘブライ語解釈を引用)

「シオン」とは、イスラエルの首都エルサレム近郊の聖なる丘の名前ですが、京都の「祇園」とは「シオン」が訛ったものだとも言われています。
 大洪水後、「ノアの箱舟」が初めてアララト山の上に止まったとされるユダヤ暦の7月17日、古代イスラエルでは「シオン祭」で巡行の祭りが行われ、古代ユダヤの聖なる記念日を盛大に祝っていました。
 現在、古代イスラエルから数千キロメートル離れた日本の京都で、祇園祭が行われており、グレゴリオ暦の7月17日に、ハイライトである山鉾巡行が行われて、この古代ユダヤの聖なる記念日を盛大に祝っていますが、祇園祭のルーツは、古代イスラエルの「シオン祭」にあると思われます。
 祇園祭山鉾連合会の理事長が、「祇園祭はユダヤの文明と同じ」であると、テレビ番組で語っておられましたが、日本は古代ユダヤと深く密接な繋がりがあります。

 7月17日、四国の剣山では、剣山神社本宮大祭が行われて、お神輿を剣山山頂まで運ぶ儀式が執り行われますが、お神輿は、古代ユダヤの秘宝「契約の箱」がモデルだとも言われています。
「失われた聖櫃(せいひつ)(アーク)」とも言われる、古代ユダヤの秘宝「契約の箱」は、四国の剣山に隠されているという、古くからの言い伝えがあります。

 日本と古代ユダヤの深いつながりを知る上で、「イスラエルの失われた十支族」の存在は、避けて通れないものとなります。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『花咲く都・黄金文明』より

「かごめ」の歌――鶴(日本)と亀(ユダヤ)が統(す)べった

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★「かごめ」の歌――鶴(日本)と亀(ユダヤ)が統(す)べった

fuji-main.jpg霊(ひ)ノ元・日本の象徴・霊峰富士が持つ真の働きは、スメラの霊統である日本が持つ火の働き「│」(男性原理)とイシヤの霊統であるユダヤが持つ水の働き「ー」(女性原理)を統合して、「神『十』の王国」とも言うべき、大いなる和「大和」を地球・世界に実現させること


「かごめ」の歌という、不思議な歌があります。

 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった うしろの正面だあれ?

 何時、誰が作ったのかもはっきり分からないのに、日本全国に広まって、みんな子供の頃から知っている、不思議な歌です。
 このような歌は、天意により降ろされているものなので、歌の意味なども一つだけではなく、何通りにも読めるものなのですが、ここでは、本書に関連した部分について、少し触れておきたいと思います。

「夜明けの晩に 鶴と亀がすべった」というのは、「人類の黄金時代の幕開けの時に、鶴(日本)と亀(ユダヤ)が統合された」ということを意味しています。
「統(す)べる」という言葉があり、統一する、とか、統合するということであり、一つにまとめるという意味があります。
「すべった」というのは、「統(す)べった」ということであり、鶴(日本)と亀(ユダヤ)が統合されたということなのです。

 ユダヤを象徴するシンボルが、籠目(かごめ)紋の六芒星であり、ダビデの星になります。
 ユダヤは、六角形の甲羅を持つ亀で表されています。
 また、ユダヤは水の働きであり、横方向を表す「ー」で表されますので、水平方向に動く亀でユダヤを表しているのです。
 一方、日本航空(JAL)のシンボルが鶴であるように、日本を象徴する鳥が、鶴になります。
 また、鶴は、天に向かって縦方向に飛び上がりますが、縦方向を表す「│」で表される火の働き、日本を象徴しているのです。

 ちなみに、二元性の対立という型を演じる役割を担っていたのが、日本においては、源氏と平氏であり、地球・世界規模においては、日本とユダヤだと申しましたが、源平合戦に勝利したのは、白旗(白玉)である源氏であり、源氏の総大将、源頼朝は鎌倉幕府を開き、鎌倉の鶴岡八幡宮を篤く崇敬しました。
 これから、白玉である日本は、赤玉であるユダヤを包み込み、抱き参らせ、日本がユダヤに勝利して、日本が持つ火の働き「│」とユダヤが持つ水の働き「ー」が統合されて、神が持つ働き「十」が完成され、地球に大いなる和「大和」が実現することになるのです。

 日本が持つ火の働き「│」とユダヤが持つ水の働き「ー」が統合されて、神が持つ働き「十」が完成した時、「神『十』の王国」とも言うべき至福千年王国が到来し、イエス・キリストも再臨するのです。
 神が持つ働きである「十」は、イエス・キリストが架けられた十字架をも表しています。
 エロヒムを迎える為の大使館が日本に建設されて、エロヒムの偉大なる帰還が実現した時、「神『十』の王国」が到来するとともに、イエス・キリストも再臨するのです。
 イエス・キリスト自身が弟子たちに教えたとされる、「主の祈り」という有名な祈祷文の中に、次のような言葉があります。
み国が来ますように。みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。」
 その深い意味が理解されないまま、繰り返し称えられてきたこの祈りが、ようやくその全体の意味を取り戻し、実現する時を迎えるのです。

 今、私たち日本人の中に眠る遺伝子が目覚め、蘇り、花開く時を迎えています。
 そして、早ければ西暦2030年頃、遅くとも2040年までの間の、西暦2030年代の何れかの時期に、エロヒムを迎える為の大使館が日本に建設されて、「神『十』の王国」が到来するのです。

 今、世界の水(=お金、情報)はユダヤが司っていますが、日本とユダヤが統合され、「神『十』の王国」が実現した時には、世界の水(=お金、情報)は日本が司ることになります。
 今、世界のお金(マネー)や、マスコミなどの情報が、一部の金融ユダヤ人たちによって支配されているのは、神の経綸であり、ユダヤ民族が背負った宿命とも関係しています。
 
 ユダヤ民族は、イエス・キリストを十字架に架けて磔にした罪人として、迫害を受ける運命を辿ることになります。
 祖国を失い、迫害・弾圧を受けて、世界中に散らばっていくことになりました。
 そして、ほとんどの職業に就くことが禁止されていた為、キリスト教徒たちから忌み嫌われていた、利子を取り扱う職業である、高利貸し(質屋)や金塊の保管人、両替商(貿易決済業)などで生計を立てていきました。
 元々、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、利子を徴収することは原則として禁じられていたようですが、ユダヤ教徒だけは、異教徒から利子を徴収することを許されていたようです。
 異教徒には何をしても良いというような、行き過ぎた選民思想が背景にあったのかも知れません。
 
 ユダヤ民族は、迫害・弾圧を受けて、世界中に離散して行く運命を辿ったのですが、この離散状態を生かして、貿易決済業に携わるようになり、為替技術を発達させ、様々な金融システムを構築していくようになります。
 迫害・弾圧を受けてきたユダヤ民族の宿命というものが、現在の金融システムを生み出す元になったとも言えるかも知れません。
 ユダヤ民族が、迫害・弾圧を受けて世界中に広がって行き、お金(マネー)を支配するようになったのは、ユダヤが持つ、水の働き「ー」によるものなのです。
 今、世界の水(=お金、情報)が、一部の金融ユダヤ人たちによって支配されているのは、神の経綸の一部でもあるのです。

 そして、日本が持つ、火の働き「│」が本格化し、天に向かって力強く昇って行った時、天と地とが一つに繋がり、「天の王国」が地上に実現することになります。
 日本がユダヤを包み込み、抱き参らせ、天と地とを一つに繋げて、「神『十』の王国」とでも呼ぶべき地上天国を花開かせることが出来るのは、日本が古代ユダヤの最も正統な血筋・霊統を受け継いでいるからなのです。

「かごめ」の歌は、何通りにも読めると申しましたが、ヘブライ語でも読めるようです。
「かごめ」の歌をヘブライ語で読むと、古代ユダヤの秘宝「契約の箱」に関する歌になり、「契約の箱」を守り、安置せよと言っているようです。
 古代ユダヤの秘宝「契約の箱」が日本に辿り着いて、何処かに隠されているという古くからの言い伝えがありますが、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本は、古代ユダヤの最も正統な血筋・霊統を受け継いでいるのであり、これは、神の経綸によるものなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『花咲く都・黄金文明』より

参考文献
『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』 安倍芳裕著 徳間書店

日本(火の働き)とユダヤ(水の働き)は神の経綸において二元性の対立という型を演じる役割

拙書『花咲く都・黄金文明』より
★日本とユダヤ――火の働きと水の働き

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日本は火の働き(男性原理)であり、ユダヤは水の働き(女性原理)


 神とは、火水(カミ)とも言い、火の働きと、水の働きで表されます。
 火の働きとは、男性原理であり、縦方向の線「|」で表されます。
 一方、水の働きとは、女性原理であり、横方向の線「ー」で表されます。
 火の働き「|」と水の働き「ー」を合わせた「十」は、「神=火水(かみ)」を表します。
 神の経綸において、二元性の対立という型を演じる役割を担っていたのが、日本においては、源氏と平氏であり、地球・世界規模においては、日本とユダヤです。
 そして、日本が火の働き「│」であり、男性原理になります。
 一方、ユダヤが水の働き「ー」であり、女性原理になります。

 東洋の日出る神国・日本は、「ひのもと」と呼ばれます。
「ひのもと」とは、霊(ひ)ノ元であり、日ノ元であると同時に、「火」ノ元でもあり、地球・世界の「火」の働きの元なのです。
 火の働き(日本)は銀龍、水の働き(ユダヤ)は金龍で表されます。
 ユダヤは金龍なので、お金(マネー)、即ち、経済問題として、型でも出されています。
 ユダヤは水の働きなので、水(=お金、情報)は今、ユダヤが司っています。
 今、世界のお金(マネー)、マスコミなどの情報は、ユダヤが支配しています。

 しかしこれから、霊(ひ)ノ元・日本の象徴、霊峰富士が持つ、世界に二つと無い(不二)働きである、二元性を統合させて、大いなる和「大和」を地球・世界にもたらすという働きにより、日本とユダヤは統合へと向かいます。
 これから、日本がユダヤを包み込み、抱き参らせ、大いなる和「大和」を地球・世界に実現させることになるのです。
 日本がユダヤを包み込み、抱き参らせ、大いなる和「大和」を実現させた時、地球・世界の水(=お金、情報)は、日本が司ることになります。

 今、世界のお金(マネー)、マスコミなどの情報は、国際金融資本家、軍産複合体など、一部の金融ユダヤ人たちによって支配されています。
 今、世界の水(=お金、情報)を支配しているのは、水の働きであるユダヤなのです。
 これから、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が、その本来の役割を発揮して、エロヒムを迎える為の大使館を日本に建設し、人類の黄金時代の扉を開くことになります。
 地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明が花開き、至福千年王国が花開く時を迎えるのです。
 エロヒムが公式に地球を訪問する時代が到来すると、日本が地球・世界の精神的・科学的中心地となりますので、地球・世界の水(=お金、情報)は、日本が司ることになります。
 そして、世界の覇権は、日本が担うことになるのです。

 神が持つ二つの働きである、火の働きと、水の働きにおいては、火の働きが先となり、水の働きが後になります。
 火先、水後、となります。
「ひのもと」日本が、その本来の役割を果たさなければ、ユダヤ問題(お金、マネー、経済)が解決することはありません。
 火の働きが先になります。
 全ては、「ひのもと」(火ノ元)から始まります。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『花咲く都・黄金文明』より


人間の生は一瞬であり、一瞬の中に永遠を見て、今この瞬間に生きることが大切

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 人間の生は一瞬であり、一瞬の中に永遠を見て、今この瞬間に生きることが大切になります。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分自身の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては心の内の景色、言わば、幻なのです。

 自分自身の中にある心の心象風景とでも言うべきものを、空間という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなので、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界なのです。

 全ては心の内の景色であり、言わば、インナーワールドです。

 そして、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、毎瞬毎瞬がカメラのシャッターを押したような世界であり、瞬間瞬間で変わっています。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、その瞬間瞬間における自分の意識が映し出された「鏡」の世界なので、瞬間瞬間で変わっているのです。

 ですから、自分の意識が変われば、その瞬間に、一瞬にして自分が映す現実世界(大宇宙)も変わってしまいます。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、自分の意識の中にしか存在していませんので、自分の意識が変われば、自分が認識する現実世界(大宇宙)というのも、その瞬間に変わってしまうのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、その瞬間瞬間における自分自身の意識が、ものの見事に映し出された「鏡」の世界であり、毎瞬毎瞬がカメラのシャッターを押したような世界なのです。

 このことが実感出来るようになってくると、もはや、過去がどうだったかというような認識に囚われていても意味がないということが、はっきりと分かるようになります。

 過去がどうだったかというのは、あくまでも、ついさっきまで捉えていた自分の認識にしか過ぎません。

 ですから、今この瞬間に自分の意識が変われば、過去に対する自分の捉え方・認識も一瞬で変わってしまうのです。

 過去の出来事や過去の場面に対する自分の認識も、一瞬にして変わってしまいます。

 ですから、以前どうであったかとか、過去の事、過去の想いを手放して、今この瞬間に生きることが大切になります。

 この人はこういう人だとか、あの人はああいう人だとか、自分は以前こんな不幸を体験したとか、自分はこんなに不運だったとか、あの人は自分に対してこんなひどいことをした人だとか・・・・・。

 それらの全ては、ついさっきまで持っていた自分の認識であり、自分の認識の中にしか存在していません。

 それらの全ては、過去の事であり、過去の想いであり、過去の認識でしかないので、今この瞬間に自分の意識が変われば、過去に対するそれらの認識も一瞬にして変わってしまうのです。

 人間の生は一瞬であり、一瞬の中に永遠を見て、今この瞬間に生きることが大切になります。

 そして、過去の事、過去の想いを手放して、新たな意識で瞬間瞬間を生きることが大切なのです。

 朝、目が覚めて起きたら、もはや昨日までの過去の自分とは違うのです。

 自分はこういう人間だとか、自分の過去の人生はこうだったとか、それらの全ては、昨日までの自分が持っていた認識でしかありません。

 今日自分の意識が変われば、昨日の意識とは違ったものになるのです。

 家族をはじめ、職場の仕事関係の人や、友人・知人なども、日々、新たな意識で見ることが大切になります。

 この人はこういう人だとか、あの人はああいう人だとかいうのは、あくまでも、昨日までの自分が持っていたその人に対する認識でしかありません。

 自分の意識が変われば、一瞬にして、人に対する自分の捉え方・認識も変わってしまうのです。

 人間の生は一瞬であり、一瞬の中に永遠を見て、今この瞬間に生きることが大切になります。

 そして、過去の事、過去の想いを手放して、新たな意識で瞬間瞬間を生きることが大切なのです。


創造者エロヒムは「自分たちも地球人と同じ人間である」ことを隠し通した

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★創造者エロヒムが、地球人に対して隠し通したこと

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 創造者エロヒムが、私たち地球人に対して隠し通したことがあります。
 それは、「エロヒムもまた、地球人と同じ人間である」ということなのです。
 エロヒムは、「自分たちも実は、地球人と同じ人間である」ことを隠し、神という「隠れ蓑」を使ったのですが、これは、エロヒムにとって必要なことでした。
 創造物である人間が、エロヒムと同等の存在になり、エロヒムを上回ることは、エロヒムにとって最も避けるべき、危険なことでもあったので、地球人に対して神のように振る舞い、神という「隠れ蓑」を使うことは、必要なことだったのです。

 そして、地球人にとっても、真実が啓示される時代、全てを科学的に理解出来る時代を迎えるまでは、頼るべき存在、崇め奉る絶対的な神の存在は必要でした。
 エロヒムが、「自分たちも地球人と同じ人間である」ことを隠し通し、神という「隠れ蓑」を使ったことは、エロヒムの壮大な計画の一部でもあり、アポカリプス(黙示録)の時代を迎える現代までは、必要なことだったのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル 『真実を告げる書』 無限堂
ラエル 『地球人は科学的に創造された』 無限堂

アポカリプス(黙示録)の時代を迎えるまで、神という概念は必要だった

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★アポカリプスの時代を迎えるまで、神という概念は必要だった

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 最初の人間を創造した時にエロヒムが使った、神という「隠れ蓑」は、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎える現代までは、私たち人類にとっても必要でした。
 真実が啓示される時代を迎えて、全てを科学的に理解出来る時代を迎えるまでは、崇め奉る絶対的な神の存在というのは、むしろ、人間にとっても必要だったのです。
 
 地球の全生命の創造主であるエロヒムは、あくまでも、他の惑星に住む人間たちであり、高度な科学技術によって、エロヒムは地球の全生命の創造主となることが出来たのです。
 宇宙船に乗って地球にやって来て、彼らの生命創造の実験場として、大陸を創造し、植物・動物、そして、彼らに似せた知的生命体である人間を創造したのです。
 しかしこのことは、真実が啓示される時代を迎えるまでは、理解出来ませんでした。

 私たち人類が、初めて宇宙ロケットを発射したのも、遺伝子(DNA)の二重らせん構造を発見したのも、核エネルギーを発見したのも、20世紀半ばであり、ほんの数十年前のことなのです。
 他の惑星に住む人間たちが、高度な科学技術によって、宇宙船に乗って地球にやって来て、大陸を創造し、高度な遺伝子工学によって、植物・動物・人間も含めた全生命を科学的に創造したなどということは、到底理解不可能なことでした。
 
 科学が発達した現代の私たちであれば、これらのことを理解することが出来ます。
 オランダの民間プロジェクト「マーズワン」では、2025年に最初の4人を火星に移住させる計画だとのことですし、まだまだ先の話になりますが、「火星テラフォーミング」と言って、火星に大気を作って人間が住める惑星に作り変えてしまおうという、「地球化」、「惑星化」のプロジェクトまで取り沙汰される時代なのです。
 遺伝子(DNA)の研究が進み、遺伝子組み換えによる様々な実験が行われており、ヒト遺伝子(ヒトゲノム)の全解読にも成功しています。
 そして、クローン技術も獲得しましたので、高度なクローニングによって、不死の生命、永遠の生命が可能となることも理解出来ます。
 
 科学が発達した現代において初めて、私たち人類は、人間に秘められた可能性に目覚め、自分たちも創造者になれることを理解出来るようになったのです。
 今後、科学がさらに進歩すれば、将来、私たち人類も、火星などの他の惑星に出かけて行き、生命創造の実験を行うことが可能になることは、想像に難くありません。
 しかし、真実が啓示される時代を迎えて、全てを科学的に理解出来る現代を迎えるまで、人類には、崇め奉る絶対的な神の存在というのは、むしろ、必要でした。
 
 エロヒムが、地球人に対して神のように振る舞い、神という「隠れ蓑」を使ったのは、エロヒムの壮大な計画の一部でもあり、科学の力で私たちも創造者になれることを理解出来るまでは、頼るべき存在、崇め奉る神という存在が必要だったのです。
 しかし、科学的に全てが理解可能になり、科学の力で自分たちも創造者になれることを理解出来る現代においては、崇め奉る絶対的な神という存在は不要であり、私たちは、人間に秘められた可能性に目覚めるべき時を迎えているのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル 『真実を告げる書』 無限堂
ラエル 『地球人は科学的に創造された』 無限堂

神とは、地球の全生命の創造主であるエロヒムにとっての「隠れ蓑」

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★神とは、エロヒムにとっての「隠れ蓑」

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 世界の主な宗教の源は一つであり、宗教における「神」というのは、実際には、地球の全生命の創造主であるエロヒムのことなのです。
 光る円盤で天空から飛来して来て、生命を操って死と再生を司り、不死の生命、永遠の生命も操ることが出来たエロヒムは、天空神として崇められ、神(天)と同等の存在になり、「大宇宙意識(無限)」とも結び付くようになったのです。

 また、神という概念は、エロヒムにとっての「隠れ蓑」としても使われました。
 エロヒムの科学者たちが、最初に彼らに似せた知的生命体、即ち、人間を創造した時、エロヒムの惑星では大問題になり、パニックになる恐れさえ出てきました。
 そこで、エロヒムの惑星政府は、創造物である人間がエロヒムを上回ることが無いように対策を講じなければなりませんでした。
 惑星政府は科学者たちに対して、最初に創造された人間たちに、どのようにして彼らが創造されたのか、そして、エロヒムとは何者なのかを明かすことを厳禁しました。
 エロヒムは、人間が科学には無知なまま原始的に生きるように仕向け、人間に対して超自然の神的な存在のように振る舞い、彼らの活動を神秘化しました。
 そして、人間が、創造主であるエロヒムに対して畏敬の念を抱き、超自然的で神秘的な存在であると思うように仕向けたのです。

 創造物である人間がエロヒムと同等の存在になることは、エロヒムにとって最も避けるべき、危険なことでもあったので、神と同等の存在のように振る舞い、神という「隠れ蓑」を使うことは、エロヒムにとって必要だったのです。
 そしてまた、真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎える現代までは、人間が科学的に全てを理解することは不可能だったので、神というエロヒムの「隠れ蓑」は、私たち人類にとっても必要でした。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
ラエル 『真実を告げる書』 無限堂
ラエル 『地球人は科学的に創造された』 無限堂

自分が強く望んだり努力すれば、夢が実現したり未来を変えられると考えるのは勘違いにしか過ぎない

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 多くの人たちは、自分が夢や目標を強く望み、それに向かって努力すれば、夢や目標が実現すると考えています。

 また、自分の力で未来を変えられると考えている人たちも多くいます。

 そして、巷の書店に行けば、夢は必ず実現するとか、未来は変えられるというようなことが書かれた自己啓発本などがたくさん売られています。

 しかし、自分が強く望んだり努力すれば、夢が実現したり未来を変えられると考えるのは、大宇宙の森羅万象を貫く根源的エネルギーが一つであることを理解出来ない、単なる勘違いにしか過ぎません。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけなのです。

 大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。

 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなので、物理的大宇宙に存在している全てのものは、「大宇宙意識の顕れ」なのです。

 物理的大宇宙の全ては「大宇宙意識の顕れ」にしか過ぎないので、大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識が持つ根源的エネルギーによって、大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))で動いています。

 そして、大宇宙意識が実在している絶対世界(大宇宙の本質の世界)とは、時間も無ければ空間も無い、時空を超越した根源の世界なので、絶対世界においては大宇宙の全ては元々完成しているのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界においては、大宇宙の全てが元々存在しており、大宇宙は元々完成していますので、未来は100パーセント確定しています

 自分が夢や目標を強く持ち、それに向かって努力すれば夢は必ず実現するとか、未来を変えられると考えるのは、自分は大宇宙に生かされている存在であり、自分の力だけでは一呼吸すら出来ない存在であることを忘れた、単なる勘違いにしか過ぎません。

 そもそも、何かを思ったり、何かを夢見たり、何かを望んだり、何か目標を持ったり、それに向かって努力したり出来るのは、自分が生かされているからなのです。

『夢や希望や目標を持つこと自体が、既に自分自身の力ではない』、こちらの記事の中でも書きましたが、大宇宙に生命を与えられ、大宇宙に生かされているからこそ、何かを望んだり、何かを夢見たり、何か目標を持ったり出来る訳なので、何か夢や目標を持つということ自体が、既に自分自身の力ではないのです。

 ましてや、それが実現するかどうかなどは、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識が司っているのであり、大宇宙意識の手の中にあるのです。

 自分の夢や目標が実現するかどうかなどは、自分の手の中にある訳ではありません。

 そもそも、大宇宙に生かされているからこそ、強く望んだり努力したり出来る訳で、そのこと自体が既に自分の力ではないのです。

 自分が強く望んだり一生懸命努力すれば、夢は必ず実現するとか、未来は変えられると考えるのは、自分は大宇宙に生かされている存在であり、自分の力だけでは一呼吸すら出来ない存在であることを忘れた、人間の傲慢な考え方だと言えます。

 大宇宙の森羅万象を貫く根源的エネルギーは一つであり、森羅万象の全ては、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))で営まれていることが分かっていないということになります。

 私たちが普段あれこれと考えて夢を抱いたり目標を持ったりしているのは、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)であり、氷山の一角のように、意識の一番浅い部分になります。
 
 そして、水面下には、潜在意識や無意識と呼ばれる部分があり、さらにその奥には「個」としての意識を超えた人類の集合意識と呼ばれるような部分もあり、私たちの意識を一番奥深くまで遡っていくと、最終的には、大宇宙意識までたどり着くことになります。

 私たちの意識の一番奥深くには、大宇宙意識が内在していますので、自分が何かちょっとしたことを思ったり考えたりすることすら、自分自身の力で行っている訳ではなく、大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))により行われているのです。

 自分が夢や目標を持ったりすること自体が大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))で行われていますので、それが実現するかどうかなど、自分の手の中にある訳ではなく、全ては大宇宙意識の御心次第ということなのです。

 巷の書店に行けば、潜在意識を変えれば人生が変わるとか、夢が実現するというようなことが書かれた本がたくさんありますが、潜在意識は表面意識(顕在意識)よりは深いですが、一番奥深くにある根源的な意識は大宇宙意識なのです。

 潜在意識は私たちの人生に大きく作用していますので、潜在意識が変われば人生が変わるというのは、決して間違いではないのですが、そもそも、自分の潜在意識が変わるかどうかを司っているのは、大宇宙意識なのです。

 私たちの潜在意識のさらにもっともっと奥深く、私たちの意識の一番奥深くには大宇宙意識が内在しており、大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識が持つ根源的エネルギーによって、大宇宙意識の見えざる糸(意図(いと))で動いていますので、自分の潜在意識が変わるかどうかを司っているのは大宇宙意識であり、全ては大宇宙意識の手の中にあるのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識だけなので、未来は100パーセント確定しているということなのです。

映る世に心を傾けないことが大切で、全てはただ自分を解放するプログラムとして存在しているだけ

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★映る世に心を傾けない

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 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、全ての現実を「想像=創造(そうぞう)」しています。

 ですから、自分が映す現実世界に、例えどんな紋様が映っていたとしても、それは、本源の我であり、真我である我が魂が見たい世界であり、体験したい世界なのです。
 全ては心の内の景色であり、言わば、幻です。

 そこに存在しているかに見える全ての人や、事、ものは、ただ、自分を解放するプログラムとして存在しているだけです。
 肉体の自我意識(表面意識)がとらわれている、自分という「我」を外し、自分を解放して、宇宙へと帰るプログラムとして、存在してくれているだけなのです。

 ですから、自分が映す現実世界にとらわれ過ぎず、心を傾け過ぎない事が大切になります。
 何かに強くとらわれたり、執着したりするところに答えがある訳ではなく、心を無地透明にして、いずこにもとらわれない心になるところに答えがあるからなのです。

 映る世に心を傾ける事なく、映る姿にとらわれる事なく、魂の進化と呼ばれる、自分を解放して宇宙へと帰る旅のプロセスを楽しんで行く事が大切になります。

     ☆     ☆     ☆    ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

後悔するという思考を消滅へと向かわせることは、心の進化につながる

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★後悔するという思考を消滅へと向かわせる

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 人生の基本となるテーマは、魂の進化という事であり、魂の進化というプログラム上にしか私達の人生は存在していませんので、自分の人生で起きる全ての事は、魂の進化の為に起きているという事になります。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、全ての出来事を「想像=創造(そうぞう)」しているのです。

 そして、全ての出来事は、魂の進化という視点に立てば、最善の出来事なのであり、私達の人生とは、最善の出来事の連続でしかありません。

 ただ、その事が、肉体の自我意識(表面意識)では、分からないだけなのです。
 例え、肉体の自我意識(表面意識)では分からなくても、自分の今までの人生の全ては、魂の進化にとって最善の出来事の連続だったのであり、何一つ後悔する事もありません。

 後悔するとは、悪い結果に対して後で悔いるという事ですが、悪い結果と捉えたのは、あくまでも、肉体の自我意識(表面意識)なので、本源の我、真我である我が魂から見れば、魂の進化にとって最善の出来事でしかありません。

 天の仕組みとして、魂は進化するしかないので、魂が進化する場合と進化しない場合がある訳ではなく、常に進化を続けており、我が魂は、全ての出来事、全ての体験を使って、魂の進化としての道を最短距離で突き進んでいるのです。

 自分にとって如何なるものであったとしても、後悔する必要はなく、「もしあの時、こうしていれば、今は違った状況なのに・・・」という仮定も存在していません。
 自分の今までの人生の全ては、魂の進化にとって最善の出来事の連続だったのであり、これからの人生も、魂の進化にとって最善の出来事が連続していくだけなのです。

 後悔するという思考を消滅へと向かわせる事は、心の進化につながります。
 自分の人生にとって、如何なるものであったとしても、後悔する必要はなく、全ての出来事、全ての体験を使って、魂の進化としての道を最短距離で突き進んでいる、本当の自分自身というものを、信じる力が大切になります。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

自分の人生の真の創造主は自分自身なので、人のせい、社会のせいなど存在しない

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★人のせい、社会のせいなど存在しない

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 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に、全ての出来事を「想像=創造(そうぞう)」しています。
 そして、全ての出来事は、魂の進化にとって最善の出来事の連続でしかありません。

 ただ、その事が、肉体の自我意識(表面意識)では、分からないだけなのです。
 例え、肉体の自我意識(表面意識)では分からなくても、自分の現実の全ては、本当の自分自身が創造したものなので、誰のせいでもなく、人のせい、社会のせいなど存在しません。

 自分の人生の全ては、親のせいでもなければ人のせいでもなく、会社のせいでもなければ社会のせいでもなく、ましてや、天の神仏や、霊、カルマのせいでもありません。

 自分に起きた出来事を、霊やカルマのせいにするのは、制限された創造の一つです。
 自分の現実の全ては、本当の自分自身が創造しているのだという事が分からずに、霊やカルマのせいにして理解しようとする段階の意識なのです。
 そのような意識から抜ける事が大切です。

 自分の人生の主体者・創造者は、本源の我、真我である我が魂であり、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)です。
 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識の分霊として、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つを受け持って、ある一つの角度・視点から大宇宙を映し出し、大宇宙を体験して味わっている存在なので、自分の現実の全ては、我が魂が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 自分の人生の真の創造主は、他ならぬ自分自身なのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より


困る出来事が本来ある訳ではなく、困る考え方をしているのでそのことに困っているだけ

拙書『魂の夢、光り輝く魂』より
★困る出来事あらず

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 我が人生の主体者・創造者は、我が魂です。
 我が魂が、光り輝く魂になる事を求めて、魂の更なる輝きを求めて、魂の進化の為に最善の事として、全ての出来事を「想像=創造(そうぞう)」しています。

 ですから、困る出来事と感じられるような事が起きたとしても、本源の我であり、真我である我が魂の目から見れば、最善の出来事が起きているにしか過ぎません。

 困る出来事と捉えているのは、あくまでも、肉体の自我意識(表面意識)であり、困る考え方をしているので、その事に困っているだけなのです。

 困る出来事を、困らない状況へと持って行ったところに答えがある訳ではなく、困る出来事も、実は、困らないのだと認識出来るところに答えがあるのであり、それを創造力として使っていけば良いという事になります。

 肉体の自我意識(表面意識)がとらわれている、困難となる感情を外し、困る出来事というものが本来ある訳ではないと気付いていく事が、心の成長であり、それが創造力につながります。

     ☆     ☆     ☆    ☆     ☆
拙書『魂の夢、光り輝く魂』より

現実は全て幻であることを知って生きることに生命の輝きを見る

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 現実は現実ではなく、全て幻であり、この世界の全てが幻の世界であることを知って生きることに、生命の輝きを見ることが大切です。

 現実は、現実ではありません。
 現実とは、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。

 多くの人たちは、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界というものが存在していると考えていますが、そうではありません。

 自分が映す現実世界(宇宙)とは、自分の意識が投影された自分の内面の世界であり、全ては、心の内の景色、言わば、幻なのです。

 自分自身の中にある心の心象風景とでも呼ぶべきものを、空間という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているだけなのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)は、自分自身の意識の中にしか存在していませんので、全ては自分の内面の世界、言わばインナーワールドであり、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 ですから、現実と呼ばれるものは、有ると言えば有るのですが、それは、自分自身の意識の中にしか存在していません。

 確かなものに見える客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、全ては主観の世界なのです。

 自分が映す現実世界(宇宙)の全てが主観の世界なので、客観的世界など何処にも無いと言えます。

 現実は現実にあらず、全て幻です。

 自分の外に何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)というものがある訳ではなく、自分が映す現実世界(宇宙)の全ては、自分自身の意識の中にしか存在していません。

 ですから、現実と呼ばれるものは、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。

 現実は現実ではなく、全て幻であり、自分自身の意識の中にしか存在していないのです。

 そして、何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、自分が映す現実世界(宇宙)の全てがバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻であることを知った上で、生きるという創造の旅を楽しんでいくことが大切になります。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なのです。

 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識が絶対世界において「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「映し世」が物理的大宇宙(相対世界)なのです。

 絶対世界の「映し世」である物理的大宇宙(相対世界)の全ては、大宇宙意識の全知全能の光によって織り成されているバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界です。

 本源の我であり、真我である我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、大宇宙に二つとして同じものが無いある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、ある一つの角度・視点(してん)から大宇宙を映し出して見ている支店(してん)の一つなのです。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界なので、自分が映す現実世界(宇宙)というのも、ある一つの「支店=視点(してん)」から見た大宇宙であり、自分の唯一の視点(してん)なのです。

 何か確固とした客観的な現実世界(宇宙)など何処にも無く、全ては主観の世界であり、自分自身の意識の中にしか存在していない世界なのです。

 現実は現実にあらず、全て幻です。

 現実は有ると言えば有るのですが、それは自分の意識の中にしか存在していませんので、全ては心の内の景色であり、言わば、幻なのです。

『幻の世と知って生きることに生命の輝きを見る』、こちらの記事の中でも書きましたが、自分が映す現実世界(宇宙)の全てがバーチャルリアリティー(仮想現実)の幻であり、この世界が全て幻の世であることを知った上で生きることに、生命の輝きを見ることが大切になります。


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