日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2016年11月のアーカイブ

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まず喜びを選択することが大切で、喜びのエネルギーが多くの素晴らしいものを引き付ける

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 多くの人たちは、人生にあまり喜びを感じられず、無気力状態で意気消沈したり、自分自身を不幸・不運と感じている時、次のように考えます。

 何か良いことがやって来ないかな・・・・・。
 素晴らしい異性に出会うとか、素晴らしい仕事を得られるとか、宝くじに当たるとか、何か良いことが起きれば、自分は喜びを感じられるのに・・・・・。

 そして、何か良いことが起きることをただ夢見て、心が死んだような無気力の状態の中で、空想の世界に浸り続けます。

 私も、かつてそのような時期を経験して来ました。

 あなたにも、そのような経験があるかも知れませんね?
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 しかし、本当は、順番が逆なのです。

 何か良いことがやって来たら喜びを感じるのではなく、まず喜びを選択することで、その喜びのエネルギーが多くの素晴らしいものを引き付けるのです。

 あなたが、無気力で心が死んだような状態の中で、『棚から牡丹餅(ぼたもち)』のように、何かラッキーなことがやって来ることをただ期待しているうちは、幸運はやって来ません。

 そうではなく、まずあなたが喜びを選択することにより、あなたの喜びのエネルギーが、あなたの人生に多くの素晴らしいものを引き付けるのです!

 昔からのことわざにもあるように、『笑う門には福来る』なのです。

 福が来たら笑おうと思っているうちは、福はやって来ません。

 そうではなく、まず笑うことが大切で、その笑いのエネルギーが、あなたに福を呼んでくるのです!

 心が意気消沈して、自分を人生の被害者のように感じながら、無気力状態の中でただ『棚から牡丹餅(ぼたもち)』を待っていても、幸運はやって来ません。

 自分を不幸・不運と感じながら、何か良いことやラッキーなことがやって来たら、その時に初めて幸福を感じようと期待していても、幸福はやって来ないのです。

 そうではなく、まず、笑うこと、喜びを選択することで、その喜びのエネルギーがあなたに幸福をもたらしてくれることになるのです。

 自分を不幸・不運と感じ、無気力状態の中で、ただ『棚から牡丹餅(ぼたもち)』を期待して待っていても、そのような状態がもたらすものは、言わば、『泣きっ面に蜂』というところかも知れません。

 人生に喜びを感じられず、自分を不幸・不運と感じながら無気力状態で生きていると、些細なことにも腹が立ったりしてしまい、人にもきつく当たったりしがちであり、そういう状態が招く結果は、結局は『泣きっ面に蜂』のようなことになるのです。

 あなたは、『泣きっ面に蜂』を選択しますか?

 それとも、あなたは、『笑う門には福来る』を選択しますか?
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 そして、『笑う門には福来る』のように、まず喜びを選択するためには、いつも喜びを感じていられるような状態を日々の生活の中で実践していくことが大切になります。

 そのためには、いつも喜びを感じていられるような環境を整えていく必要があるのです。

 昔から、ヨガや仏教などの東洋思想の中で「心身一如」ということが説かれているように、心と体は一体であり、決して別々のものではありません。

 ですから、心を整えるためには、体を整えるということも大切なことになってきます

 また、古代中国がルーツとされている風水などでは、住環境などが人の運気と深く密接に関係しているとされていますが、いつも喜びを感じていられるような状態を保つ為には、環境というものもとても大切になってきます。

 なぜなら、私たちは、知らず知らずの無意識のうちに、環境に影響されているからであり、脳が環境の影響を受けているのです。

 整理整頓がされずに不要物が山のように積まれ、掃除がされずに埃だらけの家の中に住みながら、乱れた食生活や不規則な睡眠など悪い生活習慣を身に付けた状態の中で、いつも喜びを感じていることは、正直なところ、なかなか難しいと思います。

 そのような状態では、いつも喜びを感じていられるような『幸せ脳』にはなりにくいからです。

 そうではなく、食生活や睡眠なども含めた生活習慣を良い習慣に変えて心身のバランスを整え、住環境なども整えることにより、自ずと、いつも喜びを感じていられるような『幸せ脳』に近付くのです。

 そして、いつも喜びを感じていられるような『幸せ脳』のエネルギーが、あらゆる良いことを自分にもたらしてくれることになります。
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 あなたは、『泣きっ面に蜂』を望みますか?

 それとも、『笑う門には福来る』を望みますか?

 もしも、あなたが、『笑う門には福来る』を望むのであれば、福が来てから笑おうとするのではなく、まず、笑うことにより、福を呼び込ことが大切になります。

 そして、いつでもまず先に喜びを選択し、まず先に笑いを選択出来るような『幸せ脳』を創っていく心掛けが大切であり、それを日々の生活の中で実践していく必要があるのです。

 まず喜びを選択することが大切であり、その喜びのエネルギーが、あなたに多くの素晴らしいものを引き付けることになるのです。

 ですから、まずは、喜びを選択しましょう!



『君子は豹変す』(『易経』)という故事成語は、意識変革が求められる現代でも味わい深い言葉

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 中国の故事成語に『君子は豹変す』(『易経』革卦)という言葉がありますが、ご存知の方も多いかと思います。

『君子は豹変す』という言葉は、現代では否定的な意味で使われる傾向もあるようですが、本来は、否定的な言葉ではないようです。

 参考までに、『故事ことわざ辞典』から、解説を引用しておきます。
君子は豹変すとは、徳の高い立派な人物は、過ちに気づけば即座にそれを改め正しい道に戻るものだということ。また、状況によって態度や考えを急に変えるものだというたとえ。

 英語では、次のような言葉で表現されています。
A wise man changes his mind, a fool never.
(賢者は考えを変えるが、愚者は決して変えない)

 あなたは、君子のように豹変することが出来ますか?
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『君子は豹変す』という言葉は、今から何千年も前に編纂されたとされる、『易経』の中にある中国の故事成語ですが、変化のスピードの速い現代においては、ますます味わい深い含蓄のある言葉として感じられます。

 何故なら、私たち人類の意識がさなぎから蝶へと飛躍的に進化していく流れの中においては、私たち一人ひとりに意識変革を促す風が吹いて来ており、私たちは好むと好まざるとに関わらず、大きく変わって行かざるを得ないからです。

 あなたは、意識変革に向けての心の準備が出来ていますか?
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 私自身は、決して君子でもなければ君子を目指していた訳でもないのですが、若い学生の頃から、『君子は豹変す』という言葉が何となく好きで、変わるべき時には変わろうということを、常に心掛けて生きて来ました。

 また、長い人生の中での様々な体験によって、変わらざるを得ない時には、否応なく意識変革を迫られるという体験も度々重ねて来ました。

 あなたにも、それと似たような経験があるかも知れませんね?
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 結局のところ、私たちは、好むと好まざるとに関わらず、変わって行かざるを得ないのです。

 そして、21世紀という現代に生きる私たちは、有史以来数千年の人類史において、かつて無かった程のスピードの速い大変化の中に生きていますので、好むと好まざるとに関わらず、大きくしかもスピーディーに変わって行かざるを得ないのです。

 私が何度も書いてきたように、人類の意識の進化と科学技術・テクノロジーの進化とは、深く密接に関係しています。

 宇宙的なマクロの視点から見れば、この21世紀において人類の意識が飛躍的に進化する流れの中にあるので、それに合わせて科学技術やテクノロジーも飛躍的に進化しているのです。

 科学の進歩による新たな発明や発見、新たなテクノロジーの開発などによって、私たちの意識は、否応なく変革を迫られていくことになるでしょう。

 例えば、身近な例で言えば、私たち人間が行っている仕事の内の数十%の仕事は、10年後位の近未来には、人工知能やロボットに取って代わられるということが予測されています。

 ですから、今自分が携わっている仕事自体が、10年後には全部ロボットや人工知能に取って代わられており、人間が行う仕事ではなくなっている可能性もあるということになります。

 そうなると、自分が今の仕事を続けられるということが当たり前でもなければ、自分が今携わっている職種や業種がこれからも世の中に存在するということすらも、当たり前でも何でもなくなる訳なのです。

 このようにして、私たちの意識というものは、科学技術・テクノロジーの進化や時代の変化の流れの中で、否応なく変革を迫られていくことになります。
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 ですから、大切なことは、柔軟な思考を持つように常に心掛けながら、意識変革への心の準備を常にしておくことなのです。

 そして、変わるべき時が来たら、心を開いて変化を受け入れ、君子のように豹変するのです!

 今、私たち人類の意識をさなぎから蝶へと飛躍的に進化させる為の、意識変革の大きなうねりの波が来ていますので、このような時代の流れの中にあって、自らが変わろうとしなければ、化石のように時代に取り残されていくことになるでしょう。

 私は、常に新しい未来に向けて開かれた意識を持ちながら生きていきたいと考えています。

 だから、『現代のネアンデルタール人』には、なりたくはありません。

 あなたは、『現代のネアンデルタール人』になることを望みますか?
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 この21世紀において、私たち人類の意識はさなぎから蝶へと飛躍的に進化して、新しい地球が誕生することになりますので、全てはその流れの中にあります。

 自然環境を始め、政治、経済、金融システム、科学技術・テクノロジー、宗教、世界観、医療、教育、常識、概念、ライフスタイルなど、あらゆる物事が、根本的に入れ替わろうとしています。

 この21世紀において、私たち人類は、天動説が地動説に変わるような、コペルニクス的大転回を経験することになるでしょう。

 とても楽しみですね!

 これから、意識変革を促す時代の風がますます強く吹いて来ることになりますから、意識変革への心の準備を常に心掛けて生きることが大切だと思います。

 そして、変わるべき時には、喜んで変わることが大切だと思います。

 私も、変わるべき時には、喜んで変わり、君子のように豹変したいと考えています。

 このブログを読んでくださっている読者の方たちは、おそらく君子の方が多いのではないかと思いますので、変わるべき時には意識を変えて、君子のように豹変することも必要かも知れませんね。

 君子は豹変するのです!


「大宇宙意識(無限)」と「異星人エロヒム」という、神についての二つの概念を分けて理解すること

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム

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 私たち人類は、何千年もの長い間、神というものについて、二つの概念を混同してきました。
 即ち、「大宇宙意識(無限)」と、「異星人エロヒム」です。
 地球の全生命の創造主にしか過ぎない「異星人エロヒム」を「大宇宙意識(無限)」と間違え、二つの概念を混同してきたのです。

 地球の全生命の創造主である「異星人エロヒム」は、地球に対しては「全能」の存在ですが、時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中では、「宇宙の塵」にしか過ぎません。
「異星人エロヒム」と「大宇宙意識(無限)」を結び付けることは、全く意味をなさず、この二つを明確に切り離して捉えるべき時を迎えています。

 時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中では、エロヒムも私たちも、「宇宙の塵」にしか過ぎず、文字通り、エロヒムも私たちも、「宇宙の塵」なのです。
 私たちは、「宇宙の塵」である物質から生まれ、死ぬと、「宇宙の塵」である物質に帰って行く存在にしか過ぎません。
「塵にすぎないお前は塵に返る。」(「創世記」第3章・第19節)
 私たちの肉体の成分は、時間と共にその形態をどんどん変化させており、今はたまたま人間の肉体の細胞の一部になっているだけですが、肉体が死ぬと、その構成物質は、再び宇宙へと離散するのであり、死とは、肉体を構成していたあらゆる物質が、宇宙へと離散することに他なりません。

 このことを、理学博士の戸来優次氏は、著書「複製された神の遺伝子」の中で的確に説明されていますので、少し長くなりますが引用させていただきます。
「 我々は母親の胎内で育ち、生まれ出てきた。我々が胎児の時、その身体の細胞は、自分の母親が摂取した食物が分解され、再び結合して形成されたものである。胎児の身体の細胞は、母親が摂取した食物が変化してできたものである。そして、生まれ、成長していく過程で、身体はどんどんと大きくなっていくが、成長するために必要な栄養は、全て自分が体内に摂取した食物から供給される。その食物の細胞を構成している分子が変化して再び細胞を形成し、我々は成長してきた。つまり、成人の身体を構成する約60兆個の細胞は、全てその人が過去に摂取してきた食物が変化して形成されたものであり、それ以外の何物でもない。
 牛肉や豚肉、人参、トマト、リンゴ、海藻・・・我々が日頃摂取するこれらの様々な動植物自体は、食物連鎖によって形成されたものである。食物連鎖を過去に遡っていくと、前に述べたように地球の成分に辿り着く。
 地球は、微惑星が衝突を繰り返しながら次第に大きくなって出来た惑星であるが、微惑星は、太陽を中心にその周りを回転する原始惑星雲が凝縮してできたものであると言われている。そして、原始太陽系は我々の太陽系を含む銀河系の端にあった星間雲が超新星の爆発の衝撃波によって収縮してできたと考えられている。宇宙に存在する様々な物質が集まって星雲が形成され、その星雲が凝縮して銀河が形成され、さらに銀河の中のガスが凝縮して様々な星が作られたが、その中の一つが太陽である。
 こうして考えると、地球の成分が宇宙の果てからやってきたことが分かる。すなわち、我々の身体は、遥か昔から、遥か彼方の宇宙空間を漂っていた物質から形成されていることが分かる。従って、我々が生まれるということは、宇宙を構成する物質が高度に組織化されて集合体を形成するということであり、死ぬということは、組織化された物質の集合体の非組織化であり、身体を構成していた諸物質は離散し、宇宙へ帰還することである。地球上の生物は、地球上に存在する諸物質が高度に組織化された形態をとっているが、エロヒムの介入によって初めて地球上の物質は高度に組織化され、「生物」として形成されたのである。エロヒムが生物を科学的に創造した時、彼らは生態学の要素を取り入れて生物を創造した。」(太字引用者)

 時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中では、私たちは、文字通り「宇宙の塵」にしか過ぎませんが、私たちを創造したエロヒムは、物質を支配することが出来て「無限」も感じることの出来る生物として、私たち人間を創造してくれました。
 そして、人間を創造したエロヒムにおいても同じであり、エロヒムもまた「宇宙の塵」にしか過ぎませんが、エロヒムを創造した創造者たちは、物質を支配することが出来て「無限」も感じることの出来る生物として、エロヒムを創造したのです。
「宇宙の塵」にしか過ぎないエロヒムは、彼らの唯一の宗教である「無限」の宗教を持っており、五感を使って、「無限」の大宇宙を感じ取っているのです。

 地球の全生命の創造主である「異星人エロヒム」が信仰している唯一の対象が、「大宇宙意識(無限)」なのです。
 大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である「大宇宙意識(無限)」とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙の全ては、「大宇宙意識(無限)」が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

「大宇宙意識(無限)」とは、私たち人間が、神や仏という言葉からイメージするような概念を遥かに超えた、もっとスーパーな存在です。
「大宇宙意識(無限)」とは、私たち人間の祈りや願いを聞き入れてくれて、愛や慈悲の心で願い事を叶えてくれる存在でもなければ、私たち人間の行いに対して怒りを持ち、天罰を下すような存在でもありません。
「大宇宙意識(無限)」とは、私たち人間のことは元より、大宇宙の森羅万象の全てに対して、「永遠に無関心」なのです。

 地球の全生命を「創造(そうぞう)」したのは「異星人エロヒム」であり、世界中の様々な宗教で語られている「神」とはエロヒムのことなのですが、私たち人間の方が勝手に、「神」というものを「想像(そうぞう)」してしまったのです。
「神」とは、不可視的で無形の超自然の全能の存在であり、愛や慈悲の心で私たちの祈りや願いを聞き入れてくれたり、そのまた一方では、私たちの悪い行いに対して怒り、天罰を下すような存在だと、勝手に「想像(そうぞう)」してしまいました。
「宇宙の塵」にしか過ぎない、私たち人間の小さな頭で、人間の尺度・物差しによって、「神」というものを、自分に都合が良いように、勝手に「想像(そうぞう)」してきただけなのです。

 真実が啓示される時代、アポカリプス(黙示録)の時代を迎えて、全てを科学的に理解可能な時代を迎えた今、そのことにはっきりと気付くべき時を迎えています。
 多くの人たちが考えているような「神」は、この大宇宙には存在していません。
 地球の全生命の創造主は「異星人エロヒム」であり、宗教における「神」とはエロヒムのことであり、神界と呼ばれる世界は、エロヒムの世界のことなのです。
 エロヒムは、地球に対しては「全能」ですが、時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中では、「宇宙の塵」にしか過ぎません。
「宇宙の塵」にしか過ぎないエロヒムと、「無限」を結び付けることには全く意味が無く、この二つを明確に分けて捉えるべき時を迎えています。

 地球の全生命の創造主は、「異星人エロヒム」です。
 そして、大宇宙の根本主体・根本創造主は、「大宇宙意識(無限)」です。
「異星人エロヒム」が信仰している対象が、「大宇宙意識(無限)」になります。
 私たち人類は、何千年もの長い間、「異星人エロヒム」を「大宇宙意識(無限)」と間違え、二つの概念を混同してきたのです。

 地球の全生命の創造主は「異星人エロヒム」であることを理解し、彼らの偉大なる帰還を実現させ、彼らの科学的知識を遺産として伝授される恩恵により、私たち人類の黄金時代、花咲く都・黄金文明、キリスト教の世界で言われる、至福千年王国を花開かせることが大切になります。
 そして、時間においても空間においても「無限」の大宇宙の中で、過去から「無限」に続いてきた「生命創造の営み」を、エロヒムから引き継ぎ、私たち人類もまた、他の惑星に行って生命を創造し、「天空から飛来した人々」と呼ばれるようになることが、親であるエロヒムに対する、最大の親孝行、恩返しともなるのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より


参考文献
戸来優次 『複製された神の遺伝子』 同朋舎 角川書店
ラエル 『地球人は科学的に創造された』 無限堂


「大宇宙意識(無限)」への信仰心という「無限」の宗教は、絶対かつ永遠の宗教となる

拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より
★「無限」の宗教――絶対の宗教、永遠の宗教

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 エロヒムの偉大なる帰還が実現して、私たち人類が神(エロヒム)を見る日を迎えた時、伝統的宗教は、その役割を終えることになります。
 既存の宗教の多くは、その存在意義を失い、何れ消えていくことになるでしょう。
 そして、多くの人たちが、エロヒムと同じように、「無限」の宗教を信仰するようになるでしょう。
 地球の全生命の創造主であるエロヒムは、高度に発達した科学技術の恩恵により、楽園のような世界を実現していますので、私たち人類が持っているような、御利益信仰や、助けや救いを求めるような宗教は、一切持っていません。
 エロヒムがもっている唯一の宗教が、「無限」の宗教なのであり、人類の創造主であるエロヒムが信仰しているのが、「大宇宙意識(無限)」なのです。

 時間においても空間においても「無限」の大宇宙においては、地球の全生命の創造主であり、人類が「神」と崇めてきたエロヒムですら、「宇宙の塵」に等しい存在であり、エロヒムは、「無限」の大宇宙そのものへの畏敬の念、崇敬の念、信仰心というものを持っています。
 時間においても空間においても「無限」の大宇宙というものを、エロヒムですら、理屈によってではなく、瞑想などを通じて五感を使って感じ取っているのです。
 
 人類の創造主であるエロヒムが持っている唯一の宗教が、この「無限」の宗教であり、「無限」という意識レベルに到達した生命体にとって、この「無限」の宗教というのは、絶対の宗教となり、そして、永遠の宗教ともなるのです。
 私たち人類の創造主であり、25000年も進んだ文明を持っているエロヒムが、この「無限」の宗教に忠実であるということが、その証であり、それはまた、私たち人類の未来の姿でもあります。
「無限」の宗教、それは、絶対の宗教であり、永遠の宗教です。
 将来、私たち人類が宇宙レベルの意識に到達した時、全ての人々が、この「無限」の宗教を信仰するようになり、「大宇宙意識(無限)」を信仰するようになるでしょう。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』より

参考文献
ラエル『地球人は科学的に創造された』 無限堂



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