日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

聖なるもの・聖地 カテゴリのアーカイブ

20 Entries

出雲大社の意味は、神々を治める事ー国の治めの基本は、出雲から

 出雲大社の神在祭が、今、行われています。

 旧暦の10月は、神無月と言いますが、出雲では、神在月と呼ばれます。
 全国の八百万神々が、出雲大社の大国主(オオクニヌシ)大神の元に集い、「神議(かみはかり)」の会議をするとも言われています。

 大国主大神は、大いなる力に支えられて、全ての国々を治め、これで国が治まります。
 国の治めの基本は、出雲から始まります。

 出雲大社の意味は、神々を治める事であり、神々を統率するという意味があります。

 伊勢神宮は、表の神界の表の働きであり、出雲大社は、表の神界の裏の働きになります。

 裏の結びは出雲で行われ、やがて表に現れて来ます。

 今年2013年(平成25年)は、表の神界の表の働きである、伊勢神宮の式年遷宮と、表の神界の裏の働きである、出雲大社の平成の大遷宮(60年ぶり)が重なる年であり、日本にとって、節目の年を迎えています。

 伊勢神宮の式年遷宮と、出雲大社の平成の大遷宮は、先日、無事執り行われました。

 そして、伊勢神宮の神嘗祭も先月執り行われ、出雲大社の神在祭も、明後日19日をもって終了致します。

 19日の神在祭の終了をもって、神界の一つの大きな開きが無事終了する事となります。

 裏の結びは出雲で行われ、やがて表に現れて来ます。

 今年行われた、神界の大きな開きは、来年2014年(平成26年)以降、表(現象界)に現れて来る事でしょう。

 そして、伊勢神宮の次の式年遷宮が行われる、2033年頃までの20年前後の歳月に亘って、現象界を大きく動かして行く事でしょう。

 今ある物質文明は、いずれ崩壊し、西暦2030年代、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本から、地球の新たな精神文明、花咲く都・黄金文明が花開く時を迎えます。

 これからの20年前後は、有史以来数千年続いた、人類の古い歴史の最終局面であり、今、私達は、稀有の時代を生きているのです。

 伊勢神宮の次の式年遷宮が行われる、2033年前後には、地球の新たな精神文明、花咲く都・黄金文明が日本から花開き、日本は、地球・世界の中心となります。

 その時、今からは想像だに無い、新たな地球が誕生している事でしょう。

裏の結び、心の結びが、出雲で表されている

 伊勢神宮と並んで、日本を代表する神社が、出雲大社になります。
 表の伊勢に対して、出雲は裏の働きになり、裏の結びが出雲で表されています。

 裏の結びは出雲で行われ、やがて表に現れて来ます。

 裏とは心であり、心の結びが出雲で表されていますので、心の内を見ない事には、出雲の働きは分からないという事になります。

 内なる心が治まり、やがて晴れ晴れとした日本晴れのような心になり、明るく元気に生きられるようになるのです。

 結びとはそういうものであり、心の結び、裏の結びが、出雲で表されています。

日本三霊山、立山について

 日本三霊山の一つ、富山県にある立山で、一昨日の10月13日、初冠雪が記録されました。

 立山は、十数メートルから二十メートル位の雪が降り積もる、世界有数の豪雪地帯であり、日本には無いとされていた氷河が、近年になって確認された事でも知られています。

 以前、「日本三霊山(富士山、立山、白山)」の中にも書きましたが、立山は男性性を象徴し、白山は女性性を象徴し、富士山は、二元性(男性性と女性性)が統合された姿を象徴しています。

 日本三霊山で、男性性、女性性、二元性(男性性と女性性)が統合された姿を、象徴しています。

 男性性を象徴している立山が、世界有数の豪雪地帯にあり、日本には無いとされていた氷河を有している事は、立山が持つ働きと無縁ではありません。

 標高四千メートル以上の場所にしか、通常は無いとされている氷河が、標高三千メートル位の立山に存在しており、立山が世界有数の豪雪地帯であるという事は、それだけ峻厳な、厳しい環境の中にそびえ立っている霊山であるという事であり、立山が持つ、男性的な働きを象徴しています。

 立山という名前そのものが、男性的な名前であり、立山の雄山山頂にある峰本社の御祭神も、伊邪那岐命(イサナギノミコト)と天手力雄命(アメノタジカラオノミコト)という、古事記の中で勇敢な働きをされる男性神です。

 そして、立山をお守りされている雄山神社の名前にも、男性を表す「雄」という文字が付けられています。

 立山の山容も、男性的な姿をしており、白山の女性的ななだらかな山容とは、対象的です。
 そして、富士山は、二元性(男性性と女性性)が統合された、雄大で美しい雄姿をしています。

 日本三霊山の一つ、立山は、峻厳な厳しい環境の中でも、「雄々しくそびえ立つ」男性的な働きを象徴して、雄大にそびえ立っています。

 三千メートル級の山を海岸から直接見られる光景というのは珍しいらしく、氷見から望む海越しの立山連峰を、世界遺産に登録しようという動きも始まっているようです。

金刀比羅宮について

  香川県の琴平町に鎮座する、金刀比羅宮(コトヒラグウ)は、全国にある神社の中でも、一種独特の趣がある神社かも知れません。

 御祭神は、大物主(オオモノヌシ)、崇徳天皇です。
 大物主とは、大国主(オオクニヌシ)の和魂(ニギミタマ)です。

 奈良の三輪山にある大神(オオミワ)神社でも、大物主が祀られています。

 金刀比羅宮は、渡来人である秦氏によって創建されたとも言われています。

 金刀比羅宮の「コトヒラ」は、「事開(コトヒラ)」に通じています。
 「事(コト)を開(ヒラ)く」事に通じています。
 新しい事の始まりに通じています。

 何か新しい事を始める時には、金刀比羅宮に参拝してみるのも良いかも知れません。
 785段もある、あの長い石段を、一歩一歩昇りながら、自分自身の内面と向き合ってみるのも良いかも知れません。

 そして、金刀比羅宮の「コト」は、八重事代主(ヤエコトシロヌシ)の「事」にも通じています。
 大国主の御子神であり、恵比寿様としても知られる、八重事代主(ヤエコトシロヌシ)の「事」にも通じています。

 そして、金刀比羅宮の「コト」は、金刀比羅宮が鎮座する琴平山(象頭山)の「琴」にも通じているとともに、琴座(リラ)にも通じています。

 プレアデス(スバル)、シリウス、オリオンなど、地球と関係が深い星がいくつかありますが、ベガ(七夕の織姫星)を主星とする琴座も、地球と縁が深い星の一つです。

 古事記の正式な呼び方は「フルコトブミ」だという説がありますが、そこにも通じています。
 そして、その場合には、「九十(コト)」というのが、本来の言葉になり、やはり、琴座にも通じています。

 「こんぴらさん」の愛称で親しまれている、金刀比羅宮には、かなり奥深いものがあるようです。

伊邪那岐命の三貴子(天照大御神、月読命、須佐之男命)

 伊勢神宮には、内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)がありますが、内宮と外宮ともに、境外別宮として、月読宮(外宮では月夜見宮)を持っています。

 それぞれの月読宮・月夜見宮は、内宮・外宮ともに、歩いても行ける距離の、少し離れた場所に、かなり広い敷地を伴って祀られています。

 月読命(ツキヨミノミコト)を本格的に祀っている神社は、全国でもそれ程多くはないかと思いますが、日本を代表する神社である伊勢神宮において、内宮・外宮ともに、それぞれ、かなり広大な敷地を用いて月読命をきちんと祀っている事に、私は、とても奥深いものを感じます。

 内宮(皇大神宮)で祀られている御祭神は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)です。
 天照大御神は、古事記の中で、伊邪那岐命(イザナギノミコト)が禊払いの後、左目を洗った時に生まれた神とされています。

 そして、右目を洗った時に生まれた神が、月読命です。
 そして、鼻を洗った時に生まれた神が、須佐之男命(スサノオノミコト)です。

 天照大御神、月読命、須佐之男命は、三貴子と呼ばれています。

 天照大御神は、有名な天岩戸開きの場面、そして、須佐之男命も、有名な八俣の大蛇(ヤマタノオロチ)退治の場面などで、古事記の中でも大活躍されて有名ですが、月読命だけは、何故か、古事記の中でも、その後ほとんど登場しません。

 しかし、天照大御神は左目から、月読命は右目から誕生したと書かれている通り、天照大御神と月読命は対の関係です。

 太陽と月があるように、一日に昼と夜があるように、光と闇があるように、天照大御神と月読命は対の関係なのです。

 そして、天照大御神と月読命の働きを統合した働きが、須佐之男命になります。

 須佐之男命は、伊邪那岐命の鼻から誕生したと、古事記に書かれています。
 鼻は、顔の中心にあります。顔の中心にあるのが、鼻なのです。
 須佐之男命が、天照大御神と月読命の働きを統合した中心の働きである事は、鼻から生まれたという表現で、型としても出されています。

 そして、須佐之男命が、天照大御神と月読命の働きを統合した中心の働き、本来の働きをする時の御神名は、古事記に書かれている通り、建速須佐之男命(タケハヤスサノオノミコト)となります。
 またの名を、カムスサナルノオオカミとも言います。

 日本を代表する神社である伊勢神宮において、内宮・外宮ともに、それぞれ少し離れた場所に広大な敷地を用意して、別宮として月読宮・月夜見宮を持ち、月読命をきちんと祀っている事には、とても奥深いものがあるように感じます。

 伊勢神宮に参拝される時には、ぜひ、月読宮・月夜見宮にも参拝されると良いかと思います。

諏訪湖の御神渡り(おみわたり)、諏訪大社と古代イスラエル

昨日の1月22日、諏訪湖で、御神渡り(おみわたり)が発生したとの事です。

これは、冬季、前面氷結した諏訪湖に氷の山脈が出来る珍しい現象で、諏訪七不思議の一つとされています。

御神渡りを通って、諏訪大社上社の男性神・建御名方(タケミナカタ)大神が、下社の女性神・八坂刀売(ヤサカトメ)大神の元へ通った恋の道とも言われています。

御神渡りが本格的に発生するのは、本州では、諏訪湖だけとの事です。

諏訪湖というのは、日本のへそと呼ばれる事もありますが、日本列島の、一つの要の場所ともなっています。
これは、諏訪湖が位置する、特異な地場エネルギーとも密接なつながりがあります。
諏訪湖は、中央構造線と、フォッサマグナの西辺である糸魚川静岡構造線という、二つの大断層線が交差する場所に位置しており、とても強力なエネルギーが秘められている場所だとも言えます。

そして、諏訪湖を囲むようにして、上社前宮・本宮、下社春宮・秋宮と、四社から成っているのが、諏訪大社です。

そして、諏訪大社は、古代ユダヤと密接な関係があります。

諏訪大社の御神体山は、「モリヤ(守屋)山」であり、旧約聖書「創世記」に出てくる「モリヤ山」と同じ名前であり、諏訪大社の「御頭祭」は、「創世記」のイサク伝承と瓜二つです。
そして、「御頭祭」は、代々「モリヤ(守矢)家」が祭主として行ってきたとの事です。

また、天下の奇祭として有名な、諏訪大社の御柱祭も、古代イスラエルがルーツのようです。

相撲のルーツは、古代イスラエルにあるとも言われていますが、上社・本宮には相撲の土俵があり、感慨深いものがあります。

相撲のルーツは、旧約聖書「創世記」の中で、イスラエルの祖であるヤコブが、天使と相撲を取った事に由来するようです。
相撲という言葉も、ヘブライ語の「SheMo(シュモー)」から来ているようで、イスラエルの祖であるヤコブを指す言葉でもあるようです。

「ハッケヨイ!」という言葉も、「投げつけよ、やっつけよ」という意味のヘブライ語のようです。

諏訪大社は、古代ユダヤと密接な関係があります。

「神武三千年の神計り」が開く時、諏訪大社に秘められていた封印が開かれる事になります。


白濱神社(伊古奈比咩命神社)、石廊崎、石室神社、役行者

本日、ふと思うところがあり、伊豆半島を海沿いに、車で一周してきました。

単に伊豆半島を一周するだけではなく、伊豆半島における、重要な聖地とも言える、白濱神社(伊古奈比咩命神社)、そして、伊豆半島最南端の石廊崎にある、石室神社に参拝するのが主な目的ですが、単に参拝するだけではなく、海沿いに伊豆半島を一周した方が良いようなので、初めて海沿いのルートで伊豆半島を丸一日かけて一周してきました。

その理由については、いつか機会があれば、書いてみたいと思います。

まず最初に、白濱神社(伊古奈比咩命神社)に参拝しました。
白濱神社は、伊豆ノ国最古の宮とされている古式ゆかしい神社であり、三嶋大神の最愛の后神である、伊古奈比咩命(イコナヒメノミコト)が主祭神です。
三嶋大社と御縁の深い神社であり、相殿には、三嶋大明神(事代主命)が祀られています。

白濱神社に参拝している時は、朝からの雨がかなり激しくなっていましたが、水が全てを洗い流して清めてくれるような感じがして、かえって清々しいような気分になりました。
白濱神社には、珍しく、聖徳太子も祀られています。
小さな境内摂社で、聖徳太子命神社という形で祀られているのが、うれしく感じます。

白濱神社の隣は、文字どおり、白い砂浜が広がっており、少し離れた所には、竜宮島という名前の小さな島があり、陸地からも歩いて行く事が出来ます。

白濱神社と、隣に広がる白い砂浜、そして、少し離れた所にある竜宮島は、古事記に出て来る、豊玉比売命(トヨタマヒメノミコト)の出産の場面の一つの型示しの場所のような感じもします。
以前書きましたが、「白」とは、「99」という意味があり、「一厘の仕組み」、「最後の一厘」における、九分九厘を意味する言葉でもあります。

「一厘の仕組み」により御魂が出産するのですが、御魂の出産は二度あり、一度目の出産は、火の働きにより、仮の出産をします。
古事記においては、木花之佐久夜毘売命(コノハナノサクヤヒメノミコト)が産殿(うぶや)に火を放ち、その中で出産した事で表されています。

二度目の出産は、豊玉比売命の出産として描かれています。
水の働きにより、海中(水の神界)から、海辺(マコトの神界)へ上がり、出産をする事になります。
豊玉比売命の出産により、男性原理である、鵜萱草萱合不命(ウガヤフキアエズノミコト)が誕生する事になります。

白濱神社の次に向かったのは、伊豆半島最南端の石廊崎であり、ここには、石室神社があります。
石室神社の目と鼻の先には、熊野神社があり、石室神社と一つと考えられています。

石室神社には、秦の始皇帝五世の孫と言われ、日本に帰化した弓月君(ゆづきのきみ)が、物忌奈之命(モノイミナノミコト)と称されて祀られており、それを祀ったのが、子孫である秦氏だと言われているようです。

石廊崎は、役行者とも縁の深い場所であり、石室神社の参道入口には、大きな役行者(神変大菩薩)像が建てられています。
役行者は、大和国葛木の出身であり、賀茂氏の出身だと言われており、賀茂氏と秦氏は親戚関係とも言われていますので、役行者も秦氏の流れを汲む者なのかも知れません。

石廊崎は、断崖絶壁にある為、雨に加えて、風もかなり激しく吹いていましたが、石廊崎を後にして、西伊豆を海岸沿いにドライブしているうちに、突然、雨も強風も治まり、明るい太陽が輝いてきて、春らしい、爽やかな陽気になりました。
ちょうど、伊豆半島は、桜が満開でピークを迎えた頃なので、明るい春の太陽と、満開の桜を楽しみながら、伊豆半島一周の旅を終える事が出来ました。

五十鈴(いすず)について

本日、思いがけず、五十鈴(いすず)という言葉が、目や耳から相次いで飛び込んで来たので、五十鈴(いすず)について、思いつくままに書いてみたいと思います。

五十鈴と言えば、奈良県の天河神社(天河大弁財天社)に古来より伝わる独自の神器として有名です。

天河神社(天河大弁才天社)のホームページによると、この五十鈴は、天照大御神が天岩屋戸にこもられたとき、天宇受売命(アメノウズメノミコト)が、ちまきの矛(神代鈴をつけた矛)をもって、岩屋戸の前にて舞を舞われ、神の御神力と御稜威をこい願われたことによって、岩屋戸が開かれ、天地とともに明るく照りかがやいたという伝承に登場する、天宇受売命が使用した神代鈴と同様のものであると伝えられているとの事です。

この五十鈴の特徴的な三つの球形の鈴は、それぞれ、「いくむすび」、「たるむすび」、「たまめむすび」という、魂の進化にとって重要な三つの魂の状態(みむすびの精神)をあらわしているとの事です。

そして、この五十鈴の清流のような妙なる音の響きによって、心身は深く清められ、魂が調和し本来あるべき状態に戻り、新たな活力が湧いてくるとの事です。

天河神社は、芸術・芸能関係者に縁の深い神社として有名ですが、この五十鈴は、芸能技芸練達の器教とされているとの事です。
天河神社の御祭神は、市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)こと弁財天ですが、弁財天は、別名「妙音天」とも呼ばれているようです。

五十鈴という言葉で想い出すのは、伊勢神宮の内宮(皇大神宮)の御手洗場を流れる五十鈴川の事です。
五十鈴川に架かる宇治橋は、聖俗界を分ける境界だとも言われています。
ちなみに、この五十鈴川から、いすゞ自動車の社名が付けられたとの事です。

五十鈴という言葉でもう一つ想い出すのは、初代天皇・神武天皇の皇后である、媛蹈鞴五十鈴媛(ヒメタタライスズヒメ)の事です。
飛鳥(明日香)の橿原神宮には、初代天皇である神武天皇と、皇后である媛蹈鞴五十鈴媛が御祭神として祀られています。

以上、五十鈴という言葉から思い付く事を、取りとめも無く書いてみましたが、この五十鈴(いすず)という言葉には、とても深い意味と言霊(ことだま)が秘められているような感じがします。

霊(ひ)の元・日本の天岩戸開き、富士は晴れたり日本晴れ、真の大和の国の国創りの時、天から鳴り響いて来る妙なる音、それが五十鈴(いすず)なのかも知れません。

出雲大社、神在祭

本日11月16日から、出雲大社において、神在祭が始まります。
陰暦10月10日にあたる昨夜15日、記紀神話における国譲りの舞台となった、稲佐の浜にて神迎祭が執り行われました。

旧暦の10月は、神無月と言いますが、出雲においては、神在月と呼びます。
全国から八百万神々が出雲大社に集い、会議をすると言われています。

表の伊勢神宮と並んで、裏の出雲大社は、最も重要な働きを担っている御社であると考えられます。
出雲大社の御祭神である大国主大神は、全ての国々を治め、大いなる力に支えられ、国を治められます。
これで国が治まります。
国の治めの基本は出雲から始まります。
出雲大社の意味は神々を治める九十(こと)であり、神々の統率の意味があります。

伊勢神宮と出雲大社という、最も重要な働きを担う御社の式年遷宮が、奇しくも2013年に重なります。
2013年という年は、霊(ひ)ノ元・日本にとって、おそらく、歴史的大転換期になると思われます。

出雲大社、神迎祭

本日11月15日は、旧暦10月10日にあたります。
十は、神を表しますから、神が重なる目出度き日でもあります。
今夜は、明日からの、神在祭を前に、出雲大社では、神迎祭が、稲佐の浜にて執り行われます。
稲佐の浜は、記紀神話において、国譲りが行われた場所とされています。

私も、数年前に、神迎祭に参加させて頂いた事がありますが、何とも言えない雰囲気がありました。
稲佐の浜は、神迎祭が執り行われるのにピッタリの、独特の感じがあります。

表の伊勢神宮と並んで、裏の出雲大社は、最も大きな働きを担っておられる御社であると思われます。
旧暦の十月は、神無月と言いますが、出雲では、神在月と言います。
全国から、八百万神々が出雲に集うと言われています。
出雲大社の意味は、神々を治める事であり、神々の統率の意味があります。

伊豆國霊社・来宮神社

私がよく訪れる神社が、熱海にある、伊豆國霊社・来宮神社です。
「だいこくさん」として知られていますが、御祭神は、大己貴命こと大黒様、五十猛命、日本武命です。

ここの御神木は、樹齢二千年の大楠です。
国の天然記念物に指定されており、全国二位の巨樹とも言われています。
江戸末期までは、「木宮明神」と呼ばれていたようで、「木」に宿る神々をお祀りする神社として崇敬を集めていたようです。

本殿にご挨拶してから、その奥にある御神木の所に行き、しばらくそこの空間に佇んでいると、いつも不思議な静けさと安らぎを感じます。
「木」に宿る「気」が、波動として周囲の空間に満ち満ちているような感じがします。
最近、パワースポットとして、来宮神社も人気が高いようです。

来宮神社は、いつ行っても、清々しい感じがする空間です。
樹齢二千年の大楠の近くのベンチに腰掛けて、晴れた天気の良い日に、しばし風に吹かれていると、何とも言えず、いい感じがします。

伊勢神宮・神嘗祭(かんなめさい)

本日・10月15日は、伊勢神宮の神嘗祭(かんなめさい)の初日です。旧暦では9月8日にあたります。
本日10月15日から17日までの三日間、神嘗祭が執り行われます。
神嘗祭とは、その年の新穀を大御神に奉り、ご神徳に報謝申し上げる、最も由緒深い祭りとされています。
皇室のご繁栄と国家の安泰、五穀の豊穣、国民の平安を祈願して、伊勢神宮とともに、皇居の宮中三殿でも儀式が執り行われます。
戦前は、国の祝日となっていたようです。

私は、一昨年の神嘗祭に参加させて頂いた事があります。
伊勢神宮は、いつ行っても、日本という国に生まれて来たありがたさをしみじみと想いださせてくれる所だと感じますが、この時も、さわやかな秋晴れの下、神嘗祭で賑わう伊勢神宮の空間の中にいると、日本人に生まれて来て本当によかったというありがたさを改めて味わう事が出来ました。

20年に一度の式年遷宮は、実は大規模な神嘗祭だとも言われているようです。
伊勢神宮のような神聖な空間があり、そして、20年に一度の式年遷宮が長い年月に亘って続けられ守られて来ているというのは、驚嘆すべき事なのかも知れません。
大和の国・日本というのは、本当に美(うるは)しい国なのだと感じます。

私達は今、日本人・大和民族としてのアイデンティティーを蘇らせるべき時を迎えているようです。
なぜなら、資本主義に象徴される物質文明が間もなく終わりを告げた後、次に来る霊性の幕開けの時代をリードするのは、私達日本人だからです。
近い将来、日本は霊性の大国として、世界中から賞賛される時を迎える事でしょう。

その時には、日本の文化は、世界中から賞賛されるようになるでしょう。
伊勢神宮に代表されるような神社・仏閣の聖地なども、世界中から注目されるようになる筈です。

日本神道の最高の聖地である伊勢神宮における、最も由緒深い祭りである神嘗祭などは、最も美しいセレモニーの一つとして、世界中から賞賛される時を迎える事でしょう。

箱根神社、元宮、九頭龍神社、箱根は箱舟?

本日、箱根に行って来ました。
6月13日の、箱根芦ノ湖・九頭龍神社例大祭以来、約4ヶ月ぶりになります。

箱根に行く途中、十国峠(日金山)にある日金山東光寺に寄って行きました。
ここは、伊豆山神社の御神霊が最初に祀られていた所であり、その後、今の伊豆山神社本宮のある場所に移され、それから、現在の伊豆山神社が建立されたということです。
日金山東光寺には、延命地蔵菩薩が祀られています。

箱根は、私が大好きな場所であり、いつ行っても、心が癒される空間です。
箱根の空間の中にいると、他の場所では味わえないような、ある種独特の静けさ、心の平安・安らぎのようなものを感じます。
箱根という空間は、私にとって、特別にご縁が深いと感じます。
神社に参拝したりするようになったのも、十数年前、思いがけず、箱根芦ノ湖の九頭龍神社に導かれるようにして行く事になったのが最初でした。
それ以来、箱根とのご縁は、ずっと続いています。

まず箱根神社に参拝し、その後、駒ヶ岳山頂にある箱根神社元宮に、そして最後に、芦ノ湖・湖畔にある九頭龍神社に参拝しました。
九頭龍神社の近くには、白龍神社という小さなお社もあります。
芦ノ湖・湖畔の九頭龍神社の空間の中で、湖面の波の音や木々のざわめきなどを聞いていると、とても神妙なものをいつも感じます。
九頭龍大神は、芦ノ湖ではなく、九頭龍神社の背後に聳える箱根第一の高峰、神山に鎮座されているとも言われています。

九頭龍神社参拝後、温泉に入ってきました。
芦ノ湖・湖畔には、「龍宮殿」という大きな高級旅館が聳え立っています。
その中にある蛸川温泉という湯に日帰り入浴が出来るので、本日初めて入浴してきました。殿方の湯には「明神」、ご婦人の湯には「明星」という名前が付けられていました。

ところで、箱根(ハコネ)という言葉は、箱舟(ハコブネ)という言葉とよく似ています。
私も箱根という言葉を思い浮かべると、よく箱舟という言葉がほとんど同時にイメージされたりします。
箱舟とはもちろん、旧約聖書に出て来る、「ノアの箱舟」の事です。

箱根と、「ノアの箱舟」とは、何となくイメージが重なる要素があるようです。
芦ノ湖遊覧船の発着場の一つには、「ノア」という名前が付けられています。
また、箱根の森高原教会は、「ノアの箱舟」をイメージしたユニークな創りになっているとの事です。

「ノアの箱舟」とは、英語で、「Noa'Ark」と書くそうです。
Arkとは、「失われたアーク」とも呼ばれている、古代イスラエルの「契約の箱(柩)」と同じ言葉です。
モーゼの十戒の石板などが納められた、ユダヤの至宝である「失われた契約の箱(柩)」は日本に運ばれたとも言われています。

そして、日本語の話し言葉は、古代ヘブライ語がベースになっており、書き言葉の方は、仏教の伝来の影響で、漢字を導入したとも言われています。
だとすると、ハコネ(箱根)とハコブネ(箱舟)とは、古代において、何かつながりがある言葉なのかも知れません。

また、標高約700メートルの山深い所にある芦ノ湖・湖畔に聳え立つ大きな高級旅館の名前が「龍宮殿」というのも一見意外な感じがします。
しかし、箱根神社の御祭神は、天孫ニニギノミコトとそのお后であるコノハナノサクヤヒメ、そして、二人の間に生まれたヒコホホデミノミコトの三柱の神であり、ヒコホホデミノミコトこそが、「古事記」の中で、「山幸彦」として「龍宮城」に行った神様なのです。
ですから、山深い芦ノ湖・湖畔に「龍宮殿」という大きな高級旅館が聳え立っているのも、一見意外ではあるのですが、また一面においては、似合っている感じもします。

昔から箱根は、「箱根の山は天下の険」と謳われた山深い所なのですが、「ノアの箱舟」といい、「龍宮城」といい、何故か海との関係をイメージさせる、不思議な空間とも言えそうです。

毘沙門天、聖徳太子、信貴山、寅

日本で最初に毘沙門天が御出現されたのは、寅の年・寅の日・寅の刻に、信貴山にて聖徳太子の元に御出現されたと伝えられています。

物部守屋討伐の為に聖徳太子が戦勝祈願したところ、毘沙門天が御出現され、勝利の秘宝を授けたと伝えられています。
その場所が、信貴山であり、「信ずべき貴ぶべき山」というところから、信貴山と名付けられたと言われています。

毘沙門天の総本山とされる信貴山朝護孫子寺では、寅の年・寅の日・寅の刻に毘沙門天が御出現されたことに因んで、寅年には、12年に一度の奥秘仏御開帳が行われます。
今年平成22年(2010年)は寅年であり、奥秘仏御開帳が特別の期間だけ行われていました。

私は、2月1日に信貴山朝護孫子寺に参拝し、奥秘仏を拝見させていただきました。
奥秘仏と対面していると、深い静けさと、懐かしさのようなものを感じました。

信貴山朝護孫子寺には昨年初めて参拝したのですが、朝護孫子寺の本堂から下を見渡した時、とても懐かしいような、うれしい気持ちになりました。
私にとって、信貴山はご縁が深い場所のような気がします。

2月1日には、奥秘仏御開帳の時だけの特別のお札もいただく事が出来ました。
それから、山頂に登ったのですが、丁度、山頂の空鉢護法に着いた時、折からの雨が雪になり、あたり一面が見る見る銀世界に変わっていく様子が、とても美しく感じられました。

寅年の今年は、平城遷都1300年祭とも重なっており、信貴山朝護孫子寺は、「四神・白虎」をキーワードに、平城遷都1300年祭のオープニングを飾りました。

今年の奥秘仏御開帳は終わりましたが、平年は正月十日間と7月3日の大祭期間限りの秘仏御開帳が、本日10月1日から11月3日まで行われています。

私は、毘沙門天が、寅の年・寅の日・寅の刻、聖徳太子の元へ日本で最初に御出現され、その場所は信貴山であった、という話が、とても気に入っています。


山宮浅間神社御鎮座1900年祭

山宮浅間神社は、全国1300余社と言われる浅間神社の総本宮、富士山本宮浅間大社の元宮にあたります。
本日、平成22年9月19日(日)、山宮浅間神社御鎮座1900年祭が開かれたとのことで、奉祝祭として、舞楽・神楽・雅楽が奉納されたようです。

山宮浅間神社は、本殿を設けず遥拝所から富士山を仰ぐ、最も古い形の祭祀を今に伝える貴重な史跡でもあるようです。
古代の祭祀場である遥拝所からは、かなり間近に富士山を仰ぎ見ることができます。
1900年もの長きに亘って人々が霊峰富士を信仰してきたこの神聖な空間に立つと、仰ぎ見る霊峰富士の雄姿は、また一際感慨深いものがあります。

私は、本日の御鎮座1900年祭には行けなかったのですが、今年平成22年7月1日の富士山開きの日の御来光を富士山頂で仰ぎ見てから、下山後、村山浅間神社、山宮浅間神社、そして最後に、富士山本宮浅間大社に参拝して来ました。

山宮浅間神社は、富士山本宮浅間大社から数キロメートル程、富士山方面に行った所にあります。
富士山本宮浅間大社に参拝される際、お車で行かれる方は、元宮である山宮浅間神社にも参拝されることをお奨め致します。

富士と飛鳥(明日香)

日本の象徴・霊峰富士と、飛鳥明日香)とは、深いつながりがあります。
霊的に深く結ばれていると言ってもいいのかも知れません。

飛鳥(明日香)のシンボルとも言える、石舞台の近くに、「日本の飛鳥から世界の飛鳥へ」という世界遺産登録を目指したキャッチフレーズが掲げてあるのを、旅の途中で目にしたことがあります。

もちろんこれは、あくまでも観光地としての飛鳥のことなのですが、実は、飛鳥(明日香)という空間には、「日本の飛鳥(明日香)から世界の飛鳥(明日香)へ」と言ってもいいような、深い霊的な意味での役割のようなものがあります。

富士の夜明け、日本の夜明け、地球・世界の夜明けを迎える上で、飛鳥(明日香)という空間にある働きが、必要になります。

「あすか」とは、飛鳥とも、明日香とも書きます。
明日の香りに向って飛ぶ鳥、それが、飛鳥(明日香)なのかも知れません。

飛鳥(明日香)という空間は今、長い年月の眠りから目覚め、封印が解かれて、その本来の役割を果たす時を迎えているのかも知れません。

飛鳥(明日香)とは、21世紀に人類の意識が飛躍的進化を遂げ、新たな黄金文明を迎える時、その中心的役割を果たす日本人の霊性が蘇り、花開く時に現れて来る、聖なる空間のことです。

そのあたりのことを、CD「富士は晴れたり日本晴れ」収録の「聖なる飛鳥(明日香)」という曲の中で歌っています。
ぜひ聴いてみていただけると幸いです。

安芸の宮島、厳島神社、広島

猛烈に暑かった夏も終わり、先日の台風を境に、めっきり秋らしくなって来ました。
いよいよ秋到来、といったところでしょうか。

本日、広島にある、安芸(あき)の宮島のこと、そして、厳島神社のことが、ふと脳裏をよぎりました。

世界遺産の厳島神社がある、宮島は、安芸(あき)の宮島と呼ばれており、季節の秋と同じ言霊(ことだま)を持っています。
文字は後から付けられたものであり、言霊のほうが先にありますので、宮島という所は、季節の秋と何か関係があるように思われます。

宮島名物と言えば、「もみじ饅頭」が有名です。何気ないようですが、ああいうところにも、宮島と季節の秋の関係性のようなものが、表されていると思います。

そして、秋という言葉から連想されるのは、実り、とか、収穫、というようなイメージかも知れません。
宮島、厳島神社、そして、広島という所は、何かそういう役割を持った所なのかも知れません。

広島と言えば、人類史において、初めて原爆が投下された所です。
そして、そういう場所だからこそ、平和の尊さを訴え、世界平和を推進して行く、一つの中心地にもなりうるのかも知れません。

そして、厳島神社と言えば、平清盛を始め、平家一門が篤く崇敬した神社です。
一方、平家を滅ぼした源氏が篤く崇敬したのは、鎌倉の鶴岡八幡宮です。

先日少し書きましたが、源氏と平家というのは、神の経綸において、二元性の対立というものを、ここ霊(ひ)ノ元・日本において演じる役割を担った氏族でした。

これから、日本の象徴・霊峰富士の働き「二元性の統合」が本格化していく中において、平家の霊的な蘇り、霊的世界での源氏と平家の和解・統合ということが、とても重要になってくると思います。
そしてそれは、厳島神社が持つ真の働きが表に出るということになるのかも知れません。

いずれにしても、安芸(あき)の宮島、厳島神社、広島という所は、これから人類の意識が統合へと向かう上において、とても重要な役割を果たすのではないかと思われます。


三嶋大社、金色恵比寿・日之出大神

昨日の大山阿夫利神社に続き、本日、三嶋大社に参拝して来ました。

三嶋大社は、源頼朝が源氏再興を祈願した所で、由緒ある旧官幣大社です。
伊豆山神社箱根神社の「二所詣」とともに、源頼朝は、三嶋大社を篤く崇敬したと伝えられています。
頼朝の妻・北条政子が勧請した厳島神社が、境内の大きな池の中に祀られています。

まずは、境内末社の祓所神社にて、祓戸大神にご挨拶をしました。
祓戸大神とは、神道の大祓祝詞に出て来る、四柱の神々のことです。
 ・瀬織津比売(せおりつひめ)
 ・速開都比売(はやあきつひめ)
 ・気吹戸主(いぶきどぬし)
 ・速佐須良比売(はやさすらひめ)

私の知る限り、祓戸大神がきちんとした形で祀られている神社はあまり多くない感じで、祓戸大神の総本宮とされる、滋賀県の佐久奈度神社も、あまり一般的には知られていない印象を受けます。
神国・日本が、これから、本来の力を発揮する上で、祓戸大神の蘇り、ということが必要なのかも知れません。

次に、境内の中の大きな池の中にある、厳島神社にて、市杵島姫(弁財天)にご挨拶しました。

それから、本殿へと進み、ご挨拶を致しました。
三嶋大社の御祭神は、大山祇大神、積羽八重事代主(恵比寿)、の二柱です。
昨日参拝した大山阿夫利神社もそうですが、三嶋大社でも、大山祇大神が祀られています。
八重事代主は、恵比寿様としても知られていますが、三嶋大社のホームページでは、大きな鯛に乗った恵比寿様が、金福神として描かれています。

実は、八重事代主こと恵比寿様の真の姿は、金色恵比寿であり、日之出大神でもあります。これから、神国・日本が日之出の御世を迎えるにあたり、なくてはならない働きをされる神様です。
その理由の一つのヒントが、八重事代主が、天皇を守る宮中八神の中に入っていることに表れています。天照大御神との隠された関係性にありますが、詳しいことは、書ける機会があったら書きたいと思います。

とにかく、三嶋大社は、とても重要な働きを担っているようで、神様も、「富士(不二)と三嶋は、二つで一つ」と仰っています。

三嶋大社には、三嶋暦という、古くから伝わる独自の暦があり、社務所でも販売しています。私も、手元に置いてあり、折に触れて見ています。
本日9月8日は、旧暦八月一日にあたります。八には、開くという意味もあります。

ある神示の中に、「九月八日から仕組みスクリと変える」というコトバ(九十八)が出て来ます。
今年2010年(平成22年)9月8日も、ある意味において、新たな始まりの日とも言えるのかも知れません。
明治維新やルネッサンスなど、かつて人類が経験した大変革とは比較にならないような、意識の大変革を、これから人類が経験していく流れが本格化した、新たな始まりの日になるのかも知れません。

大山阿夫利神社、大山祗大神・艮(うしとら)の金神

本日、神奈川県伊勢原市にある、大山阿夫利神社に参拝し、大山に登拝して来ました。

大山阿夫利神社の御祭神は、大山祗大神、高おかみ神、大雷神です。

大山祗大神は、山の神様の代表格とも言える大神で、その娘の木花之佐久夜毘売が、霊峰富士の守り神です。
富士と大山の御祭神は、娘と父の関係になるわけで、昔から、大山と富士の一つだけに詣でるのは片参りと言われ、両方に詣でるのが良いとされてきたようです。

大山祗大神はまた、全国の産土神(うぶすながみ)の総大将とも言われており、愛媛県の大三島にある大山祗神社は、日本総鎮守とも言われています。

大山祗大神は、艮(うしとら)の金神として出て来るとも言われています。

大山祗大神を祀る代表的な神社がもう一社あり、静岡県の三嶋大社です。
御祭神は、大山祗大神と、積羽八重事代主大神(恵比寿様)の二柱です。

明日は、三嶋大社に参拝する予定です。

大天使ミカエル

私は何故か、大天使ミカエルが大好きです。
ミカエルのことを想うと、とても親しみを感じるとともに、何だかうれしくなります。
聖ミカエルは言語によってサン・ミゲルとも呼ばれていますが、私にとって、決して近寄り難い遠い存在ではなく、フレンドリーな感じがする、懐かしい感じの存在なのです。

ミカエルのことは、折に触れて想い出しますが、数字の94、あるいは9月4日という数字から、あらためてミカエルのことを想ったりします。

今日は9月4日なので、折に触れてミカエルのことを感じました。

もうずいぶん昔、10年程前になりますが、オーラソーマのセッションを、信頼できる友人から一度受けた事があります。
その時、私が選んだ4本のボトルのうち、2番目のボトル「ギフト&タレントのボトル」が、大天使ミカエルのボトルでした。
私がミカエルのボトルを選んで手にした時、ミカエルからとても深いメッセージが友人の元に届けられたそうですが、あまりにも深い意識状態で聞いていたので、内容については全く想い出せない、と友人が後から言っていました。

オーラソーマの大天使ミカエルのボトルナンバーが94番であり、色は、上がペールブルー、下がぺールイエローです。

この日に私が選んだ4本のボトルは、以下のとおりです。

1番目「魂のボトル」
    101番「大天使ヨフィエル」(ペールブルー、ペールオリーブグリーン)
2番目「ギフト&タレントのボトル」
    94番「大天使ミカエル」(ペールブルー、ペールイエロー)
3番目「゛今、ここ"のボトル」
    74番「勝利」(ぺールイエロー、ぺールグリーン)
4番目「未来のボトル」
    61番「サナトクマラ&レディヴィーナスクマラ」(ペールピンク、ペールイエロー)

大天使ミカエルは、邪を払う「光の剣」を持っていると言われています。

最近の記事|recent Entry

カテゴリー|Category

月別アーカイブ|Archives

リンク|Links

フィード|FEEDS