日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2013年8月のアーカイブ

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奇跡では人類は救われない

 人類を救う唯一の救世主は存在しませんので、例えどんな奇跡を為す者がいたとしても、その者が唯一の救世主などでは、決してありません。

 インドなどには、昔から多くの聖者と呼ばれる人達が輩出し、その中には、驚くべき奇跡を行う聖者も存在します。
 
 そして、その聖者を信奉する人達は、その奇跡の力があまりにもすごいので、この聖者こそが、地球人類を救える唯一の救世主であるかのように思い込んだりしてしまいがちです。

 しかし、奇跡の力がどんなにすごくても、だから救世主という訳ではないだけでなく、むしろ逆に、奇跡の力が強ければ強い程、その聖者は救世主にはなり得ないのです。

 何故なら、奇跡の力が強ければ強い程、人々は、その奇跡の前にひれ伏してしまい、その聖者を崇め祀る一方、自分自身を価値無き小さな存在のようにみなしてしまいがちだからです。

 聖者と呼ばれる人達も、自分と同じ人間であり、自分自身の中には、聖者と同じ潜在能力が秘められている事を、つい忘れてしまいがちになるのです。
 ただ徒に、聖者を崇め、聖者にすがり、聖者に依存し、聖者に救ってもらおうとするばかりで、自分自身の中にも内在している、神性、仏性、キリスト意識とでも呼ぶべき、神聖な光を想い出し、蘇らせ、それを顕現して生きようとする事を忘れがちになる傾向があります。

 奇跡を行う力が聖者に授けられているのは、役割として必要な事なので、別に聖者の側に問題がある訳ではないのですが、聖者を頼って集まって来る人々の側に、ついつい依存心が芽生えてしまい、結果的に、自分自身を救うという意識が薄れてしまいがちになるからです。

 ですから、インドの聖者に限らず、世界中のどんな聖者と呼ばれる人達が、どのような驚くべき奇跡を行ったところで、世界人類が救われるという訳ではありません。
 
例え今、現代にイエス・キリストが再臨して、二千年前と同じ様々な奇跡を行ったとしても、それで全人類が救われるという訳でもないのです。
 何故なら、二千年前と同じ事が繰り返されるだけだからです。

 多くの人々は、キリストの奇跡を目の当たりにして、キリストに救いを求め、キリストにすがり、キリストに助けを求める事でしょう。

 イエス様、私の病気を治して下さい、私の家に来て家族の病気を治して下さい、パンをお与え下さい、仕事を下さい、私の心を救って下さい・・・という具合に、どこまでもキリストに依存しようとして、ぞろぞろと群れを成してキリストの後を追いかける事でしょう。

 そして、自分自身の内なるキリスト意識、あるいは、神道的に言えば神性である「愛と力」を想い出し、蘇らせ、それを顕現させて、自分自身が神人のように自立した生き方をしようという意識を、どこか、ないがしろにしてしまう筈です。

 これでは、人類が救われるという事にはなりません。
 人類は、唯一の救世主か誰かによって救われるのではなく、自分自らを救う事により、救われるのです。

 私達人類の救世主とは、敢えて言うならば、どこかの世界にいる訳ではなく、私達一人一人が、人類の救世主なのです。

唯一の救世主など存在しない

 地球を救える唯一の救世主など存在しませんし、これからも出現する事はありません。

 新しい地球というのは、救世主の出現によってではなく、私達人類が、救世主など必要としない意識状態になった時初めて、そこに現れてくるからです。

 私達一人一人が、救世主の出現を夢見て、自分を救ってもらおうとしたり、人類を救ってもらおうと依存している限りは、新しい地球が創造される事はありません。

 「天は自ら助くる者を助く」という言葉があるように、今、私達に必要とされるのは、自分自身を救う、という事なのです。
 自分自身の心を救えるのは自分だけであり、自分自身こそが、自分の救い主になれるのです。

 ですから、徒に、誰か唯一の救世主を求めるのではなく、自分自身の中にある神性、「愛と力」を想い出し、蘇らせ、それを顕現させて、一人一人が新しい地球の創造に向かって、邁進していく事が求められています。
 ある一定数の人達がそのような状態になった時初めて、新しい世界は現れてくるのです。

 自らを助けようとしない場合、このままでは、人類は自己破滅するしかないような、危機的な状況に置かれています。

 しかし、新しい地球の誕生というのは、大宇宙の計画の中にあり、既に決まっていますので、そのように導かれていくのですが、唯一の救世主が導いていく訳ではないという事は、肝に銘じておく必要があるかも知れません。


花咲く都・黄金文明

 日本から始まる新たな精神文明、花咲く都・黄金文明は、早ければ西暦2030年頃、遅くとも2040年までには花開く時を迎えます。
 正確な年までは、はっきりとは言えませんが、西暦2030年代のいずれかの時期に、地球の新たな精神文明が、日本から花開く事になります。

 全人類が待ちに待った、平和で自由な、喜びに満ちた世界が花開きます。
 「至福千年王国」とも呼ばれる世界の事であり、仏教的表現を使えば、「弥勒世」という事になります。

 そして、これは概念などではなく、国と国、民族と民族、宗教と宗教がもはや相争う事のない、全く新しい地球が、世界中の誰の目にもはっきりと分かる明確な形で誕生する事になります。
 人類は、今ある世界からは想像だにない、新たな黄金時代を迎え、宇宙時代を迎える事になるのです。

 これは、何千年にも亘って準備されてきた天のプログラムであり、大宇宙の計画なのです。

 全てはその流れの中にありますので、必ずそのように導かれていくのですが、新しい地球というのは、唯一の救世主の出現などによって、導かれていく訳では決してありません。

神性を顕現して生きる時代

 神道的表現を使うならば、神の本質である神性が、私達一人一人の中に内在しています。
 そして、神性とは、「愛と力」、という言葉で表す事が出来ます。
 女性原理である「愛」と、男性原理である「力」が、人間一人一人の中に内在しています。

 私達の内なる神性である「愛と力」を想い出し、蘇らせる時を迎えています。
 徒に自分の外に神を見て神に依存するのではなく、自分自身の中にある神性を想い出し、それを蘇らせる時を迎えているのです。

 「愛と力」、即ち、力に裏打ちされた愛こそが神の本質であり、それは私達人間一人一人の中にも内在しています。

 私達一人一人が、内なる神性である、「愛」(女性原理)と「力」(男性原理)を想い出し、蘇らせ、それを顕現して生きる時代を迎えようとしています。

自分の中に神を見る時代

 私達人類は、数千年もの長い間、自分の外に神を見ようとしてきました。
 自分一人の力では歩けないので、自分の外に神を求め、神を心の拠り所とし、神にすがって生きてきたとも言えるかも知れません。

 言わば、宗教という松葉杖を必要としてきたわけですが、人類が宗教という松葉杖を必要とする時代も、それ程長くは続かないでしょう。

 さなぎから蝶へと生まれ変わるように、人類の意識も飛躍的進化を遂げる時を迎えており、もはや既存の宗教に頼らなくても、生きていけるようになるからです。

 徒に外に神を求めなくても、私達人間一人一人の中に、神が内在しています。
 神道的に言えば神性、仏教的に言えば仏性、キリスト教的に言うならばキリスト意識とでも呼ぶべき、神聖な光が、私達一人一人の中に内在しています。

 その内なる光を、想いだし、蘇らせる時を迎えています。
 これからは、自分の外にではなく、自分の中に神を見る時代になります。

 そして、私達一人一人が、自分自身の内なる神性を想い出し、蘇らせ、それを顕現して生きる時代を迎えようとしています。

意識変革の風

 私達人類の意識は、これから飛躍的進化を遂げようとしていますので、地上に生きる全ての人が、意識変革の大きな風を受ける事になります。

 新しい地球へと導くエネルギーが、大きな渦となって現象界を動かし、私達一人一人に意識変革を促してきます。

 自分の身の回りで起きる様々な出来事や、世界中で起きる様々な出来事などを通して、一人一人が、今まで持っていた古い常識・概念・世界観などを、どんどん手放さざるを得ない流れに入っていますので、全ての人が大きく変わらざるを得ないという点においては、今地上に生きる人で、楽な人は一人もいないと言っても良いかも知れません。

 これには例外は無いので、どんなに巨万の富を得ようとも、どんなに権勢や栄華を極めようとも、自分自身の意識をどこまでも高く進化させていくより他に、永遠の幸福へと至る道は用意されていないからです。

 意識変革の風は、少々風当たりが強く感じられるかも知れませんが、その先に待っているのは、想像だにない新しい世界なのです。

大変とは、大きく変わる事

 「大変」という字は、「大きく変わる」と書きます。
 大変だからこそ、大きく変われるのであり、逆に言えば、大変でなければ大きくは変われない、とも言えるかも知れません。

 そういう意味においては、大変な時期というのは、大きく変われるチャンスであるとも言えます。

 今、人類の意識が飛躍的進化を遂げ、地球そのものも、新しい星に生まれ変わる時期を迎えていますので、大変革の波が、私達人類と地球に押し寄せて来ています。
 その大きな波は、私達一人一人に、意識変革を促さずにはおきませんので、大変と言えば大変であり、だからこそ、大きく変われるのであるとも言えます。

 今、地球上で起きている全ての事は、人類の意識に変革をもたらす為に起きていると言っても過言ではなく、有史始まって以来とも言うべき大変革のプロセスを経て、さなぎから蝶へと生まれ変わるように、私達人類の意識は、これから飛躍的進化を遂げようとしています。


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