竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

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伊勢神宮を中心とした、三重県の聖地(伊勢神宮内宮・外宮、椿大社、二見興玉神社、猿田彦神社、伊雑宮など)を巡礼して来ました!

  • 2024年4月24日 16:08
  • Posted by Yamatofuji

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伊勢神宮を中心とした、三重県の聖地(伊勢神宮内宮・外宮、椿大社、二見興玉神社、猿田彦神社、伊雑宮など)を、御神業として巡礼して来ました。

今年7月1日、CD「光り輝く道を歩いて行こう」(全10曲)リリースに合わせて、神界への御報告として、伊勢神宮を中心とした三重県の聖地に巡礼の旅をして来ました。

4泊5日の日程で、かなりハードなスケジュールではありましたが、今年7月1日、CD「光り輝く道を歩いて行こう」(全10曲)リリースに合わせて、日本最高の神社である伊勢神宮を中心とした御神業を、無事成就全うすることが出来ました。

竜宮音秘の名前ではファーストアルバムとなるCD「光り輝く道を歩いて行こう」が、辰年の今年7月1日にリリースされる運びとなったことに合わせて、今回の三重の御神業では、かなり気合の入った参拝をさせていただきました。

まず、猿田彦総本宮の椿大社では、4月1日朝6時からの月次祭・朝参りに合わせて、竜宮音秘の名前で御祈祷を受けてきました。

そして、伊勢神宮外宮でも竜宮音秘の名前で御祈祷を受け、翌日は、伊勢神宮内宮の神楽殿で神楽祈祷を受けた後、特別賛助会員として竜宮音秘の名前で内宮正宮の垣根の中での正式参拝をさせていただきました。

伊勢神宮の宿泊施設である神宮会館にも今回初めて2泊させていただき、朝6時半から8時頃までの早朝参拝に、神宮会館の御案内で、2日連続で参加させていただきました。

伊勢神宮内宮の重要な別宮として知られる伊雑宮がありますが、伊勢市の隣の志摩市に鎮座しており、伊勢神宮からはかなり遠い為、今までは参拝したことはありませんでしたが、今回は、志摩市にある有名ホテルの志摩観光ホテルの宿泊とセットにして、伊雑宮にも参拝することが出来ました。

志摩観光ホテルは、平成28年5月26・27日のG7サミットの会場となったことでも知られており、この時、G7の首脳は、伊勢神宮内宮にも参拝されています。(この日一般人は参拝不可)

志摩観光ホテルは、名物のあわびステーキが有名であり、一度は宿泊してあわびステーキを食べてみたいと考えていたので、伊雑宮参拝で御神業を無事成就全うした後は、名物のあわびステーキと伊勢海老料理の両方を楽しめるフルコースを、ランチとディナーの2回食べて、意義深くハードな御神業を締めくくってくることが出来ました。
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今回の日程は、次の通りです。

☆ 初日(3月31日)
椿大社
(椿会館宿泊)
☆ 2日目(4月1日)
椿大社にて、朝6時からの月次祭・朝参りで御祈祷
二見興玉神社
伊勢神宮外宮での御祈祷 
月夜見宮(外宮の別宮)

(神宮会館宿泊)
☆ 3日目
神宮会館の御案内で内宮の早朝参拝
内宮の神楽殿での神楽祈祷と正宮での正式参拝
猿田彦神社
月読宮(内宮の別宮)
倭姫宮

(神宮会館宿泊)
☆ 4日目
神宮会館の御案内で内宮の早朝参拝
伊雑宮(内宮の別宮)

(志摩観光ホテル宿泊)
☆ 5日目
志摩観光ホテルから徒歩数分の場所にある、
賢島金刀比羅宮に朝の散歩時に参拝してから帰宅

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猿田彦大本宮椿大社は、伊勢国一宮であり、全国の猿田彦神社の総本宮になります。

十数年ぶり3度目の参拝となりましたが、今回初めて、竜宮音秘の名前で御祈祷を受けてきました。

椿大社では、毎月朔日の朝6時から、月次祭・朝参りという特別な御祈祷が受けられますので、3月31日の午後にまず参拝した後に、椿大社の宿泊施設である椿会館に宿泊し、翌日の早朝に、月次祭・朝参りの御祈祷を受けてきました。

私が竜宮音秘としてこれから音楽を中心にして本格的な活動を展開していく上で、『古事記』の神話に登場する神様の御神名のいくつかを、神界から与えられた役割として演じることになります!

その中の一つの役割が、猿田彦になります!

猿田彦大神は、天照大御神の孫にあたる天孫ニニギノミコトの天孫降臨に際して、ニニギノミコトの道案内をしたことで知られており、「導きの神様」として知られています。

また、猿田彦大神のお妃である天之鈿女命(アメノウズメノミコト)は、天照大御神の天岩戸開きの際、「天岩戸開きの舞踊り」を演じる役割を担ったことでも知られています。

「竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌」は、地球の新しい時代に向けて、天界から地上に降ろされた言霊(歌詞)と音霊(メロディー)で奏でられる音楽になります!

「竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌」を中心として、これから多くの日本人が「天岩戸開きの舞踊り」を踊ることになり、最終的に、「霊(ひ)ノ元」日本の天岩戸開き、富士は晴れたり日本晴れの時を迎えることになります!

とても楽しみですね!

まずは、今年7月1日にリリースされる新作CD「光り輝く道を歩いて行こう」をぜひ楽しんでお聴きいただければ幸いです。

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椿大社の月次祭・朝参りを終えた後は、二見興玉神社に参拝しました。

十数年ぶりであり、2度目か3度目の参拝になります。

二見興玉神社でも、主祭神を興玉大神として猿田彦大神が祀られています。

すぐそばの海上にある夫婦岩が有名であり、大きな蛙の縁起物も有名です。

二見興玉神社に参拝して、大きな蛙の縁起物や夫婦岩を見ているとワクワクしてきます。

この日も、快晴の小春日和で、さわやかなそよ風に吹かれながら、二見興玉神社の境内の中を眺めていると、何とも言えないような心地良さを感じました。

境内奥には、龍宮社があり、綿津見大神(ワダツミノオオカミ)が祀られています。

また、境内入口付近には、「天の岩屋」と呼ばれる岩窟があります。
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伊勢神宮には、これまで数回参拝させていただきましたが、十数年ぶりになります。

私はいつもまず外宮から参拝しますが、天皇陛下もまず外宮から参拝されるとのことであり、これには深い訳があります。

今まで外宮では御祈祷を受けたり正式参拝させていただくことはありませんでしたが、今回初めて、外宮神楽殿で竜宮音秘として御祈祷を受けてきました。DSCF0924.JPG

外宮参拝後は、徒歩数分の場所にある外宮の別宮である月夜見宮に参拝しました。DSCF0934.JPG

伊勢神宮では、外宮の別宮として月夜見宮が徒歩数分の場所にあり、内宮の別宮として徒歩でも20分位の場所に別宮の月読宮が配置されています。

月読宮も月夜見宮も御祭神は月読命(ツキヨミノミコト)であり、天照大御神と同じく三貴神の中の一人です。

伊邪那岐大神(イザナギノオオカミ)が黄泉国(ヨミノクニ)から蘇って(黄泉帰って)から、数多くの神々を生み、一番最後にお生みになられた貴い三貴神が、天照大御神と月読命と須佐之男命になります。

伊邪那岐大神が左目を洗った時に天照大御神が生まれ、右目を洗った時に月読命が生まれたと『古事記』の中に書かれていますが、ここは非常に重要な点であり、天照大御神と月読命は左右対称、対の関係として書かれており、対等の関係として書かれています。

天照大御神という御神名は、天の中心の光を表す御神名であると共に、太陽を神格化した御神名でもあります。

一方、月読命という御神名は、月の働きを神格化した御神名でもあります。

地球の生命にとって、太陽の働きは必要不可欠ですが、太陽の働きだけでは、地球の生命は存在出来ません。

月の持つ引力(潮汐力)があって初めて、地球の生命は存在出来るのであり、地球の生命にとって、太陽の働きと月の働きは必要不可欠であり、太陽と月の働きは、陰陽一体、密接不可分のものになります。

一日に昼があって夜があるように、太陽が治める昼と月が治める夜があって初めて、地球の生命は存在することが出来ます。

太陽と月は陰陽の働きとして対の関係であり、陰陽二つで一つの働きになりますので、密接不可分の対等の関係なのです。

『古事記』の中で、天照大御神と月読命が左右対称、対の関係、対等の関係で書かれていることには、とても深い訳があります。

三貴神の中で、天照大御神は「天岩戸開き」の場面など、須佐之男命は、高天原からの追放や、出雲での「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」退治の場面などで大活躍して、よく名前が知られていますが、月読命だけは、誕生後についてはほとんど登場しないので、一般的には影が薄い印象がありますが、それは、月が持つ「陰」の働きと深く関係しています。

全国的にも、月読命を主祭神として祀る神社がほとんど無いような中にあって、日本最高の神社である伊勢神宮においては、内宮の別宮として月読宮、外宮の別宮として月夜見宮が配置され、きちんと三貴神の月読命が祀られているのは、流石だと思います。

天照大御神と月読命のこと、太陽と月の関係、何故、地球から見て太陽と月は同じ大きさに見えるのかなどについての楽曲もすでに出来ておりますので、いずれCDに収録しますので、どうぞ楽しみにしていて下さい!

おそらく、2年後か3年後にリリースする予定の新作CDの中に収録するのがピッタリするかと今のところ考えています。

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今回、伊勢神宮の宿泊施設である神宮会館に2泊して、とても良かったと思います。

内宮から徒歩数分の場所にあり、朝6時半からの早朝参拝を、神宮会館のガイドの方の案内により参加することが出来ます。

今回は、2日とも担当者が違ったので、また別の切り口から説明を受けることが出来、良かったと思います。

神宮会館2泊目の4月3日の早朝参拝では、神武天皇遥拝祭という、1年に1度だけの祭が始まるタイミングに居合わせることが出来、数十人の神職の方たちが一糸乱れぬ行進で太鼓の音と共に進んで行かれる姿を拝見することが出来ました。

その日は、神宮会館に戻って朝食を済ませてから、正式参拝用に、スーツとネクタイに着替え、また内宮へと向かいました。DSCF0948.JPG

まず内宮神楽殿にて竜宮音秘の名前で神楽祈祷を受けました。

内宮神楽殿での神楽祈祷は、初めて伊勢神宮に参拝した20年頃前に一度受けたことがありますが、その後は、受けておりませんでした。DSCF0956.JPG

今回は、今年7月1日にCD「光り輝く道を歩いて行こう」をリリースして、本格的に竜宮音秘としての音楽活動を開始していく御報告を神界にお伝えする上で、きちんと神楽祈祷での御報告をさせていただきました。

DSCF0961.JPG神楽殿での神楽祈祷の後は、特別賛助会員の正式参拝として、竜宮音秘の名前で、内宮正宮の垣根の中に入れていただいて、天照大御神様への御報告をさせていただきました。

内宮正宮の正式参拝も、20年ほど前に初めて伊勢神宮に参拝して神楽祈祷を受けた後に、一度正式参拝させていただいたことがありますが、その後は、特にしておりませんでした。

今回は、今年7月1日にCD「光り輝く道を歩いて行こう」をリリースして、本格的に竜宮音秘としての音楽活動を開始していく御報告を、正宮での正式参拝の形で、きちんと天照大御神様へ御報告をさせていただきました。
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内宮での神楽祈祷と正宮での正式参拝を無事成就した後は、猿田彦神社、内宮別宮の月読宮、倭姫宮に参拝しました。
DSCF0964.JPG猿田彦神社
内宮別宮の月読宮は、内宮から徒歩20分位の場所にありますが、その途中の大通り沿いに、猿田彦神社がありますので、私はいつも月読宮とセットで徒歩で参拝しています。
DSCF0975.JPG月読宮
月読宮から徒歩15分位の場所に、倭姫宮があります。

私は今まで、内宮参拝後は、徒歩で猿田彦神社と月読宮までは参拝していましたが、時間の関係もあり、倭姫宮には参拝したことはありませんでした。

今回は、倭姫宮にもきちんと参拝することにしました。
DSCF0978.JPG倭姫宮
伊勢神宮が今の場所に鎮座されるまでには、天橋立の元伊勢・籠神社を始め、各地を転々としていた時期がありましたが、最終的に現在地に鎮座されることになったのは、倭姫の御功績によるところが大きいと考えられます。

倭姫は第十一代垂仁天皇の皇女であり、斎宮の伝説上の起源ともされる人物になります。

今回は、倭姫の御功績を称える気持ちも込めて、初めて倭姫宮にも参拝させていただきました。

神宮会館に2泊してチェックアウトした後は、伊勢市を後にして、隣の志摩市に鎮座する、内宮の別宮である伊雑宮に初めて参拝しました。
PTDC0896.JPG伊雑宮
伊雑宮は、御祭神が天照大御神御魂(アマテラスオオミカミノミタマ)となっており、かなり意味深な印象を受けますが、伊勢神宮の別宮の中でも、重要な聖地のようです。

以前から、一度は参拝したいと思いながらなかなか参拝出来ませんでしたが、今回は、参拝後に、同じ志摩市内にある有名ホテルの志摩観光ホテルの宿泊とセットにして予定を組むことで、ようやく参拝が実現しました。

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伊雑宮参拝で、御神業としては、無事成就全うすることが出来ました。

御神業を無事成就全うした後は、お楽しみということで、伊勢志摩サミットの会場となった志摩観光ホテルに宿泊して、名物のあわびステーキと伊勢海老料理を楽しんできました。

名物のあわびステーキと伊勢海老料理の両方を楽しめるフルコースを、ランチとディナーの2回食べて、英気を養ってきました。PTDC0905.JPGPTDC0908.JPG

2泊した神宮会館でも、特別料理として伊勢海老の活け造りが付いたコースを予約して、伊勢海老を堪能してきました。PTDC0893.JPG

真鯛と共に、伊勢海老やあわびは、目出度い高級魚として知られていますが、伊勢神宮と同じ「伊勢」という言霊を持つ伊勢海老はもちろんのこと、あわびも伊勢神宮と深い関係があります。

伊勢神宮内宮の正宮の石段の下に、御贄調厩があり、内宮の祭典の際、御饌都神である外宮の豊受大御神をここにお迎えして、神饌の代表としてあわびを調理する儀式が行われるそうです。

私も、知識としては一応知っていたのですが、今回、神宮会館に宿泊して、早朝参拝でガイドの方から説明を受け、改めて、あわびは伊勢神宮において特別な海産物であることを再認識致しました。

そういう経緯を経た後に、志摩観光ホテルで味わった、名物のあわびステーキや伊勢海老料理は、また格別な味わいが感じられました。

志摩観光ホテルから徒歩数分の所に、賢島金刀比羅宮という小さなお社があることを知りましたので、名物のあわびステーキと伊勢海老料理をランチとディナーの2回食べて堪能した後、チェックアウトする日、朝の散歩で賢島金刀比羅宮にもご挨拶して、5日間にわたる三重の御神業を締めくくって帰宅しました。

今年7月1日の新作CD「光り輝く道を歩いて行こう」(全10曲)リリースに向けて、また大きく一歩前進することが出来ました!

今年7月1日にリリースされる、新作CD「光り輝く道を歩いて行こう」(全10曲)をどうぞお楽しみに!

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開湯100周年を迎え、「黒部宇奈月キャニオンルート」も開通予定の黒部宇奈月温泉に行って来ました!

  • 2024年2月 5日 16:26
  • Posted by Yamatofuji

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黒部宇奈月温泉に4泊5日で行って来ました。

黒部宇奈月温泉は、昨年の令和5年(2023年)に開湯100周年の記念の年を迎えましたが、今年は「黒部宇奈月キャニオンルート」の開通も予定されており、節目を迎えています。

「黒部宇奈月キャニオンルート」は、黒部峡谷鉄道欅平駅と立山黒部アルペンルートの黒部ダムの間を結ぶ全長18キロに及ぶ工事用路線ですが、今年夏頃から一般開放される予定となっています。

私は、黒部宇奈月温泉が結構気に入っており、約20件程ある温泉旅館・ホテルのほとんどに宿泊していますが、中でも特に気に入って何回も宿泊している温泉旅館もあり、今回もそのホテルに宿泊してきました。

宇奈月という土地は、なかなか奥深い所だと感じています。

私は宇奈月に宿泊する時には、必ず最初に地元の宇奈月神社に参拝してご挨拶してから宿に向かうことにしています。
DSCF0748.JPG宇奈月神社
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DSCF0764.JPGカフェモーツァルト

宇奈月駅の傍にカフェモーツァルトという名曲喫茶があり、オーストリアのザルツブルクのモーツァルトの生家に模した形で作られており、いつもモーツァルトの曲が流れています。

ここの御主人は、以前オーストリアのザルツブルクを訪れた際、ザルツブルクと宇奈月が似ていると感じたそうで、渓谷の感じが似ているようです。

ザルツブルクと宇奈月が似ていると感じたことが、宇奈月駅の近くにカフェモーツァルトという名曲喫茶を開くきっかけにもなったようです。

今回の宇奈月宿泊は、モーツァルトの誕生日である1月27日の少し後だったこともあり、チェックイン前と、5日後のチェックアウト後の2回、カフェモーツァルトに行き、しばし優雅な時間を楽しんできました。

カフェモーツァルトには、「出世椅子」と呼ばれている席があるのですが、今回は2回とも空いていたので、2回とも「出世椅子」に座らせていただき、季節のフルーツトーストとオリジナルブレンドコーヒー「モーツァルト」などを頂いてきました。

オーストリアのザルツブルクは、モーツァルト生誕の地として有名ですが、20世紀を代表する名指揮者で、「楽壇の帝王」とも呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤンの生誕の地としても有名です。

私は、まだザルツブルクには行ったことはありませんが、モーツァルトの音楽は結構好きですし、カラヤン指揮ベルリンフィルの来日公演は、昔東京で2回聴いたことがありますので、少なからずザルツブルクにはご縁を感じています。

「音楽の都」と呼ばれるウイーンには、いずれ行くことになると思いますが、オーストリアに行く際には、時間が許せば、一足伸ばしてザルツブルクにも行けると良いなと考えています。
DSCF0767.JPGカフェモーツァルトの「出世椅子」
DSCF0749.JPG季節のフルーツトーストとオリジナルブレンドコーヒー「モーツァルト」
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今回の宇奈月温泉の旅行中に、素晴らしい楽曲が出来上がりましたので、いずれCDに収録して公開するのが楽しみです。

宇奈月温泉は、とても奥深い場所だと感じており、音楽や文学など、芸術にも良い環境だと感じています。

私が最初にそのことに気付いたのは、数年前、お気に入りの温泉旅館の露天風呂にゆっくり浸かってくつろいでいる時に、長い歌詞が6番まで続く大曲があれよあれよという間に出来上がってしまい、自分でも驚いたことがあります。

その時は、曲を作るつもりで宿泊していたのではなく、単にリフレッシュの目的で宇奈月温泉に行き、露天風呂でリラックスしていただけなのですが、突然大曲が完成することになったので、宇奈月温泉が持っている地場の良さを認識することになりました。

開湯100周年を迎えた黒部宇奈月温泉のほとんどは、現在では住所が黒部市宇奈月温泉となっていますが、元々は「音沢」という地域であり、温泉街の一番外れにある1件の宿だけは、今でも「音沢」という昔からの地名であり、その宿の下流域には、「音沢」という集落が広がっています。

宇奈月温泉は、元々「音沢」という場所だったので、「音」や「音楽」と深いつながりがある土地なのかも知れません。

宇奈月温泉の源泉は、黒部川上流の支流黒薙川から湧いている黒薙温泉から、約7キロ程、引湯しています。

宇奈月温泉の源泉である黒薙温泉は、正保2年(1645年)、音沢村太郎在衛門が、薬師如来の導きにより、黒薙温泉を発見したのが最初とされており、その後、慶応4年(1868年)に正式に黒薙温泉が開湯することになるのですが、黒薙温泉の玄関を出た所にある薬師堂で、薬師如来が祀られており、宇奈月温泉の足湯の傍にも、ひっそりと薬師如来が祀られています。

黒部宇奈月温泉は、ノーベル文学賞受賞者の川端康成を始め、与謝野鉄幹・晶子など、文人墨客にも愛された温泉として知られていますが、元々が「音沢」という場所だっただけあって、特に音楽にもご縁の深い地場なのかも知れません。

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来年令和7年(2025年)7月1日に2枚同時リリースされるCD(各10曲収録)の中の1枚のタイトル曲が、数年前、黒部宇奈月温泉の露天風呂に入っている時に突然出来上がった大曲になります。

来年令和7年(2025年)7月1日に2枚同時リリースされるCD(各10曲収録)は、いずれも竜宮音秘ワールドの魅力満載の全20曲となっていますので、ぜひ、リリースを楽しみにしていただければ幸いです。

そして、今年令和6年(2024年)7月1日にリリースされる新作CD(全10曲収録)も、ぜひ楽しみにしていただけると幸いです。

今回の新作CD(全10曲収録)には、光、光り輝く道、光り輝く世界、太陽、春、虹、平和などの言葉が歌詞の中にたくさん入っていますが、それらの言葉は、単に自然現象としての光、太陽、虹、春などを表す言葉としてだけではなく、天の光、全人類の春、全人類の光り輝く明るい未来、全人類の虹の輝く明るい世界、世界平和、などの象徴としても使われています。

今年7月1日にリリースされる、明るく美しく希望と癒しに満ちた全10曲から成る新作CDを、どうぞ楽しみにしていただければ幸いです!
DSCF0761.JPG黒部川と宇奈月温泉


輪島市(重蔵神社、高州山山頂奥宮、白米千枚田等)と、奥能登(珠洲神社・珠洲神社奥宮、聖域の岬・青の洞窟等)を旅して来ました!

  • 2023年10月18日 13:00
  • Posted by Yamatofuji

PTDC0689.JPG珠洲神社

9月下旬から10月上旬に掛けて、輪島市(3泊4日)と奥能登半島(4泊5日)を旅して来ました。

輪島市を3泊4日で旅して一旦帰宅後、中1日で、奥能登へ4泊5日の旅に出たので、10日間で能登半島へ2往復することになり、なかなかハードな10日間でしたが、秋初め頃の過ごしやすい快適な気候の元、天候にも恵まれ、素晴らしい旅を楽しんで来ることができました。

私が初めて輪島市を訪れたのは、今年8月が最初であり、輪島市の温泉旅館に4泊5日で宿泊して、素敵な夏の日本海を楽しむことが出来ました。

その時の様子は、こちらの記事をご参照下さい。
『輪島市を中心とする能登半島(気多大社、総持寺祖院、重蔵神社、奥津ひめ神社等)を旅して来ました!』

また、私が奥能登を旅したのは、2021年9月下旬が最初であり、この時は、富山県氷見市の温泉旅館に4泊して、そこを足場にして毎日能登半島の聖地にドライブしたのが最初になります。

その時の様子は、こちらの記事をご参照下さい。
『能登の聖地(宝達山、気多大社、珠洲神社)と能登半島を旅して来ました!』

この時は、珠洲神社や能登半島最先端の禄剛崎灯台などには行けたものの、時間の関係で、山伏山山頂の珠洲神社奥宮には行けなかったので、いずれ一度は参拝したいと考えていました。

今回の奥能登半島の旅の目的地の一つが、山伏山山頂の珠洲神社奥宮でした。

珠洲神社奥宮は、里宮である珠洲神社から数キロメートル離れた、標高172メートルの山伏山山頂に鎮座しており、往復1時間位のちょっとしたハイキングや軽登山での参拝が必要になります。

山伏山登山口の近くには、富士山・分杭峠と並んで、日本三大パワースポットに数えられることもある、聖域の岬・青の洞窟があります。

快晴の秋空の元、念願の珠洲神社奥宮への参拝も無事に行うことが出来ました。

奥能登の温泉旅館に4泊して、そこを足場として、奥能登を堪能することが出来、良い旅が出来たと感じています。

輪島市への旅も含めて、能登半島を取り敢えず一通り回れたように感じています。

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☆輪島市の旅から
DSCF0618.JPG重蔵神社

DSCF0623.JPGDSCF0627.JPG高州山山頂奥宮(奥能登最高峰)

DSCF0630.JPG白米千枚田
DSCF0631.JPG奥津ひめ神社里宮(名舟海岸)

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☆奥能登の旅から
DSCF0638.JPG珠洲神社
DSCF0644.JPG珠洲神社金分宮
DSCF0650.JPGDSCF0647.JPG珠洲神社奥宮(山伏山山頂)
DSCF0654.JPGDSCF0655.JPGDSCF0658.JPGDSCF0660.JPG聖域の岬・青の洞窟
DSCF0651.JPGランプの宿
DSCF0669.JPG禄剛崎(能登半島最先端)
DSCF0670.JPG窓岩(曽々木海岸)
DSCF0673.JPG見付島(軍艦島)
DSCF0683.JPG恋路海岸
DSCF0695.JPG九十九湾
DSCF0697.JPGDSCF0710.JPGDSCF0708.JPG岩井戸神社(猿鬼伝説の地)
DSCF0715.JPG穴水大宮
DSCF0712.JPG伊夜ひめ神社(能登島)

輪島市を中心とする能登半島(気多大社、総持寺祖院、重蔵神社、奥津ひめ神社等)を旅して来ました!

  • 2023年8月 7日 17:29
  • Posted by Yamatofuji

DSCF0550.JPG総持寺祖院

輪島市を中心にして、能登半島を4泊5日で旅して来ました。

2021年9月に、富山県氷見市の温泉旅館に4泊し、そこをベースにして、毎日能登半島を旅したことがあります。

この時の様子は、こちらのブログ記事をご参照下さい。
『能登の聖地(宝達山、気多大社、珠洲神社)と能登半島を旅して来ました!』

この時は、能登半島最高峰の宝達山を始めとして、能登国一宮・気多大社、珠洲神社など、能登半島の主な聖地を訪れたのですが、時間的に、輪島市には行けなかったので、いずれ時期を見て、輪島市に宿泊してみようと考えていました。

ちょうど良い時期が来たので、輪島市の温泉旅館に4泊して、輪島市を中心とする能登半島の旅を楽しんできました。

輪島市の温泉旅館に4泊したのですが、1か所ではなく、エリアの違う2か所の温泉旅館にそれぞれ2泊ずつして、より多角的に輪島の旅を楽しんで来ることが出来ました。

今回、主に訪れたのは、以下の聖地になります。

能登国一宮・気多大社、総持寺祖院、重蔵神社、重蔵神社産屋神社、奥津ひめ神社など。

また、聖地巡りだけではなく、輪島市を代表する海水浴場である袖ヶ浜で、海水浴や日光浴も楽しむ時間を取りました。

夏真盛りの能登半島を思いきり楽しむことが出来ました。

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能登国一宮・気多大社は、20年近くに亘って、何度か訪れていますが、いつ訪れても、この聖地は、なかなか只ならぬ気配を感じさせてくれます。

能登半島の付け根の羽咋市にあり、地理的に遠いことで、全国に何か所もある大社と呼ばれる神社の中では、比較的地味な印象があるかと思いますが、古代においては、もっと重要な位置付けにあった大社だと思います。

古代において、航海技術の発達により、朝鮮半島などとの交流が始まった頃は、北九州などの日本海側が大陸からの表玄関であり、表日本だった時代があります。

西は北九州から、東は能登半島辺りまでの日本海側が、表日本だった時代があり、古代においては、能登国一宮・気多大社は、今よりも遥かに重要な位置付けにあった筈だと思われます。

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総持寺祖院は、現在横浜市にある曹洞宗大本山・鶴見総持寺の元あった場所になります。

曹洞宗大本山は、開祖である道元禅師が開かれた、福井県の永平寺が有名ですが、実は曹洞宗にはもう一つ大本山があり、それが現在横浜市にある鶴見総持寺なのです。

鶴見総持寺は何百年も前からあった訳ではなく、元々は、輪島市の西の方の門前町にあったのですが、明治時代に火災により、多くが焼けてしまいました。

総持寺が焼失してしまった時、当時の管長だった石川素童師が、布教の為にも、日本の中心部により近い、横浜市に移転することを大決断されて、鶴見総持寺として再興されたようです。

鶴見総持寺は、私も以前、横浜市に住んでいた頃に参拝したことがありますが、かなり広大な敷地だった印象があります。

永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山総持寺を火災で焼失された中で、横浜市に鶴見総持寺として再興された石川素童師は、かなり大変な役割を果たされたのだろうと推察致します。

日本人初のヨガ直伝者で、心身統一法を開発され、「世紀の哲人」と呼ばれた中村天風という方がおられます。

「世紀の哲人」と呼ばれた中村天風師の元には、政財界を始め、多くの著名人が弟子として集まりました。

当時の原敬首相や、東郷平八郎元帥、松下幸之助など、そうそうたるメンバーが集まったのですが、鶴見総持寺の管長だった石川素童師もその一人です。

石川素童師は、「天風先生の教えは、うちのお寺の財産を全部持ってきても足りないくらい、尊い教えです」と絶賛されていたようです。

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輪島市を代表する神社が、中心部の近くに位置する重蔵神社です。

御祭神は、天冬衣命(アメノフユキヌノミコト)と大国主命(オオクニヌシノミコト)であり、天冬衣命(アメノフユキヌノミコト)を大国主命(オオクニヌシノミコト)の父神としてお祀りされています。

大国主命(オオクニヌシノミコト)は、七福神の大黒様としても知られています。

天冬衣命(アメノフユキヌノミコト)を主祭神としてお祀りされている神社は、あまりないのではないかと思います。

そして、重蔵神社から徒歩数分位の、輪島朝市が開かれる一角に、重蔵神社産屋神社があります。
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週末などの数日間の午前中だけ開かれていますので、もし参拝したい場合は、注意が必要です。

重蔵神社産屋神社の御祭神は、大国主命(オオクニヌシノミコト)と奥津ひめの命、そして鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)です。

鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)は、初代天皇・神武天皇の父神です。

奥津ひめの命は、輪島市の北約50キロメートルに位置する舳倉島に鎮座する女神とされており、舳倉島に奥津ひめ神社の本宮があります。

そして、里宮として、輪島市の鳳来山公園の近くに、奥津ひめ神社があります。

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奥津ひめ神社も、何か秘められたものを感じさせる神社です。

舳倉島には、何か重要なものがあるような気がしますので、舳倉島に行って、奥津ひめ神社の本宮にも参拝したいと考えています。

舳倉島には、輪島港から1日1便だけ船が出ていますので、秋にでも行ってみたいと考えています。

鳳来山公園の眼下には、輪島市を代表する海水浴場である袖ヶ浜があり、しばし海水浴と日光浴を楽しみました。

4泊5日にわたる輪島市を中心とする能登半島の旅は、大自然の素晴らしさ、人生の素晴らしさを改めて感じさせてくれる、とても素敵な旅となりました。

DSCF0597.JPGDSCF0604.JPG袖ヶ浜海岸


奈良の聖地(葛城山・金剛山・生駒山など)を旅して来ました!

  • 2020年12月13日 15:25
  • Posted by Yamatofuji

CIMG0979.JPG先月、約10年ぶりに所用で奈良に行ったので、少し時間を取って、奈良の聖地を旅して来ました。
その時の様子は、『晩秋の奈良(飛鳥・明日香、桜井、奈良市内)を旅して来ました!』こちらの記事をご参照下さい。
その後も毎週所用で奈良に行くことが続いており、少し時間を取って、色々と聖地を旅することにしました。

今回は特に、今まで行っていなかった場所を回ることに重点を置くと共に、奈良市内から日帰りで行ける聖なる山をメインにして、その周辺地区の聖地を訪れることにしました。
今回訪れた聖なる山は、葛城山・金剛山・生駒山であり、その周辺地区の聖地になります。

具体的には、以下の聖地を訪れました。
☆葛城山・・・葛城山山頂、葛城天神社、笛吹神社(葛木坐火雷(かつらぎにいますほのいかづち)神社)、鴨山口神社
☆金剛山・・・金剛山山頂、葛城神社、転法輪寺、高天彦神社、高鴨神社、葛城一言主神社、鴨都波神社
☆生駒山・・・生駒山山頂、宝山寺

今回特に良かったのが、葛城山と金剛山の山頂に登拝すると共に、その周辺地域の聖地に参拝できたことです。
葛城山と金剛山は隣り合った山であり、現在はそれぞれ別の名前を持っていますが、昔は二つの山を総称して大和葛城山と呼ばれていたようです。
そして、大和葛城山のあたりは高天とも呼ばれており、葛城山・金剛山の麓の都市は、御所市と呼ばれています。
高天彦神社のある金剛山中腹地域は、地名もずばり「御所市高天」であり、神々の住む高天原の伝承地ともなっています。
何故そうなのかは、今回、葛城山と金剛山の山頂に登拝してみて、大和三山を中心とした飛鳥(明日香)地方との位置関係などから、納得できました。
古代の大和(奈良盆地)にとっての高天原が、大和葛城山(葛城山と金剛山)だったのです。

大和民族・大和心・大和魂など、大和という言葉は、現在では、日本という国の別名ともなっていますが、元々「大和」という言葉は、大和三山を中心とした飛鳥(明日香)地方を含む奈良盆地を意味する言葉であり、狭義における「大和」という言葉は、元々奈良盆地を意味する言葉になります。

古代において、「大和」(奈良盆地)における高天原として位置づけられていたのが、大和葛城山(葛城山と金剛山)ということになります。
このことはまた、日本の原型である阿波の国・徳島ということとも、深く密接に関わってくる話になります。

日本の原型である阿波の国・徳島については、『阿波の国・徳島は日本の原型であったが意図的に封印されて歴史の表舞台から姿を消した』、こちらの過去記事をぜひご参照下さい。
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葛城山山頂から見た大和三山(畝傍山・耳成山・天香久山)の様子です。
葛城山は標高959メートルあり、葛城山ロープウェイで山頂近くまで行くことが出来ます。

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葛城天神社は、葛城山ロープウェイの山頂駅を降りたすぐ近くにあり、国常立大神が祀られています。

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笛吹神社(葛木坐火雷(かつらぎにいますほのいかづち)神社)は、葛城山の麓に位置しており、火の神様と、笛・音楽の神様が祀られています。

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鴨山口神社は、葛城山の麓にあり、山の神様の総大将とも言える大山祇大神が祀られています。

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金剛山は標高1125メートルあり、去年までは大阪府側から金剛山ロープウェイで行くことが出来ましたが、ロープウェイの運休により、徒歩でしか登ることが出来ない状況にあります。
奈良県の御所市にある高天彦神社から、通称「郵便道」と呼ばれる登山道がありますが、自然災害により通行止めとなっていました。
ロープウェイもダメ、徒歩でもダメということで、一瞬あきらめたのですが、地元市役所の観光課に問い合わせたところ、ちょうど登山道が復旧したとのことで、何とか徒歩で登拝することができました。
高天彦神社からの往復で数時間掛かりますので、奈良市内からは、丸一日の行程となりました。

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葛城神社は、葛城山山頂にあり、葛城山の最高地点は、葛城神社の奥地にあり、聖域の為立ち入り禁止となっています。
ご祭神は、麓の葛城一言主神社と同じであり、一言主大神になります。

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転法輪寺は、金剛山山頂付近にあり、修験道の開祖、役小角(役行者神変大菩薩)が厳しい修行中に法起菩薩を感得されたことにより、建立されました。

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高天彦神社は、金剛山に登る登山道「郵便道」の開始地点にあります。
本殿はなく、背後にある白雲山をご神体として仰ぐ形になっており、三輪山をご神体山とする大神神社と同じような古代の形式をとっています。
ご祭神は造化三神の一柱である高皇産霊(たかみむずび)大神であり、高皇産霊(たかみむずび)大神は、天皇守護の八神である宮中八神にも数えられています。

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高鴨神社は、金剛山の麓にあり、古代豪族である鴨氏が発祥地に守護神を祀ったことに始まります。
京都の上賀茂神社や下賀茂神社を始め、鴨(賀茂・加茂)社の総本宮とされています。

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葛城一言主神社は、金剛山の麓にあり、金剛山山頂の葛城神社と同様に、一言主大神が祀られています。
一言主大神は「いちごんさん」で知られ、一言の願いなら何でも叶えてくれる神として信仰されています。

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鴨都波神社は、御所駅から歩いて数分の所にあり、高鴨神社に対して下社とも呼ばれていたようです。
また、大神神社の別院とも言われていたようであり、これは、ご祭神が積羽八重事代主大神であり、大神神社のご祭神である大物主の御子神にあたることと関係しているようです。
積羽八重事代主大神は、高天彦神社のご祭神である高皇産霊(たかみむずび)大神と同様に、天皇守護の八神である宮中八神にも数えられています。

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生駒山は、かつては白水山と呼ばれていたようであり、現在は、生駒山ケーブルカーで山頂まで行くことができます。
生駒山の中腹に、霊場である宝山寺があります。
役行者や弘法大師空海が修行したという大岩壁「般若窟」を背にして建っており、大聖歓喜天が祀られていることから「生駒の聖天さん」としても知られています。
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今回、幸運だったのが、直前になって通行止めだった金剛山への登山道「郵便道」が通行可能になり、金剛山に登拝出来たことです。
お隣の葛城山と両方の聖山に登拝することが出来、古代において大和葛城山として総称されていた二つの聖なる山(葛城山・金剛山)に登拝出来たのは、とても良かったと思います。

また、今回初めて、鴨氏のルーツに触れることが出来たことも良かったと思います。
古代豪族である鴨一族は、天皇家である大和朝廷とも深い関係があったとされており、今回、高鴨神社を中心とする鴨一族のルーツに触れられたことは、とても良かったと思います。
高鴨神社には、古代から連綿と続いて来た、凛としたご神気のような雰囲気が漂っており、とても感慨深いものがありました。

皆さんもぜひ、機会があれば、大和葛城の聖地を訪れてみることをお勧め致します!



晩秋の奈良(飛鳥・明日香、桜井、奈良市内)を旅して来ました!

  • 2020年11月22日 16:36
  • Posted by Yamatofuji

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奈良に所用が出来て、久しぶりに奈良県に行くことになったので、少し時間をとって奈良を旅して来ました。
振り返ってみれば、2009年に飛鳥(明日香)を中心に、吉野、奈良市内などを数日間にわたる聖なる旅をして以来、10年余りぶりになります。

今回旅したのは、飛鳥(明日香)、桜井、奈良市内で、以下の聖地を旅しました。
☆飛鳥(明日香)・・・橿原神宮、飛鳥坐(飛鳥にいます)神社、飛鳥寺(飛鳥大仏)、石舞台
☆桜井・・・談山神社、聖林寺、阿部文珠院、大神(おおみわ)神社
☆奈良市内・・・春日大社、興福寺
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橿原神宮の御祭神は、初代天皇である神武天皇と、そのお后であるヒメタタライスズヒメノミコトです。
私は、大和三山の一つである畝傍山を背景にした橿原神宮の清浄な雰囲気が大好きで、何度訪れても心が洗われるような清々しい感じがします。


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飛鳥坐(飛鳥にいます)神社は、私がご縁の深い神社であり、飛鳥寺(飛鳥大仏)のすぐ近く、歩いて数分の所にあります。


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飛鳥寺(飛鳥大仏)は、第33代推古天皇4年(596年)に創建された日本最初の寺になります。
本尊は重要文化財の飛鳥大仏(釈迦如来坐像)です。


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石舞台は、飛鳥(明日香)のシンボル的存在です。
一般的に考えられているよりも、石舞台の存在意義は大きいと考えられ、そのルーツは古代ユダヤまで続いていると思われます。


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談山神社は、今回初めて参拝する機会を得ました。
談山神社の御祭神は、藤原鎌足であり、大化の改新で天智天皇を助けた立役者になります。


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聖林寺は、談山神社の別院として建てられたものであり、藤原鎌足の長男によって建立されました。国宝の十一面観音菩薩はフェノロサも絶賛したと伝えられています。


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安倍文珠院は、日本三大文珠の一つに数えられています。
境内には、陰陽師の安倍晴明も祀られています。


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大神(おおみわ)神社は、最も古い神社の一つとされており、とても重要な聖地になります。
御神体山は、三輪山であり、人工のピラミッドを連想させるような、美しい形をした聖なる山になります。


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春日大社は、言わずと知れた世界遺産であり、東大寺や興福寺と並んで、奈良市内では最も人気の高い観光地でもあります。
藤原氏・中臣氏の氏神をお祀りしています。
興福寺とも深い関係があります。

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興福寺には、有名な国宝阿修羅像があり、市内からも近く、人気の観光地です。
藤原鎌足の次男である藤原不比等が平城遷都の際、今の場所に移して興福寺と改号されました。
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今回、奈良に所用が出来たついでに時間をとって、久しぶりに奈良を旅してみて、やはり良かったと感じました。
奈良」という字を分解すると、「いことをきく」となるように、やはり、古都奈良には、日本の古き良き大切な何かが今も息づいているのを感じます。
時には、奈良のような聖地を旅してみるのも、とても大切なことだと改めて感じました。


紅葉のピークを迎えた秘境黒部峡谷の秘湯にトロッコ電車で旅して来ました!

  • 2020年11月15日 15:15
  • Posted by Yamatofuji

CIMG0803.JPG             トロッコ電車の終点欅平駅と奥鐘橋

紅葉のピークを迎えた秘境黒部峡谷の秘湯に、トロッコ電車で旅をして来ました。

1日目が黒薙温泉、2日目が宇奈月温泉、3日目が名剣温泉で、3泊4日の温泉旅となりました。
宇奈月温泉は元より、黒薙温泉も名剣温泉も、先月10月に宿泊したのですが、とても良かったので、今回もう一度宿泊することにしました。

トロッコ電車の始発駅である宇奈月温泉は年中営業しているのですが、トロッコ電車に乗って行く秘境の黒薙温泉と名剣温泉は、11月中旬をもって年内の営業を終了して冬季休業に入りますので、その前にぜひもう一度行きたいと思い、何とか予約も取ることが出来ました。

名剣温泉をチェックアウトした13日の朝、そこからさらに奥地へ30分程歩いた所にある、黒部峡谷最秘境の祖母谷温泉まで歩いて行きましたが、祖母谷温泉は既に今期の営業は終了しており、雪対策の為の雪囲いがされていました。
祖母谷温泉のすぐそばの橋には猿が10匹ほどやって来ており、最秘境祖母谷温泉は既に人間の住んでいない猿の天下の様相を呈していました。

10月、トロッコ電車で黒部峡谷を旅した時の様子は、こちらの記事をご参照下さい。
『トロッコ電車で行く秘境黒部峡谷の秘湯の旅を満喫して来ました!』
『トロッコ電車の終点欅平駅から行く黒部峡谷の最秘境祖母谷温泉に行って来ました!』
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CIMG0821.JPG      名剣温泉で宿泊した部屋「かもしか」から眺めた黒部峡谷
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名剣温泉は、トロッコ電車の終点欅平駅から徒歩約20分の所にある、秘境の一軒宿です。
部屋は10室程で、眼下に黒部峡谷の絶景を見ることが出来ます。
部屋にはテレビもなく、俗世間の煩わしさをしばし忘れて、心静かな時を過ごすことが出来ます。
夜、露天風呂からは、都会ではとても見られないような満天の星空を楽しむことが出来ました。
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CIMG0851.JPG           黒部峡谷最秘境の祖母谷温泉
祖母谷温泉は、名剣温泉から更に奥地へ30分程歩いた所にある、黒部峡谷の最秘境の温泉になります。
既に今期の営業は終了しており、傍の橋を渡るとき、両側から猿の家族に囲まれて、一瞬、お互い緊迫した雰囲気が漂いました。
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CIMG0742.JPG       黒薙温泉秘湯大露天風呂「源泉ーいずみー」(混浴)
黒薙温泉は、始発駅宇奈月温泉からトロッコ電車で20分程行った所にあり、黒部川支流の黒薙川沿いにあります。
こちらも部屋数が10室程で、部屋にはテレビもなく、携帯電話の電波さえ届かない所なので、しばし俗世間から隔離されたような心地よさを感じることが出来ます。
河原沿いにある秘湯大露天風呂「源泉―いずみ―」は、開放感抜群です。
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CIMG0720.JPG               宇奈月湖

今回、トロッコ電車で秘境黒部峡谷の秘湯の旅をして改めて感じるのは、大自然の素晴らしさ・奥深さ・不思議さ・美しさについてです。

私たち人間一人ひとりは、天(大自然)によって生かされている存在であることを、常に忘れないことが大切だと思います。
私たち人間一人ひとりは、自分の力で生きているのではなく、天(大自然)によって生命を与えられ、天(大自然)によって生かされて、今生きているのだということを常に認識しておく必要があるかと思います。

私たちは、人間社会の中で生きていますので、日々の日常生活を営む中で、つい、人間社会のことにばかり意識を向け過ぎてしまう傾向があります。
私たち人(ヒト)のことを「人間」と呼ぶように、私たちは良くも悪くも、他者との間、人との関係性、すなわち人間関係の中でしか生きて行くことは出来ません。
人間社会の中でしか生きて行くことは出来ないのです。

だからこそ、人との関係性が大切だとも言えるのですが、今までは、あまりにもそのことばかりが強調され過ぎてきた傾向があるのかも知れません。
処世術や処世訓、人間関係を良くする方法、人脈を作る方法、いかに人から良く見られるかなど、人との関係性にばかり気を取られていた傾向があるのかも知れません。

しかし、私たち人間は、良くも悪くも、人との関係性、人間関係、人間社会の中でしか生きて行くことは出来ない訳ですから、だからこそ、いかに他者から距離を置き、人間関係や人間社会から距離を保って自分自身の人生を守っていくかということも、もう一つ大切な視点ではないかと思います。

現代は、インターネットやSNSなどの発達により、日々膨大な量の情報が溢れてきていますが、多くの人たちが、日本は元より世界中のニュースなどの情報にあまりにも振り回され、あまりにも外の世界、すなわち人間社会の事柄に意識を向け過ぎている傾向が感じられます。

何処かの誰かが発信した情報にSNS上で炎上してみたり、何処の誰かも分からない他人から「いいね!」をもらって承認欲求を満たそうとして「SNS疲れ」を感じたり、大切な睡眠時間を削ってまでインターネットの世界にのめりこんで時間を奪われたり・・・・・・。
「デジタルデトックス」という言葉があるように、時には、人間社会のことをしばし忘れて、大自然の中に身を置いてくつろぐ時間も大切だと思います。
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私たち人間一人ひとりは、良くも悪くも人間社会の中でしか生きていくことは出来ませんので、人間社会のことに意識を向け過ぎてしまうと、ともすれば、人間社会における比較優劣のような事柄に囚われがちになる傾向があります。

例えば、自分は成功者だとか失敗者だとか、学歴があるとか無いとか、一流企業に勤めているとか中小零細企業に勤めているとか、職業は何だとか、お金があるとか無いとか、何かの賞を受賞したとかしないとか、有名であるとか無名でしかないとか・・・・・・。

それらの全ては、所詮は人間社会の中における比較優劣でしかなく、天(大自然)と自分との関係性を表す事柄ではありません。
会社員、経営者、主婦、無職、学生、スポーツ選手、芸術家、宗教家など、何かの職業などを表す属性というものがありますが、それらの属性というものは、あくまでも人間社会の中における属性であり、天(大自然)と自分との関係性を表すものではありません。

自分が会社員であっても会社経営者であっても主婦であっても学生であっても、それらは天(大自然)と自分との関係性を表すものではなく、自分と天(大自然)との関係性は、どんな時でも、天(大自然)によって生命を与えられ生かされている自分が存在するだけです。

自分が例えどんな偉業を成し遂げ、社会的に成功したとしても、それは所詮、人間社会の中の比較優劣でしかなく、生命を与え生かしている天(大自然)からの視点で見れば、偉業でも何でもありません。

人間社会の中における比較優劣にばかりに意識を向けるのではなく、自分が天(大自然)の視点から見てどういう人間なのか、天(大自然)の御心に適った生き方をしているのかどうかを、常に自分自身で省みることが大切だと思います。

天(大自然)に生かされ、今、自分が生きていることの有難さ・不思議さなどを改めて感じさせてくれる、秘境黒部峡谷の秘湯の旅でした。

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トロッコ電車の終点欅平駅から行く黒部峡谷の最秘境祖母谷温泉に行って来ました!

  • 2020年10月21日 18:00
  • Posted by Yamatofuji

CIMG0664.JPG     トロッコ電車の終点欅平駅から行く最秘境祖母谷温泉
先週・先々週に引き続き、3週連続で、黒部峡谷の秘湯に行って来ました。
先々週は黒薙温泉、先週は名剣温泉、そして今週は祖母谷温泉です。
黒薙温泉・名剣温泉については、『トロッコ電車で行く秘境黒部峡谷の秘湯の旅を満喫して来ました!』、こちらの記事をご参照下さい。
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祖母谷温泉は、トロッコ電車の終点欅平駅から行ける最秘境の秘湯になります。
欅平駅から徒歩で片道約60分、山道を歩いた所にあります。
先週宿泊した名剣温泉からさらに奥地に30分程歩いた地点にある秘湯です。
祖母谷温泉には宿泊施設もあるのですが、今回は宿泊せずに、麓のトロッコ電車始発駅にある宇奈月温泉に2泊し、日帰りで祖母谷温泉に行って来ました。
宇奈月駅からトロッコ電車で終点欅平駅までが約80分、欅平駅から徒歩で片道約60分ですので、ちょうど1日がかりの良いハイキングとなりました。
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CIMG0652.JPG        終点欅平駅の奥鐘橋を通って徒歩約60分
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        名剣温泉からさらに上流に徒歩約30分
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快晴の秋晴れの中、紅葉も少し色づき始めており、素晴らしい大自然を満喫することが出来ました。
3週連続で秘境黒部峡谷のような深い大自然の中に身を置いてみて改めて感じるのは、やはり、大自然の持つ力・癒しのエネルギーの凄さです。
現代は、衣食住を始め、生活の全てがかなり大自然から遠ざかっている面があり、人工物・化学物質だらけの中で生きている傾向が高まっています。

「衣」・・・自然素材ではなく、石油系などの化学的な衣服など
「食」・・・農薬・食品添加物・加工食品など
「住」・・・化学物質・電磁波まみれの住環境など
そして、パソコン・携帯・スマホなどを四六時中使用しての電磁波だらけの生活も、目には見えませんが、心身のリズムを狂わす元にもなっているかも知れません。
これだけ私たち現代人の生活に人工物・化学物質が溢れかえり、自然から遠ざかる傾向が強まってしまうと、人間社会全体が何処か歪んでしまうのも無理もないのかも知れません。

心身のバランスを調整してくれる大きな力が、やはり大自然の中にあることを改めて感じさせてくれる、秘境黒部峡谷の旅でした。
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今というこの時期は、秋の行楽シーズン真っただ中であり、深い大自然の中を旅するには、とても良い時節だと思います。
秋の行楽シーズンは、まだまだこれから続きます!

トロッコ電車で行く秘境黒部峡谷の秘湯の旅を満喫して来ました!

  • 2020年10月15日 16:29
  • Posted by Yamatofuji

CIMG0608.JPG         トロッコ電車の終点欅平駅にある奥鐘橋
秋も少しずつ深まってきて、紅葉も色付きはじめ、旅するには良い時期を迎えました。

今週と先週の2回にわたり、トロッコ電車で行く秘境黒部峡谷の秘湯の旅を満喫して来ました!

秘境黒部峡谷には、麓の宇奈月温泉にある始発駅宇奈月駅からトロッコ電車に乗る必要があり、終点の欅平駅には約1時間20分の旅となります。

今週は、終点欅平駅から徒歩約20分の所にある秘境の一軒宿「名剣温泉」に1泊しました。
先週は、宇奈月駅からトロッコ電車で約25分の黒薙駅から徒歩約15分の「黒薙温泉」に1泊しました。
いずれも、まず麓の宇奈月温泉で1泊し、翌日トロッコ電車で秘湯に1泊する形で、2泊3日の秘境の旅を2週続けて堪能することが出来ました。
「名剣温泉」も「黒薙温泉」も、部屋数10室程の秘境の一軒宿であり、部屋にはテレビもなく、俗世間の煩わしさをしばし忘れて、快適な時間を過ごすことが出来ました。
「名剣温泉」には携帯の電波が届いていましたが、「黒薙温泉」には携帯の電波も届かないため、忙しい人間社会の情報からしばし遮断されて、実に開放的な気分を味わうことが出来ました。
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「名剣温泉」は、宇奈月駅からトロッコ電車に乗って約1時間20分、終点欅平駅から徒歩約20分の所にあります。
眼下に秘境黒部峡谷を見下ろせるような、断崖絶壁のような所にある秘湯の一軒宿になります。
CIMG0641.JPG        奥鐘橋と左側が欅平駅
CIMG0614.JPG         黒部峡谷の秘湯「名剣温泉」
CIMG0621.JPG   「名剣温泉」で宿泊した部屋「滝」
CIMG0620.JPG        部屋の窓の眼下には黒部峡谷の絶景
CIMG0625.JPG            露天風呂からの絶景

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「黒薙温泉」は宇奈月駅からトロッコ電車に乗って約25分の黒薙駅で降りてから、黒部川の支流黒薙川沿いの山道を約15分歩いた所にある、秘湯の一軒宿であり、黒薙川のすぐ横にあります。
CIMG0575.JPG        黒薙駅から見る後曳橋とトロッコ電車
CIMG0579.JPG        黒薙川の秘境にある「黒薙温泉」
CIMG0589.JPG       「黒薙温泉」秘湯大露天風呂(混浴)
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CIMG0649.JPG        トロッコ電車の始発駅宇奈月駅

「名剣温泉」と言い「黒薙温泉」と言い、電波も十分に届かないような秘境黒部峡谷の深い大自然の中で、露天風呂に身を沈めてゆったりと過ごす時間は、とても貴重で得難い体験であり、とてもすがすがしい時間でした。

俗世間の忙しさ・煩わしさからしばし解放されて、深い大自然の中で静かな時間を過ごしていると、大切な何かを想い出させてくれるような感じがします。

21世紀の現代は、テレビ・ラジオ・新聞などのマスコミや大量の書籍・雑誌類に加えて、インターネットやSNSなどの普及により、日々膨大な量の情報が生み出されてきており、ある種の消化不良のような状態に陥っている面も見受けられます。

今年に入ってから、日本は元より地球規模でますます人間社会は忙しくなり、窮屈で生きづらいような風潮が高まってきていますが、そんな世間(娑婆・人間社会)の風潮など何処吹く風という感じで、トロッコ電車で行く秘境黒部峡谷には、爽やかで清々しい秋風が吹き、黒部川の清流のせせらぎの音が美しく鳴り響いていました。

宇奈月駅からトロッコ電車で行く秘境黒部峡谷の秘湯の旅を、2週連続で満喫することが出来ました。



富士山本宮浅間大社、身延山久遠寺、諏訪大社、皆神山、戸隠神社

  • 2011年4月17日 10:35
  • Posted by Yamatofuji

14日から16日まで、丸三日間かけて、旅をしてきました。

私にとっては、これからの大変化の時代を生きていく為に、今までの半生に一つの区切りをつける旅でもありました。
神社などの聖地への旅も、今までは、折に触れて行きましたが、それも、今回の旅で一つの区切りとなりました。
将来、必要な時が来れば、また何処かに行く事になるでしょう。

今回の旅の目的地は、以下のとおりです。

14日  富士山本宮浅間大社身延山久遠寺     
15日  諏訪大社(上社例大祭の日、「御頭祭」に参加)

16日  皆神山戸隠神社

15・16日にかけて、長野県を周りましたが、長野県の呼び名である、「信州」という言葉には、「神州(しんしゅう)」という意味もあり、神界のプログラムの、ある重要な働きが隠されています。
「神州」としての働きは、諏訪大社と戸隠神社の働きに、表されています。

諏訪大社がある諏訪湖というのは、日本の「へそ」と呼ばれる事がありますが、「へそ」とは、丹田の事でもあり、日本という国の、とても重要な要のような役割を担っています。
これは、諏訪湖が位置する、地質学上の特異な地場エネルギーとも密接不可分の関係にあります。
諏訪湖というのは、「中央構造線」と、「フォッサマグナの西辺」である「糸魚川静岡構造線」という、二つの大断層線が交差する場所に位置しており、とても強力なエネルギーが封印されている場所だと言えそうです。

また、諏訪大社の御神体山である、「守屋山(モリヤ山)」というのは、旧約聖書「創世記」の中に出て来る「モリヤ山」と同じ名前であり、諏訪大社の「御頭祭」は、「創世記」の中のエピソードとそっくりだとも言われており、諏訪大社と古代ユダヤの間には、密接な関係があります。

神武三千年の神図りが開く時、諏訪大社に秘められていたエネルギーが開く事になります。

また、戸隠には、十隠(とがくし)という意味があり、十とは、火(|)と水(━)で神(火水・カミ)を表しますので、神が隠されています。

諏訪大社と戸隠神社が一体となって、「神州」としての、重要な役割が、神図りにより、仕掛けられています。

その辺の事は、折に触れて、また改めて書いていきたいと思います。

私自身としては、色々な意味で、一つの区切りを付ける事が出来た、聖なる旅となりました。


7月1日・富士山開き、戸隠、諏訪大社

  • 2010年7月 2日 20:37
  • Posted by Yamatofuji

6月27日から、7月1日まで、戸隠・諏訪・富士山に行って来ました。

まず、6月27日、長野県の戸隠神社へ。
戸隠神社は、奥社・九頭龍社・中社・宝光社・火之御子社の五社から成っています。
奥社に祀られているのが、天手力男神。
古事記の中の「天岩戸開き」の場面で、天照皇大神の手を引っ張って、岩戸の外に出す働きをされた神様です。

奥社参拝後、随神門へと至る長い長い参道を歩いている時、突然、CD「富士は晴れたり日本晴れ」収録曲、「聖なる飛鳥(明日香)」の別バージョン(ハーモニーバージョン)のメロディーが浮かんできました。
現行のメロディーより、もっと高音で高く遊ぶ感じのメロディーで、ハーモニーにすると、ピッタリだと思います。
いつか機会があったら、ハーモニーの形にして、CDに収録したいと思います。奥行き・深みが増して、見違える(聴き違える?)ような曲に生まれ変わると思います。

6月28日は、諏訪大社参拝。
諏訪大社は、下社春宮・秋宮、上社前宮・本宮の、四社から成っています。
私は、諏訪大社や諏訪湖のほとりにいると、どこか懐かしいような感じがして、心の安らぎのようなものを感じます。そして、諏訪湖の温泉に浸かっていると、ほっとします。

6月29日は、諏訪大社の御神体山・守屋山登拝。
諏訪大社には、今まで何度か足を運ばせていただきましたが、今回初めて、御神体山の守屋山に登拝させていただきました。
登山道の入口に守屋神社があり、物部守屋が祀られています。守屋山の山頂にも、守屋神社の奥宮があります。奈良から遠く離れた、諏訪湖のほとり、諏訪大社の御神体山の山頂に、物部守屋が祀られている不思議さ。
また、モリヤ山というのは、旧約聖書「創世記」の中にも出て来る山の名前で、天下の奇祭として有名な諏訪大社の御頭祭は、「創世記」の中のエピソードとそっくりだと言われています。そして、御頭祭は代々「モリヤ(守矢)家」が祭主として行ってきたということです。
諏訪湖の位置する地質学上の場所といい、諏訪大社といい、諏訪湖は、色々なミステリーに満ちた、神秘的で重要な要の場所のようです。

6月30日、夏越しの大祓いの日、北口本宮浅間神社に参拝後、午後から富士山への登拝を開始。八合目の「富士山ホテル」に宿泊。

翌朝2時30分に起きて、一路富士山頂に向って出発。
7月1日、霊(ひ)ノ元・日本の象徴、霊峰富士山開きの日の夜明け・日の出を富士山頂から、御来光とともに迎えさせていただくことができました。
この日の御来光は、まさに「黄金の太陽」という表現がピッタリな感じで、新しい時代の幕開けを象徴するかのような、見事な御来光でした。
そして、私こと大和富士の、四十?回目の誕生日を迎えさせていただきました。
お鉢廻りをしてから、下山。

下山後、富士宮市に向いました。
富士根本宮とされている、村山浅間神社、次に、浅間大社の元宮とされている、山宮浅間神社に参拝後、最後の締めくくりとして、富士山本宮浅間大社に参拝。丸五日間にわたる旅を無事締めくくらせていただくことができました。

この五日間の旅の中で、数曲のメロディーが浮かんできました。
特に、守屋山登拝後、諏訪湖から河口湖へ向う途中で浮かんできたメロディーが、とても気に入っています。メロディーにピッタリな歌詞をつけると、素晴らしい曲になりそうなので、とても楽しみです。

第二作目のCDは、一作目のものより、かなり趣きの違う作品に仕上げようと考えています。一作目よりも、もっと洗練された形になると思います。

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