日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2014年8月のアーカイブ

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人類の意識がどんなに進化しても無くならない宗教とは――「無限」の宗教

 この二一世紀において、私たち人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生することになります。

 私たち人類の意識が飛躍的に進化するに伴い、既存の宗教の多くは、その存在意義を失い、次第に役割を終えていくことになるでしょう。

 しかし、私たち人類の意識がどんなに進化しても、決して無くならない宗教というものが、あります。

 それは、「無限」の宗教とでも呼ぶべきものであり、大宇宙そのものへの信仰なのです。
 この大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主に対する信仰なのです。

 物理的大宇宙に存在している全ての被創造物は、例えどんなに高次元の存在であったとしても、究極的な信仰というものを持っています。
 この物理的大宇宙において、決して無くなることの無い、究極的な宗教とは、「無限」の宗教なのです。

 大宇宙そのものへの信仰であり、大宇宙そのもののことを、「無限」と表現するならば、「無限」への信仰であり、「無限」の宗教とでも呼ぶべき宗教なのです。

 この大宇宙の根本主体・根本創造主に創造され、大宇宙に生かされている存在は皆、例え如何なる存在であったとしても、この大宇宙そのものへの畏敬の念、感謝の念を持っており、例えどんなに進化したとしても、それが無くなることは無いからです。

 この大宇宙の根本主体・根本創造主に対する信仰、大宇宙そのものへの信仰、言わば、「無限」というものへの信仰というものは、決して無くなることはありません。

 以前「無限の宗教――絶対の宗教、永遠の宗教」の中で書きましたが、「無限」の宗教とは、絶対の宗教であり、永遠の宗教なのです。

 実は、世界の主な宗教の中で、神や仏と表現されている存在たちが持っている、唯一の信仰が、「無限」の宗教なのです。

「世界の主な宗教の源は一つ」の中で書きましたが、世界の主な宗教の源は一つであり、「地球神界」とでも呼ぶべき、地球の全生命を直接創造した存在たちの世界が、その起源となっています。
 聖書においては、「神」と訳されています。

 しかし、旧約聖書の「創世記」に、「神は御自分にかたどって人を創造された。」と書かれている通り、地球の全生命を直接創造した存在たちと私たち人間は似ており、私たち人間と同じように、姿・形を持った存在たちなのです。
 無形の超自然の神が、地球の全生命を直接創造した訳ではなく、地球の全生命を直接創造したのは、あくまでも、私たち人間と同じように、姿・形や名前を持った存在たちなのです。

 世界の主な宗教において、神や仏として表現されている存在たちというのは、あくまでも、姿・形や名前を持った存在たちであり、この大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識とは違います。

「神や仏という概念を超えて」の中で書きましたが、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。

 世界の主な宗教において、神や仏として表現されている存在たちも、あくまでも、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識によって「想像=創造(そうぞう)」され、生かされている存在なので、根本創造主(大宇宙意識)への信仰を持っており、「無限」の宗教を持っているのです。

「無限」の宗教、それは、絶対の宗教であり、永遠の宗教です。
 将来、私たち人類が、宇宙レベルの意識状態に到達した時、全ての人々が、「無限」の宗教を信仰するようになるでしょう。

神や仏という概念を超えて

 この大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、神や仏という概念を遥かに超えた、もっとスーパーな存在です。

 この大宇宙の唯一の実在である大宇宙意識とは、私たち人間が、神や仏という言葉からイメージするような概念を遥かに超えた、もっとスーパーな存在なのです。

 神や仏という言葉には、私たち人間が抱くイメージが多分に入っており、多少なりとも人間味を帯びた存在となっています。
 仏像などの多くは、慈悲深い表情で創られており、中には、不動明王のように憤怒の相の仏像などもあります。
 神話などには、神の怒りや、神の嫉妬などが記されており、人間味を帯びた一面が記されています。
 また、仏像や宗教画などにおいても、私たち人間と同じような姿・形で、神や仏を表現しています。

 しかし、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、そのような、人間味を帯びた存在などでは全くありません。
 大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙(現象界)の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 大宇宙の根本創造主とは、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋なる意識そのもの」なので、根本創造主には、姿・形などありませんし、もちろん、名前などありません。
 私は、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界とは、非物質な世界であり、そこに唯一実在しているのは、大宇宙の根本創造主の「純粋意識」だけなのです。

 大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識と、宗教的世界観における神や仏とは、違います。

 以前、「世界の主な宗教の源は一つ」の中で書きましたが、世界の主な宗教の源は一つであり、「地球神界」とでも呼ぶべき、地球の全生命を直接創造した存在たちの世界が、その起源となっています。
 聖書においては、「神」と訳されています。

 しかし、旧約聖書の「創世記」に、「神は御自分にかたどって人を創造された。」と書かれている通り、地球の全生命を直接創造したのは、私たち人間と同じように、姿・形を持った存在たちなのです。
 無形の超自然の神が地球の全生命を直接創造した訳ではなく、地球の全生命を直接創造したのは、あくまでも、私たち人間と同じように、姿・形や名前を持った存在たちなのです。

 ですから、宗教的世界観の中では、神や仏というものが、私たち人間と同じような姿・形で表現されており、感情を持った人間味を帯びた存在としてイメージされていることには、それなりの理由・背景があるのですが、宗教における神や仏という概念と、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識とは、分けて考える必要があります。

 愛や慈悲の心で、私たち個人の願い事を聞き入れてくれる神や仏、あるいは、愛や慈悲の心で、私たち人類を救済してくれる神や仏、そのような概念を遥かに超えた、もっとスーパーな存在が、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識なのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識だけなのです。
 大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙(現象界)の全ては、根本創造主(大宇宙意識)が「想像=創造(そうぞう)」したものであり、全ては、「根本創造主(大宇宙意識)の顕れ」なのです。

 まずは、このことを理解する必要があります。

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の先行予約を開始致します!

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の先行予約を開始致します!
「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」表紙カバー.jpg         四六判  270ページ
         価 格  本体1400円+税
         発 行  表現社(表現社図書)

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」が、9月25日に発売されます!
書店での発売に先立ち、書籍が完成し次第、一部を当ホームページにて先行販売致しますので、先行予約を開始致します!
数に限りがありますので、ご注文はお早めにどうぞ!

書籍の発送は、8月下旬から9月初旬を予定しています。

新著の紹介ページが、当ホームページの「書籍」ページに追加されるのは、発売日の9月中旬頃になります。
その間は、新著の内容につきましては、『新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の内容を、ご紹介致します!』を、ご参照下さい。
ご注文は、「ご注文・ご予約」ページからお願い致します!

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の内容を、ご紹介致します!

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の内容を、ご紹介致します!
「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」表紙カバー.jpg         四六判  270ページ
         価 格  本体1400円+税
         発 行  表現社(表現社図書)

   はじめに
 この大宇宙には、たった一つの存在しか実在していません。
 この大宇宙に、本当に実在しているのは、たった一つの存在なのです。

 それは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主という存在なのです。
 本書においては、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。

 物理的大宇宙の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって「想像=創造(そうぞう)」された世界であり、全てが大宇宙意識の光の中にあり、そこに存在している全てのものは、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 この大宇宙の森羅万象の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって繰り広げられている壮大なゲームであり、全ては「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」と呼べるものなのです。

 物理的大宇宙の全ては、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識が、自らが持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を体験して味わう為の「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界なので、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世界なのです。

 これを知ることが、本質的に最も大切なことであり、このことが理解出来て初めて、自分という存在は何なのか、自分は何故今ここに存在して生きているのか、自分が映す現実世界とは何なのか、という謎も解けてきます。

 ただ、この大宇宙に本当に実在しているのは、唯一、根本創造主である大宇宙意識のみであることは、知識や学問などによっては知る由も無く、体験的に知る他無いので、ある種の「神我一如」、あるいは「梵我一如」とでも言うべき体験が必要になります。

 しかし、体験的に知らなくても、私たち人間一人ひとりは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)なので、私たち一人ひとりの「意識」を一番奥深くまで遡れば、最終的には、根本創造主である大宇宙意識まで辿り着くことになります。

 ですから、私たち人間一人ひとりは、「意識」の一番奥深い部分においては、この大宇宙の全てを知っているとも言えるのです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)とは、宇宙空間の何処か彼方に存在しているのではありません。
 大宇宙の根本主体である大宇宙意識とは、全知全能の「純粋意識」として存在しており、それは、私たち一人ひとりの「意識」の一番奥深くに内在しているものなのです。

 そのことを想い出していく手助けとして、本書をご活用頂ければ、これに勝る喜びはございません。
                                                             大和富士  

   目   次
はじめに
 
根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在
  根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在
  絶対世界と相対世界
  絶対世界とは
  根本創造主(大宇宙意識)とは、全知全能の「純粋意識」
  想像(そうぞう)=創造(そうぞう)
  根本創造主が唯一行っているのは、「想像=創造(そうぞう)」という仕事
  相対世界とは、絶対世界を映し出して体験する為の「映(うつ)し世」
  全ては、根本創造主(大宇宙意識)の顕れ
  物理的大宇宙(相対世界)は、仮相(仮の姿)の世界
  物理的大宇宙は、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界
  物理的大宇宙の全ては、根本創造主(大宇宙意識)の光の中
  全ては、「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」
  根本創造主(大宇宙意識)の孤独
  全ては、根本創造主(大宇宙意識)の弥栄
  一切無、一切幻
  大宇宙の全ては完
  大宇宙の森羅万象の全てが、本来無事象
  宇宙的な観点の中では、善悪は存在していない
  多様性こそが大宇宙の豊かさ
  大宇宙=無限
  「あり得ない」ということこそ「あり得ない」――あらゆることがあり得る
  神についての二つの概念
  「意識」の一番奥深くに内在している根本創造主(大宇宙意識)

永遠(とわ)の中今
  永遠(とわ)の中今
  永遠とは
  大宇宙には、始まりも無ければ終わりも無い
  大宇宙の森羅万象を貫く一つの力学(法則)
  大宇宙意識の見えざる糸(意図)
  全ては大宇宙の計画の中
  全ては必然、一切偶然なし
  過去も未来も、今、同時に存在している
  未来からやって来る時間
  未来は一〇〇パーセント確定している
  大宇宙の過去と未来の全てが、元々存在している
  大宇宙の全ての時空が、元々存在している
  ありとあらゆる全てのものが、元々存在している
  「想像=創造(そうぞう)」し得る限りの全てのものが元々存在している
  大宇宙の全ては、元々完成している
  大宇宙そのものが、完璧なスーパーコンピューター
  ここは、緑美しき懐かしき地球(追想の中)

大宇宙意識と本源の我
  大宇宙意識と本源の我
  「意識」の中に大宇宙がある
  大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙がある
  物質世界を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」
  「意識」というものは、それを映し出す「鏡」が必要
  ここは「意識」の海の中
  一人ひとりが自分の宇宙(世界)の創造主
  現実世界とは
  自分一人の世界
  全てが主観の世界
  自分が変われば世界が変わる
  心が美しくなれば、現実世界は美しく輝く
  生きる目的
  今ここに自分が存在している理由
  今ここに存在している自分は、アバターにしか過ぎない
  魂を自分の肉体の外に想像
  多次元に生きる、本源の我
  永遠の旅をしている我が魂の夢
  魂にとっては、体験こそが喜びであり財産
  魂の進化
  魂の願い
  心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う
  魂の進化の場として与えられた運動場
  魂の進化としての道の最短距離
  魂の夢
  今を良しとする力、全てを完として捉える力
  どれだけの「意識」を創れたかが大切
  自分を解放するプログラム
  自分の唯一のプログラム
  本当は誰もいない――ただ大宇宙がある
  全ては我が魂の計画の中
  魂の記憶を蘇らせる
  魂の記憶が蘇ると、人生の全てが、予定通りだったことを想い出す
  人生は一〇〇パーセント決まっている
  大宇宙意識の操り人形
  「想いは実現する」とは
  ここは「追想の中」
  自分の中に全ての答えがある
  明日を感じて今日を生きる
  心と感じるままに、生きてみる
  生きるとは、創造すること
  今、目の前にある道が、黄金の道
  現実という空間全てに、常に、遊びという学びが用意されている
  空間を最高の友として遊ぶ
  豊かなる心の位置で、豊かなる世界が現れてくる
  魂の夢、光り輝く魂
  幻の世と知って生きることに、生命の輝きを見る
  自分の中に内在している、大宇宙意識の想いを感じて生きる

 おわりに

   おわりに
 この大宇宙は、「意識」というものによって成り立っています。
 この大宇宙を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」というものなのです。

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけなのです。
 現象界である物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 本源の我であり、真我である、我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つとして、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。
 
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、自分自身の「意識」の中にあるものなのです。

 そして、自分の「意識」の一番奥深くには、大宇宙の根本主体である大宇宙意識が内在しています。
 ですから、自分の中には、この大宇宙の全てがあるのです。

 自分の「意識」の中にある、「無限」の大宇宙を感じて生きることが大切になります。
 自分の中に内在している、大宇宙意識の想いを感じて生きることが大切になります。

 西暦二〇一四年(平成二六年)四月吉日              大和富士


新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の後書き(おわりに)を、ご紹介させていただきます。

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の、後書き(おわりに)を、ご紹介させていただきます。


   おわりに


 この大宇宙は、「意識」というものによって成り立っています。
 この大宇宙を「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」というものなのです。

 大宇宙の中に「意識」があるのではなく、「意識」の中に大宇宙があるのです。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という、一つの「純粋意識」だけなのです。
 現象界である物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 本源の我であり、真我である、我が魂は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つとして、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。
 
 自分が見ている物理的大宇宙(現実世界)の全ては、自分自身の「意識」の中にあるものなのです。

 そして、自分の「意識」の一番奥深くには、大宇宙の根本主体である大宇宙意識が内在しています。
 ですから、自分の中には、この大宇宙の全てがあるのです。

 自分の「意識」の中にある、「無限」の大宇宙を感じて生きることが大切になります。
 自分の中に内在している、大宇宙意識の想いを感じて生きることが大切になります。

 西暦二〇一四年(平成二六年)四月吉日              大和富士

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の前書き(はじめに)を、ご紹介させていただきます

新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」の前書き(はじめに)を、ご紹介させていただきます。


 はじめに

 この大宇宙には、たった一つの存在しか実在していません。
 この大宇宙に、本当に実在しているのは、たった一つの存在なのです。

 それは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主という存在なのです。
 本書においては、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。

 物理的大宇宙の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって「想像=創造(そうぞう)」された世界であり、全てが大宇宙意識の光の中にあり、そこに存在している全てのものは、大宇宙意識の顕れに他なりません。

 この大宇宙の森羅万象の全ては、根本創造主である大宇宙意識によって繰り広げられている壮大なゲームであり、全ては「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」と呼べるものなのです。

 物理的大宇宙の全ては、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識が、自らが持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を体験して味わう為の「映(うつ)し世」であり、「鏡」の世界なので、言わば、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、幻の世界なのです。

 これを知ることが、本質的に最も大切なことであり、このことが理解出来て初めて、自分という存在は何なのか、自分は何故今ここに存在して生きているのか、自分が映す現実世界とは何なのか、という謎も解けてきます。

 ただ、この大宇宙に本当に実在しているのは、唯一、根本創造主である大宇宙意識のみであることは、知識や学問などによっては知る由も無く、体験的に知る他無いので、ある種の「神我一如」、あるいは「梵我一如」とでも言うべき体験が必要になります。

 しかし、体験的に知らなくても、私たち人間一人ひとりは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)なので、私たち一人ひとりの「意識」を一番奥深くまで遡れば、最終的には、根本創造主である大宇宙意識まで辿り着くことになります。

 ですから、私たち人間一人ひとりは、「意識」の一番奥深い部分においては、この大宇宙の全てを知っているとも言えるのです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)とは、宇宙空間の何処か彼方に存在しているのではありません。
 大宇宙の根本主体である大宇宙意識とは、全知全能の「純粋意識」として存在しており、それは、私たち一人ひとりの「意識」の一番奥深くに内在しているものなのです。

 そのことを想い出していく手助けとして、本書をご活用頂ければ、これに勝る喜びはございません。

                             大和富士  

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