日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2014年3月のアーカイブ

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2014年5月、「魂の夢、光り輝く魂」が出版されます!(電子書籍でも!)

 既に電子書籍としてダウンロード購読を開始しております「魂の夢、光り輝く魂」が、2014年5月出版され、全国発売されます!
 合わせて、電子書籍としても、配信されます!

 電子書籍には、EPUB方式(Amazon Kindle、楽天KOBO、紀伊国屋書店Kinoppyなど)とXMDF方式(GALAPAGOS STORE、ドコモ dマーケット BOOKストアなど)の2種類がありますが、両方に対応しておりますので、ほとんどの主な電子書店にて購読が可能となります!
 電子書籍での配信開始は、一般書籍での発売開始から1〜2ヶ月後となります。

 「魂の夢、光り輝く魂」は、21世紀の新たな世界観「開眼世界観」に基づき、自分の人生の主体者・創造者であり、本源の我、真我である魂の視点から、生きるという事の本質について考察した書となっております。

 未来から来た情報・叡智により、生きるという事の本質について光を当てた書であり、生きるとは何かについて知る為の必読の書とも言える内容になっています。

 書籍が完成し次第、全国の書店での発売に先駆けて、4月下旬から先行販売を開始する予定です。
 どうぞお楽しみに!

何らかの「意志」を持った存在を認めない限り、物理的大宇宙の存在を説明出来ない

 物理的大宇宙という物質世界をいくら科学的に追求していっても、この物理的大宇宙を成り立たせている、何らかの「意志」を持った存在を認めない限り、物理的大宇宙の存在を説明する事は不可能です。

 この物理的大宇宙とは、偶然存在している訳ではなく、この物理的大宇宙を存在させている、何らかの「意志」によって存在しているからなのです。

 物理的大宇宙を存在させている、何らかの「意志」とは、敢えて言うならば、この大宇宙の根本主体である根本創造主の「意志」という事になります。

 そして、この物理的大宇宙を存在させている、大宇宙の根本主体である根本創造主とは、この物理的大宇宙に存在している訳ではありません。

 この物理的大宇宙とは、相対世界とでも言うべき仮相(仮の姿)の世界であり、大宇宙の本質の世界ではありません。

 大宇宙の根本主体である根本創造主が実在しているのは、絶対世界とでも言うべき、大宇宙の実相(本質)の世界であり、そこは非物質な世界なのです。

 物理的大宇宙という物質世界を存在させている源の世界、根源の世界とは、非物質な世界なのです。

 ですから、物質世界(物理的大宇宙)をいくら科学的に追求していっても、物質世界を存在させている源の世界の事は、解明出来ないのです。

 大宇宙の実相(本質)の世界である絶対世界に唯一実在しているのは、大宇宙の根本主体である根本創造主の「純粋意識」のみです。
 私は、便宜上、大宇宙意識と呼んでいます。

 大宇宙の根本主体(根本創造主)である大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。

 物理的大宇宙の全ては、大宇宙の根本主体(根本創造主)である大宇宙意識によって「想像=創造(そうぞう)」されたものなのです。

 この物理的大宇宙を存在させている源の世界、この物理的大宇宙を「想像=創造(そうぞう)」している根源の世界とは、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」の世界なので、「意識」の探求によってしか、この大宇宙の本質を知る事は出来ないのです。

物理的大宇宙をいくら科学的に追求しても、大宇宙の実相(本質)は解明出来ない

 物理的大宇宙をいくら科学的に追求しても、この大宇宙の実相(本質)を解明する事は、不可能です。

 何故なら、この物理的大宇宙そのものが、相対世界という仮相(仮の姿)の世界であり、大宇宙の実相(本質)の世界ではないからです。

 大宇宙は、絶対世界と相対世界から成り立っています。

 絶対世界とは、大宇宙の実相(本質)の世界であり、そこは非物質な世界です。
 この大宇宙の本質は、どこまでも非物質なものです。

 大宇宙の本質の世界である絶対世界には、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主の「純粋意識」のみが実在しています。

 絶対世界に唯一実在する根本創造主(大宇宙意識)の「純粋意識」が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「鏡」の世界、言わば、「映(うつ)し世」が、相対世界である、物理的大宇宙なのです。

 相対世界である物理的大宇宙は、絶対世界に唯一実在する根本創造主(大宇宙意識)が「想像=創造(そうぞう)」した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界です。

 この物理的大宇宙そのものが、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、言わば、幻の世界なので、物理的大宇宙をいくら科学的に追求しても、大宇宙の実相(本質)を解明する事は出来ないのです。

 物質というものをいくら追求してみても、何も確かな実体がある訳ではないという事に、最先端の物理学でも、ようやく気付き始めたのではないでしょうか?

 今後、科学が進歩すればする程、ある意味においては、この大宇宙の謎は、深まるばかりだと思います。
 何故なら、科学がいくら進歩しても、この大宇宙の実相(本質)は解明出来ない、という事実を、認めざるを得なくなるからです。

 物質というものを、「想像=創造(そうぞう)」している源は、「意識」というものなのです。

 この物理的大宇宙を「想像=創造(そうぞう)」している源は、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)の「純粋意識」なので、物理的大宇宙をいくら科学的に追求しても、この大宇宙の実相(本質)を解明する事は、不可能なのです。

 相対世界である、この物理的大宇宙とは、所詮は、絶対世界に唯一実在する、大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)が「想像=創造(そうぞう)」した、バーチャルリアリティー(仮想現実)の世界であり、絶対世界が投影された「映(うつ)し世」にしか過ぎず、言わば、幻の世界なのです。

 幻の世界をいくら科学的に追求しようとしても、所詮は、幻の世界を「想像=創造(そうぞう)」している源の世界である、本質の世界、実相の世界である、絶対世界を解明する事は、不可能なのです。

 相対世界である物理的大宇宙は、絶対世界に唯一実在する大宇宙の根本創造主(大宇宙意識)が持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」により「創造(そうぞう)」された、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻の世界にしか過ぎず、大宇宙の実相(本質)の世界である、絶対世界の「映(うつ)し世」にしか過ぎないので、物理的大宇宙をいくら科学的に追求して行っても、この大宇宙の謎は深まるばかりなのです。

 この大宇宙を存在させている源は、「意識」というものなので、「意識」の探求によってしか、この大宇宙の実相(本質)を知る事は出来ません。

 詳しくは、今年出版される新著「根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在」をご参照下さい。

 この大宇宙についての、最も本質的な、根源的な内容の書となっていますので、ご一読いただければ幸いです。

三千世界一度に開く梅の花

「三千世界一度に開く梅の花」という言葉があります。

 元々は、大本神諭の「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。神が表に現れて三千世界の立替え立直しを致すぞよ」という言葉から来ているようです。

 あと20年前後で、有史以来数千年続いた、私達人類の古い歴史が幕を閉じ、新たな地球が誕生し、全人類が待ちに待った、全人類の春を迎える時が到来します。

 私達人類の、新たな歴史が幕開けする時を迎えるのです。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本から、今ある物質文明の次に来る新たな精神文明、花咲く都・黄金文明が花開き、地球・世界を包み込み、私達人類の新たな歴史が幕開けする時を迎えます。
 キリスト教の世界で言われる「至福千年王国」の事でもあり、仏教的表現を使えば「弥勒世」という事になります。

 あと20年前後で、私達人類の意識は飛躍的に進化し、さなぎから蝶へと生まれ変わります。
 私達人類の世界観そのものが、根本的に入れ替わろうとしているのです。

 そして、人類の新たな意識は、私達日本人によって創られ、全世界に波及し、地球・世界を包み込む事になります。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本、そして、私達大和民族は、その為に、太古の昔から用意されてきた国であり、民族なのです。

 人類の歴史で言うと、約三千年の歳月を掛けて、この21世紀に、新たな地球を誕生させる使命・役割を全う出来るように、準備され、導かれてきた国であり、民族なのです。

 これを、「神武三千年の神計り」と言います。
 約三千年の熟成期間を経て、今、私達日本人の遺伝子が本格的に目覚め、蘇り、花開く時を迎えようとしています。

 私達が待ちに待った全人類の春、人類の黄金時代を幕開けさせる為の新たな意識、新たな世界観を、最も受け入れやすいように創られているのが、私達日本人であり、私達大和民族なのです。

 これは、私達の母国語である、日本語と深く密接に関わっています。
 日本語という言語が、次世代の新たな意識、新たな世界観を最も受け入れやすい言語なのであり、私達日本人は、「神武三千年の神計り」によって、人類の新たな意識を創れるように、熟成され、導かれてきたのです。

 今、私達日本人の遺伝子が本格的に目覚め、蘇り、花開く時を迎えていますので、私達日本人の意識が大きく変わり始めるのは、それ程遠い未来の事ではありません。

 私達日本人の意識が大きく変わり始めた時には、現象界においても、目に見える形で変化が訪れ、まさに、「三千世界一度に開く梅の花」という言葉がピッタリな感じで、変化が感じられる事でしょう。

 有史以来数千年続いた、私達人類の古い歴史は、あと20年前後で終わりの時を迎えます。
 今、私達が生きているのは、人類の古い歴史の最終局面なのであり、その先に待っているのは、想像だにない新しい世界なのです。

 最早、国と国、民族と民族、宗教と宗教が相争う事の無い、平和で自由な、喜びに満ちた世界が花開き、全人類の春が到来するのです。
 真の世界平和、地球の恒久平和が実現し、私達人類は黄金時代を迎える事になります。

 そして、新しい地球、人類の黄金時代は、私達日本人の目覚めにより、実現する事になります。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本は、その為に、太古の昔から用意され、準備されてきた国なのです。

 日本語という母国語を話す私達大和民族は、新しい地球に相応しい意識を、最も受け入れやすい民族なのであり、数千年の熟成期間を経て、新しい地球の意識を創れるように、導かれてきたのです。

 私達日本人の遺伝子が本格的に目覚め、蘇り、花開いた時には、まさに、「三千世界一度に開く梅の花」という言葉がピッタリな世界が、現れて来る事でしょう。

結果は有るけど、結果は無し

 私達は、自分の人生の夢や目標に向かって進んでいますので、ある結果と呼ばれるものを求めて生きている人が多いのではないかと思います。

 しかし、結果と呼ばれるものは、確かに、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。
 結果と呼ばれるものも、本当は、有るという訳でもないのです。

 結果は有るけど、結果は無しなのです。

 オリンピック競技というものも、結果を追い求める典型例の一つだと言えます。
 先日行われたソチオリンピックでも、悲喜こもごもの様々なドラマがありました。

 女子フィギュアスケートの浅田真央選手や、女子モーグルの上村愛子選手などは、メダルの有力候補と言われながら、結果的にはメダルに手が届かず、それぞれ6位入賞と4位入賞に終わりました。

 金メダルを目指し、4年間死に物狂いで練習してきた当人にとって、順位という結果だけ見れば、悲願のメダルを逃し、悔しい思いもあるかと思いますが、4年間の集大成の最高の演技・滑りが最後に出来たという点では、浅田選手も上村選手も、満足されている御様子で、清々しい表情が感じられました。

 もし、ライバル選手達の相次ぐミスなどによって、結果的に自分にメダルが獲れたとしても、自分自身が最高の演技・滑りが出来なかったとしたら、心の何処かで物足りない何かが残ったかも知れません。

 金メダルという結果を求めて4年間必死に生きて来て、順位という結果だけ見れば、満足出来なくても、結果ではない何かで満足出来るという事もあるのです。

 浅田真央選手の場合などは、前半のショートプログラムでミスが続き、予想外の低い得点で16位に沈み、失敗演技と思えたショートプログラムの結果というものが、逆に、心が開き直るきっかけとなり、フリーで最高の演技を実現させる元になったとも言えるかも知れません。
 自己最高得点を獲得し、浅田真央選手ご本人曰く、「競技人生最高の滑りが出来た」との事で、世界中の多くの人々に、感動を与える事になりました。

 何が結果なのか、よく分かりません。
 結果と呼ばれるものも、長い年月が経ってみなければ、あるいは、もっと別の角度・視点から見てみなければ、よく分からないという事は、たくさんあります。

 結果と呼ばれるものも、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。
 結果は有るけど、結果は無しなのです。

 私達の人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、私達は、ただ、意識を創る旅をしているだけなのです。
 
 天の仕組みとして、創った心は失われ、創った思いも必ず失われる仕組みになっていますから、「心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う」という、意識を創る旅を続けながら、心の純化、意識の福化の旅をしているだけなのです。

 如何なる結果と呼ばれるものを創造したとしても、心の純化、意識の福化の旅のプロセスにおける絵柄・紋様にしか過ぎず、心を成長させる為の道具(ツール)にしか過ぎません。

 先日書いたように、「本当の夢とは、心の夢ではなく、魂の夢の事」なので、心の夢を追い求めて心を成長させながら、実は、真我である魂の夢を実現させているのです。

 例え、肉体の自我意識(表面意識)から見れば、思い通りでないように思えたとしても、自分の人生の主体者・創造者である魂から見れば、全ては思い通りであり、我が魂の夢は実現しているのであり、人生の全てはうまくいっているのです。

 人生の全ては、うまくいっています。
 心の広がりとして、うまくいっています。
 意識の福化として、うまくいっているのです。

 うまくいっている事も、うまくいっていない事も、実は、全てはうまくいっているのです。
 思い通りの事も、思い通りでない事も、実は、全ては思い通りなのです。

 自分の人生の主体者・創造者は、本源の我であり、真我である、我が魂です。
 自分の人生の全ての現実は、真我である我が魂が、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものなので、魂の進化にとって最善の出来事の連続でしかありません。

 ただ、その事が、肉体の自我意識(表面意識)では、分からないだけなのです。

 魂の進化とは、心の純化、意識の福化という事であり、心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心へと、心を飛翔させていく事なのです。

 私達の人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、何を成したかとか、何を手に入れたかという事柄の中に、人生の真の答えが有る訳ではありません。
 何を成したかではなく、どれだけの意識を創れたかが大切なのであり、そここそが、天から問われているところなのです。

 心の夢を求めて、結果と呼ばれるものを追い求めていく事自体は、心を成長させていく旅のプロセスには必要な事なのですが、結果と呼ばれるものの中に真の答えが有る訳ではなく、どれだけの意識を創れたかという事が大切なのです。

 真我である魂から見れば、自分の人生の全ては思い通りであり、魂の夢は100%叶っているのであり、人生の全てはうまくいっているので、結果と呼ばれるものも、本当は、有るという訳でもないのです。

 結果と呼ばれるものは、有ると言えば有るのですが、無いと言えば無いのです。
 結果は有るけど、結果は無しなのです。

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