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大和富士ブログ|BLOG

2016年8月のアーカイブ

8 Entries

現実世界(大宇宙)という「空間」全てが、自分の意識が映し出された「鏡」の世界

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 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」全てが、自分自身の意識が映し出された「鏡」の世界です。

 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」の全ては、自分自身の意識が投影された内面の世界であり、全ては心の内の景色なのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分自身の心の中にある心象風景とでも呼ぶべきものを、「空間」という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているに過ぎないので、全ては主観の世界であり、言わば、インナーワールドなのです。

 あなたは、もしかしたら、自分の外に何か確固とした客観的な現実世界(大宇宙)というものがあるのだと考えているのかも知れませんね?

 しかしながら、実際は、そうではありません。

 あなたが見ている現実世界(大宇宙)とは、あなたの脳が画像処理・情報処理した結果を、「空間」という360度立体のバーチャルなスクリーンに映し出して見ているに過ぎないので、全てはあなたの内面の世界であり、全てはあなたの主観の世界なのです。

 言わば、あなたの脳の中で画像処理された内面の世界を、モニターで見ているようなものなのです。

 ですから、テレビや映画を見ているのと同じような状態だと言えるかも知れません。

 太陽も月も星も、果ては銀河や大銀河団に至るまで、あなたが映す現実世界(大宇宙)の全ては、あなた自身の意識の中にある世界であり、全ては主観の世界なのです。

 自分が映す現実世界(大宇宙)の全ては主観の世界なので、客観的世界など、何処にも無いと言えるかも知れません。

 自分が映す現実世界(大宇宙)という「空間」の全てが、自分自身の意識が映し出された「鏡」の世界なのです。

 そして、このことが理解出来れば、「空間」という「鏡」に映った自己の内面の世界を見ながら、それを創造に使っていくという生き方も出来るようになってきます。

 そのことはまた、長くなりますので、別の機会に改めて書いてみたいと思います。


人生の夢や目標というのは魂の進化というプログラム上にあるアプリケーションのようなもの

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 人生の夢や目標というのは、魂の進化というプログラム上にあるアプリケーションのようなものです。

 私たちの人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、人生の全ては、魂の進化の為にあるのだと言えます。

 そして、私たちが抱く夢や目標というのは、魂の進化というプログラム上にあるアプリケーションのようなものなのです。

 自分が抱く夢や目標というものが、人生のゴールであるかのように勘違いしている人もいるかも知れませんが、自分が抱く夢や目標というのは、人生のゴールなのではなく、魂の進化と呼ばれる人生プログラム上に存在しているアプリケーションのようなものなのです。

 パソコンやスマホには、アプリと呼ばれる様々なソフトがあり、それを活用することで、パソコンやスマホをより快適に有効に活用することが出来ます。

 理想の異性との恋愛や結婚も、仕事の成功も、経済的豊かさも、社会的成功も、地位や名誉を得ることも、豊かな人間関係を築くことも、それが人生のゴールなのではなく、魂を進化させるプログラム上に存在しているアプリケーションのようなものなのです。

 アプリと呼ばれる様々なソフトを活用することで、パソコンやスマホをより快適に有効に活用していくことが出来るように、健康、恋愛・結婚、仕事、お金、社会的成功、地位、名誉、豊かな人間関係というようなアプリを活用することによって、人生はより鮮やかで豊かなものになり、魂を進化させていくツールとして活用することが出来ます。

 そして、ここで押さえておくべき大切なポイントは、私たちの人生は魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、意識を創る旅に終わりはなく、意識変革の風を常に受け続けていくということなのです。

 私たちはただ、魂の進化と呼ばれる、意識を創る旅をしているだけなので、意識を創る旅には終わり(ゴール)はなく、意識は無限に進化していくことができます。

 ですから、ある意識に到達すると、その次にはさらに高い意識へと導く意識変革の風を受けることになります。

 自分が理想とする夢や目標を達成したとしても、その次にはさらに高い意識へと導かれることになり、意識を創る旅に終わり(ゴール)はないのです。

『心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う』、こちらの記事の中でも書きましたが、魂の進化と呼ばれる、意識を創る旅というのは、心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失うという旅であり、心の純化・意識の福化の旅であると言えます。

 自分が理想とする夢や目標を達成したとしても、それによって真の幸福が得られる訳ではなく、また心は満たされなくなり、次の夢や目標を探し始めます。

 そして、これは際限が無いことなので、どんなに巨万の富を得ようとも、どんなに権勢を極めようとも、どんなに栄華を極めようとも、それによって真の幸福が得られる訳ではないことを、最終的には天に思い知らされることになります。

 心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心を創る以外に、永遠の幸福へと至る道は用意されていないからです。

 ある特定の何かが手に入れば真の幸福が得られると思っていても、天の仕組みとして、その思いは必ず外されることになります。

 何かが手に入ろうと入るまいと、例え自分がどんな状態にあろうとも、その状態を遊んで幸福を感じていられるところに、答えがあるからなのです。

 理想の異性との恋愛や結婚も、仕事の成功も、経済的豊かさも、社会的成功も、地位や名誉を得ることも、豊かな人間関係を築くことも、それが人生のゴールなのではなく、魂を進化させるプログラム上に存在しているアプリケーションのようなものなのです。

 自分が理想とする夢や目標というのは、人生のゴールではなく、魂の進化という人生プログラム上に存在しているアプリケーションのようなものだということなのです。

 それらのアプリを活用することで、私たちの人生はより鮮やかで豊かなものになり、魂を進化させていくツールとして活用することが出来ます。

 自分が理想とする夢や目標が実現したのかしなかったのかという結果に答えがあるのではなく、自分が理想とする夢や目標に向かって生きたことで、どれだけの意識を創ることができたのか、そして、どれだけ魂を進化させることができたのかが常に問われているということなのです。



受胎した時に組み込まれた遺伝子のプログラムが、時の経過と共に発現して人生が展開する

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 今日の16日は「送り盆(お盆の明け)」とも言われ、お盆ももう終わりですが、皆さま、どのようなお盆休みを過ごされましたか?

 私の住んでいる所では、朝晩は多少涼しい風が吹いてきており、秋の到来を感じさせますが、日中はまだまだ暑く、セミがうるさいくらいに鳴いています。

 私は、夏という季節が大好きですが、夏の風物詩の一つとして、セミの鳴き声も結構好きです。

 何年間もの長い間、地中で幼虫として過ごしてきたセミは、地上に出て羽化して成虫になってから、満を持したかのように、うるさいくらいに鳴いて生命を謳歌します。

 そして、わずか1カ月にも満たないような地上での短い生命を終えて、見事に亡骸(なきがら)となって土に帰っていきます。

 セミというのは、数年から17年もの長い間、地中で幼虫として過ごすようです。

「17年ゼミ」という言葉があるように、ある種のセミは、17年サイクルで地上に姿を現し、セミとして開花して生命を全うするようです。

 セミという生物は、夏の間のわずか1カ月程、地上でセミとして開花して生命を謳歌するために、数年から十数年もの長い間、地中で幼虫としてじっと過ごすのです。

 セミという生物がこのような生態を取っているのは、全て、セミの遺伝子によるものです。

 セミという生物に組み込まれた遺伝子が発現して、セミはこのような生態を取っているのです。

 そして、セミに限らず、他の動物や植物も、あらかじめ組み込まれた遺伝子によって、その種としての生態が決められています。

 例えば、桜の花であれば、冬が終わり、春が到来すると芽吹き、そしてパッと花開いて見事に散っていきます。

 これは、桜という植物に組み込まれた遺伝子のなせる業(わざ)なのです。
             
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 そして、私たち人間も、万物の霊長と呼ばれる知的生命体ではありますが、生物という点においては、他の動植物と同じですので、私たち人間一人ひとりも、自分の中にあらかじめ組み込まれた遺伝子が発動して、人生が展開しているのです。

 例えば、人生のある時期にある才能に目覚めたり、ある才能が開花したりする人がいますが、これは、元々その人が受胎した時点でその人の遺伝子の中にあらかじめ組み込まれていた遺伝子が発動して開花したからなのです。

 また、あなたにも経験があるかと思いますが、ある時期が来ると、私たちは、異性の誰かと出会い、その人に恋をしたり、その人と結ばれたいと強く望んだりします。

 これらも全て、遺伝子にあらかじめ組み込まれていたプログラムなのです。

 受胎した時点で既に遺伝子の中にあらかじめ組み込まれていたプログラムが発動して、ある異性の人に深い恋心を抱いたり、その人と結ばれたいと強く望んだりします。

 異性との恋愛や結婚や性的結合などは分かりやすい例ですが、それらは、あらかじめ遺伝子に組み込まれていたプログラムなので、好きになった異性との恋愛や結婚、あるいは性的結合などは、遺伝子レベルの深いところで、どうしてもそれを得たいと強く望むことになるのです。

 私たちの人生は、受胎した時にあらかじめ組み込まれていた遺伝子が、時の経過と共に発現して、人生が展開しているのです。

 全ては、受胎した時点で遺伝子の中にあらかじめ組み込まれていたプログラムなのです。

 多くの人たちは、自分自身の力で何かを思ったり考えたり行動したりしていると勘違いしていますが、私たち一人ひとりの生命は遺伝子によって成り立っていますので、遺伝子の存在を無視することはできないのです。
             
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 それにしても、セミという生物に組み込まれた遺伝子というのは、本当に面白いと思います。

 何年もの間、ある種のものは17年もの長い間、地中で幼虫としてじっと過ごし、地上に出る時期が来ると、羽化して成虫となって、セミとしての生命を謳歌します。

 夏の間のひと時、セミはうるさいくらいに毎日毎日鳴いて生命を謳歌し、私たちの耳目を楽しませ、夏の風物詩としての彩りを添えた後は、あっという間にその生涯を閉じて去って行きます。

 地上でのセミの生命は、1カ月あるかないかの短い時間だと思います。

 セミの鳴き声には、生命のひたむきさ、一生懸命に生きている感じがひしひしと感じられます。

 セミに限らず、大空を飛ぶ鳥や、野に咲く花なども、皆ひたむきに生きて、自らの生命を全うしています。

 私たち人間は、万物の霊長とも呼ばれる知的生命体ですが、生命のひたむきさ、一生懸命な生き方においては、他の動植物からも見習うべき点がたくさんあるように思います。

 

「山」には「神」という意味があり、大山祇大神は産土神の総大将であり海神大神でもある

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 本日8月11日は「山の日」ですが、今年から「山の日」は国民の祝日と制定されました。

 そこで、今日は、「山」に関する記事を書いてみたいと思います。

「山」には「神」という意味があります。

「山」には「神」という意味があり、山岳信仰などにもそれを見ることができます。

 古来、私たち日本人は、日本の象徴・霊峰富士を始め、日本三霊山の立山や白山など、「山」を「神」が宿る神体山として崇拝してきました。

 そして、山の神の代表とも言える存在が、大山祇大神(オオヤマヅミノオオカミ)になります。

 日本の象徴・霊峰富士を守る富士山本宮浅間大社で祀られている御祭神が木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)です。

 そして、大山祇大神は、霊峰富士の守り神である木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)の父親に当たります。

 霊峰富士の守り神である木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)の父上に当たる大山祇大神はまた、格別の存在であるとも言えます。

 神奈川県伊勢原市には、大山阿夫利神社があり、大山祇大神が祀られています。

 江戸時代には、富士山だけでは「片参り」と言われ、富士の守り神である木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)の父神が祀られている大山阿夫利神社への「大山参り」と、霊峰富士の両方にお参りするのが良いとされていたようです。

 それくらい、大山祇大神は尊ばれていたということになります。

 大山祇大神は、山の神の代表的存在であるだけではなく、全国の産土神の総大将ともされています。

 大山祇大神の働きには、とても深いものが秘められているのです。

 そして、注目していただきたいのは、大山祇大神を祀る総本宮は大山祇神社であり、大山祇神社が鎮座しているのは、瀬戸内海の小島である、愛媛県今治市の大三島なのです。

 大山祇神社の創建は、推古天皇2年(594年)とも伝えられていますが、大山祇神社は別名で「日本総鎮守」ともされています。

 何故、山の神の代表的存在である大山祇大神が祀られている総本宮が、瀬戸内海の大三島にあるのでしょうか?

 瀬戸内海の大三島にある大山祇神社は、私も二度参拝に訪れたことがありますが、現代であれば、美しいしまなみ海道という高速道路を使って、本州からも四国からも容易に訪れることが出来ます。

 しかし、今から1400年程前の時代、しかも都から遠く離れた瀬戸内海の小島に創建された大山祇神社が、何故、「日本総鎮守」という別名を持っていたのかと言うと、「山」を治める大山祇大神とは、実は、「海」を治める海神大神(ワダツミノオオカミ)のことでもあるからなのです。

 私たちの「心」は、「海原」で表されます。

「神界」では、私たちの心の働きを「海原」で「型」として表現しているのです。

「心とはコロコロ変わるから心と言う」とも言われるように、私たちの「心」は、どんな時でも絶えずさざ波が立って揺れ動いている「海原」に例えられているのです。

 そして、絶えず揺れ動いている「海原」の奥深くには、決して揺れ動くことの無い「深海(しんかい)」があります。

「深海=神界(しんかい)」であり、「心」の奥深くにある「神界(しんかい)」が、「海原」の奥深くにある「深海(しんかい)」に例えられているのです。

 ですから、海を治める海神大神(ワダツミノオオカミ)とは、ある意味において、「深海=神界(しんかい)」を治める特別な存在でもあります。

「山=神」であり、山の神の代表的存在である大山祇大神とは、ある意味において、「神界(しんかい)」を治める特別な存在でもあるのです。

 何故、山の神の代表的存在である大山祇大神が産土神の総大将ともされるのかという真の理由は、ここにあります。

 そして、山の神の代表的存在である大山祇大神を祀る総本宮である大山祇神社が、何故、瀬戸内海の小島にあるのかという真の理由は、大山祇大神とは海神大神(ワダツミノオオカミ)のことでもあるからなのです。

 都から遠く離れた瀬戸内海の小島に鎮座する大山祇神社が、何故、「日本総鎮守」の別名を持っているのかという真の理由は、ここにあります。

 山の神の代表的存在である大山祇大神とは、「海原」を治める海神大神(ワダツミノオオカミ)のことでもあり、産土神の総大将のことでもあるのです。

 大山祇大神の働きには、とても奥深いものがあります。

 そして、大山祇神社の御祭神である大山祇大神は、「三島大明神」とも称されており、静岡県の三島大社とも深く関係しています。

 静岡県三島市に鎮座する三島大社は、富士山本宮浅間大社と並んで、静岡県では最も格式が高く、また富士山とも深く密接に関係しています。

 三島大社の御祭神は、大山祇大神と積羽八重事代主大神です。

「富士と三島は二つで一つ」であり、日本の象徴・霊峰富士と、三島大社には深く密接な関係があります。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の象徴が、霊峰富士です。

 そして、霊峰富士の守り神が木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)であり、その父神に当たるのが大山祇大神なのです。

 大山祇大神に秘められた働きは特別なものであり、だからこそ、産土神の総大将であると同時に、「海原」を治める海神大神(ワダツミノオオカミ)のことでもあるのです。

 そして、大山祇大神は、艮の金神(ウシトラノコンジン)としても現れることになります。

 山の神の代表であり、産土神の総大将であると同時に、「海原」を治める海神大神(ワダツミノオオカミ)のことでもある、大山祇大神の働きが本格的に表に現れる時には、艮の金神(ウシトラノコンジン)としても現れることになります。

 大山祇大神の働きには、とても奥深いものが秘められているのです。

「山」には「神」という意味があり、山岳信仰にも見られますが、日本一高い「山」である富士山は、日本の象徴とされています。

 そして、日本の象徴・霊峰富士の守り神が木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)であり、その父神に当たるのが大山祇大神になります。

 大山祇大神に秘められた働きには、格別なものがあるということを、知ることが大切になります。



オリンピックの聖火は裏の働きのブラジル・リオから表の働きの日本・東京へとバトンタッチされる

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 昨日の2016年8月6日、ブラジルのリオデジャネイロでオリンピックが開幕式を迎えました。

 そして、オリンピックの聖火は、2020年の日本の東京オリンピックにバトンタッチされることになります。

≪日本とブラジルは、表と裏の働き。≫
『日本とブラジルは、表と裏の働き』、こちらの記事の中でも書きましたが、神の経綸において、日本とブラジルは、表と裏の関係にあります。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が表の働きであり、ブラジルが裏の働きになります。

 日本とブラジルが表と裏の関係であることは「型」としても出されており、地理的な位置関係でも、表と裏の関係として表されています。

 日本から見て、地球の裏側にあるのが、ブラジルになります。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が持つ働きが表に出るのを、裏で支えているのはブラジルが持つ働きなのです。

 そして、ブラジルが担っている裏の働きにおいて、重要な役割を果たしているのが、地球最大の熱帯雨林であるアマゾンという巨大なジャングルの存在なのです。

 そして、神の経綸における、ブラジルが持つ裏の働きは、2008年の秋頃に大方の役割をほぼ終えており、裏の働きは既に成就しています。

 ですから、これからは、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が持つ働きが、本格的に表に現れてくる時代を迎えるのです。


≪2016年リオデジャネイロ(ブラジル)から2020年東京(日本)へ。≫
 今年2016年のブラジルのリオデジャネイロから、2020年の日本の東京へとオリンピックの聖火がバトンタッチされてくるのは、神の経綸における、一つの儀式のようなものなのです。

『2020年東京オリンピックは、2016年リオデジャネイロ(ブラジル)から』、こちらの記事の中でも書きましたが、今年2016年のブラジルのリオデジャネイロから、2020年の日本の東京へとオリンピックの聖火がバトンタッチされてくるのは、神の経綸において、裏の働きが本格的に表に現れてくる型示しのようなものになります。

 ブラジルのリオデジャネイロでオリンピックが開幕した昨日の8月6日は、奇しくも、広島に原子爆弾が投下された日でもありました。

 8月6日という日は、世界で初めて核兵器が使用された日であり、私たち人類にとって忘れてはならない日でもあります。

 1945年8月6日、日本の広島に原子爆弾が投下されました。

 昨日の8月6日、日本の広島では平和祈念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)が行われました。

 昨日のリオデジャネイロ・オリンピックの開幕アトラクションでは、日本の広島での平和祈念式典の時間に合わせて、日の丸に似たコスチュームの日本人の方々が移民としてブラジルに移住して来た様子が特別に演じられていました。

 オリンピックの開催国の決定や、開幕日の決定、アトラクションの内容などは全て人間が行っていることですが、人間を生かしているのは天(大宇宙)ですので、人間が行っているように見える全ての物事は、天(大宇宙)の意図によるものであり、天(大宇宙)の計画の中にあるものなのです。

 地球上で行われていることの全ては、具体的には、地球神界とでも呼ぶべき、神の経綸の中にあるものなのです。

≪地球の恒久平和、世界平和を実現させるのは、私たち日本人。≫
 二度と核兵器が使用されることのない、地球の恒久平和、世界平和を実現させるのは、私たち日本人なのです。

 それこそが、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が持つ本来の役割なのです。

 ブラジルの国旗には、中心に地球が描かれており、外側は、アマゾンの熱帯雨林をイメージさせるような鮮やかな緑色が描かれています。

 ブラジルという国は、移民に代表されるような、人種のるつぼとも言うべき国であり、何万種類とも言われる動植物が生息するアマゾンともオーバーラップして、多様性を象徴する国であるとも言えます。

前回のブログ『多様性即ち、想像し得る限りの全てのものが創造されている「無限」性こそが大宇宙の豊かさ』、こちらの記事の中でも書きましたが、多様性こそが大宇宙の豊かさなのです。

 私たち人間にも様々な人種・民族があり、様々な気候・風土があり、それぞれ百万種類以上とも言われる動物や植物が生息しているという多様性こそが、私たちが住む地球という星の豊かさなのです。

 私たちが住む地球という星は、多様性を持つ豊かな惑星ですが、残念ながら、今はまだ、人種・民族・宗教間の争いや対立が続いており、テロや戦争が止む気配も一向に見られません。

 昨日のオリンピックの開幕式のアトラクションでも、その様子が描かれていました。

 そして、その後には、「レッツダンス!」ということで、地球全体が一緒に楽しくダンスを踊る様子が演じられていました。

 地球の恒久平和、世界平和を実現させ、地球全体が一緒に楽しくダンスを踊れるような時代を到来させることが、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の役割なのです。

 私たち日本人は大和民族と呼ばれ、日本という国は「大和の国」と呼ばれますが、地球・世界に大いなる和「大和(やまと)」を実現させることが、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の役割なのです。

 日本の国旗・日の丸の中心にある赤玉は、地球・世界の中心の光であり、日本という国は、地球・世界の希望の光なのです。


≪地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明が日本から花開く。≫
 この21世紀において、地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明が、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本から花開くことになります。

 キリスト教の世界で言われる「至福千年王国」のことでもあり、地球は宇宙時代を迎えるのです。

 地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明は、早ければ西暦2030年頃、遅くとも2040年までの間の、西暦2030年代のいずれかの時期に花開くことになるでしょう。

 西暦2020年に日本の首都で開催される東京オリンピックは、西暦2030年代に日本が持つ真の働きが表に現れて、神国・日本がその本来の姿を表す為の一つの布石ともなっています。
 
 2020年の東京オリンピックを機に、日本人や日本という国に対する称賛の声は、世界中でさらに高くなっていくでしょう。

 今、世界で一番人気のある観光地が日本の京都であることや、日本への外国人観光客がどんどん増えていることなども、決して無関係ではありません。

 何故なら、地球の新しい精神文明、花咲く都・黄金文明が日本から花開いた時、日本は地球・世界の中心地となるからです。

 東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本は、「至福千年王国」の中心として、以後千年以上に亘って、地球・世界の中心地となるのです。

 今アメリカが担っている世界の覇権は、日本が担うことになります。

 今年の正月明けのブログ『東京オリンピックの後の2020年代が地球の大変革の本番であり、2030年代に花咲く都・黄金文明が日本から花開く』、こちらの記事の中でも書きましたが、地球の大変革の本番は2020年代からになります。

 2020年の東京オリンピックまでは、神の経綸において守られていますので、あまり極端に悲観的なことを考えなくても大丈夫です。

 私たち人間が行っているように思えることであっても、私たち人間を生かしているのは天(大宇宙)なので、全ては天(大宇宙)の計画の中にあり、全ては天(大宇宙)の意図によるものなのです。

 私たちが住む地球という惑星のことは、地球神界とでも呼ぶべき、神の経綸の中にあるものなのです。

 敗戦の焼け野原の中から、わずか半世紀足らずの間にアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国になったこと、バブルと呼ばれた時代に日本中がお金(マネー)に酔いしれて踊らされたこと、その後のバブル崩壊で「失われた20年」とも呼ばれるような、輝きを失いつつある時代を今迎えていること、これらは全て神の経綸の中にあるものなのです。

 全ては、この21世紀において、東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の本来の役割を発揮して、地球・世界に大いなる和「大和(やまと)」を実現させる為のプロセスなのです。

 私たち日本人が持つ大和心・大和魂が、地球・世界に大いなる和「大和(やまと)」を実現させ、地球の恒久平和を実現させることになるのです。

 今年2016年8月6日、裏の働きであるブラジルのリオデジャネイロで点火されたオリンピックの聖火は、西暦2020年(二二=フジの年)、表の働きである東洋の日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本の首都である東京にバトンタッチされることになります。


多様性即ち、「想像」し得る限りの全てのものが「創造」されている「無限」性こそが大宇宙の豊かさ

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★多様性こそが大宇宙の豊かさ

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 多様性こそが大宇宙の豊かさです。
 ありとあらゆる全てのものが存在すること、「想像(そうぞう)」し得る限りの全てのものが「創造(そうぞう)」されて存在していることこそが、大宇宙の豊かさなのです。

 言わば、「無限」性というものこそが、大宇宙の豊かさなのだということになります。

 例えば、私たちが住む地球上には、現在、約70億人の人間が生きていると言われていますが、地上に住む70億人の人間の顔は、それぞれ皆違っており、どれ一つ取ってみても、全く同じ顔というものはありません。
 70億人の顔が全部違っているというのが、地球という星の豊かさなのであり、70億人の顔が、金太郎飴のように、全部同じというのは、地球の豊かさではありません。

 肌の色一つ取ってみても、白人や黒人、黄色人種など色々あり、髪の毛や目の色、顔の彫りの深さなど、人種・民族によって、様々です。
 様々な人種・民族が存在しているという多様性も、地球という星の豊かさの一つでもあり、もし地球上に、一つの人種・民族しか存在していなければ、それは、あまり豊かとは言えないと思います。

 地上に生きる70億人の人間が皆、顔立ちは元より、性格も皆違っており、誰一人として同じ人間がいないというのが、地球の豊かさなのであり、70億人の人間が皆、金太郎飴のように、同じ顔立ちと同じ性格をしているというのは、地球の豊かさではありません。

 地球上には、現在、百万種以上の動物と、数十万種もの植物が生息しているとされていますが、それも、地球という星の豊かさの一つだと言えます。
 もしも、地球上に、動物も植物も、それぞれ数百種類しか存在していないとしたら、地球という星は、今よりも遥かに殺風景に感じられることでしょう。

 気候・風土を取ってみても、日本のように四季折々の自然が豊かな場所もあれば、ハワイやタヒチのような常夏の国もあり、アラスカやシベリアのような極寒の国もあり、サハラ砂漠のような場所まで様々です。
 モルディブのような海抜1〜2メートルの小さな島々から、果てはヒマラヤの8千メートル級の山々まで、様々な地理・地形があります。
 これも、地球という星の豊かさの一つでもあると言えます。

 私たちが住む地球という小さな星一つ取ってみても、様々な地理・地形があり、様々な気候・風土があり、そこには、それぞれ何十万種類以上という動物や植物が生息しており、そして、私たち人間にも、様々な人種・民族があり、地上に生きる70億人の誰一人として、同じ顔・同じ性格の人間はいない、というのが、地球という星の豊かさなのです。

 そして、私たちが住む地球という小さな星から、大宇宙へと目を向けてみると、まず、地球が属する太陽系があります。
 私たちの太陽系には、地球を始め、水星、金星、火星など、いくつかの惑星がありますが、どれ一つとして、同じ惑星はありません。
 いくつもの違った惑星を持っていることが、私たちの太陽系の豊かさであるとも言えます。

 そして、私たちの太陽系というのは、銀河系宇宙(天の川銀河)に存在すると考えられている、数千億もの太陽系の中の一つにしか過ぎません。
 地球が属する銀河系宇宙(天の川銀河)には、数千億もの恒星(太陽)が存在すると考えられていますが、それぞれの恒星(太陽)は、大きさや年齢・エネルギー量など皆違いますし、持っている惑星の数や種類、軌道など皆違いますので、どれ一つとして、同じ太陽系は存在していません。

 それぞれ違った数千億もの太陽系が存在するというのが、銀河系宇宙(天の川銀河)の豊かさということになります。

 そして、地球が属する銀河系宇宙(天の川銀河)というのは、大宇宙に無数に存在する銀河の中の一つにしか過ぎません。

 現在の科学が把握出来ているだけでも、この宇宙には、少なくとも百万個以上の銀河が記録されているようです。
 さらには、天文学者たちの推定によると、140億光年以内で見える宇宙には、なんと、数兆もの小型の銀河と、数十〜数百億もの銀河団が存在すると考えられているようです。

 地球が属する銀河系宇宙(天の川銀河)と、アンドロメダ銀河が、それぞれ違うように、二つとして同じものが無い、数兆もの銀河が存在するということが、大宇宙の豊かさなのです。

 多様性こそが大宇宙の豊かさであり、言わば、「無限」性というものこそが、大宇宙の豊かさなのだということになります。

 そして、大宇宙の豊かさとは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、根本創造主(大宇宙意識)が持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」によるものなのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より


宇宙的な観点の中では、善悪は存在していない

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★宇宙的な観点の中では、善悪は存在していない

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 物事は、どのような観点に立って見るのかによって、見え方が変わってきます。

 私たち人間サイドの視点に立てば、して良いことと悪いことがあり、守るべき法律や、従うべきルールというものがありますので、しても良いことと、してはいけないことがあります。
 従って、善悪というものは、歴然と存在しています。

 ところが、宇宙的な観点に立って見た時には、善悪というものは、存在していません。
 何故なら、宇宙的な観点に立った時、本当に実在しているのは、根本創造主(大宇宙意識)のみであり、大宇宙の森羅万象の全ては、大宇宙意識が光で織り成す壮大なゲーム・遊びであり、全ては、「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」にしか過ぎないからです。

 大宇宙の森羅万象の全ては、バーチャルリアリティー(仮想現実)の幻であり、一切が無の世界であり、全ては、全知全能の光が織り成す紋様にしか過ぎないからです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙意識の目から見れば、大宇宙の森羅万象の全ては、自らが持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を体験して味わう為の、バーチャルリアリティー(仮想現実)のゲームなのであり、「一切無、一切幻」の世界であり、全てが全知全能の光の中にある紋様にしか過ぎないので、善悪というものは、存在していないのです。

 戦争や殺人、様々な悲劇・不幸・悪・矛盾・間違いと思えるような出来事に対して、「神も仏もあるものか・・・」というような表現が使われることがあります。
 確かに、私たち人間サイドの視点から見れば、「神も仏もあるものか・・・」と表現したくなるような、様々な悪・悲劇・不幸・矛盾・間違いと思えるものが、この世界には存在します。

 もしも、神や仏が存在しているのなら、何故この世界に、様々な悪・悲劇・不幸・矛盾・間違いと思えるものが存在しているのか、という真の理由は、宇宙的な観点に立たない限りは、理解出来ないと思います。

 私たち人間が、神や仏という概念に対して抱くイメージを遥かに超えた、もっとスーパーな存在が、大宇宙の根本主体である、大宇宙意識なのです。

 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識とは、「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 大宇宙意識が唯一行っているのは、「想像=創造(そうぞう)」という仕事であり、未来永劫、永遠に変わることのない、究極的な絶対的な孤独の中で、ありとあらゆるものを「想像=創造(そうぞう)」し続け、ありとあらゆる全てのものを、物理的大宇宙に生み出し続けることなのです。

 全知全能の大宇宙意識が、自らが持つ「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」によって、ありとあらゆる全てのものを生み出していること、それこそが、大宇宙の豊かさということでもあるのです。

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より



21世紀の今という時代は、何千年何万年先の未来へ続いていく人類の歴史の通過点にしか過ぎない

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 21世紀の今という時代は、これから何千年何万年先の未来へと続いていく人類の歴史において、ほんの通過点にしか過ぎないことを理解することが大切です。

 21世紀の今という時代は、有史以来数千年続いてきた人類の歴史においては、今は最先端にあると言えます。

 しかし、これから先、何千年何万年、あるいは何十万年と続いていく人類の歴史の未来から見れば、今が出発地点であり、一番最低地点であるとも言えます。

 例えば、今からほんの百数十年前の、江戸の幕末期の日本人にとって、21世紀の今の日本の姿を想像することは、誰にもできなかったと思います。

 それと同じように21世紀の今から100年後、200年後の未来の姿は、想像だにない世界になっている筈です。

 今、科学の発達は目覚ましいものがあり、10年という歳月の間にも、日進月歩でどんどん進化しています。

 江戸の幕末期から今までの百数十年間よりも、遥かに速いスピードでこれから先の百数十年間は進んで行くことになりますので、22世紀や23世紀の地球というのは、想像だにない世界になっていることと思います。

 ですから、今までの人類の過去の歴史を学んだところで、未来のことは分からないのです。

『歴史は繰り返す』と言われますが、歴史には繰り返す部分と繰り返さない部分があります。

 例えば、ほんの数百年前の日本は戦国時代であり、国中が様々に分かれて戦争をしていた時代がありました。

 しかし、これから先の日本において、また戦国時代に逆戻りするようなことはないということぐらいは、誰にも理解できることだと思います。

 歴史には繰り返す面もあれば、決して繰り返さない面もありますので、過去の歴史を学べば、人類の未来が分かるというものでもありません。

 21世紀の今に生きる私たち日本人から見れば、百数十年前の江戸の幕末期の人たちは、ある意味においては原始人であるとも言えます。

 それと同じように、22世紀や23世紀の未来の人たちから見れば、21世紀初頭に生きている私たちも、ある意味においては原始人なのです。

 人間の知的探求心や向上心には限りが無く、科学はどこまでもどんどん進化していきますから、私たち人類が原始時代に逆戻りすることはありません。

 私たち人類の歴史というのは、日進月歩でどんどん進化していく科学の悪い面、科学の負の側面や科学の弊害を克服して、科学がもたらしてくれる良い面、科学の恩恵を生かしたところにしか未来はないのです。

 いずれ私たち人類は、高度な科学技術により、人間が安全で快適に暮らすことができ、平和で自由で豊かな、喜びに満ちた生活を満喫できるような未来社会を築き上げることになります。

 言わば、科学が人間に奉仕する時代を迎えることになり、それによって人類の黄金時代が到来することになるのです。

 21世紀の今という時代は、これから何千年何万年先の未来へと続いていく人類の歴史において、ほんの通過点にしか過ぎないことを理解することが大切になります。

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