日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2022年3月のアーカイブ

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尾張名古屋の聖地を旅して来ました!(熱田神宮と白鳥御陵、真清田神社、東谷山山頂・尾張戸神社、豊川稲荷、名古屋城)

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尾張名古屋の聖地を、4泊5日かけて旅して来ました。

訪れた聖地は、以下の通りです。
熱田神宮と白鳥御陵、真清田神社、東谷山山頂・尾張戸神社、豊川稲荷、名古屋城になります。

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振り返って見れば、今まで20数年に亘り、天の導きに従って、神社を中心とする全国の主な聖地を数多く訪れて来ましたが、今回の尾張名古屋への御神業をもって、ひとまず完結し、無事成就する運びとなりました。

マイカーを東京からフェリーで下関港まで運び、九州の主な聖地を丸14日間かけて車をすっ飛ばしながら全部回ったり、あるいはマイカーで四国の主な聖地を丸10日間かけて全部回ったりなど、かなりハードな旅もありました。
箱根には、箱根神社を中心とする聖地を数十回参拝させていただく機会を得ました。

今まで20数年の長きに亘って、天の導きにより全国の主な聖地を数多く参拝させていただいたのも、ひとえに、将来、大和富士としての天命成就の為に必要なプロセスであり、今回の尾張名古屋への御神業によって、無事成就完結出来たことを、心からうれしく感じております。

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『西暦2022年(令和4年)、新年明けましておめでとうございます!』、こちらの記事でも書きましたが、今年から大和富士としての天命成就に向けて、本格的に活動を開始致します。

本格的活動の第一弾として、今年令和4年(西暦2022年)7月1日、日本三霊山(富士山・立山・白山)山開きの日の目出度き日に、CD『虹の輝く世界へ』『永遠(とわ)の中今』を2枚同時リリース致します!
CD『虹の輝く世界へ』『永遠(とわ)の中今』(各10曲収録)2枚同時リリースして、全20曲を世に公表することによって、本格的に活動を開始致します。

4月に入ると、歌のレコーディングなども始まりますので、歌のレコーディングなどが始まる前の3月の内に、天橋立にある元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社、そして、熱田神宮や東谷山山頂・尾張戸神社などを中心とする尾張名古屋への御神業だけは、何としても実現させたいと考えていたので、今月中に無事成就することが出来、とても良かったと安心しています。

天橋立にある元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社への御神業につきましては、『元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社、天橋立神社、浦嶋神社、智恩寺に参拝して来ました!』、こちらの記事をご参照下さい。

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今回の尾張名古屋への御神業で、最初に訪れたのが、日本三大稲荷に数えられる豊川稲荷です。

豊川稲荷への参拝は、今回が初めてになります。

豊川稲荷は日本三大稲荷に数えられることがありますが、神社ではなく曹洞宗のお寺であり、正式名は円福山妙厳寺と言います。
御本尊は千手観音になります。

そして、境内の鎮守として祀られる秘仏「ダキニテン」が豊川稲荷と呼ばれており、妙厳寺では「ダキニシンテン」と呼称しています。

豊川稲荷は、東海屈指の霊場とも言われるだけあって、なかなか只ならぬ気配が感じられる聖地であり、今回の御神業の最初の目的地として組み込んで良かったと思います。CIMG1851.JPG

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次に訪れた聖地は、熱田神宮になります。

熱田神宮には過去数回参拝の機会を得ましたが、前回の参拝から十年余りの歳月が流れていました。

熱田神宮は、伊勢神宮に次いで格式の高いお社とされており、三種の神器の一つである草薙剣(クサナギノツルギ)が祀られています。

三種の神器とは、八咫鏡(ヤタノカガミ)、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)、草薙剣(クサナギノツルギ)のことであり、八咫鏡(ヤタノカガミ)は伊勢神宮、八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)は宮中、そして草薙剣(クサナギノツルギ)は熱田神宮に祀られています。

このことからも、熱田神宮が、伊勢神宮に次いで格式の高いお社とされている理由もお分かりになろうかと思われます。

三種の神器の一つである草薙剣(クサナギノツルギ)は、須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した時に、尾(しっぽ)から出て来た神剣になります。

高天原において乱暴狼藉を働き、姉である天照大御神(アマテラスオオミカミ)の岩戸閉めの責任を取らされて、高天原から追放された須佐之男命(スサノオノミコト)が、その後、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して三種の神器の一つである草薙剣(クサナギノツルギ)を、高天原の姉・天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上したと『古事記』に書かれていることには、ものすごく奥深いことが秘められていると思います。

高天原を追放された須佐之男命(スサノオノミコト)が、草薙剣(クサナギノツルギ)を、高天原の姉・天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上し、晴れて目出度く櫛稲田姫(クシイナダヒメ)と結婚して出雲に居を構えられたことには、とても奥深いことが表されていると思います。

出雲の基盤を築いたのは、草薙剣(クサナギノツルギ)を、高天原の姉・天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上し、晴れて目出度く櫛稲田姫(クシイナダヒメ)と結婚した須佐之男命(スサノオノミコト)なのです。

その後、須佐之男命(スサノオノミコト)の娘である須勢理姫(スセリヒメ)と結婚した大国主大神(オオクニヌシオオカミ)が出雲大社の御祭神として、全国の八百万神々(ヤオヨロズノカミガミ)を統率する役割を担うことになります。

『越中国一宮気多神社に参拝して来ました!』、こちらの記事でも書きましたが、伊勢神宮が表の神界の表の働きであるのに対して、出雲大社は表の神界の裏の働きであり、「裏の結び」を担当する出雲大社の基盤を築いたのは、他ならぬ須佐之男命(スサノオノミコト)なのです。

須佐之男命(スサノオノミコト)が如何に重要な役割をもった神様なのかが、これで伺い知れるかと思います。
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『古事記』において、黄泉国(ヨミノクニ)から蘇って(黄泉帰って)来て、禊祓を終えた伊邪奈岐(イザナギノオオカミ)が最後に御生みになられた貴い三人の神様が、天照大御神(アマテラスオオミカミ)月読命(ツキヨミノミコト)、そして須佐之男命(スサノオノミコト)であり、三貴神と呼ばれています。

伊邪奈岐(イザナギノオオカミ)が左目を洗った時に生まれたのが天照大御神(アマテラスオオミカミ)、右目を洗った時に生まれたのが月読命(ツキヨミノミコト)であり、鼻を洗った時に生まれたのが、建速須佐之男(タケハヤスサノオ)と書かれています。

実は、須佐之男(スサノオ)というのは、中心の神の名前であり、正式名が建速須佐之男(タケハヤスサノオ)、別名が神須佐鳴大神(カムスサナルノオオカミ)になります。

顔の中心には鼻がありますが、建速須佐之男(タケハヤスサノオ)が鼻から生まれたと書かれていることで、本来、須佐之男(スサノオ)が中心の神であることが、型としても出されています。

乱暴狼藉を働いて高天原を追放された時の須佐之男(スサノオ)は、まだ本来の働きではありませんでしたが、その後、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して三種神器である草薙剣(クサナギノツルギ)を手にした時、本来の働きである中心の神、即ち建速須佐之男(タケハヤスサノオ)、別名・神須佐鳴大神(カムスサナルノオオカミ)として蘇った(黄泉帰った)のです。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)の岩戸閉めの責任を取らされて高天原から追放された須佐之男(スサノオ)は、草薙剣(クサナギノツルギ)を手にして神須佐鳴大神(カムスサナルノオオカミ)として蘇り(黄泉帰り)、晴れて目出度く、高天原の天照大御神(アマテラスオオミカミ)に神剣を献上され、それがやがて、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の孫にあたる天孫ニニギノミコトによって、三種の神器として地上に降ろされ、今は熱田神宮の御神体として祀られています。

『古事記』において、神武誕生までの、いわゆる神代の時代の神話には、人が神として出産する内的なプロセスが象徴的に描かれており、とても奥深い内容が秘められています。

須佐之男(スサノオ)の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治と草薙剣(クサナギノツルギ)を高天原の天照大御神(アマテラスオオミカミ)に献上する場面においても、とても奥深い内容が秘められていますので、ぜひ、深く掘り下げて読み進められることを、お勧め致します。CIMG1857.JPG

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熱田神宮参拝の後、徒歩で十数分位の所にある白鳥御陵に参拝しました。

白鳥御陵は、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)のお墓とされており、熱田神宮と深い関係があります。

元々、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が所持されていた草薙剣(クサナギノツルギ)が、后であるミヤズヒメを通して、熱田神宮に祀られることになったとされています。

戦に出陣して亡くなられた夫・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と草薙剣(クサナギノツルギ)が、后であるミヤズヒメによって祀られることになり、これが熱田神宮になったとされています。

白鳥御陵に歩いて行く途中、熱田神宮前の大通りを向側に渡ると、源氏を再興して鎌倉幕府を開いた源頼朝の誕生地があります。

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熱田神宮と白鳥御陵参拝の後、次に向かったのが、一宮市に鎮座する真清田神社であり、真清田神社は尾張国一宮でもあります。
真清田神社の御祭神は、天火明命(アメノホアカリノミコト)であり、別名ニギハヤヒとしても知られています。

真清田神社は、ニギハヤヒの総本宮ともされています。

真清田神社には、十数年ぶり三度目の参拝になります。

真清田神社には、他の神社とはまた違った感覚での懐かしさのようなものを感じることがあります。CIMG1874.JPG

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ニギハヤヒの総本宮ともされており、尾張国一宮でもある真清田神社の次に訪れたのは、東谷山山頂に鎮座する尾張戸神社になります。

東谷山は、標高198メートルの名古屋市最高峰の山であり、古来より信仰を集めた霊山であり、山頂には尾張戸神社が鎮座しています。

東谷山山頂に鎮座する尾張戸神社は、熱田神宮の奥の院ともされており、とても重要な聖地になります。

尾張戸神社の主祭神は、天火明命(アメノホアカリノミコト)であり、真清田神社と同じ御祭神になります。

また、天橋立に鎮座する元伊勢・籠神社の御祭神も、天火明命(アメノホアカリノミコト)であり、天火明命(アメノホアカリノミコト)、別名ニギハヤヒを祀る総本宮である真清田神社だけではなく元伊勢・籠神社、そして東谷山山頂に鎮座する尾張戸神社は、とても重要な聖地であると考えています。

何故なら、神道の最高秘儀とされる「十種神宝」(トクサノカンダカラ)を地上にもたらしたのは、天孫ニニギノミコトの兄にあたるニギハヤヒとされているからです。

ニギハヤヒの正式名称は、天照国照彦火明櫛玉ニギハヤヒ(アマテルクニテルヒコホアカリクシタマニギハヤヒ)になります。
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神道の最高秘儀とされる「十種神宝」(トクサノカンダカラ)とは、文字通り十種類の宝物のことであり、中には「死返玉」(マカルガエシノタマ)と呼ばれる、死者を蘇らせる働きを持つものなども含まれていますが、「十種神宝」(トクサノカンダカラ)とは、形や物質を超えたもっと本質的なものを表現しています。

ほとんどの人々は、神道の最高秘儀「十種神宝」(トクサノカンダカラ)とは、何かの物質や形であると勘違いしており、何処かに「十種神宝」(トクサノカンダカラ)という物質があると考えたり、「死返玉」(マカルガエシノタマ)を手に入れることが出来れば、死者をも蘇らせることが出来ると考えたりしています。

しかし、本当は、神道の最高秘儀「十種神宝」(トクサノカンダカラ)とは、物質や形を超えたもっと本質的なものを表している言葉になります。

神道の最高秘儀とされる「十種神宝」(トクサノカンダカラ)とは、本当は、単なる形や物質を超えた、もっと本質的なもの、即ち、神の愛の十通りの顕れ方、神の愛の十種類の表現を意味する言葉なのです。

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熱田神宮の奥の院とされる東谷山山頂の尾張戸神社にて、神道の最高秘儀を地上にもたらしたニギハヤヒこと天火明命(アメノホアカリノミコト)にご挨拶した後、今回の尾張名古屋の御神業の最後の締め括りとして訪れたのが、名古屋城になります。

「尾張名古屋は城で持つ」と言われますが、名古屋城の天守閣にそびえ立つのが、御存知「金鯱」(キンノシャチホコ)になります。

神界の仕組みとして、「尾張の仕組み」という仕組みがあります。

そして、「尾張の仕組み」の象徴として存在しているのが、御存知名古屋城の天守閣にそびえ立つ「金鯱」(キンノシャチホコ)なのです。

「尾張の仕組み」とは「終わりの仕組み」という意味でもあり、ある意味において、一番最後の究極の仕組みでもあります。

そして、「終わり」というのは、また新たな「始まり」でもあります。

今年令和4年(西暦2022年)3月、神界の最後の仕組みである「尾張の仕組み」が無事成就致しました!
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新しい時代の始まりに向けて、これから時代は急速に進んで行くことになります。

西暦2035年の年末までに、有史以来数千年続いて来た、人類の古い歴史が幕を閉じ、地球の新しい歴史が幕を開けることになります。

東洋の日出る神国、霊(ヒ)ノ元・日本から、次世代の地球の新しい精神文明「花咲く都・黄金文明」が花開き、私たち人類は黄金時代を迎えることになります。

もはや誰も苦しむことの無い、平和で自由な喜びに満ちた世界が花開き、私たちが待ちに待った、全人類の春を迎えることになります。

キリスト教の世界で言われる「至福千年王国」のことでもあります。

有史以来数千年続いて来た、人類の戦いの歴史は、あと十年余りで幕を閉じます。

あと十年余り、2035年の年末までには、戦争や争い、飢えや貧困、人種差別などで苦しんできた人類の古い歴史が終わりを迎え、私たちが夢見た理想郷「ユートピア」が誕生するのです。
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大和富士の音楽は、「日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌」です。

今年令和4年(西暦2022年)7月1日、日本三霊山(富士山・立山・白山)山開きの日の目出度き日、大和富士の新作CD「虹の輝く世界へ」「永遠(とわ)の中今」が2枚同時リリースされ、全20曲が日本から地球・世界へ向けて発信されることにより、日本、そして地球・世界は、新たな時代へ突入することになります。

今年7月1日、大和富士の音楽「日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌」が、新作CD「虹の輝く世界へ」「永遠(とわ)の中今」(全20曲)となって、地球の新しい時代へ向けての出陣太鼓(タイコ)として鳴り響きます。

太古(タイコ)の響きが蘇り、太古の昔から仕組まれていた神界計画が見事に花開く時を迎えます。

2035年年末までに、有史以来数千年続いて来た人類の古い歴史が幕を閉じ、地球の新しい歴史が幕を開けることになるのです。

本当に楽しみですね!

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元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社、天橋立神社、浦嶋神社、智恩寺に参拝して来ました!

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京都府宮津市にある天橋立に行って来ました。

訪れた場所は、元伊勢・籠神社奥宮真名井神社天橋立神社磯清水、日本三文珠に数えられる智恩寺、さらには、少し足を伸ばして、伊根市にある浦嶋神社になります。

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元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社に参拝したのは、十数年ぶり2度目になります。

『西暦2022年(令和4年)、新年明けましておめでとうございます!』、こちらの記事でも書きましたが、今年から本格的に大和富士としての天命成就に向けて活動を開始致します。
その第一段として今年7月1日、日本三霊山(富士山・立山・白山)山開きの日の目出度き日に、CD2枚(各10曲収録)を同時リリース致します!

春には歌のレコーディングなども控えていますので、その前にもう一度、聖地である天橋立に行って元伊勢・籠神社奥宮真名井神社に参拝しておきたいという気持ちが強くなりました。

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まず初日は、天橋立のホテルの近くにある日本三文珠に数えられる智恩寺に参拝しました。
そして、智恩寺は天橋立の入口付近にありますので、そこから天橋立を歩いて、途中にある天橋立神社磯清水に行きました。

CIMG1812.JPG天橋立神社は智恩寺の鎮守社とのことで、智恩寺に属する神社であり、なんと天橋立自体が智恩寺の境内地だとのことです。

CIMG1813.JPG天橋立神社のすぐ近くに磯清水があります。
磯清水の名前の通り、海水の塩水ではなく真水であり、なんと元伊勢・籠神社から地下を通って湧き出ているとも言われています。

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日本三景に数えられる天橋立、そしてそこに鎮座する元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社は、とても重要な聖地だと考えています。

CIMG1840.JPG元伊勢・籠神社の主祭神は、彦火明命(ヒコホアカリノミコト)であり、別名ニギハヤヒとしても知られています。

また、境内摂社の恵美須社では、ヒコホホデミノミコトを恵比須様としてお祀りしています。
ヒコホホデミノミコトは『古事記』の神話の中で、失くした釣り針を探しに竜宮城へと入って行った山幸彦としても知られています。

『山幸彦こと彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)は恵比寿様』、こちらの記事でも書きましたが、山幸彦こと彦火火出見命(ヒコホホデミノミコト)は恵比寿様でもあり、元伊勢・籠神社ではきちんと境内摂社の恵美須社で、ヒコホホデミノミコトを恵比須様としてお祀りされており、流石だと感じます。
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元伊勢・籠神社から徒歩十分位の所に、奥宮である真名井神社が鎮座しています。

CIMG1821.JPG真名井神社の入り口に、「天の眞名井の水」と呼ばれる御神水があります。
そして、その奥に、真名井神社と磐座があります。
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真名井神社の御祭神は、磐座主座に豊受大神(トヨウケオオカミ)をお祀りし、磐座西座に天照大神(アマテラスオオカミ)、伊射奈岐大神(イザナギノオオカミ)と伊射奈美大神(イザナミノオオカミ)をお祀りしています。

豊受大神(トヨウケオオカミ)は伊勢神宮の外宮の御祭神であり、天照大神(アマテラスオオカミ)は伊勢神宮の内宮の御祭神になります。

かつて真名井神社では御神紋として六芒星(ダビデの星)が使われていましたが、今は使われていないようです。
六芒星(ダビデの星)は、伊勢神宮へと向かう参道の石灯籠にも使われています。

六芒星(ダビデの星)はユダヤの紋章であり、東洋の日出る神国日本と古代ユダヤとの深いつながりを感じさせます。

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元伊勢・籠神社と奥宮真名井神社の参拝を終えてから、昨日とは逆の方向から、天橋立の砂州を歩き、もう一度、途中にある天橋立神社と磯清水に向かいました。
これで、天橋立を両方向から全部歩いたことになります。

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天橋立を後にしてから、伊根市にある浦嶋神社へと向かいました。
浦嶋神社参拝の為に海沿いの道路をドライブしていると、暖かい風と明るい太陽の日差しがとても心地良く、春の到来を感じさせてくれました。

CIMG1842.JPG浦嶋神社の御祭神は、浦嶋子こと浦嶋太郎になります。
そして、相殿として月読命(ツキヨミノミコト)と祓戸大神(ハラエドノオオカミ)をお祀りしています。

浦嶋神社の参拝は今回が初めてですが、神殿でご挨拶した後、しばらく境内の御神気をいただいていた時に感じた、空気や風などがとても懐かしく感じられ、まさにデジャブ(既視感)という感じがしました。

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今回、歌のレコーディングなどが始まる前に、聖地である天橋立を再び訪れて、元伊勢・籠神社奥宮・真名井神社などに参拝出来て、本当に良かったと感じています。

新たな意識の元、これから本格的な活動を開始出来る感じがしています。

大和富士の音楽は、「日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌」です。

今年7月1日、大和富士のCD2枚全20曲がリリースされて世に出ることにより、聖地である天橋立に「天に架かる光の橋が立つ」ことになり、東洋の日出る神国日本の真の蘇りに向けて、天と地との共同創造が開始されることになります。

とても楽しみですね!
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