日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

2011年3月のアーカイブ

16 Entries

産土力(うぶすなりき)ー苦を喜びに変える力

全ては体験する為の道具なので、喜びは喜びとして味わい、苦しみは苦しみとして味わう事が大切だと言えるかも知れません。

苦を排除しようとする力が苦を呼び込む事になります。
苦とは、喜びに転換する為の道具であり、苦を喜びに変える力、苦を楽に変える力が、産土力(うぶすなりき)という事になります。

本来、苦は無いものであり、全ては、神産みの喜びを体験する為の道具なのですが、出産には陣痛(神通)が伴いますので、陣痛(神通)を恐がっていては、神産みの喜びを体験する事は出来ないという事になります。

神産みの喜びを体験する為には、肚(はら)を九九(くく)る事が大切であり、肚(はら)の九九理(くくり)とは、「最後の一厘」に至る、白山菊理媛(はくさんくくりひめ)の働きでもあります。


大いなる和「大和」ー天(神)・地(自然)・人との大調和

この21世紀において、私達の母なる星・地球に、大いなる和「大和」が実現します。
まず、日出る神国・日本が、真の「大和の国」の国創りを実現させる事により、それが全世界に波及し、地球を包み込み、地球という星も、新たな誕生を迎える事になります。

大いなる和「大和」とは、天(神)・地(自然)・人との大調和であるとも言えるかも知れません。
天(神)と人とが調和し、地(自然)と人とが調和し、人と人とが調和した世界であるとも言えます。

残念ながら、今現在の人類は、天(神)・地(自然)・人、いずれとも不調和な状態であると言えます。
これから短い年月の間に、人類は、さなぎから蝶へと生まれ変わるような大変身を遂げなければいけない訳であり、良くも悪くも、これからの地球に、大変化は避けて通る事は出来ないとも言えます。

世界に先駆けて、真の「大和の国」、神国・日本を花開かせる使命と役割が、私達日本人には、天から与えられていると言えそうです。
まず大切なのは、天(神)と人との調和であり、天(神)と人とが調和していれば、自ずと、地(自然)と人が、人と人とが調和した状態になると思います。

私達人間が、何よりもまず、天(神)の御心にそった生き方を心掛ければ、自ずと、自然と調和・共生しながら、人同士も相(あい)和した平和な世界になる筈です。

これからは、私達日本人一人一人が、そして、企業や自治体などの、其々の組織が、自分達の生き方・あり方を、天から問われる時代だと言えそうです。

物質文明から精神文明へー日本から始まる新たな精神文明

物質文明は、間もなく、その幕を閉じようとしています。
もう賞味期限が近づいて来ているので、それ程長くは続かないでしょう。
物質文明が完全に幕を閉じる過程においては、想像を絶する衝撃が世界全体を襲う事でしょう。

2008年9月の、いわゆる「リーマン・ショック」というのは、アメリカの大手投資銀行「リーマン・ブラザーズ」一社が倒産した事により、その影響が津波のように全世界に波及し、金融危機や世界同時不況へと連鎖して行きました。

これから私達人類が経験しなければいけないのは、今ある物質文明そのものの崩壊なので、今まで人類が経験した事のない、想像を絶する経験をする事になる筈です。

この影響は、全世界、地球全体を襲うので、日本はおろか、世界中の何処に逃げても、誰もその波から逃れる事は出来ないでしょう。

物質文明が崩壊した後には、新たな精神文明が待っています。
そして、新たな精神文明は、日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本から始まります。
今はまだ、日本の本格的な「立替・立直し」が始まったばかりなので、日本に新たな精神文明が花開くには、少なくとも十数年の歳月は必要ですが、次に来る新たな精神文明の時代を見据えて行動して行く事が大切だと思います。
もう、今までの延長線上で未来を見据えても、あまり意味が無いかも知れません。

地球が大きく生まれ変わろうとしている21世紀の今というこの時、大和の国・日本に生まれて来た私達日本人一人一人には、新たな精神文明の時代を切り開いていく使命と役割が与えられています。
世界の雛形である日出る神国・日本には、全世界に先駆けて新たな弥勒世を創造する使命と役割が、天から与えられているのです。

今、私達日本人一人一人が、自らが生まれて来た本当の目的を想い出し、自らの役割を演じていく時を迎えています。
物質文明の次に来る新たな精神文明、花咲く都・黄金文明は、私達日本人一人一人の目覚めにより、実現される事になります。

神は一番下から出て来るー最も落とした所ほど、最も貴い

今、私達日本人は、人となりを完成させて、新たな誕生を迎える時期に来ています。
神道的な表現を使えば、人が神として出産する、という言い方が出来るかも知れません。
私達人間一人一人の中にある、神の本質である神性、愛(女性原理)と力(男性原理)を想い出し、蘇らせて、一人一人が神性を顕現して生きる時代を迎えようとしています。

そして、自分自身の中に眠る神、神性というものは、実は、一番下から出て来ます。
自分自身を最も落とした所、一番下から、自分の本当の光、神が出て来るという事なのです。
そういう意味においては、最も自分を落とした所ほど、最も貴いとも言えます。

どういう事かと言いますと、仕組みとして、私達は、この世に生を受けた時、自分の本当の光というものを、一旦忘れて、生まれて来ます。
そして、肉体を持った自分が、自分の全てだと思い込んでしまいます。
そして、様々な生存競争などに揉まれながら、悩み苦しんで生きていく中で、自分自身というものが、とても小さな存在のように感じてしまいます。

ついつい、自分を、小さな存在、駄目な存在とみなしてしまうのですが、実は、小さな存在にしか見えない自分の姿の向こうから、自分自身の本当の光、神性が出て来ます。

自分が駄目で小さな存在に思えるのは、本当に駄目で小さな存在だからではなく、一旦自分自身の本当の光を忘れ、再びその光を想い出し蘇らせようという、本源の我、真我とも言える我が魂の大いなる計画が、記憶として蘇る事により初めて、自分自身の本当の光、魂の輝きというものを想い出す事が出来ます。

自分が駄目で小さな存在にしか思えないのは、一旦自らの本当の光を忘れて小さな存在のようになってから、様々な体験を重ねる中で、自らの本当の光・輝きを少しずつ想い出し蘇らせようという、我が魂の大いなる計画によるものなのです。

自分自身を最も落としたところ、自分が一番悩み苦しんでいるところの向こうに、自分自身の本当の光・神性を想い出し、蘇らせるというのは、気の遠くなるような、内的なプロセスだと思いますが、そこを通らない事には、自分自身の内なる神、神性は出て来ないと思います。

自分自身の内なる神、神性は、一番下から出て来るのであり、そういう意味においては、最も落とした所ほど、実は、最も貴いのだと言えるかも知れません。

人間の無限の可能性とはー超能力と魂の進化は別問題

私達人間一人一人には、無限の可能性が秘められています。
大宇宙の持つ無限の属性とでもいうべきものが、私達人間一人一人の中に、宿されています。

しかし、ここで一つだけ気をつけなければいけないのは、無限なのは、知性や霊性とでも呼ぶべき面であり、私達人間の肉体というものは、決して無限ではないので、いわゆる超能力のようなものの中に、人間の無限性を見たりしないように注意する必要があります。

世の中には、様々な能力を持った人達がおり、いわゆる、超能力者と呼ばれるような、不思議な事が出来る人達が存在します。
空中浮遊が出来るヨガ行者もいますし、水の上を歩いたり出来る人、あるいは、空間から物質化して物を取り出せる人、その他、様々な人達がいます。
確かに、それらも、人間が持つ能力の一部ではあるので、開発していくと、人間には、様々な事が出来るのだと思います。
チベットには、人に知られない山奥で、ルンゴムと呼ばれる空中歩行の訓練をする場があり、空中歩行出来る人もいるようです。

いわゆる超能力のようなものは、人間が持つ能力の一部ではあるのですが、人間に宿る無限性というものは、超能力のようなものの中にある訳ではありませんし、超能力と魂の進化とは、別問題なので、混同しないように、注意する必要があります。

私達人間の肉体というものは、生物としての制約を受けていますので、決して無限の可能性がある訳ではありません。
着の身着のままで、ジェット機のように、高度1万メートル上空を、時速千数百キロで飛んで行ける訳ではありませんし、潜水艦のように、水深数百メートル深くまで潜って行って、生きていられる訳でもありません。
月や他の天体のような宇宙空間に飛んでいって、無酸素状態の空間で息をしていられる訳でもありません。
製鉄所の中の、鉄を溶かしている数千度の空間に入って、生きていられる訳でもありません。

そういう点においては、当たり前な事なのですが、人間の肉体というものは、無限ではありません。
人間に宿る無限の属性というものは、肉体のような、外側にあるのではなく、知性、霊性というような、人間の内側にあります。

ほとんどの人達は、人間の脳の中の数%しか使っていないとも言われており、10%も使うと大天才になるとも言われています。
人間の脳の中にこそ、無限の可能性が秘められています。
高度1万メートル上空を時速千数百キロで飛行出来るジェット機を開発したり、宇宙空間に飛んで行ける宇宙ロケットを開発したり、無酸素状態の宇宙空間でも生きていられる宇宙服を開発したり、水深数百メートルまで潜って行ける潜水艦を開発したり、水深数百メートルの深海でも生きていられるような潜水服を開発したり出来る事こそが、人間の能力の無限性であって、そういう面においては、私達人間には、無限の可能性が秘められているとも言えます。

人間の進化という事と、超能力とは、また別問題なので、人間が進化するとは、いわゆる超能力者になる事だと勘違いしないように注意する必要があります。

既に何度も書いていますが、この21世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、花咲く都・黄金文明とでも呼ぶべき、新たな精神文明が、日本を中心にして誕生する事になります。
キリスト教の世界で言われる至福千年王国の事でもあり、仏教的な表現をすれば、弥勒世という事になります。

花咲く都・黄金文明というのは、決して、みんなが、いわゆる超能力者のようになって、空中浮遊したり、水の上を歩いたり、あるいは、空間から何でも物質化したりしているような世界では、ありません。

まず、何よりも大きく変わるのは、私達人類の意識です。
幸・不幸という概念すら超えて、全てを喜びと感じられる心、無地透明な心、言わば、タイタン(巨人)のような心になり、自分という概念すらゆるやかに融けて、地球という惑星の意識と一つになっていきます。
そして、人間に与えられた知性を開発して、人類を幸福にする、様々な科学技術・テクノロジーを進化させていきます。
自然と調和し、自然と共生しながら、人類が平和で豊かに暮らしていけるような、様々な科学技術・テクノロジーを進化させ、人類に与えられた知性の恩恵を享受出来るような世界が誕生します。

新しい地球というのは、天から人類に与えられた、無限の霊性、無限の知性を進化させる事により、誕生します。
決して、超能力のようなものを開発する事によって、誕生する訳ではありませんので、勘違いしないようにする必要があると思います。

超能力の開発のようなものは、やりたい人は、自由にやれば良いとは思いますが、その事と魂の進化とは、また別であり、むしろ、逆方向に行く危険性もあります。
超能力の開発に意識を向け過ぎるような事は、ともすれば、自己というものを強めてしまう事につながりますが、自己を強めるのではなく、自己を宇宙へとゆるやかに解放し、宇宙へと帰る旅が、魂の進化と呼ばれる、永遠の旅なのです。

私達はあまりにも、自分の肉体というものに囚われがちですが、自分という者も、本当はいる訳ではなく、大宇宙に無数に存在する座標軸の中のある一点を受け持たせて頂いているだけなので、我を解放し、「本当は誰もいないーただ大宇宙がある」という事を想い出していく旅があるだけなのです。

いわゆる超能力者とはまた別ですが、世の中には、ほとんど食物を食べなくても生きていられる人達がいます。
何年も、あるいは、人によっては、何十年も、全く食べずに生きている人もいるようですし、そこまで極端ではなくても、一日ごくわずかの食料だけで元気に生きていられる人達もいます。

確かに人間には、食べなくても生きていられる要素はあるのですが、その事と、魂の進化とはまた別問題ですので、食べなくても平気な状態に自然にならない限りは、毎日食事を摂った方が自然だと思います。
人間は本来、生物として、水や食料を体内に摂り入れ、大小便として体外に排泄するように出来ていますので、それが本来の自然な形だと思います。
新しい地球、花咲く都・黄金文明においても、人々は普通に、安全な水や食料を日々、体内に摂り入れ、不要物は体外に排泄していますので、人類は進化すると食べなくても平気になるなどと、変な勘違いはしないように注意する必要があるかも知れません。

私達人間は、天によって完全に創られた知的生命体であり、大宇宙が持つ無限の属性というものが、人間一人一人の中に秘められています。
意識を無限に進化させ、天上界へと続く永遠の旅をしている存在であり、脳をフル活用出来るようになれば、様々な物事を実現させる知性を秘めています。
人間の無限の可能性とは、そのような、霊性や知性に秘められているのだと思います。

神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ

私が好きな箱根神社に行くと、「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ」という、『御成敗式目』の中の言葉が掲げられています。
『御成敗式目』というのは、鎌倉幕府の基本法典であり、『貞永式目』とも呼ばれています。

箱根神社のホームページには、その言葉の意味が、以下のように説明されています。

いかなる神も人間の崇敬をうけてこそ、その御威光を輝かすのであり、御神意を高めるのは人の敬の力である。
その人が人としての運、人としての生命を与えられるのは、神の徳によってであるという意味です。
神道の立場で神と人との密接な関係が的確に述べられている言葉です。

神社という神聖な場所も、本来は、神に感謝を奉げ、神を崇敬する場所であって、自分個人の願い事をする空間ではないのかも知れません。
神に対して、何でもかんでも自分の願い事ばかりするというのは、あたかも、神というものが、自分の願い事を何でも聞き入れてくれる小間使いのような存在であるかのように、神というものを、とても小さな存在にしてしまう事なのかも知れません。

日本人も、そろそろ、御利益信仰から卒業する時が来ているのかも知れません。
今、生命を与えられて生かされている事に対して素直に感謝するとともに、神というものを、謙虚に崇敬していく時なのかも知れません。
そして、自分の願い事ばかりを神におねだりするのではなく、逆に、神あるいは天に対して自分に何が出来るのかを考えて、自分に出来る最大限の貢献を天に奉げるという意識を持って、日本人一人一人が生きていく時を迎えているのかも知れません。

自分の中に全ての答えがあるー内的な知り方と外的な知り方

知るという方法には、二通りの知り方があります。
内的な知り方と、外的な知り方とでも呼ぶべきかも知れませんが、とにかく、知るというのには、二通りの道があります。

外的な知り方というのは、敢えて説明を必要としないと思います。
誰か他の人の話を色々聞いたり、色々な書物を読んだりして、自分の外から、答えを得ようとするやり方です。

これに対して、もう一つ、内的な知り方というものがあります。
自分の外にではなく、自分の中に答えを求めるやり方であり、内向的な方法です。

実は、自分自身の中には、自分自身に関する全ての答えがあります。
私達が普段、あれこれ考えたりしている意識は、表面意識と呼ばれたりする、氷山の一角のような部分であり、水面下には、潜在意識、さらには無意識と呼ばれる部分や、さらに深くなると、人類共通の集合無意識と呼ばれるような部分があり、意識の一番深いところまで遡ると、最終的には、大宇宙意識とでも呼ぶべき、大宇宙の根本創造主の意識まで辿り着きます。

ですから、私達一人一人は、意識の一番深い部分においては、この大宇宙の全てを知っているとも言えます。

唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙の根本創造主の大宇宙意識と私達の意識の関係を、仮に、コンピューターに例えるとすると、大宇宙意識が、巨大なホストコンピューターであり、私達一人一人は、ホストコンピューターにつながっている、無数の端末機の中の一つだと言えるかも知れません。

私達一人一人は、自分自身の事を、小さな端末機にしか過ぎないと思っているかも知れませんが、その小さな端末機は、実は、巨大なホストコンピューターとつながっているので、端末機をきちんと操作出来れば、巨大なホストコンピューターの情報も引き出す事が出来るとも言えます。

意識の最深部にある大宇宙意識まで遡って、大宇宙の情報を引き出すというのは、実際には、そう簡単な話ではないと思いますが、少なくとも、自分自身の事に関しては、そんなに難しい事ではないと言えるかも知れません。

私達一人一人の中には、自分自身の全てを知っている部分があります。
呼び方によっては、高次元の自己と呼ばれたり、ハイヤーセルフと呼ばれたりする事もありますが、とにかく、自分自身の全てを知っている、神聖な部分があります。
高次元の自己とか、ハイヤーセルフという表現が、あまりなじみがない人は、魂というふうにイメージすると良いかも知れません。

以前書きましたが、自分自身の事を本当に知っているのは、自分の魂だけなので、もし、自分自身の事が知りたいのであれば、自分の魂の記憶を蘇らせるのが一番だと言えます。

ですから、自分がどういう行動を取ったらいいのかは、自分自身の中に、全ての答えがあります。
もちろん、色々と、人の意見を聞いて参考にしたりするのは良いかと思いますが、最終的に、自分がどうすればいいのかは、自分の中にある、本当の自分自身が一番良く知っていますので、自分自身に聞いてみる事が大切だと思います。

最近発生した巨大地震や原発事故などの影響で、様々な情報が入り乱れる中、首都圏にいる人達を中心に、逃げ出すべきか、今いる所に留まるべきか、など、自分が取るべき行動が分からなくなっている人達も多いかも知れません。

インターネットなどを中心に、様々な情報は集めた方が良いとは思いますが、それらの情報に振り回されて自分を見失う事なく、自分自身の中に全ての答えがあるのだという事を、常に忘れずに、行動していく事が大切です。
多くの人達は、人に依存して、自分が頼りとする誰かに判断を預ける傾向がありますが、少なくとも自分自身の事に関しては、本当の自分自身が一番良く知っているのだという事を、常に想い出す事が大切だと思います。

落ち着いて、心の声に耳を澄ませてみれば、自分がどうすれば良いのかは、何となく、ある感覚のようなもので、分かると思います。

様々な予言・神示・チャネリングなどについて一言

世の中には、様々な予言や神示、チャネリング情報などが氾濫しています。
それらは玉石混交で、かなり信憑性の高いものも一部にはあるものの、かなりデタラメなものも多いかと思われます。

それらの予言・神示・チャネリング情報と自分が向き合う上で大切なのは、それらを盲目的に信頼したり依存したりせずに、参考程度にとどめ、いいとこ取りの感覚で付き合う事だと思います。

予言というものは全て、ある意味においては、外れるようになっています。
様々な予言というものは、ある意味においては、外れる為にあり、外れてこそ本当とも言えます。

もちろん、信憑性の高いものは、部分的には、かなり当たったりするのですが、100%完全に当たるものなど、まず無いと考えた方が良いと思います。
何故なら、予言には、外れてこそ果たせる役割のような面があるからです。

多くの人達は、予言に限らず、聖者や教祖と呼ばれる人達、あるいは、神からのお告げや、高次元情報などを求めて、自分を本当に救ってくれる唯一の何かを求める傾向があります。
そして、自分が本当に信頼出来る何かを求めながら、様々な人や書物などに出会い、様々な教えや、教祖・聖者・先生と言われる人達、様々な予言・神示・チャネリング情報などに出会う事になります。

様々な人達や書物、教えや予言などには、良いところもたくさんあるので、いいとこ取りの感覚で、自分にとって必要なところだけ取り入れればそれで良いのですが、多くの人達はともすれば、何かの教えや、教祖・聖者・先生と呼ばれるような誰かに頼り、依存し、自分を救ってもらおうとします。

しかし、結論から先に言うと、誰も自分を本当の意味で救ってくれるものはありません。
以前ブログに書きましたが、「我が心救うは、我が心のみ」であり、自分自身こそが、自分の本当の救い主なのです。

ですから、自分が、これこそ自分を救ってくれる唯一のもの、と強く依存したものは、それが、人であれ、教えであれ、予言のようなものであれ、自分を救ってくれる為に存在している訳ではなく、そういう自分の依存心を解放してくれる為に出会っているとも言える訳なのです。

以前書きましたが、私達の人生は、「魂の進化」というプログラム上に存在し、「我の解放」を進めていく旅なので、「心を創り、心を失い、思いを創り、思いを失う」という仕組みになっています。

自分が強く握ったところ程、外される仕組みになっています。
この教えこそが、自分や地球を救ってくれる唯一の教えだとか、この聖者こそが、自分や地球を救える唯一の救い主だとか、この予言・神示・高次元情報こそが、地球の未来を示す唯一のもの、などというように、自分が強く握って依存しているところ程、そういう思い(重い)を外されて、意識の拡張を迫られる事になります。

西暦2000年を迎える前には、ノストラダムスの有名な、「1999年7の月、恐怖の大王が空から下りてくる」という予言が話題になり、あたかも地球が滅亡するかのような事が言われたりしていましたが、結局何も起こりませんでした。
人々の中には、徒に恐れおののいたり、あるいは地球がもうじき終わるからと思い込んで刹那的に生きたりした人達もいるようです。
西暦2000年を迎える時には、「コンピューター2000年問題」というのも話題になりましたが、結局何も起きませんでした。

様々な予言などは、それが当たるとか当たらないとか、あるいは、良いとか悪いとかではなく、自分がそれらとどう向き合うのかだけが、天から問われています。

ほとんどの人には知られていない、ある信憑性の高い神示があるのですが、その神示では、「目暗(めくら)信心(盲信する事)」を戒める為に、わざと、違う事が時折書かれたりしています。
そうする事によって、100%盲目的に信じる事を、神は戒めてくれています。

ですから、様々な予言・神示・チャネリング情報なども、かなり信憑性が高いからといって、盲目的に100%信じたりせずに、きちんと自分自身で審神(さにわ)していく事が大切になります。

今まで当たったから、これからも必ず当たるとか、この予言こそ必ずそのとおりになる、などと思い込んでいると、その思いは天によって、外される事になりますから、自分の思いを、もっと淡く、軽くしていく事が求められています。

自動書記、神示、チャネリングなどでは、よく、「〇〇の大神からの神示」とか、「宇宙の高次元の〇〇のマスターからの光のメッセージ」などというものがあり、それを信じ込んでいる人達は、それを名乗っている存在が、文字通り、天の偉大な存在であるかのように信じ込んだりしています。
しかし、高次元の存在になればなる程、自分の名を語ってメッセージや警告を発する事など、まず無いと考えたほうが良いので、あまり、それらの名前も、盲目的に信じ込まない方が良いかと思われます。

今、地球の一大転換期を迎え、大変化のプロセスが加速していく流れの中で、自分が100%信頼出来る、何かの予言・神示・チャネリング、あるいは、何かの教えや誰か人を求める気持ちが強くなるかも知れませんが、そういう依存心を、もっと淡く、軽くしていく事が求められています。
何故なら、それこそが、意識の拡張であり、心の成長なので、私達一人一人は皆、天によって、その流れへと導かれて行くからです。

神(カミ)とは火水(カミ)ー「火の働き」と「水の働き」

昨日の箱根に続いて、本日は、反対側の河口湖の方から、霊峰富士を仰がせて頂きました。
まず、北口本宮浅間神社に参拝し、その後、河口浅間神社と、その境外摂社である産屋ヶ崎神社、そして、御室浅間神社に参拝しました。

天気は晴れているものの真冬並の寒さの中、北口本宮浅間神社においては、鳥居の一歩中に入ると、もうそこは異次元のような感じで、とても精妙な御神気に満ち満ちており、昨日の箱根で感じたのと同様、既に日本が新たな時代に突入したという感じが、ひしひしと伝わってきました。
何かとても厳粛な雰囲気を感じました。

北口本宮浅間神社を出てから、富士吉田の金鳥居の辺りから富士山を仰ぎ見ると、厳粛かつ美しく輝いている感じでした。
昨日のブログに、「霊峰富士の峻厳なまでの美しさー日本人の目覚めの時」というタイトルで書いたように、本日、河口湖側から仰ぎ見た霊峰富士も、日本が新たな時代に突入した事を象徴しているかのように、美しくもあり、かつ、厳しくもあるような雰囲気で、その雄姿を見せていました。

本日は、思いがけず、富士山が、日本最大の活火山である事を思い出す事になりました。
御殿場から東富士五湖道路を通って、富士吉田に着いた時、ちょうどトイレに行きたくなったので、近くにあった、富士ビジターセンターという観光案内所に入りました。
初めて入ったので、少し館内を歩いてみた時、ちょうど大型スクリーンでは、外国人向けに、英語で、宝永大噴火の様子が、コンピューターによるシュミレーションで説明されていました。

そして、夕方、日帰り入浴の温泉に入ったのが、「富士山溶岩の湯 泉水」という温泉で、ここの浴槽は全て、富士山溶岩プレートを張り詰めて作られていました。

少し前、『富士と鳴門ー「富士の仕組み」と「鳴門の仕組み」』というタイトルのブログを書きました。
その中で、富士と鳴門は二つで一つ、と書きましたが、富士が「火の働き」、鳴門が「水の働き」を象徴しているようです。

以前、「十月十日、神が重なる目出度き日」というタイトルで書きましたが、神(カミ)とは、火水(カミ)でもあり、神の働きとは、「火の働き」と「水の働き」で表される事があります。

私達人間を始め、地上の全ての生命を生かしている神の力は、太陽の力と水の力で象徴される事があります。
太陽と水が無ければ、地上の生命は、全て死滅してしまうのであり、生命にとって最も必要不可欠な力を、「火(=日・太陽)の働き」と「水の働き」で表しており、神(カミ)とは、「火水(カミ)」というように表される事になります。

日本において、「火の働き」を象徴しているのが、日本最大の活火山である霊峰富士であり、「水の働き」を象徴しているのが、日本最大の鳴門海峡であり、富士と鳴門は二つで一つであり、合わせて「火水(カミ)」という事のようです。

神が本格的に動き出す時には、様々な形で、「火の働き」と「水の働き」が現象界に現れるかも知れません。

霊峰富士の峻厳なまでの美しさー日本人の目覚めの時

本日、箱根に行って来ました。
まず、箱根神社・九頭龍神社に参拝し、霊峰富士の雄姿を、仰がせて頂きました。

本日、箱根・芦ノ湖から見えた白富士の姿は、今まで見た事がない程、峻厳なまでに美しく輝いていました。
日本が新たな時代に突入した事を象徴するかのように、峻厳な美しさを漂わせていました。
そして、箱根も、今までとは違う、新たな御神気で満たされている感じで、日本が新たな時代に突入した事が、ひしひしと感じられました。

1414(いよいよ)、私達日本人一人一人が、そして、日本全体が、長い眠りから目を覚ます時を迎えたようです。
誰の目にも明らかな形で、天からお知らせが出ましたので、今、本当に、私達日本人一人一人が、そして、日本全体が、大きく変わるべき時です。

もう、今までの古い意識では、新たな未来を創造していく事は出来ないところに来ていますので、意識を変える事が、天から求められています。

地球が大きく生まれ変わろうとする21世紀という今この時、日出る神国、霊(ひ)の元・日本に生まれて来た本当の目的を想い出し、日本人一人一人が自らの役割を演じていく時を迎えています。

CD「富士は晴れたり日本晴れ」収録曲、「日本の夜明け」を、ぜひ聴いてみて頂けると幸いです。

地球は未曾有の領域に突入するー今後の大変化は人に聞いても無駄

この21世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、人類はさなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
今、地球上で起きている森羅万象の全ては、地球・人類の新たな誕生に向って起きてきています。

今年2011年に入ってから、世界が流動化してきたような感じで、世の立替・立直しと言われるような、大変化のプロセスが一気に加速し始めてきた感じがします。
この流れは、今後さらに加速していき、これからの十数年間、地球・人類は、いまだかつて経験した事がない、未曾有の大変化を経験する事でしょう。

そして、十数年にわたる大変化のプロセスを経て、西暦2030年頃には、花咲く都・黄金文明が花開き、新たな精神文明が地球に誕生している事でしょう。
それは、今地上に生きている人には、ほとんど誰も想像だに出来ないような、素晴らしい世界なので、今後十数年間にわたって、地球・人類が経験する大変化を、包括的に、全体的に、正確に予測出来る人間は、皆無だと言っても過言ではありません。

何か一つの分野において、今後の地球における変化を正確に予測出来る専門家は、色々と存在するかも知れませんが、全体的・包括的に、今後の地球・人類の未来を正確に予測出来る人は、まずいないと考えたほうが良いと思います。

ですから、地球・人類の今後の未来の事を、人に聞いても無駄だと言えるかも知れません。
先行き不透明な時代だから尚更、未来の事を知りたいという気持ちは強いかも知れませんが、誰か他の人に聞いてみたところで、誰にも分からない事なので、聞くだけ無駄だと言えるかも知れません。
分からない人に分からない事を聞いてみたところで、自分がますます分からなくなるだけかも知れません。

そして、もし、自分自身の将来について知りたいと願うのであれば、誰か他の人に聞く事は一切やめて、自分自身の内面に入り、魂の記憶を蘇らせると良いかも知れません。
以前ブログに書きましたが、自分自身の事を本当に知り尽くしているのは、本源の我、真我であり、自分の人生の創造主である我が魂なので、魂の記憶を蘇らせる事が出来れば、自分自身の事については、何となく感じで分かると思います。

これから、大変化のプロセスが加速するのに伴い、様々な人々が様々な事を言い、様々な情報が入り乱れる事になりますから、それらの情報に、あまり振り回されないようにする事が大切だと思います。

まず、これから地球・人類が経験する大変化と、その先に待っている、想像だに出来ないような新たな黄金文明の事を、全体的・包括的に正確に予測出来る人はいないのだという事を認識するとともに、自分自身の事に関しては、自分の魂が一番よく知っているのだという事を忘れずに、新たな未来に向って、道を歩んで行く事が大切だと思います。

「ありえない」という事こそ、「ありえない」ーあらゆる事があり得る

よく人々が、「ありえない」という言葉を、冗談のように、よく使っています。
しかし、実際には、この大宇宙においては、「ありえない」という事こそ、「ありえない」のです。

既に何度も書いていますが、この大宇宙には、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である根本創造主しか実在していないので、根本創造主の御心次第では、「あらゆる事が、あり得る」からなのです。

根本創造主の創造力(=想像力)は、文字通り無限であり、根本創造主に不可能はないので、この大宇宙においては、実はあらゆる事が可能であり、「あらゆる事が、あり得る」というのが、真相なのです。

全知全能の根本創造主の無限の力をもってすれば、地球のような小さな星の一つや二つを、一瞬にして消滅させる事くらいは、朝飯前なのだという事が理解出来てさえいれば、例え地球上で、どんな事が起ころうとも、ある意味においては、驚くにあたらないとも言えるかも知れません。

そして、既に何度も書いているとおり、実際には、私達人類の母なる星・地球は、破滅に向っている訳ではなく、一つ高い次元へと新たな誕生を迎えようとしている最中なのです。
私達人類の意識も飛躍的に進化し、人類は、さなぎから蝶へと生まれ変わろうとしています。

全ては、その流れの中にありますので、これからの十数年間、良い意味においても、悪い意味においても、大事件・大ニュースになるような出来事が、どんどん起きて来る事でしょう。
今まで、「ありえない」と思われていたような事が、良い意味においても、悪い意味においても、どんどん起きて来る事でしょう。

そしてそれは、必ずしも、ニュースになるような、大事件のような事柄だけではなく、自分の身の回りにおける個人的な事柄においても、同じ事が言えます。

以前書きましたが、私達の人生には、「魂の進化」という目的があり、私達の人生は、「魂の進化」というプログラム上に存在しています。
そして、今、地球が高次元空間へと移行して新たな誕生を迎えようとしており、それに伴い、私達人類の意識も飛躍的に進化して、さなぎから蝶へと生まれ変わろうとしているので、私達一人一人が、急速に魂を進化させる流れの中にいます。

猛スピードで魂を進化させていく為に、意識変革の大きな風を受け、意識の拡張をどんどん迫られる流れに入っていますので、自分の身の回りで起きる様々な出来事や、地球・世界で起きる様々な出来事などをとおして、自分が持っている古い概念・小さな枠などを、どんどん外される事になります。

心の器を大きくしていく為に、一人一人が、自分が持っている枠をどんどん外される事になり、それによって、意識を拡張させていく事が出来るので、今までの自分が「ありえない」と思っていた概念を、どんどん外していくように、意識すると良いかも知れません。

これからの十数年間、世の立替・立直しと言われるような大変化のプロセスを経て、西暦2030年頃には、今生きているほとんどの人達が、「ありえない」と思うような、想像だにない素晴らしい世界が誕生している事でしょう。

それは、花咲く都・黄金文明とでも呼ぶべき、新たな精神文明であり、キリスト教の世界で言われている至福千年王国の事でもあり、仏教的に言えば、弥勒世という事になります。
そしてそれは、宇宙時代の幕開けでもあり、私達の星・地球は、銀河文明の仲間入りをする事になるでしょう。

天変地異ー天変わりし時、地異なる

天変地異とは、「天変わり、地異なる」と書きます。
今、本当の意味での天変地異の時を、母なる星・地球、そして、日出る神国、霊(ひ)ノ元・日本が迎えようとしています。

天変地異の、最も本質的な、本当の意味とは、「天変わりし時、地異なる」という意味です。
地異なる、とは、地が天に変わるという意味です。
地が天に変わるという、本当の意味での、天変地異の時を迎えています。

既に何度も書いてきましたが、この21世紀において、私達人類の意識は飛躍的進化を遂げ、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球が誕生する事になります。
そして、花咲く都・黄金文明とでも呼ぶべき、あらたな精神文明の時代を迎える事になります。

キリスト教の世界で言われる、至福千年王国の事でもあり、仏教的に言えば、弥勒世と呼ぶべき、人類が待ちに待った、全人類の春を迎える事になります。

そして、それは、単に、地球という一つの星の出来事に留まらず、私達の太陽系や、さらには、銀河系宇宙全体まで大きく変えてしまうような出来事なのです。

この21世紀に、地球が新たに生まれ変わる事によって、それが起爆剤となり、地球が属する太陽系はもとより、天の川銀河全体までが、一つ高い次元へと移行する仕組みになっています。
そして、これは、銀河系宇宙始まって以来始めての事であり、銀河系宇宙誕生の始原の時から、既に決められていた、天のプログラムなのです。

天と地との、神と人との共同作業、共同創造により、太陽系が属する銀河系宇宙全体が、光一つ上がり、一段高い次元へと移行する仕組みになっています。
私達人類が、さなぎから蝶へと生まれ変わり、新たな地球の誕生を迎える事によって、銀河系宇宙全体が一つ高い次元へと移行する仕組みになっているので、そういう意味では、地球という星は、銀河系宇宙のコア(核)となる役割を担った星であり、銀河系宇宙の中心とも言える星なのです。

ですから、銀河系宇宙全体が、一段高い次元に上がる為に、地球を一段高い次元に上げる為のエネルギーが、銀河系宇宙から大量に降り注いで来ています。
私達人類と母なる星・地球を、一段高い次元へと移行させる為に、宇宙は全面的にサポートしています。
一段高い次元へと移行する為に、母なる星・地球と私達人類は、宇宙から全面的にサポートされています。

天が光一つ上がった世界へと移行する時を迎えているので、地が光一つ上がった世界へと移行する事になり、それが起爆剤となって天に波及し、天が光一つ上がった世界へと移行する仕組みになっているのです。

以前書きましたが、今、私達が向っているのは、地球の破滅や、人類の滅亡などでは、決してありません。
それとは逆の、想像だに出来ないような、新しい世界へと向っているのであり、全ては、その流れの中にあります。

この21世紀において、人類の意識を飛躍的に進化させ、さなぎから蝶へと生まれ変わらせ、高次元空間へと移行させる為のエネルギーがとてつもない勢いで、地球、そして、日出る神国・日本に降り注いで来ており、そのエネルギーが大きな渦となって、現象界を大きく動かし、自然環境、政治、経済、科学技術、宗教、世界観、概念、常識、ライフスタイルなど、ありとあらゆる物事を、大きく変えていく事でしょう。

人間の場合もそうですが、新たな誕生を迎える時、出産には、陣痛(神通)が伴います。
これからの十数年間、良い意味でも悪い意味でも、地球は、大変化のプロセスを体験する事になります。

西暦2030年頃には、大変化のプロセスを経て、花咲く都・黄金文明が、日本を中心にして誕生している事でしょう。
それは同時に、宇宙時代の幕開けでもあり、私達の星・地球が銀河文明の仲間入りをする時でもあります。

今年2011年1月1日、正月元旦のブログに書きましたが、今年から、人類の意識を飛躍的に進化させる流れが加速していきますから、もう、自分の持っている様々な古い概念、常識などは、どんどん手放していく必要があります。
自分が持っている概念に固執したいと思っても、どんどん外される流れの中にありますから、外の世界にばかり意識を向け過ぎる事なく、常に自己の内面を見つめ、自分が天から何を求められているのかを常に意識しながら、瞬間瞬間を創造していく必要があると思います。

これからの十数年間、良い意味でも、悪い意味でも、大事件・大ニュースのような事が、日本だけではなく、世界中で起きてきますから、それらの出来事に一喜一憂する事なく、その背後にある、大きな流れと、人類の明るい未来に常に意識を向ける事が大切だと思います。

以前書きましたが、「最も大きな変化とは、最も静かな変化」なので、今後起きるであろう、世界中の様々な大事件・大ニュースに心を奪われる事なく、大変化の先にある明るい未来に意識を向けて、自分に出来る最善の生き方をしていく事が求められています。


富士と鳴門ー「富士の仕組み」と「鳴門の仕組み」

神の経綸において、「富士の仕組み」と「鳴門の仕組み」という神仕組みがあるようです。
富士と鳴門は、二つで一つであり、先ず富士があり、鳴門が動くという九十(こと)のようです。

琵琶湖は「鳴門の仕組み」の型示しだという九十(こと)です。
鳴門とは、渦海の九十(こと)であり、渦海にて大きく動くという九十(こと)のようです。

「鳴門の仕組み」とは、この現象界を動かす原動力であり、その始めは琵琶湖からだという九十(こと)のようです。

先日の3月3日、雛祭り・桃の節句の日、富士神界が一つの大きな節目を迎えた九十(こと)を書きましたが、その流れを受けて、本日2011年3月9日は、人類の意識を統合へと向わせるエネルギーが、地球レベルで加速した日となったようです。

私が住んでいる地域では、昨日までとはまるで違う感じで、春の到来を想わせるような陽気の中、全く新しい風が、新しい時代の到来を告げるかのように、強く吹き抜けて行きました。

今、母なる星・地球と私達人類を、一段と高い次元へと飛躍的に進化させる為の大きなエネルギーが、大宇宙から降り注がれて来ていますので、そのエネルギーが、大きな渦となって、現象界を大きく動かして行く九十(こと)でしょう。
その巨大なエネルギーはあたかも、鳴門海峡の巨大な渦巻きのように、母なる星・地球と私達人類を全て呑み込んで、あらゆる面において、大きく変えて行く九十(こと)でしょう。

全てはその流れの中にありますので、自然環境を始め、政治、経済、科学技術、宗教、世界観、人生観、様々な概念、常識等、あらゆるものが大きく変化していきます。
消えるべきものは消えていき、新しく生まれるべきものは新しく生まれてきます。

今、私達人類は、さなぎから蝶へと新たに生まれ変わろうとしているので、かつて経験した九十(こと)がなく、想像だに出来ないような、未曾有の領域に突入しつつあるのだという九十(こと)を認識しておく必要があると思います。

そして、それは、地球という一つの小さな星だけの九十(こと)ではなく、地球が属する太陽系や、さらには天の川銀河全体にまで影響するような、とてつもなく大きな大変化の時を迎えているのだという九十(こと)を認識しておく九十(こと)が大切だと思います。

炒り豆に花が咲く

昨日の3月3日は、雛祭りであり、桃の節句でした。

「炒り豆に花が咲く」という言葉があります。
桃の節句は、「炒り豆に花が咲く」型示しとなっているようです。

昨日の3月3日、桃の節句の日、富士神界が一つの大きな節目を迎えました。
箱根を始め、富士周辺の地域では、昨日、雪が降り、かなり冷え込みましたが、昨日の桃の節句に、神界から霊峰富士に降りた御神気は、とても大きなエネルギーでした。

これにより、霊峰富士の持つ働きがさらに一段と加速され、日出る神国・日本を、そして、地球・世界を、急速に変えていく九十(こと)でしょう。

霊(ひ)ノ元・日本の象徴、霊峰富士が本来持つ、世界に二つとない(不二)働きとは、二元性を統合させ、大いなる和「大和」を、地球・世界にもたらす、という働きになります。

霊峰富士の働きが本格化するのに伴い、私達人類の意識が統合へと向う流れが、一段と加速する九十(こと)になります。

「炒り豆に花が咲く」という言葉には、ありそうもない九十(こと)が起きる、という意味がありますが、私達人類が向っているのは、想像だにない世界であり、さなぎから蝶へと生まれ変わるようなプロセスなのです。

2030年頃には、日本、そして、地球・世界は、今からは想像だに出来ないような、素晴らしい世界になっている九十(こと)でしょう。
それは、花咲く都・黄金文明とでも呼ぶべき、新しい精神文明の時代であり、キリスト教の世界で言われる至福千年王国の九十(こと)でもあるのです。

地球の新たな精神文明の中心となるのは、日出る神国・日本であり、日本の象徴、霊峰富士が持つ、世界に二つとない(不二)働きが、新しい地球を開く鍵となっています。

3月3日、雛祭り、桃の節句(上巳の節句)

本日3月3日は、雛祭りであり、桃の節句(上巳の節句)にあたります。

雛祭りは、左に女・赤玉、右に男・白玉、二つの玉が和合した姿を表しており、和合は家庭円満という事のようです。

雛祭りのヒナとは、少名彦名神(スクナヒコナノカミ)から来ているようです。
少名彦名神を祀る淡島神社は、雛祭りの発祥と関係していると言われています。

男びな・女びなの始まりは、淡島神社の御祭神の少名彦名神と、神功皇后(息長足姫命)の男女一対の御神像であるとされています。
雛祭りの語源は、スクナヒコナ祭りが簡略化されて、ヒナ祭りになったと言われています。
3月3日の雛祭りの日に行われる、「ひな流し」は有名です。
雛祭りの元は、身の穢れを水に流して清める「流し雛」から来ているとも言われています。

身の穢れを祓い清めて禊をするという概念は、私達日本人の心に深く根付いた、とても大切な概念のような感じがします。

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