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大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識と、本源の我であり真我である魂との関係

拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より
★大宇宙意識と本源の我

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 この大宇宙に本当に実在しているのは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である、大宇宙意識のみです。
 では、自分という存在は、何なのでしょうか?

 自分の人生の主体者・創造者は、本源の我であり、真我である、我が魂です。
 我が魂というのは、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙意識が持つ無数の「支店=視点(してん)」の中の一つなのです。

 大宇宙の根本主体である大宇宙意識と、本源の我である我が魂の関係を、コンピューターに例えるとするならば、大宇宙意識が巨大なホストコンピューターであり、我が魂は、ホストコンピューターから無数に出ている端末機の中の一つであると言えます。
 
 自分という存在は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)なので、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つなのです。
 大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つを受け持って、ある一つの角度・視点から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている存在なのです。

 言わば、大宇宙に無数に存在するモニターの中の一つであり、大宇宙に無数に存在するテレビカメラの中の一つであるとも言えます。

 大宇宙に二つと同じものが無い、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっている支店(してん)の中の一つなのです。

 大宇宙意識と本源の我は、本質において同じものであり、自分自身の中には、大宇宙の根本主体である大宇宙意識が持つ、「無限」の属性とでも言うべきものが、宿されているのです。

 絶対世界に唯一実在する大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したことが、そのまま100パーセント「創造(そうぞう)」されているのが、相対世界である物理的大宇宙です。
 そして、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊なので、本源の我であり、真我である我が魂が「想像(そうぞう)」したことが、そのまま100パーセント「創造(そうぞう)」されているのが、自分が映す現実世界なのです。

 自分の現実は全て、真我である我が魂が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。
 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊であり、本源の我、真我である我が魂なので、自分の人生の真の創造主は、本当の自分自身なのです。

 相対世界である物理的大宇宙は、絶対世界において大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為の「映(うつ)し世」です。
 物理的大宇宙の全ては、大宇宙意識の顕れなので、大宇宙意識は、ありとあらゆる全ての角度、全ての「支店=視点(してん)」から、自分自身を体験して味わっているのだとも言えます。

 大宇宙意識の分霊として、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つを受け持って、ある一つの角度・視点から、この大宇宙を映し出し、体験して味わっているのが、本源の我であり、真我である、我が魂なのです。

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拙書『根本創造主(大宇宙意識)という唯一の実在』より

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