竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

竜宮音秘(大和富士)ブログ|BLOG

不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心がそこに残っただけ

  • 2015年10月 1日 18:09
  • Posted by Yamatofuji

 幸福という概念は、不幸という概念とセットになった考え方です。
 何かを幸福と思う考え方は、そうでないものを不幸と思う考え方とセットになっています。

 幸運・不運という概念もそうです。
 何かを幸運と思う考え方は、そうでないものを不運と思う考え方とセットになっています。

 しかし、幸・不幸、運・不運というのは、自分自身がそう考えただけのことであり、あくまでも、自分自身の認識でしかありません。

 何かを幸福・幸運と捉え、あるいは、何かを不幸・不運と捉えても、自分がそのように捉えただけのことであり、それが本当にそうなのかは、本当のところは、よく分からない筈です。

 全ては、自分自身が決めたことなのです。

 幸福とか不幸というのは、どこまでも自分が決めたことであり、自分自身の認識の中にしか存在していません。

 不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心が、そこに残っただけなのです。
 それもまた幸福なのに・・・・・。

 見方を変えれば、あるいは、拡張した意識になれば、それもまた幸福なのに、ということになります。

 今の人類の意識では、自分にとって心地良い状態を幸福と呼び、そうでない状態を不幸と呼んでいます。
 ある状態を幸福と呼び、ある状態を不幸と呼んで分けています。

 これから人類が向かおうとする新しい意識では、幸・不幸という概念が消えていきます。
 幸福というのは、自分の心が感じるものなので、あらゆることを喜びと感じられる意識を創ることが出来れば、幸・不幸という概念が消えていくのです。

 そして、ある状態は幸福、ある状態は不幸と分けて考えることが出来なくなり、全ては喜びとなります。

 本当は、不幸というものがある訳ではなく、それを幸福と思えない心が、そこに残っただけなのです。
 それもまた幸福なのに・・・・・。

 以前書いた『幸不幸という概念を超える』もご参照いただければ幸いです。


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