竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

竜宮音秘(大和富士)ブログ|BLOG

神は一番下から出て来るー最も落とした所ほど、最も貴い

  • 2011年3月26日 11:21
  • Posted by Yamatofuji

今、私達日本人は、人となりを完成させて、新たな誕生を迎える時期に来ています。
神道的な表現を使えば、人が神として出産する、という言い方が出来るかも知れません。
私達人間一人一人の中にある、神の本質である神性、愛(女性原理)と力(男性原理)を想い出し、蘇らせて、一人一人が神性を顕現して生きる時代を迎えようとしています。

そして、自分自身の中に眠る神、神性というものは、実は、一番下から出て来ます。
自分自身を最も落とした所、一番下から、自分の本当の光、神が出て来るという事なのです。
そういう意味においては、最も自分を落とした所ほど、最も貴いとも言えます。

どういう事かと言いますと、仕組みとして、私達は、この世に生を受けた時、自分の本当の光というものを、一旦忘れて、生まれて来ます。
そして、肉体を持った自分が、自分の全てだと思い込んでしまいます。
そして、様々な生存競争などに揉まれながら、悩み苦しんで生きていく中で、自分自身というものが、とても小さな存在のように感じてしまいます。

ついつい、自分を、小さな存在、駄目な存在とみなしてしまうのですが、実は、小さな存在にしか見えない自分の姿の向こうから、自分自身の本当の光、神性が出て来ます。

自分が駄目で小さな存在に思えるのは、本当に駄目で小さな存在だからではなく、一旦自分自身の本当の光を忘れ、再びその光を想い出し蘇らせようという、本源の我、真我とも言える我が魂の大いなる計画が、記憶として蘇る事により初めて、自分自身の本当の光、魂の輝きというものを想い出す事が出来ます。

自分が駄目で小さな存在にしか思えないのは、一旦自らの本当の光を忘れて小さな存在のようになってから、様々な体験を重ねる中で、自らの本当の光・輝きを少しずつ想い出し蘇らせようという、我が魂の大いなる計画によるものなのです。

自分自身を最も落としたところ、自分が一番悩み苦しんでいるところの向こうに、自分自身の本当の光・神性を想い出し、蘇らせるというのは、気の遠くなるような、内的なプロセスだと思いますが、そこを通らない事には、自分自身の内なる神、神性は出て来ないと思います。

自分自身の内なる神、神性は、一番下から出て来るのであり、そういう意味においては、最も落とした所ほど、実は、最も貴いのだと言えるかも知れません。

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