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うまくいく・うまくいかないという思考形態から抜けてみる

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 多くの人は、うまくいく・うまくいかないということに囚われています。

 しかし、うまくいく・うまくいかないという思考形態から抜けてみることが大切だと思います。

「うまくいく」ということが、多くの人にとっての大きな関心事になっており、巷の書店などにも、「うまくいく」ということに関連した本がたくさん出回っています。

 しかし、「うまくいく」ということに囚われている人たちのほとんどは、「うまくいく」とはどの視点から見てのことなのか、そして、「うまくいく」とはどの時点でのことなのかを全く考えていないとも言えるかも知れません。

「うまくいく」とか「うまくいかない」という言葉をよく耳にしますが、「うまくいく」とは、どの視点から見て「うまくいく」ことなのか、そしてまた、どの時点において「うまくいく」ことなのかは、全く意識されていないと感じます。

「うまくいく」とか「うまくいかない」ということに囚われているのは、あくまでも、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)です。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)というのは、意識の一番浅い部分なので、近視眼的なものの見方しかできず、全てのものごとを幸・不幸、運・不運と捉えて大騒ぎしています。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では、何が自分にとって高い目的に叶った最善のことなのかはよく分かりませんし、未来のこともよく分からないのです。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では「うまくいっている」と感じていることであっても、それが本当に自分の高い目的に叶った最善のことなのかは分かりませんし、もっと後になって長期的な視点で見た時に、それが本当に「うまくいっている」ことなのかどうかも分かりません。

 それとは逆に、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では「うまくいっていない」と感じていることであっても、それが本当に自分の高い目的から見て「うまくいっていない」ことなのかは分かりませんし、もっと後になって長期的な視点で見た時に、それが本当に「うまくいっていない」ことなのかどうかも分からないのです。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)というのは、意識の一番浅い部分であり、近視眼的なものの見方しかできないので、全ての物事を幸・不幸、運・不運と判断して大騒ぎしているだけなのです。

 ですから、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)が感じている「うまくいく」とか「うまくいかない」ということにあまり囚われる必要はありません。

 うまくいく・うまくいかないという思考形態から抜けることが大切だと思います。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である魂です。

 自分の人生の全ては、真我である魂が、魂のさらなる輝きを求めて、光り輝く魂になることを夢見て、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものなので、魂の進化にとって最善の出来事の連続なのです。

 ただ、そのことが肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では、なかなか分からないだけなのです。

 自分の人生の主体者・創造者であり真我である魂は、鳥瞰図(ちょうかんず)という言葉があるように、大空を飛ぶ鳥のような、大所・高所から全ての物事を見ています。

 そして、未来は100パーセント確定していますので、真我である魂は、死に至るまでの自分の人生の全てを知り尽くしているのです。

 真我である魂から見れば、今の自分は決して「うまくいっていない」訳ではなく、予定通りに「うまくいっている」のです。

 多くの人たちは、未来は確定しておらず、白紙の未来があるかのように勘違いしています。

 しかし、未来は100パーセント確定していますので、時間の流れというものも、敢えて言うならば、未来からやって来ているのです。

 時間は流れている訳ではないのですが、敢えて時間の流れというものを想定した場合でも、それは、多くの人たちが考える、過去→現在→未来という流れではなく、それとは逆の、未来→現在→過去という流れになります。

 これから白紙の未来が作られていく訳ではなく、未来は100パーセント確定していますので、既に100パーセント確定している未来から時間がやって来て、そこに至る為のプロセスが順番に作り出されているだけなのです。

 原因があって結果があるというより、原因は結果によって選ばれているのであり、ある結果と呼ばれるものを得る為に、その原因となるものが作りだされているのであり、順番が逆なのです。

 このことがはっきり分かるようになると、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では「うまくいかない」ことも、次なる場面のプロセスであり、本当は「うまくいっている」ことなのかも知れないと感じられるようになります。

 仕事や人間関係が「うまくいかない」ように感じられたとしても、そのことは本当は「うまくいっている」ことなのかも知れません。

 仕事や人間関係などが「うまくいかなくなる」ことで、次なる場面が出てくるのです。

 仕事や人間関係というのは、全てご縁が決まっていますので、一生のお付き合いになるご縁も、もちろん一部にはありますが、全てのご縁が、一生のお付き合いになるご縁ではありません。

 終わるご縁は終わりますし、ご縁が終わる時には終わらせることも大切です。

 仕事や職場、人間関係、特に男女の恋愛関係なども、「うまくいく」ということにあまり囚われる必要はありません。

「うまくいかない」からこそ、次なる場面が現れるのです。

 未来は100パーセント確定していますので、次なる場面が必ずあるのです。

 次なる場面に進む為に、今ある場面を終わらせる必要があるということは、よくあります。

 人生が変わる時や節目の時には、よくこのようなことが起こります。

 未来は100パーセント確定しており、次なる場面に進むために、今ある状況が「うまくいかなく」なり、会社や仕事をやめたり、人間関係を終わらせたり、男女の恋愛関係に別れが訪れたりします。

 しかし、だからこそ、次なる場面が現れるのです。

 新しい場面に進む為には、今ある場面を終わらせる必要がある時には、よくこのようなことが起こります。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では、そのことが分からないので、不幸・不運と決めつけて、「うまくいかない」と大騒ぎしています。

 しかし、自分の人生の主体者・創造者であり、真我である魂から見れば、最善のことが起きており、高い視点から見れば「うまくいっている」のです。

 真我である魂は、死に至るまでの自分の人生の全てを知り尽くしていますので、真我である魂から見れば、ちゃんと「うまくいっている」のです。

「うまくいく」とか「うまくいかない」というのは、あくまでも、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)から見た視点でしかありません。

 未来は100パーセント確定していますので、次なる場面が必ずあるのです。

 次なる場面に進む為には、今ある場面が「うまくいかなく」なり、今ある場面に終止符を打つことになることは、よくあることです。

 このことが分かるようになると、うまくいく・うまくいかないという思考形態から抜けることが出来るようになります。

Comments : [5]

大和富士: 2016年1月21日 18:21

神社での厄払いに効果があるかないかを知るためには、そもそも神とはいったいどのような存在なのかという、本質的な根本的なところが把握できていなければ、意味がないのではないでしょうか?

神社での厄払いを検討される時間・お金・エネルギーがあるなら、まずは拙書『大宇宙意識(無限)と異星人エロヒム』をお読みいただき、神とはそもそもいったいどのような存在なのかをきちんと把握されることをお勧め致します。

神とはいったいどのような存在なのかも分からないまま、無闇矢鱈に神頼みをしていても、時間・お金・エネルギーの無駄だと思いますが・・・。

Anonymous: 2016年1月21日 01:32

なるほど!


Anonymous: 2016年1月21日 00:21

神社での厄祓いも、人それぞれの決まった人生の流れがあるから、効果あるかないかは人それぞれということになりますか?

大和富士: 2016年1月20日 21:47

ピンキー☆モモさんへ

物事は、どういう観点から捉えるのかによって、答えが変わります。

カルマというものをどう定義するのかにもよりますが、カルマというものは、あるレベルにおいては存在していますが、究極的には存在していません。

何故なら、時間というものそのものが、あるレベルにおいては存在していますが、究極的には存在していないからです。

ピンキー☆モモ: 2016年1月20日 19:35

富士氏の得た真実では

「カルマ」と呼ばれるものも全く存在しないのですよね?

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