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大和富士ブログ|BLOG

自分の身に起きる全ての現実は、心の純化、意識の福化の為に最善の出来事が起きている

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 自分の身に起きる全ての現実は、心の純化、意識の福化の為に最善の出来事が起きており、全ては、心の広がりとしてうまくいっています。

 私たちの人生には、基本となるプログラムがあります。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂なのです。

 自分の人生の全ては、真我である魂が、魂のさらなる輝きを求めて、光り輝く魂になることを夢見て、魂の進化の為に「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 ですから、私たちの人生には、真我である魂が「想像=創造(そうぞう)」した基本プログラムが存在しています。

 それは、魂の進化ということであり、私たちの人生は、魂の進化というプログラム上にしか存在していませんので、自分の身に起きる全ての現実は、魂の進化の為に起きているということになります。

 魂の進化とは、心の純化、意識の福化ということであり、心を無地透明にして、ピュアな心、生きているうれしさをやさしく感じられる心、豊かな心、全てを喜びと感じられる心、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心へと、心を飛翔させていくことなのです。

 心を純化させ、意識を福化させて、いずこにもとらわれない全天候型の心、言わば、タイタン(巨人)のような心を創る以外に、永遠の幸福へと至る道は用意されていないからなのです。

 ある特定の何かが手に入れば真の幸福が得られると思っていても、その思いは必ず、天の仕組みとして、外されることになります。

 何かが手に入ろうと入るまいと、例え自分がどんな状態にあろうとも、その状態を遊んで幸福を感じていられるところに、答えがある訳なのです。

 苦しみの原因となっているのは、肉体の自我意識が囚われている、自分という「我」になります。

 肉体の自我意識が囚われている、自分という「我」を開放して、宇宙へと帰っていくプログラム上に、自分を解放するプログラムとして、全ての現実が用意されているのです。

 真我である魂が体験したいのは、「豊かなる心の位置で豊かなる世界が現れてくる」ということを体験したいのです。

 豊かなる世界とは、自分の外の何かの形の中にあるのではなく、自分自身の心の中にしか存在しませんので、自分の心が豊かになればなる程、自分が映す現実世界もまたさらに豊かなる世界として輝きを増してくるのを体験したいのです。

 自分が体験する全ての現実は、その為に、真我である魂が「想像=創造(そうぞう)」したものになります。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)は、幸・不幸、運・不運という概念に囚われて、うまくいくとか、うまくいかないとか、大騒ぎしていますが、真我である魂の関心事はただ一点、心の純化、意識の福化としてうまくいくかどうかだけなので、自分の身に起きる全ての現実は、心の広がりとして、全てはうまくいっています。


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