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大宇宙は願いを何でも叶えてくれるという、幻想その2――地上に生きる70億人の願いを全て叶えられる存在は、この大宇宙には存在していない

 大宇宙は、自分や人々の願いを何でも叶えてくれるかのような、勘違い・錯覚・幻想が、かなり蔓延しているように感じます。

 大宇宙の真理を全く理解しないまま、想いは実現する、とか、思考は現実化する、とか、夢は必ず実現する、ということが安易に信じられ過ぎている感じがします。

 自分の望むものを何でも引き寄せることが出来るという「引き寄せの法則」や、潜在意識は自分の願いを何でも叶えてくれるという「マーフィーの法則」などは、大宇宙の真理が全く分かっていない、人間のエゴや願望から創り出された、間違った概念にしか過ぎず、宇宙の絶対法則などではありません。

 想いは実現する、思考は現実化するとはどういうことなのかについては、以前、『「想いは実現する」、「思考は現実化するとは」』の中で書きましたので、是非、ご参照下さい。

 大宇宙とは、自分の願いを何でも叶えてくれる存在などでは全くありません。
 自分が夢や願いを持つことは当然のことなのですが、自分一人だけが地上に生きている訳ではなく、地上に生きる70億人の願いを全て叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していないことを知ることが大切だと思います。

 分かりやすい、一つの例を挙げてみましょう。
 テニスのウインブルドン大会の、男子シングルス決勝戦に、A選手とB選手が勝ち進んだとします。
 A選手もB選手も、悲願のウインブルドン優勝を願うのは当然のことなのですが、必ず、どちらかが勝って優勝し、どちらかが敗れて準優勝となります。

 A選手とB選手がそれぞれ、神や仏と呼ばれる存在、あるいは、大宇宙の根本創造主と呼ばれる存在に、どんなに真剣に祈ったとしても、必ず、一人が勝者となり、一人は敗者となるのです。

 A選手とB選手の両方の願いを同時に叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していないのです。

 例え、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙の根本創造主であっても、A選手とB選手の両方の願いを同時に叶えることは不可能なのです。
 不可能というよりも、A選手とB選手の両方の願いを同時に叶える必要が、そもそも無いからなのです。

 何故、A選手とB選手の両方の願いが同時に叶う必要が無いのでしょうか?

 そのことを理解する為には、この大宇宙の本質というものを知る必要があります。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である大宇宙意識だけなのです。
 大宇宙意識とは、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持った「純粋意識」なのです。
 物理的大宇宙(現象界)の全ては、大宇宙意識が「想像=創造(そうぞう)」したものなのです。

 現象界である物理的大宇宙とは、「純粋意識」である大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージを、映し出して体験する為に「創造(そうぞう)」されている「映(うつ)し世」であり、言わば、「鏡」の世界なのです。

 物理的大宇宙に創造されている全ての被創造物は、「根本創造主(大宇宙意識)の顕れ」なのです。
「純粋意識」である大宇宙意識(根本創造主)は、物理的大宇宙に存在する全ての被創造物を通して、自分自身を体験して味わっているのだとも言えます。

 A選手もB選手も、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つなのです。
 A選手もB選手も、それぞれが、この大宇宙に二つとして同じものが無い、ある一つの角度・視点(してん)から、この大宇宙を映し出して体験している支店(してん)の中の一つなのです。

 仮に、A選手が勝って優勝し、B選手が敗れて準優勝になったとします。
「純粋意識」である大宇宙意識(根本創造主)は、優勝したA選手にしか味わえない悲喜交々のドラマを、A選手を通して体験して味わっているのです。
 そして、敗れて準優勝に終わったB選手にしか味わえない悲喜交々のドラマを、B選手を通して体験して味わっているのです。

 A選手もB選手も共に、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、「根本創造主(大宇宙意識)の顕れ」なのです。
 根本創造主(大宇宙意識)がえこ贔屓(ひいき)でA選手を優勝させ、B選手を準優勝にしている訳では全くありません。

 サンスクリット語に、「神の戯れ」というような意味の、「リーラ」という言葉があるようです。
 実は、この大宇宙の森羅万象の全てが、「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」と呼べるものなのです。

 大宇宙の森羅万象の全てが、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識という唯一の実在によって繰り広げられている壮大な織物のようなものなのです。

 テニスのウインブルドン大会というのも、大宇宙意識が織り成す壮大な織物の中の一つの紋様なのです。
 テニスの4大大会の一つであり、たった一人しか優勝出来ないからこそ、ウインブルドン優勝の価値があるのです。
 ウインブルドン大会に参加した全選手が誰でも優勝出来るのであれば、ウインブルドン優勝の価値も無くなる訳です。
 決勝戦に勝ち進んだA選手とB選手の願いが同時に叶う必要も無いことなのです。

 全世界で、オリンピックの金メダリストが4年間にたった一人しか同一種目で誕生しないからこそ、オリンピック金メダリストの価値があるのです。
 オリンピックに参加した選手全員が金メダリストに成れたり、ましてや、全世界のスポーツ愛好家の誰でもオリンピックに参加出来るのであれば、オリンピック金メダルの価値も無くなる訳なのです。

 オリンピックの金メダルを目指すトップアスリートたちの願いを同時に叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していませんし、そもそもが、同時に叶う必要も無いことなのです。

 日本花子さんという、才色兼備の若くて美しい女性と結婚したいと、花子さんの周囲にいる10人の男性が真剣に願ったとしても、10人の男性の願いを同時に叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していませんし、また、10人の男性の願いが同時に叶う必要も無いことなのです。

 東大合格を目指す受験生全員の願いを同時に叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していませんし、ジャンボ宝くじを買った人々全員に、1等何億円に当選させることが出来る存在というのも、この大宇宙には存在していません。

 地上に生きる70億人の願いを全て叶えられる存在というのは、この大宇宙には存在していません。
 唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の存在である大宇宙意識(根本創造主)にも、70億人の願いを全て叶えることは不可能なのです。
 不可能というよりも、70億人の願いを全て叶える必要が、そもそも無いからなのです。

 この大宇宙の森羅万象の全ては、唯一にして絶対、至高の存在であり、全知全能の「無限」の「想像力=創造力(そうぞうりょく)」を持つ大宇宙意識(根本創造主)が、全知全能の光によって織り成す壮大な織物のようなものであり、全てが「大宇宙意識の戯れ(リーラ)」と呼べるものなのです。

 大宇宙とは、願いを何でも叶えてくれる存在などでは全くないことを知ることが大切だと思います。


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