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「想いは実現する」、「思考は現実化する」とは

 「想いは実現する」とか、「思考は現実化する」という言葉を、よく耳にします。
 その言葉自体は、決して間違いではないのですが、その本質的な意味がほとんど理解されないまま、安易に使われている感じがします。

 「想いは実現する」というのは、この大宇宙を成り立たせている、最も基本的な原理です。

 絶対世界に唯一実在している、大宇宙意識が「想像(そうぞう)」したイメージが、そのまま100%「創造(そうぞう)」されているのが、相対世界である物理的大宇宙です。
 大宇宙の根本主体である大宇宙意識の「想い」が、100%「実現」した世界が、相対世界である、物理的大宇宙なのです。

 そして、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である、我が魂が「想像(そうぞう)」したイメージが、そのまま100%「創造(そうぞう)」されているのが、自分が映す現実世界なのです。
 我が魂の「想い」が100%「実現」した世界が、自分自身の現実なのです。

 このように、大宇宙の根本主体である大宇宙意識、そして、大宇宙意識の分霊である我が魂においては、「想いは実現する」、「思考は現実化する」というのは、100%その通りです。
 しかし、肉体の自我意識(表面意識)のレベルにおいては、必ずしも「想いは実現する」訳でもなく、「思考は現実化する」訳でもありません。
 
 もしそれが、我が魂の計画の中、即ち、大宇宙の計画の中にあった時だけ、その「想いは実現する」のです。
 逆に、もしそれが、我が魂の計画の中、即ち、大宇宙の計画の中に無ければ、例えどんなに強く願ったところで、その「想い」は決して「実現」する事はありません。

 真我である魂の関心事と、肉体の自我意識(表面意識)の関心事には、差(ギャップ)がありますので、表面意識で様々な「想い」や「思考」を巡らせてみたところで、それが魂の計画の中に無ければ、決して「実現」する事はないのです。

 アメリカの成功哲学に登場するような、様々な偉業を成し遂げた、所謂、成功者と呼ばれる人達は、その「想い」が、彼らの魂の計画の中、即ち、大宇宙の計画の中にあったからこそ、それを「実現」させる事が出来たのです。

 彼らは、その「想い」が魂の計画の中にあったからこそ、何年、何十年にも亘って、それ以外の心になる事なく、一つの「想い」を抱き続け、艱難辛苦を乗り越え、万難を排して、偉業を成し遂げる事が出来たのです。

 魂の計画の中、即ち、大宇宙の計画の中に無ければ、例えどんなに強く望もうが、どんなに努力しようが、その「想いは実現する」事はありません。

 オリンピックを目指すトップアスリート達が、どんなに強く願い、どんなに血の滲むような努力を重ねたところで、誰もがオリンピックの金メダリストになれるという訳でもなく、宝くじを買った人達が全員1等に当選出来るという訳でもないように、ただ単に、想えば叶う、とか、努力すれば夢は必ず「実現」する、願いは必ず叶う、というような、単純なものではないのです。

 魂の「想い」、即ち、大宇宙意識の「想い」と、肉体の自我意識(表面意識)の「想い」には、差(ギャップ)がありますので、表面意識での「想い」は、必ずしも「実現」するという訳ではなく、「思考は現実化する」という訳でもないのです。

 逆に、もしそれが、魂の計画の中、即ち、大宇宙の計画の中にあるならば、表面意識で特に「想い」を持たなくても、状況が整えられて、物事は自ずと成就する事になります。

 全ては大宇宙の計画の中にあり、我が魂というのは、大宇宙意識の分霊として、大宇宙に無数に存在する「支店=視点(してん)」の中の一つとしての役割でしか存在していませんので、役割の中に無いものは決して「実現」しませんし、逆に言えば、役割の中にあるものは、必ず「実現」する事になります。

 「想いは実現する」、「思考は現実化する」というのは、大宇宙の根本主体である大宇宙意識、そして、その分霊である魂のレベルにおいてのみ、当てはまる言葉であり、決して、肉体の自我意識(表面意識)のレベルにおいて当てはまる言葉ではないのです。

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