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食欲・性欲・睡眠欲などは本能的欲求であり、欲を捨てようとすること自体が執着心となる

  • 2016年5月 1日 19:30
  • Posted by Yamatofuji

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≪欲望というのは、元々天から人間に与えられているものなので、欲を捨てようとするのは無駄な努力です。食欲・性欲・睡眠欲などの本能的欲求を始め、知識欲・探求欲・金銭欲などの欲求そのものが悪い訳ではなく、自分の欲望をどのようにコントロールしていくかが大切になります。欲を捨てようとする「捨欲」ということ自体が、既に一つの「欲望」であり、執着心となっていることに気付くことが大切です。≫

 今日は、人間が持つ「欲望」というものについて、話をしてみたいと思います。

 あなたは、人間が欲望を持つのは、悪いことだと思いますか?

 また、あなた自身が、欲を持つのは悪いことだから、欲を捨てようとして苦しんだ経験があるのではないですか?
               
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 結論から先に申しますと、人間の欲望そのものが悪い訳ではありませんし、また、欲を捨てようと努力しても、欲そのものを捨てることは誰にもできません。

 なぜだか分かりますか?
               
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 欲そのものを捨てることは、誰にもできません。

 なぜなら、欲望というのは、元々天が人間に与えているものだからです。

 人間が持つ欲望そのものは、元々人間に与えられているものなので、欲望そのものが悪いという訳ではないのです。

 例えば、人間の三大欲求とも言われる、食欲・性欲・睡眠欲が無ければ、人間は肉体を維持していくことはできませんし、私たち人類という種が生命を後世につなげていくこともできません。

 性欲は悪いものと決めつけたところで、人間に性欲というものが本来本能として備わっていなければ、そもそもあなたはこの世に存在していませんし、もちろん、私もこの世に存在していません。

 あなたを生んで育てて下さったお父さんやお母さんも、もちろん、この世に存在していません。

 性欲(せいよく)の「せい」は、生命(せいめい)の「せい」に通じており、聖(せい)なるものにも通じています。

 人間の生命という、かけがえのない聖なるものに通じている、一番根源的な欲求が性欲でもあります。

 私たち人間だけではなく、動物たちも、繁殖の時期を迎えると、一生懸命に生殖活動を行って、かならず生命を後世につないでいきます。

 そうやって、種の生命は、バトンタッチされながら引き継がれていくのです。

 もし、人間に本能として性欲というものが天から与えられていなければ、人類の歴史は、最初の人間とされるアダムとイブで終わっていたことでしょう。

 ですから、性欲そのものは、元々本能として天から与えられているものなので、性欲そのものが悪い訳ではなく、自分がそれをどう扱うのかだけが問題なのです。

 食欲にしても、もし食欲というものがなければ、私たちは、肉体を維持していくことができません。

 肉体を維持していくために、食欲というのは、天から人間に本能として与えられているものなので、食欲そのものが悪い訳ではありません。

 お腹が空けば、何か食事が欲しくなるのは当然のことですし、自分の嫌いな食べ物よりは、自分の好物のおいしいものを食べたいと望むのは、自然なことだと思います。

 食欲そのものが悪い訳ではなく、食欲をどう扱うのかだけが問題なのです。

 食欲のおもむくままに食欲に負けて暴飲暴食していたら、健康を害したり、食費がかさんだりして自分が苦しむことにもなりますので、自分の食欲をどう扱うのかだけが問題になります。

 金銭欲というものも、必ずしも悪い訳ではありません。

 現代の貨幣経済の中で生きる私たちは、社会生活を営む上で、誰でもお金(マネー)は必要ですし、貨幣経済が無くならない限りは、何びとと言えども、お金(マネー)の仕組みからは逃れることはできません。

 ですから、自分が生活していけるだけの生活費を得たい、生活をしていくために十分なお金(マネー)が欲しいと思うのは、当然のことであり、金銭欲そのものが悪い訳ではありません。

 ただ、金銭欲が「行き過ぎた欲望」となって、必要以上のお金(マネー)を得るために法律を犯したり、人様に迷惑をかけたりすることのないように、金銭欲をきちんとコントロールすることが大切になります。

 金銭欲そのものが悪い訳ではなく、自分が金銭欲をどう扱うのかだけが問題なのです。

「欲」という言葉を聞くと、何か否定的な悪いイメージを持たれる方も多いかも知れません。

 しかし、「欲」には、知識欲、探求欲という欲求もあり、それも元々天から人間に与えられているものなのです。

 もし、人間に知識欲、探求欲というものが与えられていなければ、人間は文明を築くこともなく、いつまでも原始的な生活を送っていたことでしょう。

 良くも悪くも、現代の私たちが、こうして文明の恩恵を受けて、便利で豊かな生活が送れるのも、人間に元々与えられている知識欲や探求欲があってこそのものなのです。

 知識欲や探求欲を探求心と置き換えることも出来るかも知れませんし、似たような言葉で向上心という言葉もあります。

 それらは元々天から人間に与えられているものであり、もっと知りたい、もっと究めたい、もっと向上したいという欲求があるからこそ、人類の文明もここまで進歩してくることができました。

 ですから、「欲」というものそのものは何ら否定されるべきものではなく、ただ、「欲」をどう扱うのかだけが問題なのです。

 そして、「欲」というのは元々人間に与えられているものなので、「欲」を捨てようとする「捨欲」という努力は無駄な努力になります。

 なぜだか分かりますか?
              
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≪欲を捨てようとすること自体が既に一つの「欲望」であり、執着心となる≫

「欲」というのは元々人間に与えられているものなので、「欲」を捨てようとする「捨欲」という努力は無駄な努力になります。

 なぜなら、「欲」を捨てようとすること自体が既に「欲を捨てたいという欲望」なのです。

「欲」を捨てようとして「欲を捨てたいという欲望」を抱いてしまっていることに気付くことが大切になります。

「欲」を捨てようとする「捨欲」という努力自体が、既に「欲を捨てたいという欲望」なので、「欲」を捨てようとしても、「欲」はなくなりません。

「欲」を捨てようとすること自体が既に「欲を捨てたいという欲望」になっているので、「欲」を捨てようとして何年、あるいは何十年、座禅を組んだり瞑想したり修行をしてみたところで、「欲」はなくなりません。

 歴史に名を残すような禅の高僧と言われる人でも、「欲を捨てたいという欲望」を自分が抱いていることに気付けないと、禅病と呼ばれるような、一種の神経衰弱、あるいはノイローゼのような状態を経験しているようです。

「欲を捨てたいという欲望」を自分が抱いていることに気付かないまま、「欲」を取ろうとして座禅を組んだところで、それは本来無駄な努力なので、瞑想(めいそう)が「迷走(めいそう)」になってしまうのです。

 欲望というのは、元々天から人間に与えられているものなので、欲を捨てる「捨欲」ということは誰にもできません。

「欲」を捨てたいという思い自体が、既に「欲を捨てたいという欲望」になっているのです。

 ですから、欲をなくすことは、誰にもできないのです。

 では、どうすれば、良いのでしょうか?


≪欲望をきちんとコントロールして、自分の能力を最大限に発揮して生きることが大切≫

 欲を捨てることは誰にもできませんので、「捨欲」というのは、無駄な努力になります。

「欲」を捨てるのではなく、自分の「我欲」を超えた、もっと大きな「欲」を持つことが大切になります。

 例えば、平和な世の中になるように、自分にできる何かの貢献をして自分を役立たせたいというのも、一つの「大いなる欲望」と言えるかも知れません。

 人間の三大欲求と言われる、食欲・性欲・睡眠欲という本能的欲求をはじめとして、知識欲、探求欲、金銭欲などを、自分できちんとコントロールしながら、自分に与えられた能力を最大限に発揮して、世の中に役立つような自己を築き上げたいという、「大いなる欲望」を持つことが大切になります。

「世紀の哲人」と言われた中村天風さんという人は、「捨欲」などという無駄なことを考えるのではなく、「無欲の大欲」とでも言うべき、世のため人のために役立つような自己を築きあげるという、「大いなる欲望」の炎を燃やして生きなさいと説かれています。

 欲望そのものは、天から人間に与えられているものなので、欲望をなくすることは、誰にもできません。

 欲を捨てようとすること自体が、既に一つの「欲望」になっていることに気付くことが大切になります。

 欲というものが元々天から万人に与えられているということを自覚して、自分の中にある欲望をきちんと扱っていくことが大切になります。

 自分の中にある欲望をきちんと扱うことができないと、自分自身が苦しむことになります。

 さらには、「行き過ぎた欲望」によって、他の人にも迷惑をかけてしまうかも知れません。

 ですから、自分の中にある欲望をきちんとコントロールしながら生きて行くことが大切になります。

 そして、自分に与えられた生命を最高に輝かせ、自分の能力を最大限に発揮して、世の中に役立つような自己を築き上げることが大切になります。

 平和な世の中が創造されていくことへの「欲求」、そしてそのために自分を役立たせたいという「欲求」を持ち、「無欲の大欲」とでも言うべき、「大いなる欲望」を抱くことが大切になります。

 そういう人たちが一人でも多く増えていけば、世の中はもっと明るくなっていくことでしょう。

                
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 あなたは、人間が欲望を持つのは、悪いことだと思いますか?

 また、あなた自身が、欲を持つのは悪いことだから、欲を捨てようとして苦しんだ経験があるのではないですか?

 あなたが、人間が欲望を持つのは、悪いことだと考えてきたとしても、別にあなたが悪い訳ではありません。

 ただ、世の中に古くからある考え方などによって、人間が欲を持つのは悪いことであり、欲は捨てなければならないと思い込まされてきただけなのです。

 そして、あなた自身が、自分の中にある欲を捨てようとして苦しんだ経験があったとしても、別にあなたが悪い訳ではありません。

 ただ、世の中に古くからある考え方などをあなたが取り入れてしまったことで、自分自身を苦しめてきただけなのです。

「欲」を取ろうとすること自体が、既に一つの「欲望」なのだと気付くことができれば、もっとやさしい気持ちでいられますよ。


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