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ワンネスの意味について精神世界やスピリチュアル系のグループがしている間違い解釈

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 よく、精神世界やスピリチュアル系と呼ばれるようなグループの人たちの中には、ワンネスという言葉に囚われている人たちも多いのではないかと思います。

 ワンネスという言葉は、「全ては一つ」とか、「あなたは私、私はあなた」というような意味で、よく使われているかと思います。

 しかし、その本質的な意味が全く理解されないまま、ただ「ワンネス」という言葉だけが勘違いされた状態で一人歩きしているような印象を受けます。

 精神世界やスピリチュアル系と呼ばれるような世界に関心のある人の中で、ワンネスという概念に囚われている人は、勘違いしないように注意することが大切です。

 特に気を付けなければいけないのが、「あなたは私、私はあなた」という言葉です。

『真のワンネスとは』、こちらの記事の中でも書きましたが、「あなた(他)は私(自)」というのは、「自(私)」と「他(あなた)」が分かれた思考形態であり、それは真のワンネスと呼べるものではありません。

 というより、「あなた(他)は私(自)」という、「自(私)」と「他(あなた)」が分かれた思考形態というのは、真のワンネスとは正反対の考え方になります。

「あなた(他)は私(自)」と言った時点で、「他(あなた)」と「自(私)」が切り離された考え方であり、それは真のワンネスと呼べるものではありません。

 真のワンネスとは、この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体・根本創造主である大宇宙意識だけなので、物理的大宇宙に存在する全ての被創造物、そして大宇宙の森羅万象の全ては「大宇宙意識の顕れ」にほかならず、全てはつながっているということなのです。

 そういう意味においては、「全ては一つ」という言葉自体は、決して間違いではありません。

 しかし、多くの人たちは、「全ては一つ」なので、「あなたは私、私はあなた」であると考えて、意味を取り違えてしまいます。

 して、「あなたは私、私はあなた」だから、「あなたと私は同じである」と錯覚して、「あなたと私はお互いに理解し合うことができる」という勘違いをしてしまいます。

 ここが、気をつけなければいけないポイントになります。

 自分の人生の主体者・創造者は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)であり、本源の我、真我である魂です。

 自分という存在は、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、この大宇宙に二つとして同じものがない、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、ある一つの角度・「視点(してん)」から、この大宇宙を映し出して見ている一つの「支店(してん)」なのです。

 そして、私がいつも言っているように、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分の意識が映し出された自分の内面の世界なので、太陽も月も星も、銀河の果てまでが自分の意識の中にしか存在していません。

 ですから、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分一人の世界なので、自分が映す現実世界(大宇宙)の全てが自分自身であるとも言えます。

 しかし、さらに言うならば、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分すらいない世界なのです。

『本当は誰もいない――ただ大宇宙がある』、こちらの記事の中でも書きましたが、自分が映す現実世界(大宇宙)とは、自分一人の世界なのですが、自分というものすら、本当はいるという訳でもないので、自分すらいない、誰もいない世界なのです。

 何故なら、この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という一つの「純粋意識」だけだからです。

 私たち一人ひとりそれぞれが、大宇宙意識の分霊(わけみたま)として、この大宇宙に二つとして同じものがない、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、ある一つの角度・「視点(してん)」からこの大宇宙を映し出して体験している、一つの「支店(してん)」なのです。

 私たち一人ひとりが、この大宇宙に二つとして同じものがない、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って生かされていますので、私たち一人ひとりは、この大宇宙に二つとして同じものがない、自分の「魂・精神・肉体」を与えられています。

 私たち一人ひとりの「魂・精神・肉体」は、この大宇宙に二つとして同じものがないので、私たち一人ひとりが瞬間瞬間に体験している思考・感情・行動は全て違っていますので、私たちは本当の意味で真に理解し合うということはできません。

 例えるならば、私たち一人ひとりは、大海に浮かぶ小さな島々のようなものです。
 
 モルディブなどには、小さな島々がたくさんありますが、水面下においては、陸続きであり、深い部分では皆つながっています。

 しかし、水面より上の部分では切り離されており、それぞれが固有の島を形成していますので、二つとして同じ島はありません。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体・根本創造主である、大宇宙意識という一つの「純粋意識」だけです。

 私たち一人ひとりの意識を一番奥深くまでたどっていくと、最終的には、大宇宙意識までたどり着くことになります。

 ですから、意識の一番奥深くにある大宇宙意識という部分では、私たち一人ひとりは皆つながっていますので、「全ては一つ」であると言えます。

 しかし、モルディブの小さな島々が水面より上の部分では、それぞれ切り離されて固有の島を形成しているように、私たち一人ひとりは、この大宇宙に二つとして同じものがない、自分の「魂・精神・肉体」を与えられて、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持っていますので、表面的には、私たち一人ひとりは、真に理解し合うことはできないのです。

 肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)では、自分以外の人を真に理解することはできませんので、例え親・兄弟・夫婦であっても、一卵性双生児の双子であっても、真に理解しあうことはできません。

 例え親・兄弟・夫婦であっても、一卵性双生児の双子であっても、それぞれが大宇宙に二つとして同じものがない、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、大宇宙に二つとして同じものがない「魂・精神・肉体」を与えられて、それぞれの役割の中で生かされていますので、真に理解し合うことはできないのです。

 私たち一人ひとりは、皆違うということなのです。

 このことが理解できるようになると、人から真に理解されたいという思いがだんだん薄れていきます。

 それと同時に、自分は自分以外の人を真に理解することはできないのだということも分かるようになります。

 例え自分の親・兄弟・夫婦であっても、自分に一卵性双生児の双子がいたとしても、それぞれが大宇宙に二つとして同じものがない、ある一つの「支店=視点(してん)」を受け持って、大宇宙に二つとして同じものがない「魂・精神・肉体」を与えられて生かされていますので、一人ひとりの瞬間瞬間の思考や感情は皆違いますし、肉体は別々なので、体験は一人ひとり皆違っています。

 精神世界やスピリチュアル系の世界が好きな人たちは、「ワンネス」という言葉の真の意味も分からないまま、「全ては一つ」とか、「あなたは私、私はあなた」という言葉に陶酔している人たちも見受けられます。

 そして、「全ては一つ」で「あなたは私、私はあなた」だから、お互いに理解し合えると勘違いしています。

 この大宇宙に本当に実在しているのは、大宇宙の根本主体であり、大宇宙の根本創造主である、大宇宙意識という一つの「純粋意識」だけです。

 物理的大宇宙に存在する全ての被創造物、そして大宇宙の森羅万象の全ては、「大宇宙意識の顕れ」なのです。

 大宇宙意識という「純粋意識」は、この大宇宙に無数に存在する全ての「支店=視点(してん)」を通して、自分自身を体験して味わっているのです。

 私たち一人ひとりは、この大宇宙に二つとして同じものがない、自分唯一の「支店=視点(してん)」をそれぞれが受け持っていますので、肉体の自我意識(表面意識・顕在意識)のレベルでは、自分以外の人を真に理解するということもできませんし、また、自分以外の人から真に理解されるということもできないということを認識することが大切になります。

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