日本の新しい調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

大和富士ブログ|BLOG

大いなる和の心「大和心」

今、私達日本人の遺伝子の中に眠る、大和心が目覚め、蘇り、花開く時を迎えています。
大いなる和の心「大和心」こそが、これからの新しい地球を開き、世界平和を実現させていくものだからです。
地球の新たな黄金文明、花咲く都は、大和の国・日本から始まります。

そして、新しい地球を開く、この大和心は、一朝一夕に出来たものではなく、数千年の、長い歳月をかけて、天の計画として、準備され、熟成されて来たものなのです。

これには、日本という国の地理的な位置が深く密接に関係しています。
日出る国・日本は、東洋の東の端にある島国ですが、大陸にも割りと近い為、朝鮮半島などを経由して、大陸から、様々なものを受け入れ、取り込みながら、何千年にも亘って、独自の文化を育んで来ました。

東洋の東端にある島国としての独自性を維持しながら、大陸から様々なものを取り込み、受け入れ、進取の精神を培って来ました。
独自性を維持しながら、進取の精神に富んで、良いものを積極的に取り入れ受け入れていく中で、世界に類を見ない独自の文化を形成してきました。

大いなる和の心「大和心」も、そういう中で、数千年の歳月をかけて、熟成されて来たものなのです。

日本には昔、長く続いた縄文時代がありました。縄文文明は、ほとんど争いが無い文明であったと推測されているようです。
弥生時代に入ると、大陸から様々な人や物が入って来るようになり、異質なものを取り込み、受け入れながら、元々あった独自のものとブレンド・融合させつつ、奥行きの深い文化を育みながら、今日に至りました。

仏教が最初に入って来た時には、仏教導入をめぐって、仏教を取り入れようとする蘇我氏と、日本古来からの神道を守ろうとする物部氏という、二大豪族の間で、国を二分するような戦いなどを経験した後に、その後、仏教を鎮護国家の基盤とする時代を迎えたりし、神仏習合(神仏混淆)が、明治の神仏分離令の時まで、長く続いたりしました。

徳川時代の、長く続いた鎖国の後、開国して明治に入ると、西洋文明という、異質なものを積極的に取り入れ、欧米に追いつき追い越せという感じで、わずか短期間で、日清・日露戦争に勝利するなど、欧米列強の仲間入りをするまでの躍進ぶりを発揮したりしました。

広島と長崎に相次いで原爆を投下され、太平洋戦争に敗れて終戦を迎えると、戦争中は鬼畜米英と言って戦っていた相手国アメリカを受け入れ、一転して、ギブミーチョコという感じで、積極的にアメリカの工業技術・文化を取り入れ、学び、敗戦の焦土の中から、わずか半世紀足らずで、アメリカに次ぐ世界第二の経済大国に発展しました。
日本人は、原爆を投下されたアメリカに対して、強く憎しみを抱くという感じでもなく、アメリカを受け入れ、技術や文化などを積極的に取り入れて、たくましく生きて来ました。

日本人が、原爆を投下されたアメリカ人に対して、強い憎しみを抱いていないということが、外国人などの目には、とても不思議に映ったりするようです。
日本人は、アメリカを強く憎むのではなく、アメリカの良い点を積極的に取り入れ、技術や文化を吸収して来たような感じがします。

これは、数百年、数千年にも亘って続いている宗教紛争、民族紛争などが多数存在する、この世界にあって、類稀なことなのかも知れません。

21世紀の新たな地球を開いていく私達日本人は、その役割を果たせるように、約3000年位の長い歳月を掛けて、その資質を熟成させて来ました。
一人一人はその事を意識出来なくとも、天の計画として必要なプロセスを経験し、私達日本人の遺伝子の中にその資質がちゃんと入っています。

今の物質文明が行き詰まり、人々が戦い・争いにも疲れ果てた時、日本人の持つ資質、大和心が世界を導き、世界に必要とされる時代が訪れる筈です。

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