竜宮音秘の調べ・神響き、天岩戸開きの祝いの神楽歌

竜宮音秘(大和富士)ブログ|BLOG

今を良しとする力、全てを完として捉える力

  • 2010年10月29日 21:00
  • Posted by Yamatofuji

私達は、今を良しとする力、全てを完として捉える力を、常に天から求められていると言えます。
今を良しとする力、全てを完として捉える力が常に試されていると言ってもいいかも知れません。

私達人間はともすれば、自分の置かれている現実に不平不満を感じたり、世の中や社会というものにも、矛盾や不満のようなものを感じたりしがちだと思います。
自分自身のことを、不幸・不運と感じたり、この現実世界も、美しくないと感じたりしてしまいます。
そして、そういう思いは、全てを完として捉え切れないところから来ているとも言えるかも知れません。

今、全てが完璧な状態にあり、全てが完全なのだと信じ切れれば、あまり余計な思いを感じなくてもよくなるかも知れません。
以前書きましたが、この大宇宙は全て完全な世界であり、そこには何一つ間違いというものが存在していません。
全ては、唯一にして絶対、至高の存在である、根本創造主により営まれており、全てが根本創造主の光の中にあり、全ては、その瞬間瞬間、常に完璧な状態にあります。

そして、大宇宙に無数にある中の一つの座標軸である自分自身もまた、常に完璧な状態に置かれています。
寸分の狂いもなく、私達は常に、自分がいるべき所にいます。
自分が最も成長できる、最適・最善の場所に常に存在しています。

神の分霊(わけみたま)とも言える、本源の我である我が魂が望んだ、創造したとおりの位置に、常に存在しています。
大宇宙の根本創造主の目、そして、その分霊(わけみたま)である我が魂の目から見れば、何一つ矛盾も間違いもなく、常に完璧な場所、最適・最善な場所に自分自身は存在しています。

魂の目的は、魂を進化・成長させることだけなので、魂は常に進化として最短距離を突き進んでおり、私達は常に、魂を最も進化・成長させる場所に、完璧に存在しています。
光輝く魂になることを求めて、進化としての最短距離を突き進んでいる、本源の我である我が魂の豊かさ・輝きを信じきれるか、ということが問われています。
そして、全ての源である大宇宙、唯一にして絶対、至高の存在である根本創造主を信じきれるか、ということが問われています。

いついかなる時、例え自分がどんな状況に置かれていようとも、本源の我である我が魂が豊かであることを信じきれるか、大宇宙が豊かであることを信じきれるか、ということが問われたゲームであるとも言えます。
今を良しとする力、全てを完として捉える力が常に問われたゲームであるとも言えます。


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